6月18日は、高田馬場から大手町まで、東京地下鉄(東京メトロ)東西線の07系76編成(07-106F)による西船橋行きに乗りました。



今回乗った列車は、土休日29S運用で、JR中央緩行線三鷹駅(東京都三鷹市)を12時53分に発車し、途中、吉祥寺、西荻窪、荻窪、阿佐ケ谷、高円寺の各駅に停車してから中野駅へと向かい、中野駅から東京メトロ東西線の各駅に停車してから西船橋駅(千葉県船橋市)へと向かうことになっています。

葛西駅(地下鉄博物館のある駅)では、後続の中野発東葉高速線直通の快速東葉勝田台行きに追い抜かれるので、浦安、西船橋の両駅及び東葉高速線の各駅へは、東陽町駅で降りたホームでの乗り換えとなります。

折り返しは、西船橋 14時10分発の三鷹行きであり、東葉勝田台駅から来た14時09分発の快速中野行きの後に発車するので、通過待ちのない列車であります。

5月10日には、落合から中野まで、07-106Fによる中野行き(平日21S運用)に乗ることが出来ました。

こちらは、東葉勝田台駅を12時32分に発車する中野行き(東京メトロ東西線の西船橋→東陽町間では快速運転)で、折り返しは、中野駅を13時43分に発車する快速東葉勝田台行きでありました。

7月17日には、落合から中野まで、東京メトロ05系(N05系)の31編成(05-131F、土休日55S運用)、中野から大手町まで、東葉高速鉄道2000系の2101Fによる快速東葉勝田台行き(土休日64T運用)で移動していました。

東京メトロ東西線は、その名の通り東京の東西を結ぶ地下鉄路線で、1964(昭和39)年12月23日に高田馬場~九段下間から開業していました。

東陽町~西船橋間の全線が開業し、全線開業したのは、1969(昭和44)年3月29日のことであり、日本の地下鉄初の快速運転(当時は東陽町~西船橋間ノンストップだった)が開始されたことや、東京の地下鉄並びに営団地下鉄(当時)で初めて東京都外(千葉県)に乗り入れるようになったことで話題になっていました。

現在東京都外に乗り入れている地下鉄の路線は、東京メトロ東西線の浦安~西船橋間(千葉県浦安市、市川市、船橋市)のほか、東京メトロ有楽町線・副都心線の和光市駅(埼玉県和光市)、都営新宿線の本八幡駅(千葉県市川市)も挙げられており、都営新宿線の本八幡駅に関しては、都営地下鉄で唯一東京都外(千葉県)にある駅となっています。

日本の地下鉄で、東西線を名乗る路線は、札幌市営地下鉄、仙台市地下鉄、京都市営地下鉄、JR西日本のJR東西線も挙げられているけど、最初に出来たのは、東京の東西線であります。

そのうちの仙台市地下鉄東西線(八木山動物公園~仙台~荒井間)は、東京の都営大江戸線や横浜市営地下鉄グリーンラインと同様の鉄車輪式リニアモーター方式となっています。

仙台市地下鉄東西線の八木山動物公園駅は、地下駅なのに標高の高い駅(136.4m)となっているのが特徴であります。

神戸の阪急神戸高速線(新開地~高速神戸~神戸三宮間)と阪神神戸高速線(西代~高速神戸~元町間)は、正式な路線名が神戸高速鉄道東西線となっています。

京都市営地下鉄東西線(太秦(うずまさ)天神川~御陵(みささぎ)~六地蔵間)は、リニアモーター方式ではないけど、トンネルの断面が小さい為に、50系、乗り入れ先の京阪電気鉄道(京阪)800系共に小型の車両が使われています。

京阪京津(けいしん)線は、上栄町~びわ湖浜大津間が併用軌道であることにより、京阪800系が地下鉄区間と路面電車区間を走る二足のわらじの車両であります。

1964年12月23日に東西線の高田馬場~九段下間が開業した当時は、5000系による3両編成だったので、05系に置き換えられる前の千代田線北綾瀬支線と似たような状態となっていました。

東京メトロ東西線の路線(2023(令和5)年3月18日現在)

(JR中央緩行線、三鷹駅まで直通運転)←中野~落合~高田馬場~早稲田~神楽坂~飯田橋~九段下~竹橋~大手町~日本橋~茅場町~門前仲町~木場~東陽町~南砂町~西葛西~葛西~浦安~南行徳~行徳~妙典~原木中山~西船橋→(東葉高速線、東葉勝田台駅まで直通運転、平日朝夕にはJR総武緩行線、津田沼駅まで直通する列車もあり)

快速の停車駅

中野~(この区間は各駅に停車)~東陽町~浦安~西船橋

通勤快速の停車駅(平日朝の中野方面のみ運転)

西船橋→浦安→葛西→西葛西→南砂町→東陽町→(この区間は各駅に停車)→中野

東西線の最高速度は、地上区間で100Km/hであります。

地上にある駅、中野駅と、西葛西~西船橋間の各駅

車両基地は、東陽町駅付近にある深川検車区、妙典駅付近にある行徳分室であります。

快速の通過待ちが行われる駅は、葛西、妙典、原木中山の各駅であり、日中は葛西駅で行われています。

東京メトロ東西線の女性専用車🚃🚺️は、平日朝の西船橋 6時57分発の列車から9時までの間に西行き(大手町、中野方面)の西船橋→大手町間(妙典駅始発の列車を含む)の先頭車両(10号車)に設定されており、平日朝の東葉勝田台 6時34分~8時32分発の東葉高速線上り(西船橋、東西線方面)の列車及び津田沼発の東西線直通列車も対象となっています。

東西線内では、9時をもって一斉に女性専用車の扱いが終了となります。

乗換駅🚃🔃🚃

中野 JR(中央・総武緩行線(一部三鷹駅まで直通運転)、中央快速線)

高田馬場 JR山手線、西武新宿線

飯田橋 有楽町線、南北線、都営大江戸線、JR中央・総武緩行線

九段下 半蔵門線、都営新宿線

大手町 丸ノ内線、千代田線、半蔵門線、都営三田線、JR(山手線、京浜東北線、上野東京ライン(東海道線、宇都宮線、高崎線、常磐線)、横須賀・総武快速線、京葉線、東北・北海道・山形・秋田・上越・北陸新幹線、東海道・山陽新幹線(東京駅))

日本橋 銀座線、都営浅草線

茅場町 日比谷線

門前仲町 都営大江戸線

東陽町・浦安 東西線相互(各駅停車⇔快速)

西船橋 東葉高速鉄道東葉高速線(東葉勝田台駅まで直通運転)、JR(中央・総武緩行線(平日朝夕には津田沼駅までの直通列車あり)、武蔵野線、京葉線)

地下鉄東西線の早稲田駅から都電荒川線(東京さくらトラム)の早稲田停留場(約600m先にある)までは、徒歩約15分掛かります。

東葉高速鉄道東葉高速線の路線

(東京メトロ東西線、中野駅または三鷹駅まで直通運転)←西船橋~東海神~飯山満(はさま)~北習志野~船橋日大前~八千代緑が丘~八千代中央~村上~東葉勝田台

東葉高速線では全て各駅停車だけど、1999(平成11)年12月6日から2014(平成26)年3月14日までの平日には、東葉高速線も快速運転であった東葉快速(途中、北習志野、八千代緑が丘の両駅のみ停車)が朝の西船橋方面と夕方の東葉勝田台方面に設定されていました。

