Road to Fukuoka ~国際レースをめざして… -10ページ目

Road to Fukuoka ~国際レースをめざして…

au Run&Walk x Karada Managerのチャレンジ企画「カラダ改造計画」で2009年フルマラソン初完走!
そして2年─ついに,マラソンライフの集大成,国際マラソンへの挑戦がはじまる…

今回の『防府読売マラソン』でのデータを分析していました。まずはレースコンディションから…。

《レースコンディション》
天気=くもり
気温気温=8.5℃/湿度52.0%

ベストコンディションといって間違いありません。ただし、風の影響は幾分ありました。22km地点で向かい風、対向する37km地点では追い風だったように思います。

今回も、走行中に心拍計(Polar RS800CX)とストライドセンサーを装着してデータを取りました。まずは、概観。こんな感じでした

Race_Hofu

《レースデータ》
タイム=2時間56分43秒
平均ペース=4分11秒/km
瞬間最高=3分39秒/km (約18.6km地点)

ランニング強度(Index)=66
ハート平均心拍数=185bpm
ハート 最高心拍数=196bpm

チェンジ平均ケイデンス=92
くるくる最高ケイデンス=103

《詳細データ》
地点─LAP(ペース)─平均心拍数─平均ストライド
5km─21:14(4:14/km)─181bpm─117cm
10km─20:01(4:00/km)─191bpm─128cm
15km─20:23(4:04/km)─192bpm─127cm
20km─20:14(4:02/km)─190bpm─129cm
25km─20:40(4:08/km)─189bpm─126cm
30km─20:59(4:11/km)─187bpm─122cm
35km─21:39(4:19/km)─185bpm─115cm
40km─21:33(4:20/km)─185bpm─119cm
GOAL─9:50(4:28/km)─183bpm─***cm

《レース分析》
スタート~5kmまで
序盤の5kmは1分程度のスタートロスがあったにもかかわらず、計算上はサブスリーペースの4分14秒で通過したことになります。これはかなり速いペースでしたが、心拍の立ち上がりが緩やかであったことで、次の5kmのトップスピードまでスムーズに加速できたと思われます。ストライドが際立って短いのは、スタート直後の混雑した状態で歩幅が小さく取らざるを得なかったことが影響しているとみて間違いないでしょう。

5km~20km
ここのラップはほぼキロ4分ペースで突っ込んでいることになります。心拍数が190bpm台とかなり高い数値を示していますが、体感的には不快ではなく、そのまま進めました。流れに乗っていい状態で走れた部分です。

20km~30km
風の影響があったこと、軽度の痙攣が脚にきたことにより、徐々にペースが落ちてきました。脚筋的には不安がありましたが、心肺はまだまだいける感じでした。痙攣の状態からペースを落とさざるを得なかったですが、まだこの段階ではパフォーマンスの低下が最小限に抑えられています。脚の状態は既にかなり悪い状態になってましたが…。気力で押し切っているのが、データからもわかります。

30km~ゴール
いよいよ脚の状態がひどくなり、意識的にペースダウンを行ったことが、データからもはっきり見えてきました。もし脚の状態がまったく影響なければ、追い風を利用して逆に加速(もしくは、少なくとも序盤のペースで続行)できたかもしれません。脚筋はふくらはぎの部分だけですが、既に限界に近づいていました。が、逆に心拍数は低下傾向になるなど、心肺的にはまだ余裕がある状態でした。

これまでに走ったフルのレースでは、ほぼすべて心拍数が漸増する傾向にありました。今回は、20km地点をピークに、逆に低下傾向でした。つまり、心肺的にはかなりの余裕をもってゴールしたことになります。このレースに出る前は、記録更新を阻むボトルネックは心肺機能だと思っていました。が、今回の記録を客観的に分析する限り、逆に筋力に課題が見つかりました。意外な発見でした

