昨日(6月17日)は、大井町から長津田まで、東急電鉄新6000系の6101Fによる田園都市線直通急行長津田行きのQ SEATに乗りました。

東急大井町線のQ SEAT(Qシート)付き編成は、昨年(2018(平成30)年)12月14日のサービス開始当時は、6020系(2020系の大井町線急行バージョン)の2編成しかなかったけど、平日夜のQ SEAT設定列車が2編成必要であることから、予備車のない状態となっていました。

このような問題を解決させる為に、新6000系(大井町線の急行専用車)の6101Fと6102Fに、Q SEAT車が6020系と同仕様での完全新製車(3代目6301または6302号車)として組み込まれることになり、5月28日には、そのうちの6101FがQ 
SEAT付き編成として営業運転入りしていたのであります。

捻出された2代目6301,6302号車は、一昨年(2017(平成29)年)の7両化の時に組み込まれた車両であり、目黒線の5080系に編入されて8両化されると思われます。

新6000系のQ SEAT車は、総合車両製作所横浜事業所(旧、東急車輛製造)製で、平成末期であった4月23~24日に掛けて、逗子から長津田まで、オレンジ色のラッピングが施されたまま甲種輸送されていました。

6020系のQ SEAT車は、総合車両製作所新津事業所(旧、新津車両製作所)製であり、銀色の状態で2020系と一緒に新津から長津田まで甲種輸送されていたのであります。

新6000系のQ SEAT車の内装は、6020系と同じであり、Wi-Fiサービス、電源コンセント、カップホルダーが付いています。

屋根上の臙脂色の帯、側面の番号、行先表示は、新6000系に合わせたものとなっているので、6020系との違いが分かります。

当初の予定では、新6000系の中間車1両が改造されることになっていたけど、改造の手間を省くことや、捻出された中間車の5080系への編入が考慮されていることから、新造車に切り替えられたのであります。

6020系のQ SEATモードでの乗車は、昨年最後の平日休みだった12月19日に、溝の口→大井町間でのQ SEAT送り込み列車(6122Fが使われていた)で乗ったので、当時のことを思い出しました。

今年になってからも、平日休みが土曜出勤(休日EXE、アウェイ)の代休を含めてしょっちゅうある状態だけど、昨日の平日休みにようやくQ SEAT車に課金した上で乗ることが出来ました。

それがいきなり新6000系6101FのQ SEATの初乗車ともなったのであります。

Q SEATの座席指定区間は、大井町→たまプラーザ間であり、Q SEATの乗車指定駅は、大井町、旗の台、大岡山、自由が丘の各駅、降車専用駅(3号車のみ乗車不可)は、二子玉川、溝の口、鷺沼の各駅となっています。

Q SEATの座席指定券は、400円で、大井町、旗の台、大岡山、自由が丘の各駅の窓口で、乗車日当日の朝の5時から発車1分前または満席となった時まで発売されているけど、それはとても薄っぺらいので、注意が必要となります。

チケットレスサービス(TOKYU CARD(TOP)などのクレジットカードが必要)の場合は、薄っぺらい紙を使わずに済むので、雨の日や運休しない程度の風の日でも安心であります。

今回乗った列車は、大井町 19時32分発の急行長津田行きの191号で、座席は9Aと窓側と、ドアの真後ろだったので、カップホルダーが付いてませんでした。

座席指定券を手に入れた後、大井町の阪急ガーデンにある、おふろの王様というスーパー銭湯(人工温泉や炭酸泉付き)に行ったので、友人のつか氏がとある平日休みに、大井町から長津田までQ SEATの191号(当時は6122Fが使われていた)に乗る前に、座席指定券を手に入れた後に大井町のおふろの王様に行っていたので、昨日の自分(しゃもじ)も同じような流れとなっていました。

おふろの王様から戻ってきた時には、満席となっていたので、手に入らなかった場合には、たまプラーザまで一般車両に乗るか、後続の長津田 20時30分発の201号のQ SEATで移動していたところでした。

