こちらは、6月2日にバスタ新宿(新宿高速バスターミナル)で撮影した、京王バスの三菱ふそう(FUSO)エアロエース(X51201(杉並200か・130)号車、QRG-MS96VP、永福町営業所所属)による、中央高速バス長野線、長野駅行きのKO6011便🚌💺です。

高速バスの新宿〜長野線🚌💺は、バスタ新宿と長野駅の間を関越・上信越自動車道経由で結ぶ路線であり、京王バス🚌💺とアルピコ交通(東京支社または長野支社)🚌💺の2社で運転されています。

今回撮影したバス🚌⛰️は、バスタ新宿を12時15分に発車するAK6011便で、途中、中野坂上駅、練馬駅(区役所前)の両バス停で乗車扱いが行われた後、千曲川さかき、上信越道屋代、長野インター前、川中島古戦場、しもひがの(下氷鉋)、丹波島橋南、長野バスターミナルの各バス停に降車扱いで停車してから、、長野駅(7番乗り場、長野県長野市)へと向かうことになります。

高速道路区間は、練馬インターチェンジ~藤岡ジャンクション(群馬藤岡)間が関越自動車道、藤岡ジャンクション~長野インターチェンジ間が上信越自動車道であり、基本的に途中の横川サービスエリア(上信越道)で開放休憩が行われています。

アルピコ交通による長野行きの夜行便(6051便)は、バスタ新宿 23時35分、中野坂上駅 23時42分発であり、3列独立シートの車両が使われることになっています。

座席は指定席で、池袋から長野までの片道運賃は、4200円(夜行便は4500円、金土日祝日は4800円、特定日は5100円)であり、WEBでの割引運賃は、3500円からとなります。

バスタ新宿と長野を結ぶ高速バスの京王バス便は、永福町営業所所属のプライムシート(1+2の3列シート)車が使われており、そのうちの51201号車と51202(杉並200か・129)号車は、プライムK(貸切)塗装で、バスタ新宿〜仙台線(広瀬ライナー)の京王便(往路は昼行(バスタ新宿から仙台駅前まで渋谷マークシティに寄らずに直行)、復路は夜行、バスタ新宿、渋谷マークシティ行き)に使われ、予備車が長野まで入ることになります。

バスタ新宿〜仙台間の下りの夜行、上りの昼行は、宮城交通(宮城県の名鉄グループのバス会社)による運行で、石巻駅発着となっています。

かつて新宿〜仙台線は、夜行のみの京王便と宮城交通便の隔日運行で、京王便も石巻駅に乗り入れていました。

宮城交通の車両は、宮城県富谷市にある富谷営業所所属なので、宮城ナンバーとなっています。

宮城交通の路線、時刻、運賃、運行状況などの詳細は、「宮城交通」で検索。



1961(昭和36)年7月1日から1971(昭和46)年6月30日まで、東京急行電鉄→東急のバス事業(現、東急バス)によって運転されていた渋谷駅~長野駅間(高崎、軽井沢経由)の長距離バス(特急バス)は、東京と長野を結ぶ長距離バスのルーツとなっていたけど、同時期には、長電バスの前身である長野電鉄のバス事業でも、湯田中~上野間の特急バスが運転されていたこともありました。

東急バスによる長野線は、目黒営業所所属であり、湯田中~上野間の特急バスと同様に一般道経由となっていたけど、午前便は「信濃路号」、午後便は「善光寺号」と呼ばれていました。

東急バスでは、渋谷~江ノ島間の長距離バス(江ノ電バスとの共同運行だった)も運転されていたけど、こちらは1974(昭和49)年6月30日に廃止されていました。

新宿と長野を結ぶ高速バス(京王バス🚌💺は、1992(平成4)年4月27日に、京王帝都電鉄のバス事業(現、京王電鉄バス)と川中島バス(現、アルピコ交通長野支社)により開設された当時、1日2往復で、中央道、長野道経由で運転されていました。



