こちらは、一昨日(5月16日)、東京さくらトラム(都電荒川線)の三ノ輪橋電停で撮影した、8800形の8810号車(元祖幸せの黄色い都電)で、バラが見頃を迎えていました。

この日は大塚駅前付近のバラを眺めた後、この8810号車で三ノ輪橋まで移動したので、今年1月26日以来久しぶりの都電乗車となったことに加え、平成から令和となってから初めての都電乗車となったのであります。

大塚駅前付近のバラは、向原~大塚駅前間の線路沿いのほか、南口の駅前広場にも植えられているので、楽しみが増えています。

都電の三ノ輪橋電停は、関東の駅百選のきっかけとなった、バラの咲き誇る終着駅であり、2007(平成19)年の9001号車(レトロ調電車)の導入により、レトロ調となっています。

最近は、東急世田谷線などの他の鉄道に押されたことや、一昨年6月の7000形の定期運用終了により、都電の追っ掛けが大幅に減っているので、今回バラの咲き誇る三ノ輪橋で撮影した時にはやっと都電に行ったことになりました。

三ノ輪橋おもいで館は、都電のジオラマ等の展示が行われている案内所であり、火曜日と水曜日が休館日となっています。

三ノ輪橋駅前の三ノ輪橋トイレ(荒川区管理の公衆トイレ)は、改良されたことにより、男女の位置が入れ替わっているので注意が必要であります。 

三ノ輪橋電停は、1913(大正4)年4月1日の三ノ輪~飛鳥山下(現、梶原間)と共に開業したもので、当時は地下鉄日比谷線と同様に三ノ輪と呼ばれていました。

1978(昭和53)年4月1日に全面ワンマン化される前は、2面2線の終着駅となっていたけど、ワンマン化により、手前に降車専用ホーム、日光街道側に乗車ホームのある現在のスタイルとなっています。

三ノ輪橋の乗車ホームは、山の手側の終着駅である早稲田電停とは違って片面しかないので、手前の降車専用ホームで降車扱いが行われた後に乗車専用ホームまで回送されて客扱いが行われます。

6月9日(日)には、都電の荒川電車で、路面電車の日イベントが行われ、元祖幸せの黄色い都電の8810号車と、黄色に赤帯の保存車両である6086号車(1978年まで活躍していた車両)と共に展示されることになっています。このことで、2012(平成24)年6月10日の路面電車の日当日の7022,6086,8810号車の黄色い都電トリオの撮影会を思い出しました。

7022号車は残念なことに7002号車や花100号車と共に解体されてしまいました。

令和最初の都電乗車に8810号車を選んだのは、都電8800形就役10周年記念でありました。

今年のゴールデンウィークは10連休10連休とうざかったので、8810号車でこのことを思い出してしまうという悲劇もありました。

このことはやはり世田谷線の招き猫電車の復活により浮気している自分(しゃもじ)を都電に呼び戻そうという規格であることが分かります。

それはさておき、三ノ輪橋で元祖幸せの黄色い都電を撮影し、それを話題にすることが出来て良かったです。






続いては、5月5日に相模鉄道(相鉄)本線の横浜駅で撮影した、12000系の12101Fと、20000系の20101Fで、折り返しは前者が快速海老名行き、後者が急行海老名行きとなっていました。

相鉄の快速は、1999(平成11)年3月10日のいずみ野線の湘南台への延長の前の2月27日に登場した種別であり、当時は快速いずみ中央行きの表示が暫定的に見られていました。

いずみ野線直通専用の種別だった快速が、本線(横浜~海老名間)にも導入されたのは、相鉄特急が登場した2014(平成26)年4月27日のことであり、急行の停車駅に星川、鶴ヶ峰の両駅を加えたものとなっています。

