【この記事を書いた理由】
歯茎側面接近音/l/
/l/の最も普通の異音は『歯茎側面接近音(Alveolar Lateral Approximant)』である。
舌尖が歯茎に接触して閉鎖が作られるため、口腔の中央線には呼気が流れないが、舌の片側あるいは両側は上の歯のへりに接触しておらず、その部分では閉鎖が起こらないために、発音する際にはそこから呼気が流れる。なお、舌尖の代わりに舌端を用いても音質的には変わりがないとされる(枡矢(1976: 153))。
また、/l/は前後の音が何であるか等によって、舌の構えが変化し、異なる聞こえが存在する(枡矢(1976: 161-165), 竹林(1996: 207-210, 281-282)を参照、アメリカ英語については南條(1996: 182-184)を参照のこと)。
(i)明るいl(clear l)
母音が後続する/l/(アメリカ英語においては強勢のある母音のみ(南條(1996: 182-184)))は硬口蓋音化した/l/(palatalized l)になり、日本語のラ行の子音のように聞こえる。硬口蓋音化した/l/は、軟口蓋音化した/l/と比較して明るい聴覚的印象を持つため、『明るいl』と呼ばれる。
e.g., lead, clear, value
(ii)暗いl(dark l)
/l/に子音が後続する場合、あるいは/l/が語末にある場合、(アメリカ英語においては強勢のない母音が後続する場合も(南條(1996: 183-184))、)その/l/は軟口蓋音化した/l/(velarized l)になり、「ウ」や「オ」のような後舌母音の響きを持つ。軟口蓋音化した/l/は硬口蓋音化した/l/と比較して暗い聴覚的印象を持つため、『暗いl』と呼ばれる。
e.g., field, feel, help, cool, hospital
また、feel, help, cool, hospitalはいずれも/l/が母音の後にあり、母音の後にある軟口蓋音化した暗いlは、舌の中央線の閉鎖を保つことが難しくなり、閉鎖が完全でなくなることが多い。この傾向がさらに進むと、舌の中央線の閉鎖は完全になくなり、暗いlよりも「ウ」や「オ」のような後舌母音の響きに“より”聞こえるという。
このような音はもはや側面音ではなくなるため、この現象を『Lの母音化(L-vocalization)』と呼ぶ(竹林(1996: 281-282))。竹林(1996)では、Lの母音化によって生じる音を『L音性母音(lambdacized vowel)』と呼ぶ。
ただ、fieldについては、/l/が母音の後にあるものの、後続する/d/が/l/と同じ調音位置(歯茎音)であるため、母音化しないことが多い(竹林(1996: 282))。
加えて、暗いlは、先行する母音の発音に影響を及ぼし、しばしばその響きを変化させることに注意する必要がある。
このほか、明るいlの一部を特徴的な二次調音を持たない『中性のl(neutral l)』に分類するパタンもある(枡矢(1976: 162), 竹林(1996: 207))。
歯茎中央接近音/r/
『中央接近音(Mid-
前者は舌尖が後ろに引っ込み、硬口蓋から軟口蓋の境目のあたりに向かってもり上がると
一方、/r/の、イギリス英語において用いられている音は『
アメリカ英語、イギリス英語、いずれにおいても、発音する際に呼
なお、最近の研究では、/l/と同じく、/r/にも明るいr(clear r)や暗いr(dark r)が存在すると指摘されている(南條(2005: 119))。
発音だけでもどうにかならぬか
日本人英語学習者が英語の/l/と/r/を上手に発音したり、聞き分けたりすることができない理由として、日本語のラ行の子音(流音)に対応する音素が1つであるのに対し、英語の流音では音素が2つ(/l/と/r/)もあることが挙げられている。
ここで、日本語のラ行の子音について、簡単にだがおさらいしておく。
日本語のラ行の子音は、母音間では有声歯茎弾音[ɾ]、それ以外は有声そり舌破裂音[ɖ]に近い音であるといわれている。どちらにおいても舌尖が歯茎に接触して閉鎖が作られるという点では同じであるが、母音間で起こる有声歯茎弾音よりも、それ以外で起こる音の方が接触の時間が長い(もちろん、有声歯茎閉鎖音[d]よりは閉鎖時間がごく短い)。
それ故に、IPA表記する際には、母音間では“はじく”弾音、それ以外では“破裂”音で代用するのが適切なのではないかといわれている(斎藤(1997: 91))。
少々難しくなってしまったが、日本語のラ行の子音は舌尖と歯茎が接触して閉鎖を作ることで発音することができる。ただ、その接触時間は有声歯茎閉鎖音[d]と比較して、ごく短い。舌尖と歯茎が接触して閉鎖を作るという点では、日本語のラ行の子音と英語の/l/は同じであるといえる。
ただし、接触時間は日本語のラ行の子音よりも、英語の/l/の方が長いため、英語の/l/を発音する際には、舌尖を上の前歯の付け根あたりに強く押し付け、離さないように意識する(南條(2005: 119))。
一方、英語の/r/は舌尖が受動調音器官に接触しないため、日本語のラ行の子音と異なる生成プロセスであることがわかる。また、アメリカ英語の/r/は舌全体が咽頭壁の方に引かれることを意識して発音するとよい。
であるから、基本的には、舌尖と受動調音器官が接触して閉鎖を作るのは日本語のラ行の子音と英語の/l/、接触しないのは英語の/r/で、舌尖と受動調音器官の接触時間は、日本語のラ行子音よりも/l/の方が長いということをぜひ覚えていただきたい。