大井町駅を発車した時に空席があったのは、途中の旗の台、大岡山、自由が丘の各駅からの予約席であり、自由が丘から二子玉川までは満席となっていました。

実際に乗ってみて、大井町からたまプラーザまで実際に400円を払って確実に座れることだけで、走りっぷりは従来の大井町線の急行とは変わらなかったです。

Q SEATの乗車口では、スタッフさんによって監視されているので、誤乗車対策にも力が入っています。

大井町、旗の台、大岡山、自由が丘の各駅のQ SEAT乗車口に、ウェイティングエリアがあるので、乗車までここで待機することになります。

二子玉川駅を出た後、複々線区間の外側を通り、田園都市線へ。

田園都市線では、途中、溝の口、鷺沼、たまプラーザ、あざみ野、青葉台の各駅に停車してから長津田へと向かっていました。

たまプラーザ駅からはフリー乗降区間となるので、送り込みの溝の口→大井町間の急行と同様に、座席指定券なしでも乗ることが出来ます。

6101Fは、3号車以外の車両が2007(平成19)年の東急車輛製造製で、3号車が今年製造されていたので、12年もの差があります。

大岡山駅では、目黒線の新3000系の3112Fと出会ったけど、こちらも中間車組み込みにより8両化される予定となっています。

今から20年前の1999(平成11)年は、新3000系の3101Fが8両の暫定編成により東横線(渋谷~桜木町間)で活躍していたので、あの頃が懐かしいです。

田園都市線は、大井町線と比べて線形が良いので、大井町線直通急行でも110Km/h運転が行われています。

Q SEATの座席は、京王電鉄の新5000系(京王ライナー)と同じタイプで、座り心地が良いです。

この日のQ SEAT設定列車は、大井町 19時32分、21時21分、23時10分発が6101F、大井町 20時30分、22時27分発が6122Fとなっていたけど、今日の 大井町 19時32分、21時21分、23時10分発の列車も6101Fが使われる予定となっています。

Q SEAT設定列車は、今のところ平日の夜のみとなっているけど、予備車が確保されたことや利用状況により、土休日にも設定されることが予想されています。

このように、東急新6000系のQ SEATに初めて乗ることに加え、Q SEATのサービスを初めて体験することが出来て良かったです。  






こちらは、5月19日に、京浜急行電鉄(京急)の品川駅1番線で撮影した、北総鉄道の7500形(京成電鉄新3000形の北総バージョン)の7501Fによる快特羽田空港国内線ターミナル(羽田空港)行きで、北総線開業40周年記念ヘッドマークが付いていました。

北総線は、京成高砂(高砂)と印旛日本医大を結ぶ、千葉ニュータウンへのアクセス路線で、2010(平成22)年7月17日に開業した成田スカイアクセス線の基礎ともなった路線でもあり、1979(昭和54)年3月9日に、北初富~小室間が開業していました。

当時は北総開発鉄道北総線として、ゲンコツ電車こと北総7000形と新京成の電車による6両編成によって、新京成電鉄新京成線の松戸駅まで、北初富駅経由での相互直通運転が行われていました。

あれから今年3月9日に40周年を迎えていたのであります。

1984(昭和59)年3月19日には、住宅都市整備公団→都市基盤整備公団(現、都市再生機構)保有だった小室~千葉ニュータウン中央間が開業し、住宅都市整備公団所属だった2000形(後の9000形)も導入されていました。

1991(平成3)年3月31日には、京成高砂~新鎌ヶ谷間が開業し、京成線、都営浅草線、京急線との直通運転(西馬込駅または京急川崎駅まで)が開始され、北総線から都心まで乗り換えなしで行けるようになりました。

北総線と新京成線との直通運転(松戸~北初富~千葉ニュータウン中央間)は、北総線の高砂延長後も継続されていたけど、翌年の1992(平成4)年7月8日に新京成線の新鎌ヶ谷駅が開業したことにより、直通運転が廃止され、北初富~新鎌ヶ谷間の連絡線路(途中、踏切が1ヶ所あった)が撤去されていました。