今後のレースに向けては、より一層、疲れない筋力を身につけるのと同時に、疲れないフォームを追求してパフォーマンスアップにつなげて臨みたいと思います。

レース編おわりダニエル君
35km=通過タイム2時間25分10秒
(LAP 21分39秒)
ここからは、腫物に触るように脚の状態を確認しながらの行程。山陽本線の上をくぐる植松跨線橋から交差点に向かう33km付近は、事前のレース戦術としてはラストスパートの場所と企んでいた。

が、既にその余裕はなく、できるだけ脚に負担のかからないフォームを意識しつつ、目立ったペースダウンにならないようにはどうすれば良いかを試行錯誤しながらの走りを余儀なくされた。

交差点を曲がって、しばらくすると、ランナーズのわかちゃんとすれ違った。その対向車線のランナーが苦しそうに走っているのを自らに重ね合わせながら、みんな苦しいんだと言い聞かせつつ、一歩一歩を進む…。

わかちゃんとすれ違った時に、ぼくは「いける!、できる!」と叫んでいたよ、といっていたそうだ。確かに何か叫んでいたのは覚えている。でもそれはサブスリーへの確信、というよりも、ある意味自らを奮い立たせるような、願望だったのかも知れない…。

そして、35kmの通過タイムで残り35分あることを確認。この時点では端数を含んで7.195km残っているので1kmあたり5分かかったらサブスリーは達成できないことくらいすぐに計算できた。一方で、ここまで走ってきて、5kmラップが22分を切っていることから、4分半はかかっていないことも分かる。

冷静に考えても、かなりの確率でサブスリーはできるのでは、と望みがもてるようになった。もちろん、両ふくらはぎのピリピリがこれ以上酷くならなければという条件付きではあるが…。

40km=通過タイム2時間46分53秒
(LAP 21分43秒)
35kmから40kmまでのこの区間が、もっとも心理的には不安定な区間であった。タイム的にも微妙、脚の状態も微妙で、どちらに転んでもおかしくない状況。最高でサブスリー、最悪で棄権、どちらの可能性もあると思っていた。

何とかペースダウンはしないように、ほんとうに、祈るような感じだった。走り方については、できるだけふくらはぎに負担をかけないように、地面すれすれに足運びをしたり、ちょっとだけピッチ走法を意識して着地衝撃を抑えたり、大殿筋を意識したり、リラックスを心がけたり…と

想像力をMAXに働かせながら、いちばん頭を使って走った区間になった。

そして、40kmの通過を目標より3分早い時間で通過。当初の目論見では、40kmの通過タイムの想定を(1kmあたり4分15秒のペースをイーブンで走ったとして)2時間50分としていた。そのターゲットに対してある程度の余裕が残っていることを確認。

もちろん、ふくらはぎの状況次第とはいえ、何とか頑張ればサブスリーは可能だろう。ここまで行けば、あと2km。何とか最小限のペースダウンで済むように、歩を前に進める…。

ゴール=2時間56分43秒
(LAP 9分50秒)

41kmの表示で時計を見たら、残り8分あることがわかった。もう肉離れさえ起らなければサブスリーは確実だ。一抹の不安を覚えながらも、一歩進むごとに確信の比率が増していく…。そして、競技場が見えてきた…。

応援のチームメイトに、まだかなまだかな…と随分心配させたが、2時間55分のところで再会、大きな声をかけてくれた。そして返す言葉で「サブスリー、いけるなっ!」と…。ふくらはぎは限界に近づいていたが、ここまで来れば気力で押し切れる。さらに、トラックのふかふか感が幾分その痛みを和らげてくれた。

ゴールしてみて、達成感は確かにあったが、その瞬間は意外にも特別の感慨はなかった。ふくらはぎを除く脚筋群、心肺がかなり余裕をもった状態でのゴールとなったことが理由なのか、ゴール前の疲労で何も考える余裕がなかったか、それはわからない。

それでも、電光掲示板の表示をが「2」になっているのを繰り返し目に焼き付けながら、ほんとうに3時間を切ったんだ!と、あらためて認識した。

おわり…ダニエル君
次は、データ分析編へ…!(後日報告します!)
20km=通過タイム1時間21分52秒
(LAP 20分14秒)
ちょうど周回コースから抜けて、往復コースに切り替わるこの場所では、市街地に向かうにつれて雰囲気が変わるところだったが、景色を見ている余裕はあまりなく、ひたすら前の人の背中を見ていたような感じがする。