海老名発着(相鉄本線)の快速は、朝と夜のみ運転であり、平日の朝には、横浜 8時08分発の快速大和行きも設定されています。

今回撮影した快速海老名行き(土休日の67運用)は、横浜 20時ちょうど発であり、途中、星川、鶴ヶ峰、二俣川と、二俣川より先の各駅に停車してから海老名へと向かう列車であり、二俣川駅で、各停湘南台行き(この日は話題の7710Fが使われていた)に接続していたので、行きに見られていたような、12000系と7000系の出会いが見られていました。

7710Fは、今週に入ってから元の8両編成(各停中心)に戻されていたけど、10両のままで良かったと思っています。

8両固定編成による優等列車は、土休日の朝の下りと、平日、土休日の夜の上りのみであり、平日は、海老名 23時ちょうど発→横浜 23時31分着の急行

土休日は、横浜 7時01分発→湘南台 7時31分着の快速、横浜 7時31分発→湘南台 8時01分着の快速、横浜 7時40分発→海老名 8時13分着の急行、横浜 8時01分発→湘南台 8時31分着の快速、海老名 22時45分発→横浜 23時16分着の急行が該当しています。

20000系は、2022年度の東急線並びに地下鉄線への直通に備えて10両編成1本が日立製作所笠戸事業所(HITACHI)で量産先行車として製造され、昨年2月11日に営業運転が開始されていました。

12000系は、20000系の日立製作所のA-train規格のアルミ車体に対して、総合車両製作所のsustina S24規格のステンレス車体であり、先頭部分のみ普通鋼製となっています。

来年度には、20000系の量産車(東横線直通対応の10両編成または目黒線、都営三田線直通対応の8両)が導入される予定だけど、12000系に準じて改良されることになります。

量産先行車の20101Fは、10両の東横線直通仕様であり、量産車の導入後に量産化改造されることが予想されます。

20000系と12000系は、9000系以来の復活となった車内の鏡が取り付けられているのが特徴だけど、20000系で復活したブラインド(遮光カーテン)は、12000系に取り付けられていないです。

20000系には、昨年2月12日に湘南台→横浜→海老名間で乗ったけど、当時の星川駅は、下り線が高架、上り線が地平となっていたので、星川駅の高架線を20000系で通り初めしたのであります。

この日の20000系は、土休日61運用に使われていたけど、横浜駅で7710Fが来るのを待っていた時に快速湘南台行きに入っていたので、湘南台まで1往復した後に急行海老名行きに入っていました。

12000系は、11月30日以降、JR線の乗り入れ運用に入ることになるので、相鉄横浜駅への乗り入れが減ることになります。

悲報。今週もまた大嫌いな金曜日に晴れて暑くなってしまいました。

明日(5月18日)は、土曜休み(休日SE、ホームグラウンド)となるけど、来週から土曜出勤(休日EXE、アウェイ)が3週間続くことを思うと複雑な心境であります。

週明け(シウアケ)の月曜日に休みにならない傾向が続いているので、日曜日の単休を挟んで月曜日にまた仕事という連休にならないパターンが当分続くことで絶望してしまいます。

今日もそうだけど、金曜日は晴れて気温が高い日が多いので、フライデーならぬフラナイデーと呼びたくなります。

5月3日は金曜日が祝日に当たったことに加え、飯能から本川越まで、西武鉄道の001系Laview(ラビュー)による臨時の小江戸92号に乗ることや、池袋でホワイトキャンパスのあーにゃこと水湊あおひ氏や、はつめろのななちゃこと千葉奈々希氏(どちらも元ステーション♪)に出会えたことで、昨年11月23日のあーにゃの生誕祭と同様にハッピーフライデーの状態でした。

土曜日が祝日に当たった時は普段の土日と変わらないじゃないか!ということになるけど、自分(しゃもじ)を含めた土曜出勤の人たちにとって喜びのハッピーサタデーであります。

このように、相鉄の横浜駅で、12000系や20000系を撮影することが出来て良かったです。






5月5日は、海老名から横浜まで、相模鉄道(相鉄)の12000系12101Fによる、急行横浜行きに乗りました。

相鉄12000系は、今年11月30日の相鉄新横浜線の西谷~羽沢横浜国大間の開業に伴うJR線との直通運転に備えて導入された車両で、20000系から貫通扉を外した幅広バージョンのイメージがあります。

