あれから10日が経過した。 まだお湯は出ていない。
俺の心は2日前にポキッと音をたてて折れてた。
直っていないが入居者からの電話もなくなったし、
もうこのままずっと放っておくことにした。
そう、俺は遂に退去を覚悟したのだ。 もうどうでもいい。
そんな時ある作戦が浮かび東京ガスに電話してみた。
俺の心は折れてはいたが、皮一枚で繋がっていたようだ。
まあ、心に皮があればの話しだが。
状況を説明すると東京ガスのカスタマーサービスの女性も
やはり困惑している様子だった。部屋に入れらない事を条件に
給湯器の修理を依頼されたことは一度もないらしい。
どこかで同じようなことを言われた気がする。
あれはいつの日だったか? そうだ、確か5日前だ。
もう時間の感覚さえも危なくなってきている。 極限状態だ。
俺は奥の手を使った。 正直使いたくないが仕方なかった。
私は大家をしておりプロパンガスの物件も複数所有している。
プロパンガス業者ならすぐに修理に来てくれる。
例え部屋に入れなくてもまず修理する努力をして欲しい。
つまり、ライバルであるプロパンガス業者への
切り替えをチラつかせることで焦りを与えようとした。
そして最後は皆さんもご存知の通り入居者の言葉のパクリだ。
女性は数分保留にしたあと業者の手配をすると言ってくれた。
いやらしいやり方だが、どうやら作戦は成功したようだ。
さらに、もう1つ俺には狙いがあった。
業者も天下の東京ガスからの依頼とあれば断れないはず。
筋書き通りだった。
初歩的だが下請けが動かない時は、元受から揺する。
条件を了承した上で、工事会社が来くることになったのだ。
俺は入居者に早速連絡し、修理日程を決めた。
部屋には入らない代わりに室内の確認作業を
入居者が対応する事に合意してもらった。
そしてこう付け加えた。
「まず外から給湯器の状況を確認してもらいます。
しかし、業者の方がそれだけでは直らないと判断された時は、
部屋に立ち入ることを許可して下さいますか?
○○さんが仰るとおり、まずは努力しますので。」
入居者は遂に部屋への立ち入りに承諾した。
そして、運命の修理日。
俺は祈る気持ちで業者からの結果連絡を待っていた。
プルルルル♪ 工事会社からの電話だ。
「どうでしたか?直りましたでしょうか?」
俺は名乗ることも忘れて結果を促した。
「こちらでお湯が出るのを確認したわけではないので、
良く分かりませんが住人の方は直ったと言っていました。」
なんかちょっと怒ったような口調だった。
きっと入居者との不毛なやり取りがあったのだろう。
想像ができるだけに気の毒に思えた。
それに、結局部屋には立ち入れなかったようだ。
「ありがとうございます。本当に助かりました。
原因は何だったのでしょうか?」
「たぶん安全スイッチがロックされたんだと思います。
解除しただけでお湯が出たようです。」
俺はもう一度お礼を言って業者との電話を切った。
理由は何であれ良かった。 直ったのだー。
やっとこの呪縛から開放される。
気がつくを俺は何年ぶりだかのガッツポーズをしていた。
そして入居者に電話した。
「○○さん、直ったと伺いましたが、大丈夫ですか?」
「ああ、大家さん、ありがとうございます。直りました。
これでお湯のシャワーに入れますよ。
今回は本当に紳士に対応くださり感謝しています。」
なんだか退去どころか、俺の対応に満足しているようだ。
彼は俺が居留守を使っているとか、マリファナ栽培や、
少女監禁を疑ったことなど知る由もないだろう。
もうどうでもいいや、退去してしまえと思った事も知らない。
でも、とにかく良かった。
入居者が満足してくれるのが大家として一番の幸せだ。
しかし、あの給湯器は相当古かったのを想い出す。
またいつ同じような事態が起こるだろう?
俺は今日も彼からの突然の電話に怯える日々を過ごすのである。
あなたも大家になるのであればこのくらいの苦労は覚悟しておこう。
