セックスレスと不妊治療。


セックスレスで悩む人がいる。

不妊治療に取り組む人がいる。


そして、わたしのように、両方で悩む人もいるだろうと思っていた。

そして、それに対して、こんな姿勢でいる人間がここにいること、

そんな一つの例であればいいと思ってきました。


だって、レスなのに不妊治療って、まぁ一般的に考えたら、相反する感じなのですよね。

でも、別に自分がそれを望んでいるわけじゃないのに、

その場に立たされてしまい、誰にも相談できず、しんどい想いをしてしまう。


私は、レスで不妊治療が悪いなんて、思ってません。

自然の摂理じゃないじゃないか、というのなら、

この世界にそんなものは、うようよあるはずです。

レスであることだけが、そんな風に扱われるのもおかしな話だから。


ただ、もし私がもっと若ければ、道のりはもう少し違ったのかもしれない。

相手が夫でなければ、また違ったのかもしれない。

それは、わからないけれど、私なりに今の最善策だったのだと、

思っています。

そうでなければ、ここまでやってこれなかったかもしれません。


不妊治療に取り組む方たちとは、例えお互いに関わることがなくても、

ひそかな同士として、同じ目的を持つ人間として、

それは、傷を舐めあうことではなく、

励ましあいながら、頑張れたらいいなと思ってきました。


なので、「妊娠」までの道のりでいいと最初のときから考えていました。

正直、それ以降の記録は、不要だろうと思ってきたのです。


はじめは、半年くらいのブログになる予定でした。

そして、その後切り替えればいいと思っていました。


でも、なかなかうまくいかないまま、このブログ、

2年続けることとなりました。


その間も、妊娠までの記録という気持ちは変わりませんでした。

(ただ、当初は最終地点が「陽性」だったのが、「心拍確認」には、

変わりましたが。)


