この二代目のアコードは、ホンダにとって、初めての本格的セダンでした。アメリカマーケットを中心にグローバルマーケット向けに作られました。
目論見通り、アメリカ市場を中心に日本でも評判良くアコードブランドの基礎を築きました。
アメリカのオハイオでの現地生産もこのモデルの途中からですが始まりました。
大げさですが、「世の中に、ホンダのアコードあり」と言えたクルマだと思います。

社内の開発も大変なもので、まさに総力を結集して作られました。
とにかく、ハイテク満載、やりたいこと満載、やっと本格的セダンを作るんだという意気込み満載、色々なものが満載の開発でした。
当然、開発中は殆ど毎日、新しく湧き上がる「課題・問題」が山積みで、「毎日毎日アイデアを絞って、こうしていこう、ああしていこう」という事の連続でした。
今こうやって書くといかにも頑張っていてカッコ良いですが、「やらざるをえなかった」のです。
また、事の本質は開発の先の事はよく考えずに、よくわからずに、とにかく作りたいという気持ちだけで開発スタートしていますから、開発中に様々な「これじゃいかん」とか、「こうしたい」、開発中に世の中の技術が進んで、それもこれも反映したい等、本当に様々な事が開発が始まってから「簡単に」追加されていくのです。
私の担当部品も、その中の1つで追加されたものでした。
それは、インパネの下につけるアンダーカバー。
とにかく、最初にインパネのデザインをした時はそんなものは付ける予定は無くあとから、「静かなクルマにしたい」というだれか?の決済で、インパネまわりにも様々な吸遮音材をはったりしましたが、その一環でインパネの下を覆って、音が来ないようにという狙いの部品でした。
勿論、ホンダにとって初めての部品で先例はなく、得意の「見様見真似?」が出来なくて(笑)、苦労したのを覚えています。
元々、付ける予定のないものですからスペースはなく、困難な設計作業になりました。
足をペダルにおいて、足先がアンダーカバーに当たらないようにスペース設計をするのですが、さて足の大きさはどれくらいで考えておけばよいのか?
前例がないので、テスト室と相談していると、その担当者は良く出来た奴で、「足の大きさは、グローバルカーなので、世界のユーザーを包含する足の大きさにしなきゃいかん」と主張しそれは至極まっとうな話で、納得させられました。
しかし、その人が後日検討して持ってきた足の大きさは・・それは、バカでかく、(当時の誰もが知っていた)「これじゃジャイアント馬場の16文キックだ」と思わず私は叫んだ位大きなものでした。
殆どのユーザーはこんなにデカイ足をしていないと抵抗したのですが、よく出来た担当者だったので、説得されてしまい、結果ホント苦労してやっとの事で、量産までこぎつけました。
しかし、書き出したら、色々な事を思い出してきました。
この続きは、また後日にしたいと思います。


ウチに保存してあるパッセンジャー側アンダーカバー。
ドライバー側は無くしてしまった。
穴が空いているのは、空調の吹き出し口がここにピッタリとくる。