こちらは、東京〜長野間の長距離バスが、高速道路経由によって復活したものであります。

1997(平成9)年には、現在の関越道、上信越道経由に変更されたと共に、増便されています。

練馬駅(区役所前)高速バス停は、池袋~長野線の全便が停車することになっているけど、バスタ新宿からの下りの場合は一部が通過となるので注意が必要⚠️であります。

一方の池袋~長野線は、上信越自動車道が群馬藤岡から長野まで繋がった後の1996(平成8)年12月6日に西武バスと長電バス(長野電鉄の子会社)によって開設された路線であり、2019(令和元)10月1日に東京側の運行会社が西武バスからアルピコ交通に変更されていました。

翌年の2020(令和2)年4月1日には、新宿~長野線が池袋~長野線と路線統合され、池袋~長野線の予約サイトが京王グループによるハイウェイバスドットコムに変更されています。

2021(令和3)年5月15日には、長野~池袋間の長電バスが須坂駅まで延長されていました。

本年(2024(令和6)年)4月1日にはダイヤ改正が行われ、善光寺大門、ホテル国際21への乗り入れが取り止めとなっています。

上信越自動車道🛣️は、1980(昭和55)年7月17日に藤岡ジャンクションと藤岡インターチェンジ(以下、インター、群馬県藤岡市、群馬藤岡)の間が関越自動車道の支線として、東松山インター~前橋インター間と同時に開通したのが始まりでありました。

このことは、1986(昭和61)年3月25日に、長野自動車道の一部となっている岡谷ジャンクションと岡谷インターの間が、中央自動車道の一部として開通したことに準じており、1988(昭和63)年3月5日の岡谷インター~松本インター間の開通により、岡谷ジャンクション~岡谷インターの間が長野自動車道に編入されていました。

岡谷インターは、中央高速バスの諏訪・岡谷線の岡谷経由上諏訪駅発着の便(3往復、アルピコ交通、京王バスによる運行)🚌が通っています。

関越自動車道🛣️は、1971(昭和46)年12月20日に練馬インター~川越インターの間が、東京川越道路(自動車専用道路)として開通し、1973(昭和48)年4月1日には、高速自動車国道(高速道路、関越自動車道)🛣️に格上げされ、1975(昭和50)年8月8日には、東松山インターまで延長されていました。

関越自動車道🛣️の前橋インター~湯沢インター(越後湯沢)間が、関越トンネルと共に開通し、全線繋がったのは、1985(昭和60)年10月2日のことであり、このことを受けて、同年12月10日には、西武バス、新潟交通、越後交通の3社による東京(池袋)~新潟間の高速バス🚌💺が開設されていました。

関越自動車道は、練馬インターから長岡ジャンクション(新潟県長岡市)までであり、ここから先は北陸自動車道となります。

新潟の万代シテイバスセンターは、バスセンターのカレー🍛でお馴染みの場所であります。

詳細は、「新潟バスセンターのカレー」で検索。

1993(平成5)年3月25日には、上信越自動車道の更埴ジャンクション~須坂長野東インター間が、長野自動車道の豊科(現、安曇野)インター~更埴ジャンクションと共に開通し、長野自動車道の全通によって、東京と長野の間が高速道路で結ばれるようになっていました。

その2日後の1993年3月27日には、上信越自動車道の藤岡インター(群馬藤岡)~佐久インター間が開通し、藤岡ジャンクション~藤岡インターの間が上信越自動車道に編入されていました。

これにより、長野県の東信エリア(軽井沢、佐久エリア)が高速道路で結ばれるようになったのであります。

1995(平成7)年11月7日には、佐久インター~小諸インター間が、同年11月30日には、須坂長野東インター~信州中野インター間がそれぞれ開通し、翌年の1996年11月14日には、小諸インター~更埴ジャンクション間の開通により、東京と長野を結ぶ高速道路のルートが2つになっていました。

1997(平成9)年10月16日に、信州中野インター~中郷インター間が、1999(平成11)年10月30日に中郷インター~上越ジャンクション間がそれぞれ開通し、上信越自動車道が全通していました。

これにより、東京と北陸を結ぶ高速道路の近道ルートが確保されるようになり、新宿、池袋と北陸(富山、金沢)方面を結ぶ高速バス🚌がこのルートを通るようになっています。

新宿~長野間の高速バスで、中央道・長野道経由から関越道・上信越道経由にシフトされた理由は、近道で経費が安いことであり、このことが、池袋~長野間の高速バスとの統合に結び付いていたのであります。

