婦人科での通院は相変わらず続いていた。



正直、セックスレスだったから、できないのじゃないかと思ってた。

タイミングを何ヶ月かとれば、できるんじゃないかって。

排卵日検査薬の反応がわかりにくかったので、

病院で指導してもらえば、大丈夫じゃないかって。



どんな検査をしても、正常値だった。


だから、春には妊婦にきっとなれてるだろうな~って、思ってたなぁ。

でも、甘かった。


まぁ、タイミングがとれないのだからね。


私は迷っていた。


ステップアップしたら、また100%セックスレスになるだろうから。

タイミングのためだけ、射精するだけのセックスに、

意味はあるのか?わからないけれど。。。


あと、夫の自然妊娠を望む意見もわからなくもなかったし。



セックスについては夫に無理強いさせてるんだなぁと思うと、

「もう、いいのかな」という気持ちにシフトしていったように思う。



そして、このままではいつまでも同じだろうと判断した。

卵巣も私もただただ歳をとっていくだけ。


この思いは、夫には伝わりきらない。


今後もタイミングだろうが、ステップアップをしようが、

不妊専門病院への転院を決意した。


この頃は、この頃で、全然前向きとはいえない周期で、

辛かったなぁ。


ただ、夫が自分の甘えでタイミングがとれず、

機会を逃している、という自覚を与え続けることで、

協力的になるだろうとも思っていた。



でも、自分の体は無理をさせていたので、

夫へのプレッシャーでよしとする気持ちと、

全く楽しみでない高温期のむなしさで感情の波があったように思う。



年齢も年齢だし、ステップアップするのが通常だろうけど、

私自身が、決意するにも随分時間がかかったと思う。



2008年12月

陣内ウイメンズクリニックに転院。



「不妊専門病院」への転院。

これが夫に多少響いたようだった。


AIHは、前の病院でもできたけど、

採精する時間的なこととか、難しいだろうと思ってた。


転院先の条件として、

・精子の凍結保存ができるところ

・IVFなどの高度医療もやっているところ

・できれば複数の先生がいて、休みなく対応しているところ

・会社帰りに寄れて、家からもそう遠くない範囲


などなど。

先生は一人だったけど、土日に診療しているのが大きいと思ったので、決めた。


夫に、「セミナーにでてみて欲しい」と持ちかけた。

知識なく、物事を否定するのはおかしいしね。

知らないから、拒絶反応が起こるってこともあるし。


意外とすんなりと夫の了承が得られて、驚いた。

こういうところに、「転院」の効果があったのだと思う。


セミナーを受けた夫は、

「いかに女性が大変か。ってことを旦那に知らせるセミナーやな」

と言った。まぁ、これは同意する部分もあり。


AIHに進んでみようと思うことを言うと、

「いや、俺は別にいいよ」とあっさりOK。


俺は・・・って、嫌がってたのは誰だよーと思いながら、

後日、夫の感染症等の確認のため採血に行った。

夫が、クリニックに行ったのは、この2回だけ。


そして、年明けから、ステップアップが始まった。


つづく。


2006年  10月

5周期くらい自己タイミングしたものの

結果が得られないため、通院を考える。


最初に自宅から車で10分ほどの個人院だが、

体外受精まで行ってるところがあったので行ってみる。


夫婦生活について尋ねられたとき、

5年間レスだったことを口にした途端、

涙がぼろぼろこぼれ、ちょっひかれる。


医療設備は新しいとは思えず、

先生の感触もあまり好ましくなく思い、二度目はいかなかった。


2006年  11月

職場と自宅との兼ね合いで、

通える範囲の婦人科の個人クリニックに行く。


淡々とした先生で、通えそうだと判断。

専門医ではなかったけれど、ここはAIHもやっていた。


セキソビット、クロミッド、hcgなどで排卵誘発を繰り返す。

夫は平日のタイミングは嫌がり、できなくなる。

週末にあたっても、「忘れてた」とか、「明日でもいい?」を

繰り返し、1年間の通院でまともにとれたタイミングは2回。


タイミングがとれないと、なんだかがっかりされるので、

クリニックに行くのが億劫になる。


2周期通院、1周期休むっていうペースを勝手にしてた。


薬を飲んだり、注射を打ったり、また物理的な通院の時間。。。

そうして月に一度のチャンスを「明日じゃダメ?」と言われると、

何もかもイヤになった。馬鹿みたいだと思った。


このとき、通院は初めてだったわけなので、私は検査をしまくり。

でも、結局夫は一度も行かなかったし、精液検査も受けなかった。

自然妊娠がいいやろ?を繰り返す。

それなのに、いざとなるとチャレンジすらしないって何?と苛立った。


私の卵巣は酷使され、頑張ってるのに、可能性0%のまま、

リセットを待つ日々は、ほんとに辛かった。


タイミングが取れなかったとき、私は一人で泣いていた。

夫はそれを見て、「泣くなよ・・・」と言ったけど、

