本日(5月26日)は、京浜急行電鉄(京急)大師線に行き、川崎大師の大開帳奉修 記念ヘッドマーク付き電車を撮影してきました。

こちらのヘッドマークは、5月1日から31日まで川崎大師で行われている10年に1度の川崎大師大開帳奉修に合わせて取り付けられています。

京急川崎駅と小島新田駅の間を川崎大師駅経由で結ぶ京急大師線は、京浜急行電鉄(京急)の発祥路線であり、4両編成のローカル電車が行き来しています。

大師線で使われている車両は、1500形の4両編成がメインとなっていたけど、新1000形1890番台(1890形、Le Ciel(ル・シエル))の導入により廃車が進められ、初期型普通鋼製車が全廃となったので、600形や新1000形の4両編成も使われるようになっています。

昨年12月には、新1701Fの導入により、最後の界磁チョッパ制御車(非VVVF車)だった1521Fと1525Fが廃車となったことにより、全て600形や新1000形(京急顔)の4両編成となったのであります。

それ以前は、700形や旧1000形の4両編成が使われていたけど、700形のほうは2005(平成17)年の引退前に大師線専用車となっていました。

成田スカイアクセス線開業前の2010(平成22)年6月に引退した旧1000形は、6連と4連が残されていたので、京急本線と大師線の両方で最後の花道を飾っていたのであります。

京急大師線の路線

京急川崎~港町~鈴木町~川崎大師~東門前~大師橋~小島新田

京急川崎駅で、京急本線(羽田空港✈️、品川、泉岳寺、浦賀、三崎口、逗子・葉山方面)、JR(京浜東北線、上野東京ライン(東海道線(宇都宮線または高崎線に直通)、南武線(川崎駅))に乗り換えることが出来ます。

京急川崎駅は、1966(昭和41)年12月10日から、本線(4~7番線)が高架ホーム(高いホーム)、大師線(1~3番線)が地平ホーム(低いホーム)となっているので、JR東日本の上野駅の在来線ホーム(こちらも高いホームと低いホームに分かれている)みたいな構造となっています。

朝方に運転されている12両編成の特急は、神奈川新町駅で後ろの4両が切り離されるけど、神奈川新町駅の下りホームの有効長が8両分しかないので、後ろの4両が京急川崎行きとなり、京急川崎→神奈川新町間が回送扱いとなります。

2002(平成14)年10月12日から2010年5月15日までの間、横浜方面と羽田空港✈️直通列車が4両付属編成で運転され、京急川崎~金沢文庫間で本線の8両基本編成と併結されていたので、京急川崎駅で分割・併合作業が見られていました。

現在京急の分割・併合駅は、品川、神奈川新町、金沢文庫の各駅となっています。

京急600形🚃は、1994(平成6)年から1996(平成8)年に掛けて8両基本編成が8本64両、4両付属編成(650番台)が6本24両、計88両が製造されていたけど、デビュー当時はツイングルシートというオールクロスシート💺であったので、地下鉄乗り入れ車両としては珍しい存在となっていました。

ツイングルシート💺とは、601~607Fに採用されていた2人掛け⇔1人掛けでの転換が可能な座席であり、ツイングルとは、ツインとシングルを合わせた言葉に星のきらめきを意味するツインクルを掛けた言葉でありました。

1994年に導入された初期型の601Fと602Fは、ワイパーカバーがグレー系となっていたけど、翌年の1995(平成7)年に導入された603Fからは視認性向上によりワイパーカバーが白色となり、初期型の2本のワイパーカバーも白に変更されていました。

京急600形がデビューしたのは、1994年3月29日のことであり、当初は2000形と同様に、品川~京急久里浜間の快特中心の運用となっていました。

同年8月22日には、都営浅草線への乗り入れが開始されたけど、当時はオールロングシート車が当たり前だった都営浅草線にオールクロスシート車が初めて営業運転で乗り入れていたのであります。

1998(平成10)年11月18日の羽田空港✈️への乗り入れにより、羽田空港直通列車にも盛んに使われるようになっています。

608Fは、1996年2月に、東急車輛製造(総合車両製作所横浜事業所の前身)製造された編成であり、600形の8両基本編成で唯一シングルアームパンタ車の4M4T(1,4,5,8号車がM車)で、インバータ音も異なっているので、レア車でもあります。