1995(平成7)年4月1日に住宅都市整備公団の千葉ニュータウン中央~印西牧の原間、2000(平成12)年7月22日に印西牧の原~印旛日本医大間がそれぞれ開業し、あれから10年後の2010(平成22)年7月17日に京成成田空港線(成田スカイアクセス線、京成高砂~印旛日本医大間は北総線との共用区間)が開業したことで、成田空港へのアクセス路線として成長していました。

新京成電鉄新京成線の新鎌ヶ谷駅は、北初富、初富の両駅と共に高架化工事中であり、一昨年(2017(平成29)年)10月21日に下り線(京成津田沼、千葉中央方面)が高架化され、今年度中(来年3月までの間)には、上り線(松戸方面)も高架化される予定となっています。

新京成電鉄の新鎌ヶ谷駅では、北総鉄道と駅舎や改札が共用となっていたけど、昨日(6月16日)、新京成線の駅舎や改札が分離されていました。

東武アーバンパークライン(野田線)の新鎌ヶ谷駅が開業し、新鎌ヶ谷総合駅となったのは、1999(平成11)年11月25日のことであります。

北総鉄道北総線の路線

(京成線、都営浅草線、京急線へ直通運転)←京成高砂~新柴又~矢切~北国分~秋山~東松戸~松飛台~大町~新鎌ヶ谷~西白井~白井~小室~千葉ニュータウン中央~印西牧の原~印旛日本医大

急行の停車駅(平日夜の下りのみ運転)

京成高砂~新柴又~矢切~東松戸~新鎌ヶ谷~西白井~白井~小室~千葉ニュータウン中央~印西牧の原~印旛日本医大

特急の停車駅(平日朝の上りと夜の下りのみ運転)

京成高砂~東松戸~新鎌ヶ谷~西白井~白井~小室~千葉ニュータウン中央~印西牧の原~印旛日本医大

京成成田空港線でのアクセス特急の停車駅

京成高砂~東松戸~新鎌ヶ谷~千葉ニュータウン中央~印旛日本医大~成田湯川~空港第2ビル(成田第2・第3ターミナル)~成田空港(成田第1ターミナル)

乗換駅

京成高砂 京成本線(京成上野、押上(スカイツリー前)、都営浅草線、京急線へ直通運転)、京成金町線

東松戸 JR武蔵野線

新鎌ヶ谷 新京成電鉄新京成線、東武アーバンパークライン(野田線)

印旛日本医大 北総線⇔京成成田空港線(アクセス特急、成田空港方面)

矢切駅は地下駅で、待避可能な2面4線となっており、その発車メロディーは、矢切の渡し(寅さんでお馴染みの葛飾柴又と松戸市を結ぶ渡し船)の千葉県側の最寄り駅に因んで、細川たかし氏の「矢切の渡し」となっています。

こちらは、「野菊の墓」の舞台としても有名であります。

北総鉄道の7500形は、2006(平成18)年から2007(平成19)年に掛けて、7000形の置き換え用として3編成導入された京成新3000形の北総バージョンであり、この7501Fが東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)、7502Fと7503Fが日本車輌製造で製造されていました。

現在北総鉄道の車両(千葉ニュータウン中鉄道所属の9000番台を含む)の京急乗り入れは、泉岳寺~羽田空港国内線ターミナル(羽田空港)間に限定されているけど、1999年7月30日までの間には、京急逗子線の新逗子駅にも乗り入れていました。

北総線の車両基地は、開業当時は西白井駅構内にあり、西白井行きも見られていました。

2000年7月22日に印旛日本医大まで延長された時に印西牧の原駅付近に印旛車両基地に移転されたので、その出入庫の絡みにより、印西牧の原行きが現在でも運転されています。