誰のせいだよ・・・。嫌悪感が湧くほどだった。



2007年  5月

このブログを 開設。

記録を残しておきたかった。

ベビ待ちまの歩みと、自分の気持ち。

また、レックスレスでものすごく悩んでたとき、

いろんなHPなどで、同じ悩みを持つ人たちの

文章に、自分だけじゃないんだと慰められたこともあり、

レックスレスでもあり、ベビ待ちもしている人間が

ここにもいるっていうことを知って、

同じように、共感する人がいるんじゃないだろうかとも思った。


そして、ベビ待ちをしている方々となら、

共有の話題として、コミュニケーションが図れるかもしれない、と。


そしてそれは、私の想像以上の支えになってくれた。


2007年 梅雨ごろ

AIHを5回した友人A。

最後のAIHの前に、休んだ周期で自然妊娠の報告。


それまで毎周期治療についてメールしあっていたが、

ぱったりとやりとりがなくなる。

妊娠の状況報告を聞いてもきっとしんどいし、

妊娠した友人に、不妊治療報告もなぁ・・・と。


どうしていこうかなぁ・・・と思っていたけど、

Aからその件でメールがこなくなったのは、

Aなりの思いやりだったのだと思う。

聞いてもこなかったしね。



つづく。

たくさんの方から、おめでとうと言っていただき、

自分もなんとか望んだ方向に進みだした。

そんな風に感じる日々です。

本当にありがとうございます。


結婚して、7年半。

ベビ待ち開始から、2年9ヶ月かな。


ここまでの時間を、不妊治療とセックスレス、

自分の気持ちなどを入れながら、振り返りたいと思います。


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2001年 11月 

知り合って13年 交際期間 約2年を経て 結婚


2002年  3月 

セックスレスになる

ここまでで、結婚後のセックス回数3回。

まぁ、交際期間でも片手で足りる回数だけどね。

あんまり会わなかったし。ちょっと変わったカップルだと思う。


2002年  8月ごろ?

夫にセックスレスで起こる感情の波をぶつける。

でも、なぜかわからないと言われ、そのまま。


ここまでで、風俗の名刺も発見。

私には触れないのに、金払って女に触れてくるのかと、

ぐちゃぐちゃした気持ちがあった。

でも、こっそり見てたこともあり、直接は言い出せず。

風俗いくなら、私にも義理を果たせ!と思ったり、

そんな体で触れられたくないと思ったり。


私でダメなら、離婚したほうが夫のため?とか思う。

でも、夫に非があるのなら、私が離婚しようと思うまで、

別に考えなくてもいいのか??とぐるぐるぐる。


友人にも相談というか、その状況を話していたけど、

ずっと代わり映えのない話を聞き続けるほうも

疲れてしまうだろうな・・・と想い、あまり話さなくなった。


レス3年目くらいまで、ものすごく不安定になることがあった。

その後も時々、なにやってんだろなーと思ったけれど、

レスについては、あまりどうでもよくなっていた気持ちも。


2004年(32歳) 

子供が欲しいことを伝え始める。

どうせすぐに行動に移すのは無理だと思ってた。

1年くらいかけて、その気になってくれるといいと考えてた。


「トイザラスで買っておいで」発言もこの間。

さすがにキレる。

基礎体温を測っていたことが馬鹿馬鹿しくなり、プチソフィアを捨てる。

それでも、その後も、ときどき明るく訴えかけてはいた。


私が家にいれば時間もできて、チャンスもあるか?と思ったけど、

なんの意味もないことに、むなしさも感じたことも。


2005年 12月 

義母 急逝


あまりに突然の出来事だった。

でも、この件で私も自分の母親にもいつ何が起こっても

おかしくないのだと思い、何もしないまま孫を見せれずに

何か起こってしまったら・・・と思うといてもたってもいられないと思う。

そして、夫もそれは理解したようだ。

基礎体温をまた測り始める。


2006年  5月 

排卵日などを伝え始める


友人Aが不妊治療病院に通院を始めたと聞いた。

私も病院に行ったほうがいいのかもしれないと思った。

でも、まずはレスなのに病院に行って何になるのか?

タイミング法の指導をしてもらいたくても、意味がない。

通院すら、自分はできないのだなーと考えてたし、夫にも言った。           


同年     7月 

5年以上のセックスレス解消。      


快楽とか楽しいとかそんなものからはほど遠いが、

私の中の、何かが溶けたと思う。

これを機に、レス解消になればいいなぁとも思った。

でも、それは甘かった。

子作り以外の交渉は、夫は全く望まない。

排卵日検査薬と体温計での自己タイミング。

それでもこの頃は、ほぼ毎回チャレンジできてたかなぁ。

          

                                                          つづく。