ギター シャープファイブ
今回はギター。
ギターの弦は皆さんはどんな物を使われていますか???
私はダダリオの095です。09と10は何処の楽器屋さんでも売っていますが、
095はナカナカありません。
ギタリストの三根さんの推薦です。
当初私はGSを弾くのに08を使っていました。チョーキングがラクだからです。
テンプターズの「神様お願い」という曲は音程を一音チョーキングする必要があり、
09でもチト指がいたかったので08使っていました。
音が狂いやすいのが難点でしたが・・・。
その後、ベンチャーズも弾くようになり、もう10年近く前になりますが、
フィルモアのモズライト63リイシューというのを結構高価な価格で買って、
フィルモアのモズライト用お勧め弦がありまして、10だったと思います。
これは特殊と言う事で価格が普通の弦の倍位するのかな?? チト財布にきつかったです。
しかし、モズライトの太い音を出すには確かに10の太いのが必要かと思います。
それで10で弾くのに慣れたところに、シャープファイブを買いまして、
縁あって三根さんと知り合いになり、 当然私からすると雲の上の人ですから、
最初は遠慮していましたが、三根さんの方から親切に気さくに色々と教えていただいて、
その中で、シャープファイブは095の弦でアームのばねをあわせてあるし、音的にもと言う事で、
095を薦められました。
今ではすっかり095に慣れてしまいました。
(しかし、「神様お願い」は私にはまだキツイです。)
このシャープファイブのギターはパールホワイトの限定モノでした。
これが、すごく良かったので、追加で限定モノではありませんが、
普通のシャープファイブ色のブルーを買いました。
普段の練習用に!!! と考えての事です。
限定と限定無しの差ですが、性能や作り、はたまた音は同じということでした。
確かに弾いてみると同じ音ですが、何かネックを握った感じや弾いた感じが、
異なり、ブルーの方が弾きやすいです。
これは不思議ですよね、人間の感じなんですよね。
練習用に買ったブルーの方を今はメインに弾いています。
その後、今年、50周年モデルをさらに買い足しました。
これはサークルフレットになっていて、しかもナマ音でサスティーンがよくきき、
私の感じでは1弦の音がさらに良くなって、又6弦のベース音もよく響くようになったと思います。
また全体的にソフトでツヤ感のある音になったようです。
ただボリュームつまみが重くなって、軽いトーンのつまみとの差があって少々使いにくいです。
あと、ブルーの色が少し濃くなって深みが増してすごくきれいです。
このギターは三根さんの50周年記念で開発したもので、限定50本だけです。
グヤトーンで丁寧に作られています。グヤトーンは東京サウンドと言って、杉並区にあります。
まだ、在庫はあるかと思いますので、興味のある方は問い合わせてください。
ではでは、今日はここまでです。
ギターの弦は皆さんはどんな物を使われていますか???