西白井車庫跡には、北総7000形の7002Fに連結されていた7001号車(トップナンバー)がブルーシートに覆われた状態で保管されているけど、格納庫が撤去されてからはこのような措置が取られています。

2007年3月25日に北総7000形のさよなら運転で使われていた編成は、7004Fであり、前述の矢切駅でそれを撮影していました。

毎年4月には、千葉ニュータウン中央駅付近で、ほくそう春まつりが行われているけど、今年は諸事情により、北総線開業40周年の節目であるのにも関わらず中止となってしまったのが残念であります。

北総線からは、成田空港に近いことだけでなく、羽田空港へも乗り換えなしで行けるという魅力もあります。

現在スカイライナーやアクセス特急が走っている成田スカイアクセス線があるのも、北総線があるからこそ実現したと思っています。

今年秋頃には、京成グループ標準仕様の通勤型車両がモデルチェンジされ、京成電鉄は新3100形(8連2本、アクセス特急用)、新京成電鉄は80000形(6連1本)としてそれぞれ導入される予定であり、前者はオレンジ色で、成田スカイアクセス線用車両であることがアピールされています。

京成新3000形は、2003(平成15)年2月1日に8連の3001Fと6連の3002Fから導入され、今年3月までの間に、8連13編成、3050番台(アクセス特急対応)8連6編成、6連29編成の計42編成278両(3050形を含めれば48編成、計326両)が、日本車輌製造と東急車輌製造→総合車両製作所横浜事業所で製造されていました。

新3000形のうち、8連は、3001,3026~3030,3033,3035~3038,3041,3042Fと、3051~3056F、6連は、3002~3025,3031,3032,3034,3039,3040Fであります。

3700形が、1991(平成3)年から2002(平成14)年までの11年間で製造されていたのに対して、新3000形は16年間と、3700形よりも長い期間で製造されていたのであります。

京急新1000形(並びの1041Fも含まれている)のほうは、2002年から増備が継続されているけど、改良を重ねながら製造されています。

北総開発鉄道北総・公団線が、北総鉄道北総線となったのは、2004(平成16)年7月1日のことであり、同時期には、小室~印旛日本医大間の線路や施設及び9000番台の車両が都市基盤整備公団から千葉ニュータウン鉄道に譲渡されていました。

京成新3000形の派生車は、北総7500形のほか、新京成電鉄のN800形、千葉ニュータウン鉄道(北総鉄道による運用、管理)の9200形も挙げられています。

9200形は、2013(平成25)年に9000形の9008Fの置き換え用として1編成だけ導入され、一昨年9018Fが置き換えられた時には、親会社の京成電鉄の新3000形の導入により捻出された3700形の3738Fが千葉ニュータウン鉄道にリースされて9808Fとなったことで賄われていました。

北総鉄道にリースされて7800番台となった京成3700形は、3808→7808Fや3748→7818F(7260形(京成3300形のリース車)の置き換え用)のほか、昨年3778Fが北総鉄道にリースされた7828Fも加わっています。

5月19日は、泉岳寺から浅草橋まで、新3000形の最終増備車である3042Fに乗ることが出来たけど、こちらは西馬込から来た成田空港行き(京成線では、京成本線経由の快速)となっていました。 

北総線開業40周年ヘッドマークは、9月30日(月)までの間に3編成全てに取り付けられ、羽田空港国内線ターミナル(羽田空港)、西馬込~印旛日本医大間で運転されているので、比較的狙いやすいと思います。 

このように、5月19日に、京急ファミリー鉄道フェスタ2019に行く前に、品川駅で、北総7500形による北総線開業40周年記念ヘッドマーク付き電車を撮影することが出来て良かったです。

おまけの画像は、浅草橋駅で撮影した、京成電鉄新3000形の3042Fです。






こちらは、5月19日に、京浜急行電鉄(京急)の久里浜工場(京急ファインテック久里浜事業所)で行われた、京急ファミリー鉄道フェスタ2019で展示されていた、1500形の1509Fと1501Fで、1509Fによる行先、種別表示の実演(京急120周年記念ヘッドマーク付き)が行われていました。