乗換駅🚃🔃🚃

西船橋 東京メトロ東西線(中野方面へ直通運転)、JR(中央・総武緩行線、武蔵野線、京葉線)

北習志野 新京成電鉄新京成線

東葉勝田台 京成本線(勝田台駅)

地下にある駅 東海神、北習志野、船橋日大前、東葉勝田台の各駅

車両基地と本社は、八千代緑が丘駅付近にあり、出入庫列車として、八千代緑が丘駅発着も設定されています。

保安装置は、日本最後のWS(WaysideSigmal)-ATC(地上信号機方式のATC🚦)であり、開業25周年を期に発表された事業計画によると、無線装置やATC装置の更新が予定されており、これによって東京メトロ東西線と同じ新CS-ATC(車内信号方式)となり、WS-ATCが全廃されることになります。

WS-ATCは、地下鉄日比谷線や東西線にもあったけど、日比谷線は、2003(平成15)年10月12日に、東西線は、2007(平成19)年3月21日にそれぞれ新CS-ATC化されていました。

東西線から5000系が引退したのは、2007年3月17日のことであり、東西線のCS-ATC装置に対応しなかったことが分かります。

東葉高速線がWS-ATCのままと取り残されていることは、西武有楽町線(小竹向原~練馬間)で、旧式(アナログ式)のATC-4型のままとなっていることと同様であります。

07系は、1993(平成5)年3月に、有楽町線の増発用及び東西線の05系ベースのモデルチェンジ車として、07-101Fと07-102Fが、千代田線の06系(2015(平成27)年まで活躍していた車両)と共に導入されていました。

有楽町線に在籍していた当時は、黄色と紺色の帯で、内装が有楽町線がイメージされたものとなっていました。

当時は西武有楽町線が練馬まで延長される前だったので、新桜台行きも見られていたのであります。

翌年の1994(平成6)年には、有楽町新線(小竹向原~新線池袋(現在の副都心線池袋駅)間)🚇の開業に伴う増備用として07-103~07-106Fの4編成が導入されていました。

1998(平成10)年3月26日には西武池袋線🚃との直通運転開始により、07系も東武東上線🚃に加え、西武池袋線へも乗り入れるようになっていました。

副都心線🚇では、ドアの位置が7000系と異なっていたことや、ホームドアに対応出来ないことがが仇となっていた為に、副都心線対応工事の対象から外されて有楽町線を追われ、東西線に転用されていました。

当初は、2005(平成17)年度中に、05系の最終増備車(05-144~147F)によって、5000系の最後の4編成が置き換えられる予定となっていたけど、07系が副都心線のホームドアに対応出来ないということで、05-144~147Fの導入が中止され、2006(平成18)年に有楽町線の10000系(10101~10104F)の導入によって捻出された07-103~106Fが東西線に回されていたので、5000系置き換え用として白羽の矢が立っていました。

これにより、05系の最終増備車は、東京メトロ元年である2004(平成16)年度に導入された05-140~143Fの4編成(東葉高速鉄道の2000系との共通仕様)となってしまいました。

このことに対して、千代田線の06系は、増備されることもなく、製造が16000系に移行された為に、たった1編成のレア車と化してしまいました。

千代田線のホームドアに対応出来ない車両であったので、2015年に16000系の導入により、東西線に転用されることもなく廃車となったので、東西線に転用された07系に対して明暗が分かれてしまったのであります。

東西線は、千代田線や有楽町線と線路が繋がっていないので、07系の転用の時に、綾瀬から中野まで甲種輸送されていたけど、初期の転用編成は、有楽町線仕様のまま甲種輸送され、東西線の深川工場で改造されていました。

東西線での07系の営業運転開始は、2006年11月8日のことで、07-103Fによる東西線内限定運用となっていました。東葉高速鉄道への乗り入れは、同年11月10日、JR線への乗り入れは、翌年の2007(平成19)年3月5日のことでした。

07-101Fと102Fは、2007年10月頃まで有楽町線での営業運転が続けられていたけど、小竹向原駅及び新線池袋駅へのホームドアの設置工事により運用離脱され、Yマークが付くこともなく、和光検車区に留置されていました。

これらの2編成は、2009(平成21)年3月14日改正での東西線の平日朝ラッシュ時の中野方向での快速から通勤快速(浦安より先は各駅停車)への格下げによる補充として転用されていたけど、07-101Fのほうは、2008(平成20)年9月から12月に掛けて、デジタル無線取り付け工事による予備車として、東西線の帯で暫定的に千代田線を走っていました。

こちらは、小田急線への乗り入れが出来なかったので、ラッシュ時のみの変則運用となっていました。

あの時は、06系と合わせて、06系顔の車両が2編成となっていたという貴重な出来事でした。

東西線に転用された07系は、同時期に導入されていた05系の05-119~124Fと共通仕様となっているけど、05系に編入されることもなく、07系のままとなっています。

そのうちの05-124Fは、5000系のアルミ試作車の編成組み換えにより余剰廃車となった5453号車から発生したアルミ合金がリサイクルされた上で製造された編成であることからアルミリサイクルカーと呼ばれており、前面、側面、車内にアルミリサイクルカーのステッカーがあります。

こちらも、SDGsに基づいた車両となっています。

丸型のヘッドライトは、07系の証であります。

東西線のホームドアは、ワイドドア車対応の大開口タイプのホームドアであり、高田馬場、早稲田、神楽坂、飯田橋、九段下、竹橋、大手町、日本橋、門前仲町、東陽町、西葛西、葛西の各駅に導入済となっています。

有楽町線で活躍していた07系は、有楽町線と副都心線に導入されたホームドアに対応しない為に東西線に回されていたけど、東西線では、大開口ホームドアに対応している為に、リニューアルされた上で引き続き使われています。

東京メトロ東西線は、混雑が激しい路線として有名であり、かつて存在していた日比谷線の5ドア車や東急田園都市線や中央・総武緩行線の6ドア車のような多扉車の導入や、地上線を含めて複々線化が不可能であることにより、再びワイドドア車の導入に結び付いていたのであり、15000系の導入もその一環であります。

東西線のワイドドア車両は、05系(05-114~118F)が5本、15000系が16本(15101~15116F)の計21本であり、ドア幅が1.8mあります。

かつて小田急電鉄にあった1000形のワイドドア車は、ドア幅が2mありました。

こちらは、ホームドアに対応出来ないことにより、リニューアルの対象外となり、廃車の運命を辿ることになってしまったけど、1000形のリニューアル計画の見直しにより、一部の編成がリニューアルされただけで、対象外となった従来ドア車も、新5000形に置き換えられた上で廃車となっていました。

