「ダットサン・ベビィ」は、今上天皇のご結婚を記念して1965年に開園した「こどもの国」の中で、子供が乗って運転出来るようにとの想いで作られました。
実際に作ったのは日産自動車で、100台を設計・開発し寄贈したという事です。
また、日産自動車は専用走行コースの監修や交通教育の教材なども提供しています。
この度、このピカピカの「ダットサン・ベビィ」は、「こどもの国」開園50周年を機に、日産の開発部門の有志による「名車再生クラブ」によって復元されたということです。

この頃に子供時代を過ごして、実際に乗られた方もおられるのではないでしょうか?
私は子供の頃は京都でしたが、少し離れた枚方と言うところに「ひらかたパーク」と言う遊園地がありまして、そこは毎年の「菊人形」が有名で良く親に連れて行ってもらいました。
そこにも、「ダットサン・ベビィ」程の本格的な自動車では無かったと記憶していますが、とにかく「子供が自分で運転できるクルマ」がありまして、私は歓喜して乗ったのを覚えています。
それこそ50年以上前の話ですが・・・。
親が写真を撮ってくれていましたが、楽しそうに笑って乗っているのでなく、真剣そのものの形相で乗っていました。
当時日本で走っているクルマの名前は殆ど覚えているようなクルマ好きな小学生でしたから、「やっとホント?のクルマが運転できるという想い」で緊張していたものと思います。
また、当時は排気ガスの匂いが好きで追っかけたり、クルマが止まっていると排気管に顔を近づけて匂いをかいだりしていました。
今から考えると当時のガソリンは当然有鉛で、排ガス対策は無かったので、・・・今良く生きているな?と(笑)。
排ガスの匂いは、ひたすら「文明・未来への夢の匂い」だったのかもしれません。
当時クルマが好きな子供は多く、「ダットサン・ベビィ」はそういう多くの子供に「夢」や「乗り物の楽しさ」などを与えたのでは無いかと思います。
この「ダットサン・ベビィ」を作って寄贈された日産自動車に対して素直に「良い会社だな」と思います。
そのせいでは無いかもしれませんが、私の子供~大学~時代は「日産自動車」ファンでした。なんてったって、「技術の日産」ですから。(笑)
「日産自動車」はその後大きく成長し、色々とありましたが今回このように、開発部門の有志によって復元されたという事を聞いて、有志の方達も昔のクルマに対するワクワクした気持ち思い出したりして、大変だったでしょうが「楽しかった」のではないでしょうか?
「ダットサン・ベビィ」は当時の子供用ということで、デザイン的にはそんなに完成されたものではありませんが、夢いっぱいのデザインに私には見えます。
子供の頃のクルマに対するワクワクした気持ちをまた思い出す事ができました。

補足
下記のユーチューブでは、レポーターの方が実際に「こどもの国」を訪ねられて、復元に踏み切ったきっかけや、復元作業のエピソードなどを関係者の皆さんにレポートされています。
http://youtu.be/CphZzsQsx5w
このレポーターの方は、実は私も以前一緒に仕事をさせてもらった方です。個人なんとか方であまり書けませんが、元気にお仕事されていて私もうれしくなりました。