今日は、先週の日曜日(10月13日)に出掛けた大阪北部の妙見山周辺のお城巡りとケーブルカーの旅の第二回目を紹介します。

第一回目の記事は こちら です:
https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12535414886.html


川西能勢口から能勢電鉄で妙見口に行き、県境の吉川城址を訪れました。
吉川城址から下山し、麓の集落でお祭りの山車に遭遇した後、車道で兵庫・大阪の県境を抜けました。
15分程で、能勢ケーブルの入り口に着きました。

元々の予定では、この後、能勢ケーブルに乗って、その後に妙見口から豊能町の中心街に向かうバスに乗り、地黄陣屋の跡を訪れる予定にしていました。妙見口から豊能に向かうバスが2時間に一本しかなく、うまい具合にケーブルに乗って往復できるかが、この日の旅程の最大のポイントと思っていました。

能勢電鉄の妙見の森ケーブルカーの入り口にバス停があり、時刻を見ると、丁度数分後にバスが来るではありませんか。
これなら、まず地黄陣屋を訪れた後に再びケーブルに乗った方が効率的です。 



妙見口からのバスは何人か、お客さんを乗せていましたが、その殆どがケーブルカーの入り口のバス停で降りてしまいました。

バスは、山間を走り、15分程で豊能警察署前のバス停に着きました。



ここが地黄陣屋跡の最寄りのバス停、と思っていましたが、バスが走り去った随分先にその跡があるようです。
中世からこの地を治めていた能勢氏は戦国末期に明智光秀に付き、明智光秀が本能寺の変の後、秀吉に討たれると領地を失いますが、関ヶ原の戦いで東軍に付いた為に領地を回復し、父祖の地で1万石を拝領します。



そして気づいたのが地黄陣屋ですが、思いがけず立派な石垣が残っていてびっくりしました。


そして、この地黄の集落でも秋祭りが行われ、山車が出ていました。



丁度、この時は休憩中だったようで、お囃子も聞けずにちょっと残念でした。

地黄には、陣屋が築かれる前の丸山城跡とかもあるようで、もう1時間程居られると良かったのですが、妙見口に戻るバスは、すぐにやってくる時間になっていました。

バス停の近くに咲いていたコスモスです。



この辺りはすっかり秋本番といった感じです。
帰りは、豊能警察署から一停留所先の奥の院から乗車します。



まもなくやってきたバスに乗り込むと、先ほど、ケーブル口のバス停から乗った時と同じ運転士さんでした。


ケーブル口で下車し、能勢電鉄のケーブルカーの駅に向かいます。



急な斜面を真っすぐ一直線に上る線路が見えています。
20分毎に運行しているケーブルカーが到着してすぐのタイミングで駅に着きました。


おかげで、ケーブルカーの一番前の席を確保する事が出来ました。



登るときはずっと動画を撮っていたので、この写真は帰りのケーブルで撮ったものです。
ケーブルカーはあっけなく山上の駅に着きました。

僅か5分の乗車でしたが、これで遅々として進まないケーブルカーの日本全線乗車の旅もあと5路線となりました。

ケーブル山上駅の標高は460m。
ここから坂道を歩いた先にはリフトがあり、更に山の上に行くことが出来ます。

 



この日は長袖こそ来ていましたが、薄いシャツ一枚の軽装でした。
ふと周囲をみると他の人は暖かそうな上着を着ています。
リフトに乗って風を受けるうちに、身体の芯まで冷えてきました・・・

リフトの終点からは、すこし歩くと能勢妙見堂という日蓮宗のお寺に行くことが出来ます。
南限と言われるブナの原生林を抜けて能勢妙見堂に向かいました。



原生林には倒れた大きなブナの木もあったのですが、これはその前日の台風ではなく、1年前の台風21号によるものではないでしょうか。

ブナの自生林を抜けると、展望が開けていました。



写真でみると、山間の景色のようですが、この開けた景色の向こうには、遠く大阪湾が見えていました。
ここは天気のいい日に来た方が良さそうです。


今日の散策の様子は、後日に本編のホームページで詳しく紹介する予定です。
本編のホームページは こちら です:
http://shanehsmt.html.xdomain.jp/index.html


本編のホームページは こちら です:
http://shanehsmt.html.xdomain.jp/index.html


"Explore Historical and Exotic Japan"
http://handejapan19.html.xdomain.jp/index.html