アルピコ交通は、2011(平成23)年4月1日に、松本電気鉄道(松本電鉄)を母体に、その傘下のバス会社だった諏訪バス(諏訪エリア)と川中島バス(長野エリア)との合併によって設立、社名変更された会社で、合併後も旧社名の、松本電鉄(本社管内)、諏訪バス(諏訪支社管内)、川中島バス(長野支社管内)が愛称として残されています。

今回撮影した、京王バスの三菱ふそう(FUSO)エアロエース(X51201(杉並200か・130)号車、QRG-MS96VPは、2012(平成24)年7月1日の新宿〜長野線のプライムシートと共に導入された車両で、座席💺は2+1(左側が2列、右側が1列)の27席であり、後方に幅広化粧室(パウダールーム)仕様のトイレ🚻🚽があります。



当初は、従来の京王高速バス塗装(ウェーブ帯)で、ナンバープレートが練馬200か26-32号車となっていました。

2016(平成28)年には、貸切塗装(プライムK塗装)となったと共に、世田谷200か・・95号車として世田谷営業所(現、永福町営業所世田谷車庫)に移り、2018(平成30)年6月に、新宿〜仙台間のエアロバスの置き換え用として永福町営業所に戻ってきたと共に、ナンバープレートが現在の杉並200か・130となっています。

130は、coco☆kameで活躍していた、さゆまゆ姉妹のさゆ氏(さゆ姉)の生誕番でもあるので、注目しています。

一方のX51202号車は、デビュー当時、ナンバープレートが練馬200か26-33号車となっていたけど、貸切転用、世田谷入りにより、世田谷200か・・60→杉並200か・110→世田谷200か・143となったことを経て、2018年6月から杉並200か・129号車となっています。

129は、おさんぽ娘の1推しである暁みゆ氏、きみより(きみにYORISOERU)で活躍していた、ほののんこと永井穂花氏の生誕番なので、こちらも撮影してみたかったと思っています。

京王バスのX51203〜51206号車は、新宿〜長野間専用車両で、従来の京王高速バス塗装(ウェーブ帯)、練馬ナンバーのままとなっています。

こちらは、導入されてから12年経っているので、残りの2011年式の車両と共に置き換えの時期が近づいてきています。

京王バスなどの1階建ての高速バスの車両は、運転席横のドアでの乗降となるので、降車の時に乗務員(運転士)さんに乗車券を渡す(渡さない場合もある)時に、「ありがとうございました!」と声を掛けるシーンが見られているけど、乗務員(運転士)さんが安全運転により目的地に導いてくれたことによるありがとうの気持ちを伝える言葉だと思っています。

このことは、後ろ乗り前降りの一般路線バス(京王バスにもある)にも言えることであり、中には、東京23区内での前乗り後ろ降りの路線バスで、後ろから降車する時に、前方の乗務員(運転士)さんに向かって、「ありがとうございました!」と声を掛けるシーンもたまに見られています。

2006(平成18)年3月31日の広瀬ライナー号の開設時から、2018年6月まで使われていた、京王の新宿〜仙台線の車両は、三菱ふそう(FUSO)エアロバスの50601、50602号車で、夜行仕様の3列独立シートで、後方左側に通常幅のトイレ🚻がありました。

これらの車両は、新宿〜長野間の京王便にも使われていたことがあったので、現在の車両との共通点があります。

この日は、京王バスの51602(杉並200か・・86)号車、三菱ふそう(FUSO)エアロエースによる、上諏訪経由の岡谷駅行きも撮影したけど、日付ネタの車両を撮影することが出来て良かったな!と思っています。

86番ということで、トヨタ自動車(TOYOTA)のスポーツカーである、GR86を思い出すけど、往年の名車であるAE86型と同様に、希望ナンバーで86番にするユーザーも見受けられています。

こちらは、ベースとなったSUBARU(スバル)のBRZと同様の群馬県太田市製(OEM供給車)であるので、走りのSUBARU(スバル)によるスポーツカーであることが分かります。