1509Fは、1501Fと同様に、1985(昭和60)年に製造された初期型の普通鋼製の初期型であり、2001(平成13)年に車体更新されるまでの間、戸袋窓がありました。

1500形の初期型では、増圧ブレーキが取り付けられていないことにより、快特の120Km/h運転に対応していないので、朝と夜の快特の増結用として使われる時以外は、京急大師線、京急本線の品川~京急蒲田間の普通列車を中心に活躍しています。

1501Fは、普段見られない快特浦賀の表示となっていたけど、自分(しゃもじ)が1509Fを撮影した時に、けいきゅん(KEIKYU)の表示や、快速神奈川新町と、普段見られない表示となっていました。

快速は、乗り入れ先の京成電鉄の種別であり、都営浅草線や京成線に乗り入れない1509Fでは貴重な組み合わせでありました。

京急800形の823Fは、一昨日(6月14日)、ヘッドマークなしの姿で定期運用最後を迎え、今日(6月16日)、品川→久里浜工場間で、ダルマを模したヘッドマーク付きで、さよなら運転(抽選で当選した人だけが乗れていた)が行われていたけど、ヘッドマーク付きで定期運用の最後を迎えてくれたら良かったなと思っていました。

6月19日までは823Fが予備車として残る見込みとなっているけど、どうなるのか気になります。

昨日(6月15日)は、京急蒲田駅の3番線(上のホーム、京急本線の品川方面からの横浜、浦賀、三崎口方面乗り場)に、ホームドアが取り付けられていたので、動きを読み取ることが出来ました。

6月22日には、6番線(下のホーム、横浜方面からの品川、泉岳寺、都営浅草線、京成線方面乗り場)にもホームドアが取り付けられ、3番線側と合わせて、ホームドアが使用開始される予定となっています。

側線(普通列車の待避線)である2,5番線は、ホーム柵が取り付けられます。

今年度中に新1000形が14両導入予定であり、そのうちの1667F(6両編成)が823Fの置き換え用となるけど、残りの8両がどうなるのか気になります。

800形の置き換えが完了した後、普通鋼製で増圧ブレーキが付いていない1500形の初期型(1517F以前、120Km/h運転非対応)がどうなるのか気になります。

800形の白帯車で最後まで残されていた826Fと827Fは、1986(昭和61)年製だったので、同世代である1500形の初期型よりも先に廃車となってしまいました。

800形の全廃により京急から消えたものは、片開きドア、4ドア車、おでこの1灯車、全面方向幕、非貫通の前面、右手操作式のワンハンドルマスコンであり、825Fの廃車により、ピクトグラムのない禁煙🚭️の表示(禁煙 NO SMOKING)も京急から姿を消していました。

この表示は、池袋にある812-6号車の前頭部などの保存車両で見ることが出来ます。

西武鉄道の20000系以前の通勤型車両の禁煙の表示は、一部の車体更新車を除いて、禁煙 NO SMOKINGとなっているけど、最近になってからは、その表示の横にピクトグラム表示🚭️が追加されています。

1986年8月まで活躍していた京急500形は、片開き4ドア車の吊り掛けモーター車となっていたけど、1968(昭和43)年から1969(昭和44)年に改造される前は2ドアセミクロスシート車でありました。