もしも、東京メトロ東西線に多扉車が導入されていたら、車両の取り替えが急ピッチで行われていたところとなっていました。

07系は、有楽町線時代から飯田橋駅に乗り入れているけど、ビフォーは有楽町線ホーム、アフターは東西線ホームに発着しています。

木場に関しては、ビフォー(有楽町線時代)は新木場駅、アフターは東西線の木場駅発着であります。

中野駅は、JR中央線(緩行線、快速線)、東京メトロ東西線が乗り入れている、JR東日本による管理の高架駅で、1番線が中央・総武緩行線の西行き(高円寺、荻窪、三鷹方面)、2番線が中野駅始発の中央・総武緩行線の東行き(東中野、新宿、千葉方面)、3番線が、地下鉄東西線からの中央・総武緩行線の西行き(高円寺、荻窪、三鷹方面)、4番線が中野駅始発の地下鉄東西線の列車(大手町、日本橋、西船橋、東葉勝田台方面、3番線から発車する列車もあり)、5番線が三鷹方面からの中央・総武緩行線の東行き(東中野、新宿、千葉方面)または、地下鉄東西線の列車(大手町、日本橋、西船橋、東葉勝田台方面)、6番線が中央快速線下り(武蔵小金井、立川、高尾、大月、青梅方面)、7,8番線が中央快速線上り(新宿、東京方面)であり、7番線は待避線として使われています。

中野駅の3番線に関しては、東西線からのJR線直通列車と東西線の列車の両方が発着しているので注意が必要⚠️であります。

中野駅は、エスカレーターがあってエレベーターがない状態であるので、エスカレーターが車椅子対応型♿となっています。

今後は西側に橋上駅舎が新設される予定となっており、エレベーターも設けられるので、エレベーターがないことが解消されることになります。

7月17日に中野まで行った理由は、7月15~17日に、中野サンプラザの最後の一般公開(さよなら中野サンプラザ感謝祭)が行われていたからでありました。

自分(しゃもじ)がハロヲタ時代にモーニング娘。などのハロプロ系のライブでよく行っていたサンプラザホール(コンサートホール)も無料で開放されていたので、ハロヲタ時代にタイムスリップしたような感じがしました。

自分(しゃもじ)が中野サンプラザでのハロプロ公演に行ったのは、2015(平成27)年1月4日のハロプロの合同公演が最後であり、これを期にハロプロ系の有料公演の参戦から撤退していました。

2015年1月4日は、上野~青森間(日本海回り)で運転されていた寝台特急あけぼの号の臨時を含めた運転が終了した時でもありました。

自分(しゃもじ)がハロプロ系の有料コンサートから撤退した理由は、コスパが良く、会いに行けるアイドルである地下アイドルに押されていること、前年の2014(平成26)年11月に推しメンだった道重さゆみ氏がモーニング娘。を卒業してしまったこと、2014年5月25日に岩手県某所で発生したAKB48の握手会での事件の営業により、しゃもじスタイル🐰での握手会参戦が不可能となったこと、土曜出勤の増加によりファンクラブ(FC)での土曜日の公演の申し込みが不可能であり、日曜、祝日の公演に集中してしまうという問題があったからなどであり、2015年3月をもってハロプロのファンクラブ(FC)を退会していました。

かつて自分(しゃもじ)🐰がモーニング娘。のメンバーと握手していた時を、千代田線で活躍していた06系に例えていたけど、その参戦から撤退したのは、06系が廃車となった時と同時期でありました。

自分(しゃもじ)🐰がモーニング娘。のメンバーと握手する機会が非常に少なく、とても貴重であったので、たった1編成しかなかった06系に例えていたきっかけとなっていました。

ハロプロ系のお茶の間での応援は継続しており、自分(しゃもじ)は、BEYOOOOONDS(ビヨーンズ)の鉄子である一岡伶奈氏が気になるメンバーとなっています。

自分(しゃもじ)は行かなかったけど、6月18日に東京スカイツリータウンで行われていたスペーシアXのトークショーに、一岡伶奈氏が出ていました。

落合駅は、中井駅と東中野駅の間にある、1面2線の島式ホームの駅で、都営大江戸線や西武新宿線の乗換駅にはなっていないけど、振り替え輸送の時に活用されています。

落合の由来は、神田川と妙正寺川が落ち合うことであり、こちらは、西武新宿線の下落合駅からのほうが近いです。

落合、中井、落合南長崎の各駅付近にある目白大学(目白学園)の新宿キャンパス(新宿区中落合4丁目)🏫は、目白が付くけど、山手線の目白駅から大幅に離れているので注意が必要⚠️であります。

このことは、お茶の水女子大学🏫が、御茶ノ水駅から離れた場所(文京区大塚、丸ノ内線の茗荷谷駅付近)にあることと同様であり、受験の時等に注意が必要⚠️となるのもそのはずであります。

目白大学新宿キャンパス内にある目白研心中学校・高等学校🏫は、男女共学の私立校であり、2009(平成21)年3月までは、目白学園中学校・高等学校という女子校となっていました。

目白大学のキャンパスは、さいたま岩槻キャンパス(埼玉県さいたま市岩槻区)や国立埼玉病院キャンパス(埼玉県和光市)にもあります。

東中野駅付近にある明治大学付属中野(明大中野)中学校・高等学校🏫は、男子校であり、ラグビー🏈などのスポーツ強豪校として有名であります。

東西線の高田馬場駅は、早稲田通りの地下にある2面2線の相対式ホームの地下駅で、西側(JR線、西武線側)に2ヵ所、東側(明治通り側)に1ヵ所改札口があります。

東西線の早稲田駅も、2面2線の地下駅であり、早稲田大学の本部(早稲田キャンパス)🏫へは、高田馬場寄りの改札口を使うことになります。

高田馬場駅から早稲田大学のある早稲田駅までは1駅だけど、早稲田口前から、早大正門(早稲田大学の正門付近)行きの都営バスの学02系統(小滝橋自動車営業所所属)🚌で行くことも出来ます。

学02系統は、目白駅から日本女子大学🏫への直通の学05系統(北自動車営業所練馬支所所属)🚌とは違い、途中のバス停(高田馬場二丁目、西早稲田、馬場下町)にも停車することになっています。

新宿区内にある早稲田大学のキャンパス🏫は、早稲田、戸山、喜久井町、西早稲田の各キャンパスであり、そのうちの理工学部のキャンパスである西早稲田キャンパスは、早稲田駅から離れた東京メトロ副都心線🚇️の西早稲田駅前にあり、渋谷寄りの3番線出入口が西早稲田キャンパスと繋がっているので、雨の日☔の通学にも便利であります。

宮城県大崎市の鳴子温泉♨️には、早稲田桟敷湯という公衆浴場♨️があるけど、早稲田大学の学生さんによって堀り当てられていたことが由来となっています。

自分(しゃもじ)は、以前鳴子温泉に行った時に、早稲田の名に惹かれて入ったのであります。

詳細は、「鳴子温泉」、「早稲田桟敷湯」で検索。

上越新幹線(北陸新幹線も乗り入れている)🚅の本庄早稲田駅(埼玉県本庄市にある新幹線専用駅)は、早稲田大学の本庄キャンパス🏫や本庄高等学院の近くにあることが由来となっているけど、埼玉県三郷市早稲田(JR武蔵野線の三郷駅付近)は、早稲田大学とは無関係であります。