私はダダリオの095です。09と10は何処の楽器屋さんでも売っていますが、
095はナカナカありません。
ギタリストの三根さんの推薦です。
当初私はGSを弾くのに08を使っていました。チョーキングがラクだからです。
テンプターズの「神様お願い」という曲は音程を一音チョーキングする必要があり、
09でもチト指がいたかったので08使っていました。
音が狂いやすいのが難点でしたが・・・。
その後、ベンチャーズも弾くようになり、もう10年近く前になりますが、
フィルモアのモズライト63リイシューというのを結構高価な価格で買って、
フィルモアのモズライト用お勧め弦がありまして、10だったと思います。
これは特殊と言う事で価格が普通の弦の倍位するのかな?? チト財布にきつかったです。
しかし、モズライトの太い音を出すには確かに10の太いのが必要かと思います。
それで10で弾くのに慣れたところに、シャープファイブを買いまして、
縁あって三根さんと知り合いになり、 当然私からすると雲の上の人ですから、
最初は遠慮していましたが、三根さんの方から親切に気さくに色々と教えていただいて、
その中で、シャープファイブは095の弦でアームのばねをあわせてあるし、音的にもと言う事で、
095を薦められました。
今ではすっかり095に慣れてしまいました。
(しかし、「神様お願い」は私にはまだキツイです。)
このシャープファイブのギターはパールホワイトの限定モノでした。
これが、すごく良かったので、追加で限定モノではありませんが、
普通のシャープファイブ色のブルーを買いました。
普段の練習用に!!! と考えての事です。
限定と限定無しの差ですが、性能や作り、はたまた音は同じということでした。
確かに弾いてみると同じ音ですが、何かネックを握った感じや弾いた感じが、
異なり、ブルーの方が弾きやすいです。
これは不思議ですよね、人間の感じなんですよね。
練習用に買ったブルーの方を今はメインに弾いています。
その後、今年、50周年モデルをさらに買い足しました。
これはサークルフレットになっていて、しかもナマ音でサスティーンがよくきき、
私の感じでは1弦の音がさらに良くなって、又6弦のベース音もよく響くようになったと思います。
また全体的にソフトでツヤ感のある音になったようです。
ただボリュームつまみが重くなって、軽いトーンのつまみとの差があって少々使いにくいです。
あと、ブルーの色が少し濃くなって深みが増してすごくきれいです。
このギターは三根さんの50周年記念で開発したもので、限定50本だけです。
グヤトーンで丁寧に作られています。グヤトーンは東京サウンドと言って、杉並区にあります。
まだ、在庫はあるかと思いますので、興味のある方は問い合わせてください。
ではでは、今日はここまでです。
沢田研二 ジュリー
私のこのブログは見に来られる方が少ないですが、「市場調査」してみますと、
「沢田研、ジュリー」で見に来られる方が比較的多いようです。
よって、今回は私もファンですので「沢田研、ジュリー」ネタで、少し書いてみようかと思いました。
私が最初にタイガースを聞いたのはラジオでした。
タイガースとは知らずに、「僕のマリー」をラジオで聞きました。
当時、大田何とかさんという人気の人がいましたが、沢田さんの声がその人の声に少し似ていたので、
その大田何とかさんの新曲かと思ったのを覚えています。中学の時でした。
当時としては「新鮮」な洋風の曲に感じました。
その前後にフジテレビのヒットパレードに「今度、タイガースというバンドがデビューして」
と紹介され・・・私の記憶では最初の曲は「僕のマリー」で次の週にモンキーズのカバーで「恋の終列車」だったと思います。
その時のテレビからマイクでテープレコーダーに録音した音源が残っています。
沢田さんの声は当時独特の甘いながらもほんの少しハスキーな感じで魅力的なものでした。
殆どの女性がこの声と歌い方に魅了されたのは当然と思います。ルックスもですが・・・。
タイガースのCD全集の中で初期の録音の「タイガースのテーマ」や「スキーニーミニー???」
を聞けば、 当時の沢田さんの魅力的な声を今でも聴けます。
「モナリザの微笑み」になると少し発声が変わってきているように思います。
私もこの初期の・・多分発声練習とかしていない頃??? の声が好きです。
「シーサイドバウンド」が出た頃、初夏でしたが、京都の八瀬遊園地で「タイガースショウ」があるというので、 男友達と見に行きました。