601~607Fは、6M2T(1,2,5,6,7,8号車がM車)となっています。

608Fのデビュー当時は、三崎口、浦賀、新逗子(現、逗子・葉山)寄りの4両(1~4号車)が東洋電機製造製、品川、泉岳寺寄りの4両(5~8号車)が三菱電機(MITSUBISHI ELECTRIC)製の主制御機やSIVが搭載され、車内にメディアルトランという液晶ディスプレイが搭載されるなどの試作的要素の強い編成となっていたけど、2012(平成24)年8月のリニューアルの時に4両附属編成の651Fとのトレードにより、主制御機やSIVが三菱電機(MITSUBISHI ELECTRIC)製に統一されていました。

液晶ディスプレイ(メディアルトラン)のほうは、1999(平成11)年4月に撤去されていたけど、2012年のリニューアルによって、別の形で復活していました。

ツイングルシートは、コストが掛かっていたことに加え、評判が良くなかったので、1996年に導入された608Fと4両付属編成では、ツイングルシートが廃止され、他の編成のツイングルシートの固定化も行われていました。

600形のロングシート化は、2005(平成17)年3月の606F(同時にブルースカイトレインとなった)を皮切りに順次行われていたので、新1000形と同じ座席となったことで、共通運用が出来るようになっています。

600形の車体更新は、2009(平成21)年から2014(平成26)年に掛けて行われ、ワイパーカバーに600のスリットが入るようになったことなどで変化したけど、606Fに関しては、2100形の2157F→2133Fとは異なり、ブルースカイトレインのまま更新されていました。

1997(平成9)年3月22日の朝ラッシュ時の特急の枚方市駅停車化の時に導入された京阪電気鉄道(京阪)の9000系🚃は、デビュー当時にセミクロスシートとなっていたけど、現在はロングシート化されて、ベースとなった7200系と同様の扱いとなっているので、京急600形に似ているところがあります。

ブルースカイトレインの606Fは、1995年6月に東急車輛製造で製造された編成であります。

行先、種別表示は、1500形、2100形、新1000形の初期型と同様に、前面がLEDで、側面が方向幕式となっています。

600形の4両編成(650番台)は、全て1996年製であり、651〜654Fが川崎重工業(川崎車両、Kawasaki)製、655,656Fが東急車輛製造製であります。

600形を名乗る車両は、1986(昭和61)年3月まで快特で活躍していた旧600形(2代目600形、2ドアセミクロスシート車、2枚窓の湘南顔、初のカルダン駆動車であった)も挙げられているけど、こちらは、1956(昭和31)年のデビュー当時から1966(昭和41)年まで初代700形となっていました。

1967(昭和42)年から2005(平成17)年まで活躍していた700形(旧1000形ベースの4ドア車の4両編成)は、2代目の700形で、晩年は京急大師線専用車となっていました。

初代600形は、1953(昭和28)年にデビューした、3ドアオールロングシート車(初代700形→2代目600形と同じ湘南顔で、吊り掛けモーター車だった)のことであり、のちに400形となったけど、引退したのは奇しくも2代目600形と同じ1986年3月のことでありました。

1951(昭和26)年にデビューした500形(こちらも湘南顔の吊り掛けモーター車だった)は、当初2ドアセミクロスシート車で、1968(昭和43)年から1969(昭和44)年に掛けて、4ドアオールロングシート車の車体(湘南顔)に載せ変えられていました。

晩年は、空港線(京浜蒲田(現、京急蒲田)~旧、羽田空港間)で使われていたけど、非冷房の吊り掛けモーター車であったことにより、1986年8月26日をもってラストランを迎えていました。

1986年は、湘南顔の電車が一気に置き換えられた年であったけど、吊り掛けモーター車が全廃された年でもありました。

2代目600形は、2両編成3本6両が、1070形(ロングシート改造されている)としてことでんこと高松琴平電気鉄道(香川県)に譲渡されていたけど、そのうちの2本(1071Fと1073F)は、未だ現役であります。

2代目700形も、旧1000形と同様に一部が高松琴平電気鉄道に譲渡され、讃岐路で活躍しています。

逗子市の神武寺駅付近にある逗子池子第一運動公園には、旧600形のデハ601号車が静態保存されており、保存会の有志によって大切に手入れされています。

その表示は、1985(昭和60)年3月2日に京浜逗子駅と逗子海岸駅の統合により新逗子駅(現、逗子・葉山駅)が開業する前に使われていた逗子の表示となっているので、懐かしさを感じています。