京王バスの51602(杉並200か・・86)号車、三菱ふそう(FUSO)エアロエースは、2+2のロマンスシート(36人乗りのゆったり仕様)で、後方に幅広化粧室(パウダールーム)仕様のトイレ🚻🚽がある車両であります。

昨日(6月23日)は、東急多摩川線のいけたまハッピートレインを撮影した後に、羽田空港の第1旅客ターミナルにある展望デッキ✈️まで行き、この日の日付ネタである、JAL(日本航空)のボーイング767-300ER型機のJA623J号機を撮影出来たという喜びがありました。

長野県の自動車のナンバープレートは、長野ナンバー(北信地方と東信地方、長野市、上田市、須坂市、小諸市、中野市、飯山市、千曲市、佐久市、東御市、南佐久郡(小海町、川上村、南牧村、南相木村、北相木村、佐久穂町)、北佐久郡(軽井沢町、御代田町、立科町)、小県郡(青木村、長和町)、埴科郡坂城町、上高井郡(小布施町、高山村)、下高井郡(山ノ内町、木島平村、野沢温泉村)、上水内(かみみのち)郡(信濃町、小川村、飯綱町)、下水内郡栄村)

松本ナンバー(中信地方と南信地方、松本市、飯田市、伊那市、駒ヶ根市、大町市、塩尻市、安曇野市、上伊那郡(辰野町、箕輪町、飯島町、南箕輪村、中川村、宮田村)、下伊那郡(松川町、高森町、阿南町、阿智村、平谷村、根羽村、下條村、売木村、天龍村、泰阜(やすおか)村、喬木村、豊丘村、大鹿村)、木曽郡(上松町、南木曽(なぎそ)町、木祖村、王滝村、大桑村、木曽町)、東筑摩郡(麻績(おみ)村、生坂村、山形村、朝日村、筑北村)、北安曇郡(池田町、松川村、白馬村、小谷(おたり)村))

諏訪ナンバー(南信地方のうちの諏訪エリア(諏訪市、岡谷市、茅野市、諏訪郡(下諏訪町、富士見町、原村))であり、そのうちの諏訪ナンバーは、2006年10月10日に登場した長野県初のご当地ナンバーであります。

1966(昭和41)年4月1日に長野ナンバーと松本ナンバーに分かれる前は、長ナンバーとなっていたので、JR東日本の長野支社所属車両の長ナノ、長モト、長コミみたいな状態となっていました。

1961年の長野~東京間の特急バスの運転開始当時の長野電鉄バス(長電バス)も、長ナンバーでありました。

アルピコ交通の場合は、本社(松本電鉄バス)が松本ナンバー、長野支社(川中島バス)が長野ナンバー、諏訪支社(諏訪バス)が松本→諏訪ナンバーとなっています。

来年(2025年)5月を目処に、飯田市と下伊那郡の松川町、高森町、阿南町、阿智村、平谷村、根羽村、下條村、売木村、天龍村、泰阜(やすおか)村、喬木村、豊丘村、大鹿村(14市町村)で、新たなご当地ナンバーである南信州ナンバーが導入される予定となっており、信南交通(飯田営業所)や伊那バスの松川営業所のバスも、南信州ナンバーとなります。

同時に、安曇野ナンバー(長野県安曇野市、生坂村、池田町、松川村が対象)も導入される予定であります。

長野22の時代には、松本ナンバーや郡→群馬ナンバーなどと同様に、大型の営業用バスも「あ」ナンバーとなっていました。

アルピコ交通の東京営業所は、板橋区東坂下にあったけど、3月には、大田区大森南(羽田空港✈️の近く)に移転され、ナンバープレートが練馬ナンバーまたは板橋ナンバーから、品川ナンバーに変更されていました。

上信越自動車道の横川サービスエリア(新宿~長野線の休憩場所)のレストランや売店は、下り線がたかべん、上り線がおぎのやによる運営であり、上り線部分にあるメモリアルコーナーには、キハ58形気動車の624号車の前頭部モックアップがあります。

こちらでももちろん峠の釜めしを買うことも出来ます。

善光寺へは、長野駅善光寺口からアルピコ交通バス🚌に乗って善光寺大門バス停まで行くことになるけど、善光寺大門行きの高速バスの場合は、バスタ新宿から乗り換えなしで行くことが出来ます。