早稲田大学🏫は、箱根駅伝🏃‍♂️、ラグビー🏈、硬式野球⚾などのスポーツでも有名であり、大学ラグビー選手権で16回の優勝経験🏆️があると言われています。

早稲田大学の硬式野球部は、慶應義塾大学、明治大学、法政大学、東京大学、立教大学と共に、東京六大学野球連盟の加盟チームであります。

埼玉県所沢市にある早稲田大学の所沢キャンパスへは、西武池袋線の小手指駅からバス🚌に乗って行くことになります。

箱根駅伝の早稲田大学のユニフォームは、臙脂色であります。

「早稲田」の地名は、神田川に近く川が入り組んだ地形であることから、 水稲の田んぼが多かったことや、凶作に備えて普通の田植えより早い時期に植える田があった事に由来しると言われています。

早稲田大学の構内にある大隈庭園では、田んぼを復活させる「わせでん」プロジェクトが早稲田大学の農楽塾によって行われています。

早稲田駅付近にある早稲田中学校・高等学校は、早稲田大学の系列であり、こちらは男子校となっています。

早稲田大学🏫のある新宿区の早稲田地区は、カレーうどん(南蛮うどん)発祥の地であります。

カレーうどんは、1904(明治37)年に早稲田にあった三朝庵によって生み出された和洋折衷のメニューであり、同じ三朝庵発祥のカツ丼と共に大ヒットしていました。

2018(平成30)年7月にワセメシの一つだった早稲田の三朝庵が閉店されていたので、発祥の地でカレーうどんを味わうことが出来なくなったことで残念に思っています。

中目黒(こちらもお花見🌸の名所である)にある、朝松庵では、カレー南蛮そばが生み出されていました。

名古屋カレーうどんは、名古屋めしの一つであり、鯱乃家(名古屋市営地下鉄名城線の黒川駅付近にある)がその発祥の地であります。

東京のカレーうどんの名店は、JR山手線と都営三田線の巣鴨駅付近に本店のある「古奈屋」であり、丸の内オアゾや横浜ジョイナスにも支店があります。

古奈屋のカレーうどんは、カレールー、かつおだし、かえし、麺(うどん)へのこだわりもあり、ミルクも加えたまろやかな味となっているという特徴もあります。

巣鴨本店のある場所は、巣鴨地蔵通りの入口やとげぬき地蔵尊の近くであり、都電の庚申塚停留場からも歩いて行くことも出来ます。

食べログの投稿によると、完食後のどんぶりに、「ありがとう」のメッセージが出てくることを知りました。

このことは、京都発祥のこってりラーメンの店である天下一品のどんぶり🍜に、「明日もお待ちしてます。」のメッセージがあることと同様であります。

詳細は、「古奈屋」、「巣鴨 カレーうどん」で検索。

早稲田停留場のそばにある武蔵野アブラ學会という油そばの店(前述のワセメシの店でもある)は、早大生にも人気があると言われているけど、自分(しゃもじ)も以前立ち寄ったことがありました。

詳細は、「ワセメシ」、「武蔵野アブラ學会」で検索。

神楽坂駅は、狭い道路の下に設けられた駅である為に、東京メトロ東西線で唯一の上下二層式の地下駅となっており、上部(地下2階)が西行き(中野方面、2番線)、下部(地下3階)が東行き(西船橋、東葉勝田台方面、1番線と)なっています。

東行き(西船橋、東葉勝田台方面)が左側、西行き(中野、三鷹方面)が右側のドアが開くので、東行きの高田馬場→竹橋間のドアの開く位置は左側となります。

駅名の由来である神楽坂(かぐらざか)は、早稲田通りと大久保通りに交わる交差点から外堀通り(飯田橋駅付近)へと向かう坂であり、神楽坂へは、飯田橋駅からのほうが近いです。

駅のすぐ近くには赤城神社⛩️があります。

詳細は、「赤城神社」、「赤城神社 新宿区」で検索。

2000(平成12)年12月12日に、都営大江戸線の環状部の全線開業により、牛込神楽坂駅が出来てからは、分散するようになっています。

都営大江戸線の環状部の全線開業は、新宿区の牛込エリアに、若松河田、牛込柳町、牛込神楽坂の各駅が出来たことによって鉄道空白地帯が解消されたと共に、東西線の早稲田、神楽坂の両駅、都営新宿線の曙橋駅の混雑が緩和されていました。

東西線の高田馬場駅と飯田橋駅は、改良工事前は狭かったけど、改良により広くなっています。

飯田橋駅は、東京メトロ東西線、有楽町線、南北線、JR中央・総武緩行線、都営大江戸線が乗り入れている駅で、千代田区、新宿区、文京区に跨がっています。

JR中央・総武緩行線🚃の飯田橋駅🚉は、1面2線の島式ホームで、移設前は、ホームの一部が急カーブに掛かっていた為に、電車とホームの間の隙間が33センチ(Cm)空いていたことで問題になっていました。

このような問題を解決させる為に、飯田橋駅のホームを市ケ谷駅寄りに200mずらす工事が行われ、2020(令和2)年7月12日には、新ホームに移転されたことにより、隙間が最大15センチに縮められていたのであります。

旧ホームの一部(もちろん柵が取り付けられている)は、東口への連絡通路として残されているけど、東口からホームまでの距離が遠くなってしまった為に、東京メトロ東西線や都営大江戸線との乗り換えが不便になってしまったという問題が発生してしまいました。

このことは、2020年6月1日にJR渋谷駅の3,4番線(埼京線、湘南新宿ラインのホーム)が山手線寄りに移設された時に旧ホームの一部が新南口の連絡通路の一部に転用されたことと似ているところがあります。

その前の2020年1月3日に東京メトロ銀座線の渋谷駅のホームが東側(表参道寄り)にずれたことにより、西口側から出ている京王井の頭線との乗り換えが不便となってしまったけど、逆にJR渋谷駅の3,4番線からは、他の路線から(へ)の乗り換えが便利となっています。

飯田橋駅の西側にある駅ビルである飯田橋セントラルプラザ(ラムラ)は、西口と東口の両方からアクセスすることが出来る複合施設となっているけど、事務棟には、消費生活総合センターや心身障害者福祉センター♿などの東京都関連の施設が入っています。

飯田橋駅付近にある病院🏥は、日本歯科大学附属病院🏥、JCHO(地域医療機能推進機構)東京新宿メディカルセンター(旧、東京厚生年金病院)🏥、東京逓信病院(日本郵政グループの病院)🏣🏥が挙げられているけど、2008(平成20)年には、東京警察病院🚓🏥もありました。

東京警察病院🚓🏥は、2008年に東京都中野区(前述の中野駅の北西部、野方警察署付近、徒歩圏内)に移転され、旧病院跡は、飯田橋グラン・ブルームという教会⛪を備えた複合施設となっています。

JCHO東京新宿メディカルセンター🏥は、新宿区津久戸町(大久保通り沿い)にある地域医療機能推進機構(JCHO)の系列の病院🏥であり、都営大江戸線の飯田橋駅からのほうが近いです。

同じ新宿区百人町(新大久保、大久保駅付近)には、JCHOによる東京山手メディカルセンター(名前が似ている病院)🏥があるので、注意が必要⚠️であります。

JCHO東京新宿メディカルセンター🏥の前には、都営バスの飯62系統(小滝橋車庫~大久保駅~牛込神楽坂駅経由~都営飯田橋駅間、小滝橋営業所所属)の東京新宿メディカルセンターバス停🚏🚌があるけど、こちらは本数が少ないので、飯田橋駅からの徒歩またはタクシー🚕利用が推奨されています。