逗子海岸行きが逗子と表示されていたことは、羽田空港第1・第2ターミナル行きが羽田空港と表示されていることと同様でありました。

当ブログでは、羽田空港第1・第2ターミナル行きのことを、羽田空港第1・第2ターミナル(羽田空港)✈️行きと書いているのは、羽田空港の表示であるからであります。

京急の省略型の行先表示は、京浜→京急を冠する行先(例、京急久里浜(久里浜))だけでなく、新町(神奈川新町)、文庫(金沢文庫)、八景(金沢八景)も挙げられていました。

この車体は、ボロボロに傷んでいて、解体処分されることが懸念されていたけど、2012(平成24)年の公園の再整備と共に修復工事が行われたことにより綺麗な姿となっています。

このことは、横浜の京急本社内にある京急ミュージアムで静態保存されている230形のデハ236号車にも言えることであり、埼玉県川口市にある青木町公園で保存されていた時にはボロボロで解体される危機に立たされていました。

それが総合車両製作所横浜事業所の手によって修復され、京急ミュージアムで保存されるようになったことで素晴らしさを感じています。

こちらは3回の事前予約制(WEBによる予約)となっています。

新宿区西落合(都営大江戸線の落合南長崎駅付近)にあるホビーセンターカトー(KATO)東京店(カトー(KATO)ブランドの鉄道模型メーカーである関水金属の本社も入っている)には、デハ268号車が静態保存されているけど、普段は外観のみの見学で、行先表示が取り付けられる時や車内公開される時もあります。

こちらも定期的に手入れが行われているので、比較的状態が良いです。

現在のホビーセンターカトー東京店は、2014(平成26)年2月に改築されたものであり、デハ268号車は、改築前の旧ホビーセンターカトーの時代からのシンボルとなっています。

ホビーセンターカトー東京店が改築されてからは、店舗、ショールーム、模型パノラマ、レイアウト共に改築前よりも拡大されています。

改築前は、2階と3階で、店舗入口には階段がありました。

改築されてからは、1階に店舗、ショールーム、模型パノラマ、2階にレイアウトが入るようになったけど、1階と2階の間のエレベーターでの移動が可能なので、バリアフリー化されています。

自分(しゃもじ)は、今のホビーセンターカトーのほうが展示物が充実していて入りやすくていいなと思っています。

詳細は、「京急ミュージアム」、「ホビーセンターカトー」で検索。

京急川崎駅の大師線乗り場は、通常3番線であり、正月3が日の川崎大師の初詣輸送に伴う混雑時には、2番線が乗車、3番線が降車という措置が取られています。

京急川崎駅の京急本線ホームにあった、パタパタ式の表示は、2月11日の終電をもって使用が停止されていました。

これにより、案内表示のLED化が完了していたけど、同時に大師線の案内表示も更新されていました。

昨年は京急のドレミファインバータが最後を迎えていたので、今回のパタパタ式表示の廃止は、それに続くものとなったのであります。

京急川崎駅のトイレ🚻は、1階コンコースの西側(上りホームのエレベーター寄り)にあるけど、かつて大師線ホーム側にありました。

1番線の中間には、大師線の0km距離標があるけど、線路に下りないように撮影する必要があります。

電車が入っていない時でも線路に下りただけで迷惑行為になってしまうので、そのはずであります。

京急川崎駅の接近メロディーは、故・坂本九氏の出身地であることに因んで、代表曲である「上を向いて歩こう」となっているけど、こちらは京急本線部分のみ使われています。

上を向いて歩こうは、日本のみならず、アメリカ🇺🇸でもスキヤキ、SUKIYAKIというタイトルで大ヒットしていた曲であります。

隣接するJR川崎駅の1,2番線(東海道線(上野東京ライン)のホーム)の発車メロディーは、「上を向いて歩こう」となっているので、こちらも故・坂本九氏の出身地である川崎市が由来であることが分かります。

京急川崎駅のえきめんや(京急グループの立ち食いそば店)は、1階の大師線ホーム側にあります。

9月15日には、京急品川駅の下りホームにあった、えきめんやの品川店が、駅の改良工事により閉店となったので、品川駅から京急川崎駅まで行かないと味わえないことになっています。