この日(5月5日)は、12101Fが土休日67運用に使われていたけど、今回はそのうちの海老名 19時13分発の急行横浜行きに乗ることが出来ました。

その前には、横浜から海老名まで特別に10両編成に組成されていた7710Fによる特急海老名行きで海老名まで行ったので、7710Fと12000系の両方に乗ることに成功したのであります。

前日の5月4日は、12000系が土休日66運用て、朝のみの運用に入っていたので、パシフィコ横浜で行われたAKB48グループ(48系アイドルグループ)の握手会にNMB48目当てで行っていた関西の友人のひっぐ~氏に会うタイミングにより、5日にしたのであります。

5日の7710Fは、48運用であり、ひっぐ~氏などの鉄系48グループファンにとって嬉しい状態でありました。

ハタボー氏も、ひっぐ~氏と同じ京阪沿線のNMB48のファンであり、ひっぐ~氏は、ハタボー氏の影響や、大阪拠点であることにより、NMB48のファンをやっていると言っています。

ひっぐ~氏も、この日に相鉄7710Fの撮影を行っていました。

ひっぐ~氏と出会った時にはドラえもんでドラえもんのうたが復活したことを話したけど、この時に山野さと子バージョンの印象があることを語っていました。

ドラえもんのうたは、1979(昭和54)年4月2日にテレビアニメの放送が開始された時からある曲であり、当初は、大杉久美子氏によるオリジナルバージョンとなっていました。

当時は、月曜日から土曜日までは10分、日曜日が朝の30分で、日曜日のエンディングテーマは、大杉久美子氏による「青い空はポケットさ」が使われていたのであります。

同年10月1日からは、10分枠のオープニングテーマ曲が「ぼくドラえもん」となっていたけど、この日は羽沢横浜国大駅の横にある横浜羽沢貨物駅が開業した日でもありました。

1981(昭和56)年10月2日からは、毎週金曜日の30分枠となったけど、当時はオープニングテーマ曲に「ドラえもんのうた」、エンディングテーマ曲に「まる顔のうた」が使われていました。

2002(平成14)年10月4日から翌年の2003(平成15)年4月11日まで、ゆずの「また会える日まで」がエンディングテーマ曲に使われていたけど、2003年3月8日に公開されていた映画「ドラえもん のび太のふしぎ風使い」のテーマ曲にも使われていたのであります。

島谷ひとみ氏の「YUME日和」も、2003年10月10日から翌年の2004(平成16)年5月28日までのエンディングテーマ曲と、大山ドラ最後の映画作品となった「ドラえもん のび太のワンニャン時空伝」のテーマ曲を兼ねていました。

因みに、大山ドラ時代最後のエンディングテーマは、2004年6月4日から最終日である2005(平成17)年3月18日まで使われていたW(ダブルユー)の「あぁいいな !」でありました。

ダブルユーとは、元モーニング娘。の辻希美、加護亜依両氏(辻加護)によるデュオであり、ハロプロファンだった自分(しゃもじ)やひっぐ~氏にとっての思い出のあるユニットでもあり、今年3月30日に1日限りの復活を果たしていました。

自分(しゃもじ)は、2016(平成28)年7月31日をもって、ハロプロの活動から撤退し、ステーション♪やホワイトキャンパスなどの地下アイドル中心となっています。

パシフィコ横浜も、自分(しゃもじ)がハロプロファンの時代にお世話になった会場でもありました。

相鉄の急行は、横浜~二俣川間がノンストップ、二俣川~海老名間が各駅に停車する列車であり、1964(昭和39)年11月5日の運転開始から本線専用の種別となっています。