タクシーで目的地を申告する場合は、東京新宿メディカルセンターと言う必要があります。

東京大神宮⛩️は、飯田橋駅付近にある神社であり、縁結びのスポットとして有名であります。

詳細は、「東京大神宮」で検索。

飯田橋駅から中野駅または西船橋駅へは、JR中央・総武緩行線と東京メトロ東西線のどちらかで行くことが出来ます。

九段下駅は、日本武道館の最寄り駅として有名であり、発車メロディーが爆風スランプの「大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い~」となっています。

爆風スランプの「大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い~」は、1989(平成元)年10月21日にリリースされた、日本武道館がテーマの曲であり、屋根の上の擬宝珠が玉ねぎ🧅のような模様があることが、タイトルの由来となっています。

日本武道館は、東京オリンピック1964の会場として使われていたけど、一昨年(2021(令和3)年)7月の東京オリンピック2020Rの柔道や空手🥋の競技会場としても使われていました。

東西線の九段下駅の東西線ホームは、2面2線の相対式ホームであり、一昨年3月14日に改札口が地下2階(東西線のホーム階)に纏められてからは、改札口を出ずに乗り換えることが出来るようになっています。

都営新宿線と東京メトロ半蔵門線の九段下駅のプラットホームは、同じレベルの地下4階にあるけど、2013(平成25)年3月16日に仕切られていた壁(バカの壁)が撤去されてからは繋がるようになり、都営地下鉄、京王電鉄、東京メトロ、東急電鉄、東武鉄道の車両が一同に見られるようになっています。

2020年3月14日の改札口の統合により、レベルアップしていたのであります。

九段下駅のトイレ🚻は、地下2階の西側と東側にあるけど、どちらも改札外となっています。

一昨年6月30日までは、飯田橋寄りの7番出入口付近に周辺にホテルグランドパレスがありました。

7番出入口は、東西線専用となっていたけど、改札口の統合によって、半蔵門線や都営新宿線に行けるようになっています。

竹橋駅は、毎日新聞社(毎日新聞東京本社)の前にある駅で、パレスサイドビルディング内にある毎日新聞東京本社へは、大手町寄りの改札口を使うことになります。

スポーツ新聞であるスポーツニッポン新聞社(スポニチ)は、毎日新聞社の系列であります。

日刊スポーツは朝日新聞社、スポーツ報知は読売新聞社の系列であり、サンケイスポーツ(サンスポ)は、産業経済新聞社(産経新聞社、サンケイ新聞)の直営による直営となっています。

詳細は、「毎日新聞」、「スポーツニッポン」で検索。

日本経済新聞社は、その名の通り、日本の経済がターゲットとなっている新聞であります。

読売新聞社、産業経済新聞社(産経新聞社)、日本経済新聞社の本社は大手町駅付近、朝日新聞社は東京都中央区築地(都営大江戸線の築地市場駅付近)にあるけど、そのうちの読売新聞社は、箱根駅伝🏫🏃の東京側のスタート、ゴール地点となっています。

東西線の大手町、日本橋、茅場町の各駅は、全て1面2線の島式ホームの駅となっています。

大手町駅から東京駅への乗り換えは、東西線からのほうが近いです。

大手町駅の東京メトロの乗り場は、1~8番線であり、1,2番線が丸ノ内線、3,4番線が東西線、5,6番線が千代田線、7,8番線が半蔵門線から成っています。

丸ノ内線と東西線の乗り換えの場合は、一旦改札口から出たほうが近いです。

5月4日に東西線から丸ノ内線に乗り換える為に移動した時に、大手町の森を発見しました。

大手町の森は、大手町タワーにある緑地であり、オフィス街の憩いの場となっています。

詳細は、「大手町タワー」、「大手町の森」で検索。

日本橋駅と三越前駅の間にある日本橋は、日本橋川に掛かる橋であり、「日本橋魚市場発祥の地」や国道1号線や4号線の起点を表す「日本国道路元標」の記念碑があります。

現在の東京の魚市場は、豊洲市場であり、前身は築地市場となっていたけど、その前は日本橋に魚市場があったことが分かります。

詳細は、「日本橋」、「日本橋魚市場発祥の地」、「日本国道路元標」で検索。

コレド日本橋のある場所は、1999(平成11)年1月31日に惜しまれて閉店された東急百貨店日本橋店(日本橋東急)の跡地であり、元をただせば白木屋デパートの日本橋本店でありました。

日本橋東急の閉店から丸24年後の本年(2023(令和5)年)1月31日には、渋谷にあった東急百貨店の本店が閉店となったので、現在東京都内にある東急百貨店は、渋谷ヒカリエShinQsと吉祥寺店(吉祥寺東急)の2ヶ所となっています。

東急百貨店の吉祥寺店(吉祥寺東急)は、吉祥寺で唯一残った百貨店(デパート)でもあります。

茅場町駅は、日比谷線との乗換駅であり、日比谷線のホームは、地下1階にある2面2線の相対式、東西線のホームは、地下3階にある島式ホームとなっています。

周辺にある日本橋兜町は、東京証券取引所や、エスビー食品(S&B)の本社があります。

エスビー食品は、S&B(スパイス&ハーブ)ブランドのカレーなどでお馴染みの食品メーカーであり、日賀志屋として創業されてから100周年を迎えていました。

S&B並びにエスビー食品の由来は、1930(昭和5)年にエスビー食品の前身である日賀志屋によって商標登録された、「太陽」と「鳥」が図案化したヒドリ印であり、翌年の1931(昭和6)年に、そのヒドリ印に「太陽、SUN」と「鳥、BIRD」の頭文字である「S&B」と併記されたことによるものであり、ヱスビー(エスビー)食品と呼ばれるようになったのであります。

S&BのSは、スパイス(Spice)のS、Bは、ハーブ(harB)のBでもあることから、スパイス&ハーブのS&B(エスビー)とも言われています。

詳細は、「エスビー食品」で検索。

茅場町は、月のマークの日用品や化粧品メーカーである花王(Kao)の本社のある場所でもあります。

花王(Kao)は、1890(明治23)年に、前身である長瀬商店から発売された花王石鹸がルーツであり、化粧石鹸が「顔洗い」と呼ばれていたことによって、「カオ(顔)石鹸」から「花王」と名付けられたのであります。

花王石鹸は、顔を洗う為の石鹸から名付けられていたことが分かります。

このような由来を探ってみるのも面白いので、このブログに書きたくなります。

詳細は、「花王」、「花王石鹸」で検索。

門前仲町駅は、都営大江戸線への乗換駅である2面2線の相対式ホームの地下駅であり、地下1階に東京メトロ東西線の改札口(西側と東側の1ヵ所ずつ)、地下2階に東京メトロ東西線のプラットホーム、都営大江戸線の改札口、地下3階に東京メトロ東西線⇔都営大江戸線間の連絡改札口、地下4階に都営大江戸線のプラットホームがあります。