えきめんやは、京急川崎、横浜、黄金町、弘明寺(ぐみょうじ)、上大岡、金沢文庫、追浜、横須賀中央、京急久里浜の各駅にあり、上大岡店に関しては、京急百貨店の中にあります。

三崎口店は、えきめん茶屋であり、スイーツやドリンクバーもあります。

えきめんやの営業時間、メニュー等の詳細は、「えきめんや」で検索。

京急川崎駅の本線下りホーム(4,5番線)には、川崎名物のキムチの店である、おつけもの慶の京急川崎駅ホーム店があり、自動販売機も併設されています。


こちらには、あごが落ちるほど旨いキムチと書かれています。

川崎に美味しいキムチの店があることは、今回初めて知ることが出来ました。

詳細は、「おつけもの慶」で検索。

2007(平成19)年まで日本コロムビアの川崎工場のあった港町駅付近は、レコード発祥の地でもあり、1932(昭和7)年3月21日の開業当時は、コロムビア前駅と呼ばれていました。

現在の港町駅となったのは、1944(昭和19)年2月1日のことであります。

日本コロムビアの川崎工場の跡地は、タワーマンション🏙️となっているので、利便性向上により、北口が常設化されていたのであります。

港町駅で「港町十三番地」⚓の接近メロディーが使われるようになったのは、2013(平成25)年3月1日のことであり、これを期に北口の常設化、南口の港町十三番地の歌碑の設置、駅舎の改良(バリアフリー化)が行われていました。

「川の流れのように」などのヒット曲で有名であった故・美空ひばり氏は、日本コロムビア所属であった歌手であり、港町十三番地などの曲のレコードが川崎工場で製造されていたことの縁により、港町駅の接近メロディーに使われ、南口には歌碑が設けられています。

港町駅付近にある川崎競馬場🏇は、神奈川県川崎競馬組合による管理、運営であるけど、船橋市にある船橋競馬場🏇と同様に、よみうりランド🎪による所有となっています。

詳細は、「日本コロムビア」、「港町十三番地」、「川崎競馬場」で検索。

鈴木町駅は、1929(昭和4)年12月10日に、味の素前駅として開業した、味の素(AJINOMOTO)の川崎事業所(川崎工場)🏭️の前にある駅で、1944年10月に鈴木町駅となっています。

2面2線の相対的ホームで、味の素の工場をバックに撮影出来る撮影ポイントとして人気があり、友人がそこで撮影していたことで目を付けていました。

鈴木町並びに鈴木町駅は、味の素(旧、鈴木商店)の創業者である、鈴木三郎助氏が由来となっているけど、佐藤姓と並んで日本人に多いと言われている鈴木姓もアピールされているような駅名でもあります。

日本で一番多い苗字は、佐藤であり、鈴木は2番目、高橋は3番目、田中は4番目に多い状態であります。

静岡県浜松市南区高塚町に本社のあるスズキ(SUZUKI)は、軽自動車中心の四輪車🚙と原付バイクを含めた二輪車🏍️🛵の両方を扱っている自動車メーカーであり、鈴木家によって設立された鈴木式織機がルーツとなっています。

本田技研工業(ホンダ、HONDA)のほうも、浜松市が発祥で、四輪車と二輪車の両方を扱う自動車メーカー(こちらは本田家が由来である)なので、スズキとの共通点があります。

現在の味の素(AJINOMOTO)のコーポレートスローガンは「Eat Well, Live Well.」であり、「おいしく食べて健康づくり」の意味が込められています。

味の素(AJINOMOTO)の川崎工場🏭️では、味の素(うま味調味料)、ほんだし(風味調味料)、Cook Do(中華料理の合わせ調味料)が主に製造されており、工場見学では、味の素コース、ほんだしコース、Cook Doコースに分かれています。

Cook Doは、回鍋肉(ホイコーロー)、青椒肉絲(チンジャオロース)、麻婆豆腐などの中華料理の合わせ調味料であり、おうちで本格的な中華料理を作ることが出来ます。

黒麻婆豆腐用には、四川山椒が使われているので、四川省の麻婆豆腐と同様の味わいとなっています。

そのCMでは、「うまい中華を食おうじゃないか。」と言われているけど、その通りであり、美味しい(うまい)中華料理を作って食べてもらいたいという願いがあると思っています。