西谷駅付近で羽沢横浜国大へと至るトンネルの入口が見えたけど、11月30日からは、相鉄12000系も、JRのE233系と共にここを通ることになります。

相鉄12000系がデビューしたのは、今年4月20日のことであり、平成最後の新形式のデビューとなっていました。

この日は、自分(しゃもじ)にとって、れんてつかふぇの入店を除いた平成最後のドルヲタ活動であり、秋葉原のパワーステージAKIBAでのステーション♪のかののんこと瀬尾かのん氏の生誕祭→池袋シアターYESでのホワイトキャンパスが出てきた対バンとなったのであります。

平成最後のしゃもじチェキは、ホワイトキャンパスのあーにゃこと水湊あおひ氏であり、令和最初のチェキもあーにゃでありました。

因みに、昭和最後の鉄道車両の新形式デビューは、1989(昭和64)年1月1日の阪急電鉄の8000系であり、今年で30周年を迎えていました。

12000系の内装は、20000系に準じているけど、ユニバーサルデザインシートの上に棚が付いたという違いもあります。

相鉄初の防犯カメラも取り付けられていることも特徴であり、20000系にも取り付けられることが予想されます。 

前面には、ATACSのIDナンバー(ID-91)も付いているので、埼京線への乗り入れにも対応していることの証でもあります。

星川駅付近の上り線(横浜方面)は、昨年11月24日に高架化されていたけど、今回12000系で乗り初めをすることが出来ました。

海老名駅に到着した後、車両交換等により折り返しでかしわ台車両センターまで回送される場合があるので、今回の12000系がこうならなくて良かったと思います。

12000系の運転予定時刻は、5月20日分まで出ており、19日の日曜日は運休予定となっています。

ということで、12102Fの営業運転入りが近い状態であります。

このように、海老名から横浜まで、相鉄12000系に初めて乗ることが出来て良かったです。






続いては、東急電鉄世田谷線の上町駅で撮影した、幸福の招き猫電車(令和の招き猫電車)の308Fで、上町駅に到着後、回送の表示で上町車庫に入庫されていました。

東急世田谷線の上町駅は、1925(大正14)年5月1日の世田谷~下高井戸間の開業と共に出来た駅であり、開業当時は上りホーム(三軒茶屋、渋谷方面乗り場)が下りホーム寄りにありました。

今から50年前の1969(昭和44)年5月11日に三軒茶屋~下高井戸間が世田谷線として独立した時に、上町検車区(現、雪が谷検車区上町班)が大橋からの移転により新設され、上りホーム(三軒茶屋方面乗り場)が現在の場所に移設されていました。

上町駅のホームは、下りホームが他の途中駅と同じ無人式(両端部からの乗車、中間からの降車)、上りホームが三軒茶屋、下高井戸の両駅の乗車ホームと同じ有人式であり、下りは車内精算、上りは改札での精算となっています。

上町駅の下りホームは、4両分停車出来るので、車両交換の時に使われています。

上りホーム(駅務室と併設)は、世田谷線の駅で唯一の駅管理のトイレがあることや、乗降口が一番前を除いた3ヶ所となっていることが特徴であります。

下高井戸方面から世田谷→三軒茶屋間の各駅に行く時に間違って上町行きに乗ってしまった場合でも、上町駅まで行き、改札を出なければ後続の三軒茶屋行きに乗り換えることが可能であります。

下高井戸駅の乗降口のほうも、一番前のドアが開かないので注意が必要です。

下高井戸駅の改札口は、普段西口(エンド側)のみ開放されているけど、朝の7時~9時と、夕方・夜の16時30分~20時20分には、三軒茶屋寄り(東口側)の臨時改札口(構内踏切を渡る必要がある)も開放されます。

三軒茶屋、下高井戸両駅の降車専用ホームは、自由通路となっており、ここで撮影することも出来ます。

雪が谷検車区上町班(上町車庫)は、雪が谷検車区の本区(雪が谷大塚駅付近にある東急多摩川線と池上線の車両基地)と同様に、業務が東急レールウェイサービスに委託されています。