このように、京急の4ドア車は、800形や2005(平成17)年まで活躍していた700形だけでなかったことが分かります。

今日の800形のさよなら運転は、品川駅の3番線を9時02分頃に発車し、久里浜工場へと向かっていたけど、途中で最高速度の100Km/h運転が行われていました。

久里浜工場では、参加者限定の撮影会が行われ、色々な種別や行先表示が披露され、参加者たちを満足させるような内容だったことを聞きました。

京急大師線では、3月3日から産業道路駅付近が地下化されたけど、未だ行っていないです。

1500形の初期型編成は、干支ヘッドマーク付きでなくても撮影しておく必要があります。

このように、京急ファミリー鉄道フェスタ2019で、1509Fを撮影することが出来て良かったです。

この場を借りまして、京急800形よ、41年間お疲れ様でした。そしてありがとう。






こちらは、6月6日に、東武鉄道東上本線(東武東上線)の小川町駅の2番線側で撮影した、8198Fの編成全体です。

小川町駅(埼玉県比企郡小川町)では、東上線の寄居方面の電車が1番線か3番線のどちらかから発車するけど、3番線発着の場合は、越生(おごせ)線の坂戸駅2番線発着と同様に、2番線側から編成全体を入れて撮影することも出来ます。

ブルーバード号のさよならヘッドマークの取り付けは、6月28日(金)までなので、土休日に撮影出来るチャンスは、明日と22,23日となっています。

今日(6月15日)は、栃木県民の日に因んだ東武宇都宮線での無料乗車デーで話題になったけど、車両は地下鉄日比谷線直通列車で活躍していた20000系列から改造された20400型に変わっていました。

東武アーバンパークライン(野田線)の8000系の置き換えは、地下鉄日比谷線直通列車の70000系の導入が優先されていることにより中断されているけど、それが一段落すれば再開されることが予想されます。

今年度は70000系列が6編成導入される予定だけど、そのうちの4編成は、来年導入予定の日比谷線直通列車での有料ライナー(TJライナー方式)対応の70090型となります。

東武アーバンパークライン(野田線)は、東武鉄道で唯一千葉県を通る路線であり、今日の千葉県民の日との関連もあります。

東武のブルーバード号は、実際に船橋まで運転されていたこともありました。

今日は土曜出勤(休日EXE、アウェイ、1週間の延長戦)だったけど、土休日の十八番である長時間の大雨号泣状態だったので大変でした。

世間様の平日(1週間)は、月曜日から金曜日までだけど、土曜出勤の場合は、土曜日でも平日と同様(平日の延長戦)となってしまいます。

土曜出勤前の金曜日(特に金土連勤の時)に、今日頑張れば明日は休みだ、今週もお疲れ様でしたという言葉を聞くと不愉快で仕方がないです。

そう思っている人は、自分(しゃもじ)だけでなく、他の土曜出勤組もそうなので、お互い様であります。

自分(しゃもじ)は東武宇都宮線の20400型を未だ見たことも乗ったこともないです。

なので、あー乗りたい!あーにゃ乗りたい!の気分です。

このように、小川町駅で、東武のブルーバード号の8198Fを、編成全体を入れて撮影することが出来て良かったです。







京浜急行電鉄(京急)のだるまさん電車として親しまれていた800形が、今月中旬をもって最後を迎え、1978(昭和53)年12月27日のデビュー以来の40年半の歴史にピリオドが打たれます。

これにより、明後日(6月16日)の午前中の品川→久里浜工場間のさよなら団体臨時列車が運転され、最後の花道を飾ることになるので、どうなるのか気になります。

今年5月19日に、京急久里浜工場(京急ファインテック久里浜事業所)で行われていた京急ファミリー鉄道フェスタ2019の車両撮影会では、800形の823Fと、運用から離脱された827Fがそれぞれ展示され、最後の晴れ姿が披露されていました。

復刻ツートンカラーの823Fが最後まで残されたことは、昨年3月に引退した2000形の2011F(こちらも復刻ツートンカラーとなっていた)と同じような流れとなっています。

800形がデビューした1978年12月27日当時は、ツートンカラーの3両編成で、3両編成までしか入線出来なかった京急空港線(京浜蒲田(のちの京急蒲田)~旧、羽田空港間)でも使われていました。

1982(昭和57)年4月には、品川口の普通列車の6両運転開始により、一部の編成が6両固定編成化されていたけど、初期型の801~810Fは、1993(平成5)年3月31日まで空港線で使われていた絡みにより、3両編成のまま残され、のちに中間車改造を伴う6両編成となっていました。