こちらも、「Eat Well, Live Well.」に基づいた商品であります。

Cook Doコリア!は、その名の通りの韓国料理の合わせ調味料(姉妹商品)であり、プルコギ用、豆腐チゲ用があり、豆腐チゲ用には、本場韓国のコチュジャンも使われています。

アミノバイタルは、味の素(AJINOMOTO)によるアミノ酸補給のサプリメントであり、スポーツに必要な要素となっています。

運動中にはたんぱく質やそれを補うアミノ酸が失われていくので、水分補給と共にアミノ酸も補給する必要があります。

鈴木町駅付近には、イトーヨーカドー🛒🐦の川崎港町店があり、中にマクドナルド(McDonald's、マック、マクド)の川崎港町イトーヨーカドー店Ⓜ️🍔🍟があります。

イトーヨーカドーのシンボルである鳩マーク看板🐦は、2005年にセブン&アイホールディングスとなってからは一旦姿を消していたけど、鳩マーク看板🐦を復活させて欲しいという要望があることにより2017(平成29)年に復活したものであり、セブン&アイホールディングスの看板も残されています。

JR大森駅と京急の大森海岸駅の間にあるイトーヨーカドーの大森店では、早い段階で鳩マーク🐦が復活していました。

詳細は、「味の素」、「味の素川崎工場」、「イトーヨーカドー川崎港町店」、「マクドナルド川崎港町イトーヨーカドー店」で検索。

川崎大師駅は、川崎大師の最寄り駅である2面2線の相対式ホームの駅であり、ホーム間は地下道で結ばれています。

南口には、京急発祥の地の碑があります。

川崎大師平間寺(川崎大師)は、厄除けのお大師さまとして有名であり、成田山新勝寺(千葉県成田市)、高尾山薬王院(東京都八王子市)と並ぶ、真言宗智山派による関東三大本山の一つであります。 

自動車交通安全祈祷殿は、東門前駅付近にあります。

今回は、10年に1度の川崎大師大開帳奉修が行われています。

初詣の時期には川崎大師駅が混雑するので、川崎駅~大師間の川崎鶴見臨港バス🚌を使うか、東門前駅を使うことが推奨されています。

詳細は、「川崎大師」、「川崎大師平間寺」で検索。

大師橋駅は、産業道路駅の時代の2019(平成31)年3月3日に地下化された2面2線の相対式ホームの駅であり、産業道路に跨がる踏切や構内踏切があった地上時代も、2面2線となっていました。

産業道路に跨がる踏切では、単線となっていたので、地下化🚇により、複線化されていたのであります。

大師橋駅には、エスカレーターやエレベーターもあるのでバリアフリーにも適合しています。

このホームを見た時に、同じ産業道路に跨がる2面2線の地下駅🚇である京急空港線の大鳥居駅を思い出しました。

大鳥居駅は、産業道路→大師橋駅と同様に、産業道路に跨がる踏切の解消により地下化🚇されていたけど、こちらは環八通りに跨がる踏切も含まれていたので、地下化されて当然だなと思いました。

京急本線にも、環八通りに跨がる踏切(環八通り最後の踏切)があったけど、本格的に高架される前に仮設高架橋によって立体交差化されていました。

産業道路駅の1番線(京急川崎方面乗り場)の小島新田寄りには、待合室が完備されています。

今後は、川崎大師、東門前の両駅も地下化される予定であるけど、産業道路との関係により、産業道路駅付近の地下化工事が優先されていたのであります。

産業道路に跨がる長い踏切は、タモリ倶楽部の踏切特集でも紹介されていました。

これによって渋滞🚗🚗🚗⚡が発生し、産業道路ならぬ残業道路となっていたこともあったけど、地下化により、産業道路の渋滞に伴う残業道路の状態が緩和されていました。

パトカー🚓、救急車🚑、消防車🚒と言った緊急自動車🚨は、赤信号でも通行しても良いこととなっていることにより、通過時にアナウンスが流れているけど、踏切の場合は遮断されたら停止しなければならないという問題があります。

踏切により、人や車の流れが止められているので、踏切の立体交差化は、人や車を止めるな❗の一環で行われています。

このことは、2012(平成24)年に全面高架化された京急蒲田駅付近などにも言えることであります。

京急大師線は、小島新田駅部分を除いて全て地下線にする計画があり、京急川崎~川崎大師間は南側の地下新線、川崎大師~産業道路間は現在の路線の直下に設けることになっているけど、南側の地下新線に関しては、難工事が予想されることにより中止されていました。