世田谷線の車両が全般検査などの大がかりな検査に入場した時には、車体のみが雪が谷検車区上町班で整備され、台車や電気機器が、長津田車両工場までトラックで輸送されるので、京王電鉄井の頭線の車両の定期検査の時に、車体が富士見ヶ丘検車区で、台車等が若葉台工場までトラック輸送された上でそれぞれ整備されていることと同じような流れとなっています。

東急の長津田車両工場は、横浜市青葉区(こどもの国線の恩田駅付近)にある東急電鉄の総合車両工場であり、1972(昭和47)年に元住吉工場からの移転により開設されていました。

上町駅周辺には、スーパーマーケットのオオゼキ上町店、世田谷城址公園、世田谷代官屋敷、世田谷区立郷土資料館などがあり、1月15,16日、12月15,16日には世田谷ボロ市が行われます。

代官屋敷では、保存修理工事が行われており、今年11月末までの間、中に入れないことになっています。

305Fに施されているオオゼキのラッピングは、松原駅前にあるオオゼキ松原店のリニューアル記念だけど、上町店のPRもあると思っています。

上町駅前から出る東急バスの渋21系統(渋谷駅~上町駅間、松陰線)は、1969年5月11日に玉電代替路線として開設されてから50周年を迎えていました。

渋21系統は、玉電の代替路線ということで、大橋営業所による所属となっていたけど、2002(平成14)年3月16日には、弦巻営業所の路線となっています。

他の玉電代替路線も、大橋営業所担当となっていたけど、1977(昭和52)年4月7日の新玉川線(現在の田園都市線の渋谷~二子玉川間)の開業により、重複部分のみ廃止され、現在は渋12系統(渋谷駅~二子玉川駅、高津営業所間)、玉06系統(二子玉川駅~砧本村循環、砧線の代替路線)が高津営業所所属の新道線として残されています。

下高井戸から上町まで、幸福の招き猫電車に乗り、上町駅で入庫のシーンを見たことは、昨年10月4日の平成の招き猫電車の終日運用最終日と同じ流れであり、今回はビフォーアフターとなりました。

ホワイトキャンパスのあーにゃこと水湊あおひ氏に渡した、自分(しゃもじ)が撮影した電車の写真は、幸福の招き猫電車であります。

あーにゃは、ステーション♪の招き猫と呼ばれていたけど、ホワイトキャンパスの招き猫でもあります。

このように、上町駅でも、幸福の招き猫電車を撮影することが出来て良かったです。






続いては、一昨日(5月12日)、下高井戸から上町まで乗った時に撮影した、東急電鉄世田谷線の308Fによる幸福の招き猫電車(令和の招き猫電車)の車内の様子です。

一昨年9月25日から昨年10月5日まで運転されていた前回の幸福の招き猫電車(平成の招き猫電車)と異なる点は、前面の猫耳の追加だけでなく、猫の足跡(肉球🐾)の部分の鈴や、窓への招き猫ステッカーの追加であり、車内もより招き猫電車らしくなっています。

招き猫の鈴を見た時には、ドラえもんの鈴を思い出しました。

ドラえもんは、ぼくドラえもんの曲の♪未来の世界の猫型ロボットと歌われているように、招き猫に似た猫型のロボットであることが分かります。

平成の招き猫電車には、耳の部分がなかったので、ドラえもんみたいだったなと思いました。

ぼくドラえもんは、テレビ放送40周年を迎えた今年4月5日に復活したオープニングテーマ曲である「ドラえもんのうた」と同様に、ドラえもんのテーマ曲らしい曲であり、先週の金曜日の5月10日から、エンディングテーマ(水田わさび氏による令和バージョン(平成バージョンのアレンジ版)として歌われている)として復活したことで話題になっています。

1979(昭和54)年10月1日から1981(昭和56)年10月2日に現在の金曜日の30分枠に移る前(10分枠時代)は、ぼくドラえもんがオープニングテーマ曲として使われていたので、懐かしいという声が聞こえています。