長野電鉄長野線の善光寺下駅から善光寺までは、徒歩約10分で行くことが出来ます。

詳細は、「善光寺」または「信州善光寺」で検索。

長野県(信州)は、信州そば、おやきが名物であり、善光寺付近でも味わうことが出来ます。

おやきは、小腹が空いた時などにすぐ食べることの出来る長野県の郷土料理であり、野沢菜が入ったものは、長野県らしさを感じます。

野沢菜は、その名の通り、長野県下高井郡野沢温泉村が発祥であり、野沢菜漬けの材料として有名であります。

このことは、江戸東京野菜の一つである小松菜が、東京都江戸川区の小松川付近が発祥の野菜であることに準じています。

長野市の一部となっている戸隠地域は、信州そばの一つである、戸隠そばでも有名であります。

詳細は、「信州そば」、「戸隠そば」「信州おやき」、「野沢温泉」、「野沢菜」で検索。

長野駅には、信州そばを気軽にあじわうことが出来る立ち食いそば店が至るところにあります。

長野駅は、善光寺口と東口があり、東口からは、エムウェーブなどへのバス🚌が出ています。

長野駅と白馬エリアを結ぶ特急バス(アルピコ交通による運行)は、長野駅東口から出ています。

長野駅(こちらも東口発着である)と志賀高原を結ぶ急行バスは、長電バスによる運行であり、夏季にはほたる温泉♨️より先の草津温泉♨️まで運転されています。

長野駅(善光寺口)では、新宿行きが7番乗り場、池袋行きが9番乗り場からの発車となるので注意が必要⚠️であります。

長野駅や善光寺のある長野県長野市は、1897(明治30)年4月1日に上水内郡長野町の市制施行により出来た北信地方の中核市であり、2005(平成17)年1月1日に上水内郡豊野町、戸隠村、鬼無里(きなさ)村、更級郡大岡村が、2010(平成22)年1月1日に上水内郡信州新町、中条村の編入により、現在の形となっています。

川中島古戦場は、武田信玄公と上杉謙信公による一騎討ちであれ川中島の戦いが行われていたことで有名であります。

川中島古戦場史跡公園には、武田信玄公と上杉謙信公の一騎討ち像があります。

詳細は、「川中島古戦場史跡公園」、「川中島の戦い」で検索。

長野駅善光寺口の地下から出ている長野電鉄長野線は、長野駅と湯田中駅を結ぶ路線であり、須坂、小布施、信州中野地区や湯田中温泉へのアクセスにも使われています。

長野電鉄長野線では、元JR東日本253系(初代成田エクスプレスの車両)から改造された2100系スノーモンキー、元小田急電鉄10000形ロマンスカーHiSE車から改造された1000系ゆけむり、元東急電鉄の8500系、元東京メトロ日比谷線の03系から改造された3000系が活躍しているので面白みがあると思います。

スノーモンキーが長野駅付近の地下鉄区間(長野~善光寺下(本郷)間)を走る時に、成田エクスプレス時代の東京トンネル区間(品川~東京~錦糸町間)や成田空港駅✈️付近を彷彿とさせるシーンが見られています。

2100系スノーモンキーは、成田空港✈️のアクセス列車から、温泉♨️へのアクセス列車に早変わりしたことになっています。

昨年1月まで東急田園都市線で活躍していた東急8500系は、地下鉄区間でトンネル内に響く独特の音を聴くことが出来ていたけど、長野電鉄に譲渡された8500系も、長野の地下区間でこの音が披露されています。

元小田急電鉄10000形ロマンスカーHiSE車から改造された1000系ゆけむりは、箱根温泉へのアクセス列車から、湯田中渋温泉郷へのアクセス列車に変わっています。

長野電鉄長野線の終点である、湯田中駅周辺には、湯田中温泉、新湯田中温泉♨️があります。

湯田中渋温泉郷へは、湯田中駅から長電バス🚌に乗って行くことになります。

湯田中駅では、志賀高原(冬はスキー🎿やスノボ🏂️を楽しめる場所)へのアクセス駅であることにより、電車が到着した時に、「美(うる)わしの志賀高原」の到着メロディー(BGM)が流れることになっています。