私自身、妊娠された方へのブログ訪問は、

遠のくこともありましたしね。


でも、妊娠・出産されていくブログを見ながら、

あぁ、順調なんだな、元気なんだなとわかり嬉しくもなりました。


なので、どちらがいいとか、そういうことではないと思います。


私はこのままこのブログで記録を続けていくことは、

なんとなく、違和感があるのです。


セックスレスは、今も私にとって課題ではあります。

この話をすると、今も夫は黙ってしまいます。

黙るということは、そこに罪悪感なりなんなりがあるのでしょう。


無事、出産したとして、子供を持った自分が

どう変化していくか、わかりません。


ただ、「もう一生レスでいい」なんてことにはならないと思う。

今は、優先順位が上位でないけれど、それは、この先はわからないから。


でも、「男」としての役目を果たしたように思われる夫は、

「もう大丈夫なんじゃないか?」とか思ってるのかもしれないけど。


でも、このことはまだすぐに動きはないでしょう。


だから、今日で最後です。

私が、ここに戻ってこなければ、順調なのだと思っていただければと思います。


現在、すごく軽めだろうと思うのですが、

やはり初期症状に襲われ、思考能力は落ちており、

行動もにぶーくなってます。


なので、すぐに新しいブログを作るというところにいけそうもありません。


ただ、また書きたくなったら、立ち上げるだろうと思います。

その際には、こちらにリンクを貼ろうと思っています。


そして、いましばらくは、IDもこのブログもそのままにしようと思います。

ですので、shantaoのまま、ペタやコメをするだろうと思います。


また、いつでもコメ等くださいましたら、お返事が多少遅れましても、

ちゃんと読んでおりますので、よろしくお願いします。


夫婦は、いろんな形があるもんですよね。

一つが解決したら、新しい問題が目に付くこともあります。

また、ぶつからず諦めてしまうこともあるのかもしれません。

でも、自分が後悔しないようにしていきたいなぁと思います。


夫の弁明をすれば、夫なりにいたわってくれておりますし、

実感はないものの、楽しみなようです。


こんな風にごちゃごちゃ言いましても、

私は結婚はイイモノだと思っています。


皆々様それぞれが楽しめる結婚生活でありますように。


2年間、本当にありがとうございました。



陣内クリニックでは、AIHを6回しました。

その期間、7ヶ月。

休んだのは、2回くらいでしょうか。


思えば、もう少し卵巣を休みながらの方が

よかったのだろうと思います。


最初、とても期待しました。

自分が、1割の中に入れると思っていた。


でも、3回目くらいから、無理かもなぁと思ってた。

IVFを視野に入れだした。

でも、定められた回数まで、ともかくやろうと思ったから。


6回目のAIHが陰性に終わって、

お盆の帰省があった。気が重かった。


そして、IVF。


IVFの詳細は、割愛します。


私のそのときの心情だけ。


当たり前だけど、とても期待しました。

妊娠率、20%


そして、たくさんの方が、陽性反応を出されていく中、

自分が情けなくて、情けなくて、どうしようもなかった。


ひととの出来を比べることではないし、

比べたところでどうしょうもないことだ。


これは自分の問題。

この暗闇から、抜け出すには、自分自身が望む結果を得ること。


陽性のニュース、出産の報告を聞きながら、

励まされる部分も確かにある。


私よりも、ずっと努力をされてたりもする方もたくさんいる。


でも理屈と感情が分離する。

居場所がどうにもこうにも違うのだ、と。


そのときの気持ちを、忘れないと思う。


ただね、そんな闇を放浪する中でも、

こうしてブログを通じて、気持ちを理解してくださる方がいたり、

いろんな言葉で応援してるという気持ちを投げてくださったり、

一人で、もんもんとせずにすんだのは、

このブログの向こうにいらっしゃる皆さんのおかげでもある。


それもまた、事実。

ほんとうに、助けられました。ありがとうございます。


5度目の移植。

その高温期、抜群に悪い体調でした。

体温もろくに測らなかったためか、

今でもうちのプチソフィアは、妊娠マークをださない。

残念ながら、みれそうにありません(笑)。


ものすごく、最後はざくっとになってしまいましたが、

大まかな経緯を書き、自分の時間を振り返ることが出来ました。


体調は、きっと決して悪いわけじゃないのですが、

それでも、ものすごくパワーを吸い取られている感じです。


なので、思考能力も落ちております。


このブログの今後について、

次回書こうと思います。


お付き合いくださって、ありがとうございます。



本当に、ありがたいことに、今日、

最後の通院となりました。


一週間、最後の診察のときには、

ちゃんとお礼を言いたい。

ずっと考えてました。


レスであることに、劣等感を持たずにいれたし、

「残念だったね、大丈夫?でも、きっと大丈夫。

また、諦めないで頑張ってほしいな」

そんな風におっしゃってくださった先生に。


内診で、無事に育ってくれているのがわかりました。

CRL(身長)は約10mm。


診察室に呼ばれ、紹介状を書きながら、

「何か聞きたいことあったら、書きながらだけど

聞いてね」とおっしゃって。


今日はすごく混んでたし、効率よくしないとなと思い、

「くじけずに通院できたのは、先生のおかげです。

本当にありがとうございました。」とだけ言いました。


「いや、shantaoさんもよくがんばったよ。

こうして見送れることが一番嬉しくて。

中には、やっぱり途中で諦めてしまう人もいるからね・・・」


ちょっとさすがに涙がでました。


「生まれたら、できれば写真付ではがき送ってね。」と、

はがきをいただきました。


個人情報保護シートつきで。


「こういうのが、すごく嬉しいんだ」って。


看護師さんに、最後の説明をうけ、

お礼を言って終わりました。


予定日は12月4日。

予想通りです。


転院しようと思ってたから、それを告げる前に、

こうしていい意味で転院となって、よかった。


1年と5ヶ月、通院しました。


来週には妊婦検診を受ける病院に

行こうと思っています。