駅周辺には、富岡八幡宮⛩️や成田山東京別院深川不動堂(深川不動尊)があります。

詳細は、「富岡八幡宮」、「深川不動尊」で検索。

南側にあるJR京葉線の越中島駅へは、徒歩10分掛かるけど、こちらは振り替え乗車の時に活用されています。

1月9日には、門前仲町駅付近にあるArt Space MONNAKA – ASMOで、「まえがみちゃん」こと1学期の前髪が出てきたサーチワン撮影会に行き、当時まえがみちゃんのメンバーだったあーにゃこと伊藤蒼姫氏😸と約50分間1対1になれた(デート気分を味わえた)という喜びを感じていたので、当時のことを思い出しました。

あーにゃは、2月26日にまえがみちゃんを卒業していたけど、その前の2月23日に品川区にあるstudio THE SHARAKUで行われたサーチワン撮影会でも、あーにゃこと伊藤蒼姫氏😸と約50分間1対1になれた(デート気分を味わえた)ことて良かったな❗と思いました。

あーにゃ😸は、BEYOOOOONDSの一岡伶奈氏やきみにYORISOERU(きみより)のほののんこと永井穂花氏💚などと同様の鉄子であるので、50分間でも苦労することは無かったです。

この時に、新幹線で新潟に行くことを聞いたけど、あーにゃ😸には、新幹線が似合っているな❗と思いました。

門前仲町~東陽町間は、軟弱な地盤であることにより、営団地下鉄初の単線シールド工法で作られた区間であり、その中間にある木場駅は、両端に出入口のあるシールド駅(深さは22.4mと東西線の駅で最も深い)となっています。

エレベーターがあるのは、西側(門前仲町寄り)であります。

両端でないとホームの行き来が出来ないことや、ホームの幅が3m狭いという欠点があることにより改良工事が行われることになるけど、列車の運行を続けながら既設のシールドトンネルが解体された上で行われることにより、大掛かりな工事となります。

現在はいたちごっこのコロナ大騒動(コロナ事件)の影響により工事が中断されているけど、どうなるのか分からない状態であります。

木場駅のトイレ🚻は、西側と東側の地下2階部分にあり、西側は改札内、東側は改札外で、東側に車椅子対応の多目的トイレ(だれでもトイレ)🚻♿🚽が設けられています。

これらのトイレ🚻の個室は、かつての白金台駅のトイレ🚻と同様に、だれでもトイレ以外全て和式となっていたけど、現在は、東京メトロ全駅のトイレ洋式化の一環により全て洋式🚽となっています。

木場駅付近にある深川ギャザリアは、イトーヨーカドーの木場店や109シネマズ木場などが入っています。

木場駅は、木場公園や東京都現代美術館の最寄り駅でもあり、木場公園の地下に都営大江戸線のメインの車両基地(木場車両検修場)があります。

木場の由来は、以前貯木場(材木置き場)があったことであり、有楽町線、JR京葉線、東京臨海高速鉄道りんかい線の新木場駅付近にある、新木場は、埋め立て地への移転により出来たものであります。

木場公園で行われている木場の角乗は、その名残とも言えます。

北斗星号などで使われていた、プロトタイプの豪華寝台客車であった、夢空間のデラックススリーパーは、木場駅付近(木場公園の南側のすぐ近く)にあるフレンチレストラン「アタゴール オリエントエクスプレス」で展示されており、食事を済ませた後のティールームとして活用されています。

客車の前にあるダイニングスペースやメニューも、オリエント急行がイメージされています。

夢空間のラウンジカーやダイニングカーは、JR武蔵野線の新三郷駅前にあるららぽーと新三郷で展示されており、駅側にあるラウンジカーの中に入ることが出来ます。

ダイニングカーは、展望食堂車だった車両で、ららぽーと新三郷の駐車場側に置いてあるだけとなっています。

詳細は、「アタゴール」、「ららぽーと新三郷」で検索。

木場公園は、南北に連なる都立公園で、その地下に都営大江戸線のメインの車両基地である木場車両検修場(出入駅は清澄白河駅)があります。

このことは、足立区にある舎人(とねり)公園の地下に、前述の日暮里・舎人ライナーの車庫(出入駅は舎人公園駅)があることと同様であり、こちらも東京都の土地(都有地)であることが生かされています。

こちらには、バーベキューが出来る設備があります。

2月から3月までの間は、木場公園付近(東側)の大横川沿いで、河津桜(早咲きの桜)の見頃を迎えることになります。

詳細は、「木場公園」で検索。

東陽町駅付近にある東京イースト21は、サミットストアやホテルイースト21東京などの入った場所であり、1992年7月に鹿島建設によって開設されていました。

詳細は、「東京イースト21」、「ホテルイースト21東京」で検索。

警視庁江東運転免許試験場(東京都の三大運転免許試験場の一つ)へは、南砂町駅寄りの出入口を使うことになります。

東京都の三大運転免許試験場は、鮫洲、府中、江東の各運転免許試験場であり、江東運転免許試験場には、実地試験コースがない為に、指定自動車教習所を卒業した後に受ける学科試験に限られています。

東京都民が自動車の運転免許の学科試験を受ける場合には、3ヵ所のうちのお近くの運転免許試験場を選ぶことが出来ます。

南砂町駅は、1面2線の島式ホームの駅であり、東西線の地下駅で唯一の快速通過駅となっています。

現在は、2面3線に改良する工事が行われています。

順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター(御茶ノ水にある順天堂医院(順天堂病院)の系列である)🏥の最寄り駅であることにより、東口及び3番出入口にエレベーターが設けられています。

こちらは、その名の通り、高齢者の受診がターゲットとなっているけど、高齢者以外の受診も行われています。

順天堂大学も、箱根駅伝の常連校であります。

南砂町~西葛西間にある荒川中川橋梁は、全長1236mと、東京の地下鉄で最も長い橋梁となっています。

葛西駅付近の高架下にある地下鉄博物館は、メトロ文化財団による地下鉄専門博物館であり、1986(昭和61)年7月12日に開館していました。 

こちらには、地下鉄第一号車である1000形の1001号車、丸ノ内線で活躍していた300形の301号車がそれぞれ展示されています。

地下鉄博物館のある葛西駅は、快速の通過駅となるので、快速の場合は、東陽町駅または浦安駅(降りたホーム)で、後続の各駅停車に乗り換える必要があります。

入館や展示内容等の詳細は、「地下鉄博物館」で検索。

浦安駅は、1983(昭和58)年4月15日に東京ディズニーランドが開園した時にアクセス駅として使われるようになり、周辺の浦安バスターミナル(現、浦安駅入口バス停)からオリエンタルランド交通(のちの東京ベイシティ交通)のバス🚌がメインアクセスとなっていました。

1988(昭和63)年12月1日に、東京ディズニーランドの近くにJR京葉線の舞浜駅が開業してからは、舞浜駅がメインアクセス駅となり、有楽町線の新木場駅で京葉線に乗り換えて2駅で行けるようになっています。

東京ディズニーリゾート(ディズニーランド、ディズニーシー)は、あーにゃこと伊藤蒼姫氏😸の世界でもあります。

東京ディズニーリゾート(ディズニーランド、ディズニーシー)の詳細は、「東京ディズニーリゾート」、「東京ディズニーランド」、「東京ディズニーシー」、「イクスピアリ」で検索。