湯田中駅の旧駅舎は、楓の館という休憩所となっており、山ノ内町営の日帰り温泉施設である、「湯田中駅前温泉 楓の湯」♨️が隣接されています。

ここには、名前の由来となった楓の木の横に足湯♨️🦶もあります。

湯田中駅付近には、伊東園ホテルズの系列である、ホテル水明館があります。

伊東園ホテルズは、東京都豊島区南池袋に本社のあるクリアックスグループ(カラオケの歌広場、まんが広場の系列)である格安温泉ホテルチェーンであります。

伊東園ホテルズによる温泉ホテルは、夕食時のアルコールドリンクの飲み放題サービスが宿泊料金に含まれているのが特徴であるけど、当然のことながら、飲酒運転防止により、朝食の時には行われていないです。

だからと言って飲みすぎや泥酔状態の入浴には注意してもらいたいです。

泥酔状態で入浴するのは危険なのでそのはずであります。

他の系列のホテルの場合は、アルコールドリンクが別料金となっています。

こちらでは、ご当地の地酒やワインも飲み放題であります。

長野県にある伊東園ホテルズの温泉ホテルは、湯田中渋温泉郷のホテル水明館、上諏訪温泉の油屋旅館、白樺湖畔の白樺湖ビューホテル、浅間温泉の伊東園ホテル浅間の湯、戸倉上山田温泉のリバーサイド上田館、小諸温泉の小諸グランドキャッスルホテルであります。

伊東園ホテルズの温泉ホテルは、宿泊料金が安く、その上アルコールドリンクが飲み放題であることで人気があるのもそのはずであります。

詳細は、「湯田中温泉」、「楓の湯」、「湯田中渋温泉郷」、「志賀高原」、「奥志賀高原」、「伊東園ホテルズ」、「ホテル水明館」で検索。


長野への昼行バスは、景色を楽しむことが出来るので、良さそうだな!と思っています。

静岡鉄道静岡清水線では、1000形の1008Fが定期運用から離脱される予定であり、ありがとうヘッドマークが取り付けられています。

このようなさようなら(ありがとう)ヘッドマークが、マナー問題により取り付けられないことが増えているので、こちらは有り難いと思っています。

撮影にはもちろん、マナーを守ってもらいたいです。

静岡までは、バスタ新宿から高速バスで行くことも出来ます。

京急では、1025Fによるビビビビ❕台湾号が、9月28日(土)まで、運転されています。

こちらを撮影し、台湾のことを書きたいわん❕と言いたくなります。

昨日(6月23日)は、東急多摩川線で、1000系1500番台の1522Fによる、いけたまハッピートレインが営業運転入りしていたので、早速撮影しました。

本日(6月24日)は、池上線での終日運用(平日05運用)に入っていることを聞きました。

たまプリは、初期で活躍していた千ちゃんと、新メンバーである佐倉美桜、双六さつき、神田藍里、神楽ひまわり各氏を加えた新体制となり、5月18日にお披露目されていました。

5月19日は、池袋SOUNDPEACE(サウンドピース)で行われた、「 無銭大好きマン」で、 新生たまプリを見てきました。

この時にお気に入りの釣りの歌やおすしの歌を聴くことが出来て良かったです。

6月1日は、土曜出勤により、たまプリのオフ会に行かれなかったのが残念でありました。

このことで、メンバーに寂しがられていたけど、双六さつき氏🧡は、しゃもじサンいなかったからすんごく寂しかったと言っていました。

自分(しゃもじ、しゃもぽん)から見た たまプリを ANAこと全日本空輸の飛行機✈️💙に例えているので、昨日のオフ会にしゃもじ(しゃもぽん)が行っていたら、ANAのエアバスA380 型機のフライングホヌ による成田~ホノルル(ハワイ)線✈️🐢🏝️に例えていたところでした。

15日は、大塚ドリームシアターで行われた、あーにゃと伊藤蒼姫氏😸が出てきたライブで、ステーション♪の歌が歌われていたけど、土曜出勤により行かれなかったのが残念でした。