私も京都でしたので、しかも沢田さんの家に比較的近い歩いて20分位のところでしたので、
八瀬にも叡電で行きました。
八瀬遊園地はもうなくなりましたが・・・プールもあり、色々なイベントもありで、子供の頃自転車などでよく遊びに行きました。
「タイガースショウ」は野外ステージで当時のアンプ類は小さく、そんなに大きな音でなく迫力はありませんでしたが、 沢田さんの当時の魅力的な声は覚えています。
タイガースのテーマ・僕のマリー・新曲のシーサイドバウンド以外はストーンズの曲など洋物のカバーでした。
ステージが終った後、一旦控え室のある建物に駆け足で戻ったものの30分後位に、その建物の屋上に、
メンバーが現れて写真を撮ったのを思い出します。勿論、白黒でした。
そういうこともあって親しみもまして、私もファンになりましたが、
当時中学の時の彼女(と言っても文通友達的な清い関係・・当たり前かぁ。)も
ジュリーの大ファンになり、 家が近いので遊びに行こうと言う事になり、一緒に行きました。
家には、ファンの人たちが入りきれないくらいいまして、
お母さんが沢田さんの小さい頃の写真をみせたり、 色々話しをしてくれたりで、また、
そういう小さい頃の写真やファニーズ時代の写真などブロマイドのようにして、
欲しいと言うファン分けておられました。 帰りに、家の前でその彼女と写真を撮り帰ってきました。
私とタイガース・沢田研二さんとの始まりはこんな感じでした。
「沢田研、ジュリー」で見に来られる方が比較的多いようです。
よって、今回は私もファンですので「沢田研、ジュリー」ネタで、少し書いてみようかと思いました。
私が最初にタイガースを聞いたのはラジオでした。
タイガースとは知らずに、「僕のマリー」をラジオで聞きました。
当時、大田何とかさんという人気の人がいましたが、沢田さんの声がその人の声に少し似ていたので、
その大田何とかさんの新曲かと思ったのを覚えています。中学の時でした。
当時としては「新鮮」な洋風の曲に感じました。
その前後にフジテレビのヒットパレードに「今度、タイガースというバンドがデビューして」
と紹介され・・・私の記憶では最初の曲は「僕のマリー」で次の週にモンキーズのカバーで「恋の終列車」だったと思います。
その時のテレビからマイクでテープレコーダーに録音した音源が残っています。
沢田さんの声は当時独特の甘いながらもほんの少しハスキーな感じで魅力的なものでした。
殆どの女性がこの声と歌い方に魅了されたのは当然と思います。ルックスもですが・・・。
タイガースのCD全集の中で初期の録音の「タイガースのテーマ」や「スキーニーミニー???」
を聞けば、 当時の沢田さんの魅力的な声を今でも聴けます。
「モナリザの微笑み」になると少し発声が変わってきているように思います。
私もこの初期の・・多分発声練習とかしていない頃??? の声が好きです。
「シーサイドバウンド」が出た頃、初夏でしたが、京都の八瀬遊園地で「タイガースショウ」があるというので、 男友達と見に行きました。
私も京都でしたので、しかも沢田さんの家に比較的近い歩いて20分位のところでしたので、
八瀬にも叡電で行きました。
八瀬遊園地はもうなくなりましたが・・・プールもあり、色々なイベントもありで、子供の頃自転車などでよく遊びに行きました。
「タイガースショウ」は野外ステージで当時のアンプ類は小さく、そんなに大きな音でなく迫力はありませんでしたが、 沢田さんの当時の魅力的な声は覚えています。
タイガースのテーマ・僕のマリー・新曲のシーサイドバウンド以外はストーンズの曲など洋物のカバーでした。
ステージが終った後、一旦控え室のある建物に駆け足で戻ったものの30分後位に、その建物の屋上に、
メンバーが現れて写真を撮ったのを思い出します。勿論、白黒でした。
そういうこともあって親しみもまして、私もファンになりましたが、
当時中学の時の彼女(と言っても文通友達的な清い関係・・当たり前かぁ。)も
ジュリーの大ファンになり、 家が近いので遊びに行こうと言う事になり、一緒に行きました。
家には、ファンの人たちが入りきれないくらいいまして、
お母さんが沢田さんの小さい頃の写真をみせたり、 色々話しをしてくれたりで、また、
そういう小さい頃の写真やファニーズ時代の写真などブロマイドのようにして、
欲しいと言うファン分けておられました。 帰りに、家の前でその彼女と写真を撮り帰ってきました。
私とタイガース・沢田研二さんとの始まりはこんな感じでした。