妙典駅は、2面4線の高架駅で、快速は外側を通過することになります。

妙典駅前には、イオン(AEON)の市川妙典店やイオンシネマ市川妙典があります。

詳細は、「イオン市川妙典店」、「イオンシネマ市川妙典」で検索。

西船橋駅は、1958(昭和33)年11月10日に総武線の駅として開業した駅であり、1969年3月29日に地下鉄東西線、1978(昭和53)年10月2日に武蔵野線、1986年3月3日に京葉線、1996年4月27日に東葉高速鉄道東葉高速線への乗り換え駅となったことにより成長した駅であります。

ホームは、地平ホームの1,2番線が中央・総武緩行線の東行き(船橋、津田沼、千葉方面)、3,4番線が中央・総武緩行線の西行き(錦糸町、秋葉原、新宿方面)、5,6,7番線が東葉高速線(東葉勝田台方面)、5,6番線が東西線からの津田沼行き列車、6,7,8番線が東西線(大手町、中野方面)

高架ホームの9,10番線が武蔵野線(新松戸、南浦和、府中本町方面)、11,12番線が京葉線(舞浜、東京(京葉線)方面または、南船橋、海浜幕張方面)から成っており、JR線と東西線、東葉高速線が別改札で、ホーム間には、連絡改札口があります。

こちらは、中野駅とは異なる点であります。

東葉勝田台駅は、京成本線の勝田台駅との乗り換え駅である地下駅で、1階に京成本線のプラットホーム、地下1階に京成本線と東葉高速線の改札口とコンコース、地下2階に東葉高速線のプラットホーム(1面2線の島式ホーム)があるので、神奈川県藤沢市にある小田急江ノ島線、相鉄いずみ野線、横浜市営地下鉄ブルーラインの湘南台駅に似ているところがあります。

勝田台駅は、1968(昭和43)年5月1日に開業した京成本線の駅で、当初は橋上駅舎となっていました。

1996年4月27日に東葉勝田台駅が開業した時点では、京成本線の橋上駅舎の使用が継続されていたけど、翌年の1997(平成9)年3月30日に京成の駅舎が地下化され田のであります。

勝田台駅と東葉勝田台駅は、別の駅名なので、駅奪取やステーションメモリーズ!(駅メモ!)で駅を集める場合には、別々にGETする必要があります。

勝田台駅や東葉勝田台駅の前を通っている成田街道は、東京都葛飾区新宿(にいじゅく、水戸街道と分岐)と千葉県成田市を結ぶ街道であり、成田山新勝寺への参拝の為に作られた道路であります。

京成線の勝田台駅は、ライナー系(毎日運転されているのはモーニングライナーとイブニングライナー)以外の全ての列車が停車する2面2線の島式ホームの駅であり、成田空港✈️まで乗り換えなしで行くことも出来ます。

勝田台駅から京成成田方面に向かった2駅目にあるユーカリが丘駅から出ている山万ユーカリが丘線は、ユーカリが丘の開発に携わっている不動産業者、デベロッパーである山万(本社は東京都中央区日本橋にある)によって運用されている新交通システムで、京成電車の乗換駅であるユーカリが丘駅を起点に、公園駅まで行き、ここからユーカリが丘エリアを反時計回りで1周し、公園駅からユーカリが丘駅に戻ってくる路線(ラケット型の環状路線)で、ユーカリが丘→地区センター→公園→女子大→中学校→井野→公園→地区センター→ユーカリが丘のルートとなっています。



運賃は、全線200円均一だけど、SuicaやPASMOなどのICカードは使えない状態となっているので、注意が必要⚠️であります。

ユーカリが丘線の車両である1000形は、コアラ🐨に因んでこあら号となっているけど、3本共に令和となった現在でも冷房が付いていないので、こちらも注意が必要⚠️であります。

その代わりにおしぼりとうちわのサービスが行われています。

ユーカリが丘線の時刻、運行状況等の詳細は、「ユーカリが丘線」、「山万ユーカリが丘線」で検索。

東葉高速線の八千代緑が丘駅付近にあるアパホテル千葉八千代緑が丘は、温泉浴場付き♨️のホテルであり、宿泊客のみならず、日帰り温泉客も入ることの出来るプランもあります。

詳細は、「アパホテル千葉八千代緑が丘」で検索。

東京健康ランドまねきの湯は、江戸川区船堀にある天然温泉のスーパー銭湯であり、都営新宿線の船堀駅から徒歩5分で行けるほか、東西線の西葛西駅、JR線の新小岩駅から無料送迎バス🚐が出ているけど、残念なことに、9月3日(日)をもって閉館となってしまいます。

市川市には、健康市川温泉クリーンスパ市川があり、東西線の行徳、妙典、原木中山、西船橋の各駅から無料送迎バス🚐も出ています。

詳細は、「東京健康ランドまねきの湯」、「健康市川温泉クリー市川」で検索。

JR京葉線の新浦安駅付近にある大江戸温泉物語浦安万華郷は、温泉テーマパークであり、従来の男女別の温泉浴場や、水着🩳👙で楽しめるスパニア(屋外の男女共用エリア)があります。

こちらは、一昨年9月5日まで東京のお台場にあった大江戸温泉物語の閉館後の受け皿と言える場所であり、大江戸温泉物語と同様に、宿泊することも可能となっています。

新浦安駅や浦安駅からは、無料送迎バス🚐も出ています。

詳細は、「大江戸温泉物語浦安万華郷」で検索。

楽天地天然温泉法典の湯♨️は、JR武蔵野線の船橋法典駅付近(西船橋駅から1駅、千葉県市川市)にあり、美肌効果があると言われています。

船橋法典駅から楽天地天然温泉法典の湯までは、徒歩5分と便利であります。

錦糸町の楽天地ビルの9階にある、天然温泉 男性専用 楽天地スパ(スパ&サウナ)♨️🚹️は、錦糸町駅近くにある温泉施設で便利であるけど、男性専用♨️🚹️である為に、女性🚺️並びに小学生以下(男女を問わず)が入ることが出来ないので、注意が必要⚠️であります。

ホームページには、女性のお客様、お子様は姉妹店 楽天地天然温泉法典の湯をぜひご利用ください。と書いてあります。

詳細は、「楽天地天然温泉法典の湯」で検索。

足立区大谷田(中川公園付近)にある日帰り温泉施設である、大谷田温泉明神の湯♨️は、天然ひばの浴槽と琥珀色の湯が特徴であり、東京メトロ千代田線の北綾瀬駅から徒歩18分、JR常磐緩行線の亀有駅から徒歩20分、バス🚌で5分で行くことが出来ます。

亀有駅北口2番バス停からは、有25系統の葛飾車庫行きまたは有27系統の西水元循環(どちらも東武バスによる運用)🚌で大谷田バス停🚏まで行くことになるけど、綾瀬駅から東武バスの綾23系統(葛飾車庫行き)で行くことも出来ます。

こちらは、ドーミーイン(dormy inn)や湯めぐりの宿でお馴染みの共立メンテナンス(共立リゾート)による運営であり、これらのスパリゾートホテルで培われたノウハウが生かされています。