小島新田駅は、江戸時代に小島家によって新田開発が行われたことであり、北側が小島新田、南側が北池上新田と呼ばれていたことがありました。

ホームは1面2線の島式ホーム(京急大師線で唯一)となっているけど、改札口側には階段の横にスロープがあるので、バリアフリーに適合しています。

トイレ🚻は、駅構内(改札内)の多機能トイレ(誰でもトイレ)♿のほか、改札外に川崎市管理の公衆トイレ🚻もあります。

増設部分は、1997(平成9)年3月31日に廃止された味の素(AJINOMOTO)の工場側線(味の素の川崎工場🏭と周辺にある川崎貨物駅を結んでいた線路)の跡地が使われています。

小島新田駅の手前から鈴木町駅まで、三線軌条となっていたので、現在逗子線の金沢八景~神武寺間(東急車輛製造→総合車両製作所横浜事業所(J-TREC横浜)の出入場関連)だけとなっている京急の三線軌条がもう一つ存在していたことが分かります。

鈴木町駅は、将来地下化された時に味の素の川崎工場から離れた南側の地下駅に移転されるはずだったけど、もしもそれが実現していたら、味の素の工場🏭に通勤する人たちが困っていたところでした。

このことは、港町駅周辺でも言えることであります。

産業道路→大師橋駅の地下化により、京急大師線で構内踏切のある駅が鈴木町、東門前の2駅となったけど、東門前駅が地下化されれば、鈴木町駅だけとなってしまいます。

1969(昭和44)年3月31日までは、川崎市電(川崎駅前~池上新田間)が出ていたけど、1964年3月まで、京急大師線と同様に塩浜まで乗り入れていました。

横浜市電のほうは、1972(昭和47)年3月31日に廃止されたので、神奈川県から路面電車が全廃された時でありました。

江ノ電では、江ノ島~腰越間で路面を走る区間となっているけど、こちらは普通鉄道扱いとなっています。

現在関東で路面電車のある街は、東京都の都電荒川線(東京さくらトラム)と東急世田谷線となっているけど、昨年8月26日には、宇都宮ライトレール(栃木県宇都宮市、宇都宮駅東口~本田技研北門間)も加わっていました。

小島新田駅付近にある川崎貨物駅は、1964(昭和39)年3月25日に、塩浜操(塩浜操車場)駅として開設された貨物駅であり、その建設工事の影響により、小島新田~塩浜間が休止→廃止され、京急大師線が小島新田駅で打ち切りとなっていました。

現在の川崎貨物駅となったのは、1990(平成2)年3月10日のことであります。

川崎貨物駅は、東海道貨物線(JR貨物)、神奈川臨海鉄道の浮島線と千鳥線が乗り入れているけど、2017年9月30日までは、水江線も出ていました。

浮島線の途中駅である末広町駅(東京メトロ銀座線の駅とは別)は、梶ヶ谷貨物ターミナルから来た生活廃棄物(ゴミ)🚮輸送列車である「クリーンかわさき号」が到着する貨物駅であり、ここから川崎区浮島町にある浮島処理センター(最終処分場)までトラック🚛で輸送されるので、トラックでの通しでの輸送と比べて渋滞の影響が少なく、大気汚染物質や二酸化炭素の排出量も大幅に削減されています。

クリーンかわさき号は、川崎市によって開発されたゴミ専用のコンテナ(清掃車と同等)による輸送で、平日のみ1往復運転されています。

水江線は、さよならイベントが行われずにひっそりと廃止されたので、自分(しゃもじ)のように、廃止されたことが知らなかったという人が多いと思います。

神奈川臨海鉄道(かなりん)は、川崎市川崎区に本社のあるJR貨物系の臨海鉄道会社であり、川崎貨物駅拠点の千鳥線(川崎貨物~千鳥町(千鳥町貨物駅)間)と浮島線(川崎貨物~末広町~浮島町間)のほか、横浜市磯子区の根岸駅拠点の本牧線(根岸~横浜本牧~本牧埠頭間)も出ています。

千鳥町駅は、東京の大田区にある東急池上線の千鳥町駅とは別なので、区別する為に、川崎市にある神奈川臨海鉄道の千鳥町駅のことを千鳥町貨物駅と呼ぶようにしています。

根岸駅の南側には、ENEOS(エネオス)ブランドのガソリンスタンド⛽でお馴染みのJXTGエネルギーの根岸製油所があり、友人のタキチヨ氏の世界であるタンク車によって八王子、竜王、南松本駅などにある内陸油槽場まで配送されています。

