ニッカポッカと作業着と美しい娘
3人は俺の前に横一列に並んでこちらを観察していた。
3対1か。 普通に交渉したら厳しい。
ここは強気に先制攻撃だ!
俺は切り出した。
「お電話でお伝えしたように、クロスの染み、汚れ、引っかき傷、
これらを張り替えるだけで現在の敷金では足りない状況です。」
俺は汗まみれになって作成した資料を見せようとしたが、
作業着姿の退去者のご主人の父親が話を遮った。
「前の大家さんが何もしてくれない人でね。ここの洗面とか、
この床の張替えとか、棚の設置とかこちらでやったんだよ。
なのに、敷金の返還どころかそれ以上に払えはないよね。」
俺が年下だからか、それとも自分が工事のプロだからか、
または作戦なのかわからないが、上から目線だった。
しかも、俺の話はそっちのけだ。 全く脈絡がなっていない。
なるほど、そう来たか。
脅せば俺が怖気づくと思っているのだろう。
他の二人は黙ったまま、何も話そうとさえしなかった。
3人の関係を理解した。 この作業着がボスと言うことだ。
俺はすぐに言い返さずに、黙って相手の話を聞いていた。
作業着は主導権を握ったと思ったのだろう。
調子よく、得意げに、さらにこう続けた。
「あそこにあるBSとCSのアンテナまで付けたんだから、
こっちからしたらお金を払って欲しいくらいだよ!!」
さあ、皆さんならこういう時どうするだろう?
相手の言うことは最もらしく聞こえるだろうか?
敷金23万円を黙って返還してしまうだろうか?
大家として、元不動産屋として、交渉のプロとして、
俺は作業着の大きな過ちを見逃さなかった。
もともと交渉が有利になるよう武器を用意していたが、
先方からより強力な武器を提供してくれた事に感謝した。
皆さんもご存知だろう。 賃貸借契約には、
原状回復義務があるのだ!!!
正直言うと前のオーナーがちゃんとしておらず、
部屋を貸した時の状態が残されていなかった。
図面にはない洗面所や棚は入居者がつけたものと
なんとなくは思っていたが、確証がなかった。
俺から確認しても良かったが、相手の勘が良い場合、
「入居時からありました。」
と言われてしまえば、俺はそれを信じるしかない。
ところが作業着は自ら情報を提供してくれたのだ。
俺は契約書を見せながら、こう切り出した。
「○○さん、契約書には現状回復の義務があります。
つまり、たった今ご説明頂いた工事内容は、
すべて元に戻して退去していただく必要があります。」
今まで悠長に話していた作業着の口が止まった。
と言うよりも開いた口がふさがらない、と言った感じだ。
相手の後悔した様子を充分に確認してから俺は付け加えた。
「さらにあそこのラジコンは○○さんの所持品ですよね?
でも、既に退去しておられるので今は私の物となります。」
作業着は黙ったままだった。
今度はご主人のニッカポッカが焦った様子で話だした。
「いや、あれは今日撤収しようと思っていたんです。」
そういえば、ニッカポッカの声を初めて聞いた。
服装に似合わず、子供っぽい声だった。
だから話さずにいたのかな? と、考えたりもした。
声が子供っぽいからと言って、俺は容赦しない。
「そうですか。 まだ必要と言うことですね。
では、今日までこの部屋を使用していた事になります。
従って、本日までの日割り家賃を請求させて頂きます。」
今度はニッカポッカの口が開いたままになった。
俺はとどめを刺す。
「契約に従うとラジコンを諦めていただくか、
本日までの家賃をお支払い頂くかになります。」
沈黙が流れた。
向こうは、誰一人、何も言い出そうとしなかった。
俺は勝利を感じた。 さあ、あとはクロージングだ!
長くなったので、続きはまた明日。
衝撃のラストを見逃すな!!