1986(昭和61)年に6両固定編成として導入された最終増備車だった826Fと827Fのうち、827Fが、京急ファミリー鉄道フェスタで、3両編成時代の旧、羽田空港発着を彷彿とさせる羽田空港⇔京急蒲田の表示で展示されていたのであります。

823Fは、1981(昭和56)年4月に川崎重工業(Kawasaki)で3両編成として製造され、翌年の1982年に中間車3両が組み込まれた上で6両化されたけど、当時は現在と同じツートンカラーとなっていました。

800形の廃車は、2011(平成23)年の801+802Fを皮切りに行われているけど、今年6月に823Fが引退することにより、7年間の置き換え計画が完了することになります。

800形は、京急で最後の片開き4ドア車であり、主要駅に導入される予定のホームドアに対応出来ないので、昨年度から新1000形の6連(エアポート急行にも対応)への置き換えが急ピッチで行われていました。

京急のホームドアは、2010(平成22)年10月21日に開業した京急空港線の羽田空港国際線ターミナル駅を皮切りに導入されているけど、それ以前は、800形も羽田空港(現、羽田空港国内線ターミナル)駅にも乗り入れていました。

羽田空港国際線ターミナル駅は、来年(2020(令和2)年)3月に第2ターミナルビル(現在はANAなどの国内線で使われている)の横に国際線ターミナルが増設されることにより、羽田空港第3ターミナル駅(東京モノレール羽田空港線の駅も羽田空港国際線ビル駅から改称)となり、羽田空港国内線ターミナル駅も、羽田空港第1・第2ターミナル駅に改称されます。

東京モノレールの羽田空港第1ビル駅と羽田空港第2ビル駅も、羽田空港第1ターミナル、羽田空港第2ターミナル駅にそれぞれ改称されるので、ビルがターミナルに変わることになります。

800形が3両編成で導入されていた理由は、京急空港線だけでなく、高架化される前の梅屋敷駅が4両編成までしか入れなかったことの絡みもありました。

高架化される前の梅屋敷駅では、浦賀寄りの2両でドアカット(締切扱い)が行われていたけど、2010年5月16日に上り線部分が高架化された後も、2012(平成24)年10月21日の前面高架化まで、下り線のみドアカットが継続されていました。

京急の普通列車しか停車しない駅では、6両編成までしか停車出来ないのがほとんどなので、京成電鉄の普通列車で京成上野~京成高砂間の一部と金町線を除いて6両編成となっていることと同様であります。

京急800形の特徴は、片開きの4ドア車だけでなく、2000形と同様だった非貫通の右手操作式のワンハンドルマスコンとなっていることであり、それが全廃されれば、両開きの3ドア(2100形は2ドア)の貫通扉付きT字型ワンハンドルマスコン(東急方式)と、泉岳寺駅並びに都営浅草線直通対応に統一されることになります。

池袋駅東口の丸善(MARUZEN)には、京急800形812Fの品川寄りに連結されていたデハ812-6号車の前頭部が、西武鉄道池袋線で活躍していたクハ2098号車の前頭部の横で展示されているので、西武と京急の提携の縁だと思っています。

その奥には、東急7700系デハ7702号車の前頭部もあります。

800形の827Fは、今後は解体中だった825Fと同様に解体されることになるけど、823Fに関しては、2011Fと同様に中間車が解体され、先頭車が久里浜工場で保管されることが予想されています。

800形の823Fは、品川~浦賀間の普通列車中心で最後の活躍をしているけど、明後日の臨時列車を含めて撮影でマナーを守ってもらいたいと思っています。

自分(しゃもじ)としては、既に800形の乗車・撮影を行ったので充分であります。

このように、京急ファミリー鉄道フェスタ2019で、京急800形の最後の晴れ姿を撮影することが出来て良かったです。