ANA(全日本空輸)✈️💙では、3月27日、ボーイング787-10型機のJA981A号機が、羽田〜札幌(新千歳)間を皮切りに、国内線にも就航していました。

昨日は、蒲田駅から京浜急行バスによる急行便で羽田空港まで行き、そのうちのJA984A号機を撮影することが出来ました。

詳細は、ANAのホームページを見るか、「ANA ボーイング787-10」で検索。

自分(しゃもじ)から見たたまプリを、ANA(全日本空輸)の飛行機✈️💙に例えているのは、1推しである、あいりんこと神田藍里氏💙のメンバーカラーだからでもあります。

JAL(日本航空)✈️🇯🇵では、4月17日から、羽田〜ダラス・フォートワース線にエアバスA350-1000型機が就航していました。

こちらは、隔日運航(偶数日の羽田発はボーイング777-300型機による運航)であります。

ダラス・フォートワース国際空港は、アメリカン航空との乗り継ぎにより、ネットワークが強化されています。

6月28日(日本(羽田)発6月29日)からは、アメリカン航空が、羽田〜ニューヨーク線に参入するという情報が入ってきたけど、機種はボーイング777-200ER型が使われる予定となっています。

このことは、鉄道の相互乗り入れと同様の状態となります。

6月16日は、五反田にあるGOTANDA G7で、暁みゆ、兎丹らむね両氏による2人組アイドルグループである、おさんぽ娘を見ることに成功しました。

暁みゆ氏は、かつてNゼロで活躍していたメンバーであります。

今回は、5月11日の秋葉原での路上ライブ以来の再てなりました。

詳細は、「おさんぽ娘」で検索。

5月12日は、内幸町ホールに行き、元ぶどう党の天野ひかり氏と再会しました。

この時に、むぎさり(ビーバイユーの永久つむぎ、満月咲莉華両氏によるユニット)と初対面することも出来ました。

詳細は、「天野ひかり」、「ビーバイユー」、「むぎさり」で検索。

この時に一緒に照の湯などの銭湯に行った友人と再会することが出来ました。

昨年8月20日は、代々木公園で行われた、あーにゃと伊藤蒼姫氏😸のオフ会であるもっふ会に行き、あーにゃ😸とデート気分を味わうことが出来ました。

この時に会話することはもちろんのこと、一緒に歩くことが出来たので、良い運動となりました。

あにゃ姫😸は、しゃもじさん🐰に出会えて良かったと言っていたので、ご満悦の様子でありました。

同行していたあにゃママ(あにゃ姫の母親)🐈️ともお話することも出来たけど、当ブログをたまに見てると言っていたので、感謝しています。

あーにゃ😸は、スペーシアXも話題にしていました。

代々木公園での散策は、風が気持ち良かったです。

5枠あったうちの3枠が埋まったけど、自分(しゃもじ)も埋めておいて正解でありました。

3月20日は、東京駅でのもっふ会で幸せを味わうことが出来て良かったです。

一昨日(6月22日)は、土曜出勤だったので、週明け(シウアケ)の6月24日を京王バス🚌としました。

今週もまた土曜出勤なので、来週の月曜日の1日のブログもバスネタ🚌とします。

日光東照宮の木彫像の一つである三猿🐵は、「見ざる、言わざる、聞かざる」の意味があり、「幼少期に悪事を見ない、言わない、聞かないほうがいい」、「自分に不都合なことは見ない、言わない、聞かないほうがいい」と言われています。

このことに基づいて、自分(しゃもじ)が嫌がるような(不都合である)NGワード等は一切書かないようにしています。

当ブログでは、鉄道やバスの車両や運用のことに関することだけでなく、沿線の名所や美味しいもの😋🍴💕などに触れていくことにしています。

過去の記事と同じような内容だけど、文章の一部を変えて投稿するようにしています。

こちらは飛ばしても構いません。

当ブログでは、お見苦しい点があるけど、見てくれたことで感謝しています。

京王バスやアルピコ交通の路線、時刻、運賃・料金、運行状況、高速バスの指定券の予約等の詳細は、「京王バス」、「アルピコ交通」、「ハイウェイバスドットコム」で検索願います。

今宵はここまでに致しとうござりまする。