京急弘明寺(ぐみょうじ)駅周辺(横浜市南区)にある黒湯天然温泉 みうら湯弘明寺店♨️は、京急グループである京急開発による運営の日帰り温泉施設♨️であり、男女入れ替え制(毎週月曜日に入れ替えが行われる)で、さっぱり湯としっとり湯に分かれています。

今週(5月27日から6月2日まで)は、男湯♨️🚹がさっぱり湯、女湯♨️🚺がしっとり湯となっているけど、来週(6月3日から9日まで)は、その逆で、男湯♨️🚹がしっとり湯、女湯♨️🚺がさっぱり湯となります。

男女それぞれの浴場の入口には、男女別の暖簾があるので一目瞭然であります。

このことは、みうら湯♨️のホームページでも調べることが出来ます。

みうら湯の由来は、2003(平成15)年6月24日にオープンした時から2008年まで、三浦半島の海洋深層水が使われていたことであり、現在もその名残があります。

天然温泉♨️が導入されたのは、2005年3月24日の1回目のリニューアルであり、2016年4月1日の2度目のリニューアルオープンにより、人工の炭酸泉も導入されるようになっています。

しっとり湯には、さっぱり湯にはないバイブラ湯やミストサウナもあります。

日帰り温泉施設♨️では、男湯♨️🚹と女湯♨️🚺が固定されているところや、みうら湯♨️のように週毎に入れ替えが行われる場所があるので、注意が必要⚠️であります。

みうら湯は、弘明寺~上大岡間の高架下にある為に、さっぱり湯、しっとり湯共に露天風呂で電車🚃の通過音をBGMにすることが出来るけど、線路側に目隠しがあるので安心であります。

弘明寺駅は、京急の駅🚉と横浜市営地下鉄ブルーラインの駅🚇(どちらも上大岡駅まで1駅)があり、横浜市営地下鉄ブルーラインの弘明寺駅からもみうら湯♨️に行くことが出来ます。

みうら湯のお食事処である「みうら亭」では、三崎まぐろを味わうことも出来ます。

明日(5月28日)と明後日(5月29日)は、メンテナンスにより休館日となります。

詳細は、「みうら湯」、「みうら湯弘明寺店」で検索。

BIGFAN平和島(平和島競艇場(ボートレース平和島)🚤に隣接)の中にある天然温泉平和島(旧、平和島温泉クアハウス、同じ京急開発による運営)♨️は、1日150t湧出の東京屈指の天然温泉と言われています。

こちらへは、平和島駅からバス🚌で約3分で行くことになるけど、徒歩(約14分)で行くことも出来ます。

一昨年11月26日に京急の特急が増えたことにより、天然温泉平和島に行く時も便利になっています。

詳細は、「天然温泉平和島」で検索。

昨年5月30日には、羽田イノベーションシティ(最寄り駅は天空橋駅)に行き、足湯に入ってきました。

日光東照宮の木彫像の一つである三猿🐵は、「見ざる、言わざる、聞かざる」の意味があり、「幼少期に悪事を見ない、言わない、聞かないほうがいい」、「自分に不都合なことは見ない、言わない、聞かないほうがいい」と言われています。

このことに基づいて、自分(しゃもじ)が嫌がるような(不都合である)NGワード等は一切書かないようにしています。

当ブログでは、鉄道やバスの車両や運用のことに関することだけでなく、沿線の名所や美味しいもの😋🍴💕などに触れていくことにしています。

6月5日の日本中央バス、12日のしずてつジャストライン、19日のベイサイドブルー、20日の東武線のクレヨンしんちゃんヘッドマーク付き電車、6月21日のE657系K1編成、22日のE257系5000番台による新宿わかしお号、の記事も大好評であります。

当ブログでは、お見苦しい点があるけど、見てくれたことで感謝しています。

過去の記事と同じような内容だけど、文章の一部を変えて投稿するようにしています。

京急線の路線、時刻、運賃、運行状況等の詳細は、京急のホームページを見るか、「京急」、「京急線」で検索願います。

600形のヘッドマーク付き電車や1500形を撮影する時にはマナーを守ってもらいたいと思っています。

今宵はここまでに致しとうござりまする。