それでも、心肺、筋肉ともにしっかりしていて、まだまだ同じペースで走る自信があった。ここでもラップをとったが、前の5kmよりもさらに速くなっていた。そして、1時間21分台で20kmを通過したのはおそらく初めてなのでなかなかイメージできず…。

走りながらハーフの通過タイムを予想する。残り1.0975kmでハーフになることから逆算して、端数分を含めても5分かからないだろうと計算。すると、これまでのハーフの自己ベストをも上回る1時間27分切りが視野にみえてきた。

ほんとうに、このままのペースで走って最後までもつのか。カラダは不安なしだが、メンタル面で少しばかり不安がよぎってきた。

ハーフ=通過タイム1時間26分23秒
20km通過時点で既に計算していたとはいえ、いざ時計を見ると我が目を疑った!

今シーズンはハーフを1本しか走っていなくて、しっかりしたデータがとれていなかったこともあったが、つい2か月前の10月中旬に走った唯一のハーフマラソン『ナゴヤアドベンチャーマラソン』での1時間28分40秒がハーフのベストタイムだったことから考えて、2分以上も早い!

しかもナゴヤのときには心肺的にも脚筋的にも苦しい感覚をもっていたので、ほんとうにこのまま飛ばしていいのだろうか、と一抹の不安…。とはいっても、まだまだ感覚的にはとても楽だったので、行くとこまでは行けるのではと、わずかな期待も…。うまくはまれば、3分近くの余裕を残しながらそのままゴールできるかも知れない、と予測できた。

そして、ハーフの少し手前で女子の3位グループ3人の集団に追いついた。しばらくは勢い余って前に出て引っ張るかたちとなったものの、ここでペースを乱して後半の失速を招くのは得策ではないと、ペースをやや緩めて、自然と追いつかれるのを待つことにした。

25km=通過タイム1時間42分32秒
(LAP 20分40秒)
しばらくすると予想どおり女子の集団に追いつかれたので、その後ろにピッタリとつかせてもらい、仮想ペースメーカーにさせてもらった。

県道(183号線)を横切って、22kmの地点に差し掛かったところから向かい風が強く吹き付けるようになり始める。サブスリーペースで疾走する女性ランナーに対する声援はひときわ大きくて、そのエネルギーを受けながら走るのはとても気分がいいものであった。

ところが…その直後、まず右のふくらはぎがピリッとしてきた。しばらくは気のせいだと思い、そのまま走ったが、その強さは次第に増してくる。レースで初めての試練がここでやってきた。

30km=通過タイム2時間03分:31秒
(LAP 20分59秒)
25kmの計測板を通過してから、エネルギージェルの残りを飲みほして、来たるべき難関に備える。27km地点過ぎからの橋が難関だと、防府出身でランニング教室のチームメイト(今回はエントリーはせずに応援に駆けつけてくれた)が、事前に教えてくれていたので…。

そして、26km手前でパトライトを点灯させながら通過する先導車が対向車線へ。するとほどなく、招待選手のSer-OdBat-Ochir選手(モンゴル)と川内優輝選手(埼玉県庁)が先頭争いをしているのが見えてきた。

同じ集団で走っていた女子選手たちはサブスリーペースで走りながら川内選手に声援を送っている。一方の僕にはその気力は無く…とは言いながら、それにあやかりつつ、無言のやる気スイッチを入れなおした瞬間…!

キター。。。ふくらはぎのピリピリ感が一層強く、激しく…!!
まさに、ここが正念場。この先16kmもピリピリ振動するふくらはぎとの長い闘いが続くとは…?!そして、ここからはがまんとの戦い。

折角良いペースメーカー集団(このときにはすでに10人近くの集団に膨らんでいたと思う)にめぐり合ったが、このまま追いかけるのは最悪の場合肉離れを招きかねず危険だと判断。つらい決断だったが自ら集団喰らいつくのを断念、離れることにした。

つづく…ダニエル君