亀有駅周辺にも立派な日帰り温泉施設があるということで嬉しく思いました。

詳細は、「大谷田温泉 明神の湯」で検索。

JR東海では、昨日(7月21日(金))から、東海道・山陽新幹線のN700系列のJR東海所属車の車内チャイムが、「会いにいこう」に切り替わっていました。

これにより、20年間使われていた「AMBITIOUS JAPAN!」の車内チャイムが聴き納めとなってしまいました。

JR西日本所属車の車内チャイムに関しては、「いい日旅立ち・西へ」のままであります。

JAL(日本航空)✈️🇯🇵では、東京ディズニーランド開園40周年記念の特別塗装機であるJAL Colorful Dreams Express(ボーイング767-300ER型、JA614J号機)が6月9日の羽田発着の周遊フライトでデビューしていました。

ディズニー100周年記念の特別塗装機であるJAL DREAM EXPRESS Disney100は、ボーイング767-300ER型のJA615J号機に施されており、昨年12月6日から国内線で運航中であります。

これにより、JALドリームエクスプレスが2機体勢となっています。

ANA(全日本空輸)では、6月4日、そらとぶピカチュウプロジェクトにより、ボーイング787-9型機(JA894A号機)によるピカチュウジェットNHが、羽田~バンコク(タイ)🇹🇭線のNH847便を皮切りに就航していました。

その後、羽田空港発着のジャカルタ(インドネシア)線🇮🇩、マニラ(フィリピン)線🇵🇭、シンガポール線🇸🇬、ホノルル(ハワイ)線🇺🇸🏝️、デリー線🇮🇳、シドニー線🇦🇺、バンクーバー線🇨🇦に使われていました。

8月31日には、ボーイング777-300ER型機(JA784A号機)によるイーブイジェットNHが就航する予定であり、羽田~ロンドン🇬🇧、ニューヨーク🇺🇸🗽、サンフランシスコ🇺🇸線に使われることになります。

ポケットモンスター(ポケモン)は、日本のみならず、海外でも大人気であります。

詳細は、ANAのホームページを見るか、「ピカチュウジェットNH」で検索。

現在のジェット機は、昔と比べて音が静かになったので、電車やバスが静かになったことと同様だな❗と思いました。

一昨日(7月19日)は、羽田空港第2ターミナルビルの国際線部分の使用が再開され、ANA(全日本空輸)✈️💙の国際線のうち、ロンドン、上海虹橋、香港、台北松山線が第2ターミナル発着となり、他の羽田発着の国際線✈️は全て第3ターミナル発着のままとなります。

これにより、東京モノレールは羽田空港第2ターミナル駅、京急線は羽田空港第1・第2ターミナル駅(どちらも終点)が下車駅となっています。

JAL(日本航空)✈️🇯🇵の羽田発着の国際線は、羽田乗り入れの外資系航空会社と同様に、全便第3ターミナル発着のままであります。

7月15日は、渋谷にあるGARRET udagawaで行われた、ぶどう党の新体制公演に行き、新メンバーの佐野きずな氏と初めて出会うことが出来ました。

自分(しゃもじ)がぶどう党の現場に行ったのは、昨年6月26日以来1年ぶりでありました。

この時に、美咲華、天野ひかり両氏と再会することが出来たのであります。

6月18日は、横浜COAST GARAGE+(横浜駅東口のアソビルの地下にあるライブハウス)で行われた、【ようこそ!竜宮城へ】vol.1 powered by lopilopi & iDOL PARTYに行き、たまプリを見ることに成功しました。

この時に1推しのあゆゆこと中谷亜優氏🤍や、6月20日に卒業した桜衣みゆな氏💖と久しぶりにチェキ撮影することが出来たほか、岬あやめ氏🐶💛と初めてチェキ撮影しました。

詳細は、「たまプリ」、「横浜COAST GARAGE+」、「アソビル」で検索。

5月4日は、神田明神ホールで行われた、対バンライブである、GIRLS☆DELIGHT#184に行き、きみにYORISOERU(きみより)やHIGHSPIRITS(ハイスピ)を見ることに大成功しました。

このように、きみにYORISOERU(きみより)やHIGHSPIRITS(ハイスピ)を一同に見られたことは、うしでんしゃ+ひつじでんしゃの4両編成と同様に、滅多にない良い機会でありました。

5月7日は、横浜みなとみらいのランドマークホールで行われたフレオ祭でも、きみにYORISOERU(きみより)を見ることが出来て良かったと思っています。

4月15日は、FleshAkibaササゲで行われた、あーにゃこと伊藤蒼姫氏😸が出てきたFlesh撮影会に参加し、あーにゃ😸と久しぶりに会話することが出来ました。

あーにゃ😸は、しゃもじさん🐰に出会えて良かったと言っていたので、ご満悦の様子でありました。

6月29日から7月2日まで、築地本願寺ブディストホールで行われた、あーにゃが出てくる舞台「かえってきた南無阿弥ティアラ」が行われていたけど、諸事情により行かれなかったのが残念でありました。

6月2日は、白金高輪セレネ(SELENE STUDIO SELENE b2)で、きみにYORISOERU(きみより)のワンマンライブが行われていたけど、仕事により行かれなかったのが残念でありました。

自分(しゃもじ)から見たきみよりをJALこと日本航空(日航機、JAPAN AIRLINES)✈️🇯🇵の飛行機✈️🇯🇵に例えているので、きみよりのワンマンライブや6月25日のゆめこの生誕祭で、自分(しゃもじ)が参戦していたら、JALこと日本航空(日航機)✈️🇯🇵のエアバスA350-900型機に例えていたところでした。

このことは、ハイスピのワンマンライブに行かれなかった時にも言っていたけど、自分(しゃもじ)から見たハイスピもJALこと日本航空(日航機、JAPAN AIRLINES)✈️🇯🇵の飛行機に例えているのでそのはずであります。

JAL✈️は、スーツ氏👔がよく乗る航空会社であり、その影響によりお気に入りとなっています。

きみよりのワンマンライブのTシャツは、白色であり、胸元のシンプルなKIMIYORIの文字が、JALの飛行機✈️の機体に描かれているJAPAN AIRLINESの文字に似ているところがあります。

自分(しゃもじ)🐰は、きみよりと再会してみたいと思っています。

7月15日にデビューした東武N100系スペーシアXに乗ってみたいけど、当分乗りに行けそうもない状態であります。

これにより当分乗れない東武のスペーシアXとなるけど、全席指定であることによりハードルが高いです。

日光東照宮の木彫像の一つである三猿🐵は、「見ざる、言わざる、聞かざる」の意味があり、「幼少期に悪事を見ない、言わない、聞かないほうがいい」、「自分に不都合なことは見ない、言わない、聞かないほうがいい」と言われています。

このことに基づいて、自分(しゃもじ)が嫌がるような(不都合である)NGワード等は一切書かないようにしています。

当ブログでは、鉄道やバスの車両や運用のことに関することだけでなく、沿線の名所や美味しいもの😋🍴💕などに触れていくことにしています。

7月1日の相鉄8713F、3日の伊那バス、11日の京成3400形、14日のスペーシアX速報の記事も大好評であります。

当ブログでは、お見苦しい点があるけど、見てくれたことで感謝しています。

過去の記事と同じような内容だけど、文章の一部を変えて投稿するようにしています。

こちらは飛ばしても構いません。

東京メトロ東西線、東葉高速鉄道の時刻、運賃、運行状況等の詳細は、東京メトロまたは東葉高速鉄道のホームページを見るか、「東京メトロ東西線」、「東葉高速鉄道」で検索願います。

今宵はここまでに致しとうござりまする。