1995(平成7)年4月14日から2002(平成14)年9月20日まで、ドラえもんのエンディングテーマ曲にぼくドラえもん2112(平成バージョン)が使われていたので、ドラえもんのうたと同様に、ドラえもんのテーマ曲と言えばやはりこれだな!と思っていました。

ドラえもんの胴体の色は青色であり、世田谷線の302Fと同じ色であります。

ドラえもんの妹であるドラミちゃんは、黄色に水色の帯だけど、製造当時のドラえもんは、黄色で耳があったと言われています。

ネズミに耳をかじられたことで、現在の耳のない青色のドラえもん(平成の招き猫電車と同じ)となったのであります。

黄色は、世田谷線の306Fの色でもあり、これを見た時にドラミちゃんや、製造当時のドラえもんを思い出しました。

ドラえもんが黄色で耳があったということは、1995年3月4日に公開された、2112年ドラえもん誕生の映画(のび太の創世日記と同時上映されていた)で分かります。

ドラえもんが最初黄色で耳があったということで、勉強になったと言ってくれれば幸いだと思っています。

因みに、黄色いドラえもんの声は、横山智佐氏によるものでありました。

招き猫の豪徳寺駅から繋がっている小田急電鉄の登戸駅は、ドラえもんステーションであり、赤帯と鈴も描かれています。

ドラえもんは、関西の友人のひっぐ~氏の世界であり、クレヨンしんちゃんと共に、ステーション♪のかのちゃんこと松島佳乃氏の好きなアニメでもあります。

ひっぐ~氏は、大山のぶ代氏による大山ドラの世代でもあり、山野さと子氏によるドラえもんのうたが印象に残っていると言ってました。

平成の招き猫電車に最後に乗ったのは、昨年10月4日の下高井戸発上町行きの02運用であり、上町からの乗り継ぎは、一昨日のサザエさんにも出てきたオレンジ色の世田谷線である309Fでした。

上町駅で上町止まりの列車から三軒茶屋行きの列車への乗り継ぎは、改札を出なければ可能であります。

一昨日下高井戸から上町まで、令和の招き猫電車による上町行きに乗った後に水色の302Fに乗り換えて三軒茶屋まで行ったので、耳のない水色のドラえもんみたいな状態でありました。

西武線は、標準塗装が黄色から青色に変わっていたので、こちらのほうがドラえもんみたいな状態であります。

この日に池袋シアターYESで行われたホワイトキャンパスが出てきた対バンライブに行く前に乗った西武線の電車は、黄色い2000系の2077Fだったので、このことを思い出しました。

あーにゃこと水湊あおひ氏(現在はホワイトキャンパスで活躍中)が、かのちゃんこと松島佳乃氏と共にステーション♪に加入した一昨年11月5日は、世田谷線で平成の招き猫電車が活躍していました。

招き猫電車が表れたことにより、これまでよく追っ掛けていた都電荒川線(東京さくらトラム)に行く回数が減っていたことがあったけど、今年も招き猫電車の復活等により、こうなってしまいました。

桜のシーズンには、高戸橋で都電の撮影をしたけど、都電には、1月26日の7700形7707号車以来乗っていない状態であります。

現在はバラのシーズンであり、三ノ輪橋に行くことがオススメだけど、世田谷線の招き猫電車に押されています。

三軒茶屋のキャロットタワーの3階生活工房ギャラリーでは、世田谷線にのって展が5月26日(日)まで行われているけど、自分(しゃもじ)は、4月29日に行ってきました。

車内には、地熱と水力によって発電された再生可能エネルギー100%の表示によってアピールされているので、このことも世田谷線の魅力であります。

世田谷線の招き猫電車は、撮影するのはもちろんのこと、乗っても楽しい電車でもあります。

車内の猫型の吊革は、平成の招き猫電車で使われていたものが上町車庫で保管され、再び取り付けられていたものと思われます。

上町車庫は、5月11日に世田谷線と共に50周年を迎えていました。

次は三軒茶屋駅で招き猫電車を撮影してみたいと思っています。

このように、世田谷線の招き猫電車の車内の様子を撮影することが出来て良かったです。