言うは易く行うは難し
…と解説するのは簡単なことであるが、個人的には、日本人英語学習者が英語の/l/と/r/を発音し分けることができても、聞き分けることは非常に困難なことであると考えている。
例えば、light - rightといった語頭の/l/, /r/はもちろんのことながら、play - prayといった、語中の/l/, /r/の区別も実は難しい。というより、「無声音、ことに気息を持った/p, k/につづく場合の/l/は、部分的または完全に無声化する」、「(/r/が)気息を持つ/p, t, k/に続く場合は無声摩擦音となる」(松浪・池上・今井(編)(1983: 325))とあるように、play - prayは/l/と/r/がそれぞれ無声化することもあるので、実はlight - rightよりも区別が難しかったりする。
もちろん、日本人英語学習者が英語母語話者レベルの発音能力、弁別能力を完璧に習得することができないのは当たり前のことであるが…
例えば、日本人における英語の/l/と/r/の発音の弁別について、アメリカに10年以上滞在する日本人、渡米間もない日本人とアメリカ人に対し、/l/と/r/で最小対を成す単語の対を発音してもらい、それを録音し、さらに別のアメリカ人に聞かせて、/l/か/r/かを答えてもらったという実験がある。
この実験では、長期滞在組の被験者は、ほぼ100%、/l/や/r/と認識される発音を使えることが分った。言い換えれば、日本人英語学習者は大人になってからでも、英語の/l/と/r/の発音を習得できるかもしれない、ということである。
その一方で、日本人英語教師の発する“left”と“right”の発音を弁別できるようになった小学校6年生の児童に対して、ALT(外国語指導助手)の声を使い、命令文“turn left”, “turn right”を用いたゲームに取り組ませたところ、弁別できず混乱する生徒がいたことから、なぜ英語母語話者の声になった途端にlとrの弁別を行うことが出来なくなるのかを調査したOkamoto(2019)の研究がある。
調査の結果、以下のことがわかった。
(1)left /left/とright /raɪt/は、母音[e]と[aɪ]における第一、第二フォルマントの数値・変遷が似ていることが確認された。
(2)頭子音(Onset)である[l]と[r]はどちらも流音であり、第三フォルマントに違いが確認された。
(3)(1)と(2)が児童に混乱をもたらした原因であると考えられる。日本語母語話者には第三フォルマントの発音が難しい(原文ママ)ため、left-rightを取り入れた授業を英語母語話者であるALTと行うのは非常に有意義である。
Okamoto(2019)の実験結果からは、「お、工夫したら何とか聞き分けもできるんじゃね?」と思えるかもしれない。
しかし、アメリカに長期滞在している日本人と渡米間もない日本人の/l/と/r/の聞き取りを調べた実験によれば、渡米期間に関わらず、誰1人としてアメリカ人と同レベルで聞き分けできた被験者はいなかったという。
加えて、被験者に意図的に/l/と/r/の発音の聞き分けを訓練させ、聞き取りを調べた実験でも結果は変わらず、寧ろ各被験者が/l/と/r/の聞き分けを完全に習得できたと思い込んでしまい、誤った基準をレキシコン内で作ったことで、正答率が統計的に有意に低くなった、という結果が出た。
つまり、勉強しすぎると、音の刺激によっては(=勉強の方法によっては)、かえって誤った判断を下してしまい、/l/なのか/r/なのかが聞き分けできなくなるという訳だ。自分は/l/と/r/を完全に聞き分けることができる、という強い思い込みがそれを引き起こすのである。
とはいえ、ある程度聞き分け出来る能力は持っておくことが理想的である。そのためには、
(1)英語の/l/と/r/の正確な発音を身につける
(2)/l/と/r/で最小対を成す単語の対をなるべく覚え、文脈で判断する
ぐらいしか方法がないだろう。
なお、ここで紹介した研究はあくまでも一部であり、日本人英語学習者は英語の/l/と/r/の運用能力を習得できる、習得できない、一部なら習得できるなど、様々な研究結果があるので、あまり悲観的にならなくても良い。勉強することは無駄ではないので、ぜひ頑張っていきたい。
参考文献
英語音声学研究会(2003)『大人の英語発音講座』東京: NHK出版.
Masao, Okamoto(2019)Analysis of English Sounds “Left” and “Right” Based on Acoustic Phonetics: Cause of Students' Confusion. The Japan Association of English Teaching in Elementary Schools Journal 19: 86-100.
枡矢好弘(1976)『英語音声学』東京: こびあん書房.
松波有・池上嘉彦・今井邦彦(1983)『大修館 英語学事典』東京: 大修館書店.
南條建助(1996)「英語における/l/の硬口蓋化と軟口蓋化」『甲南大学紀要』文学編96(英語学英米文学特集). pp. 180-192.
南條健助(2005)「/l/ and /r/」日本英語音声学会(編)『英語音声学辞典』東京: 成美堂. pp. 118-120.
斎藤純男(1997)『日本語音声学入門』東京: 三省堂.
竹林滋(1996)『英語音声学』東京: 研究社.