Julio Iglesias - El Choclo - В обжигающем танго любви
フリオ・イグレシアス - エル・チェクロ - 燃えるような愛のタンゴで



エル・チョクロはタンゴの名曲の一つ。
1903年にアンヘル・ビジョルドが作曲したとされ、1905年11月3日にブエノスアイレスの高級レストラン「レストラン・アメリカ」にて初演された。
タンゴの中でも知名度が非常に高く、世界中の様々なタンゴの楽団によって、色々な解釈のもと、インストゥルメンタル演奏のほか、歌曲としての演奏も広く行われている。

「エル・チョクロ」とはスペイン語で「とうもろこし」という意味であり、由来には諸説あるが、不明である。
歌詞は作曲者のビジョルドほか、マランビオ・カタンもそれぞれ作詞したが、一番よく聴かれるのは、1946年にエンリケ・サントス・ディセポロによって作られたバージョンである。この歌詞は、メキシコの喜劇映画「グラン・カジノ」のために、この映画に出演するリベルタ・ラマルケの申し出により、急遽作られた。





フリオ・イグレシアス(1943年9月23日 - )は、スペイン出身のポピュラー音楽歌手。弁護士の資格を持つ。
父親は高名な医師、母親は上流階級出身。弟のカルロスも医師である。
レアル・マドリードのユース・チームでゴールキーパーをし、一軍に登録した矢先、交通事故で全治約5年の瀕死の重傷を負う。療養中に父のアシスタントからプレゼントされたギターで作詞作曲した曲がベニドルム歌謡祭で優勝。



ケンブリッジ大学附属のベル教育基金語学学校で3ヶ月学んだ後、マドリード・コンプルテンセ大学で法律の学位を取得。ミリオンセラーを連発するトップ・スターとなる。3億枚を超えるレコード・セールスを記録し、ギネスブックに載り「史上最も多くのレコードを売ったアーティスト」の称号を持つ。



代表曲に「黒い瞳のナタリー」、「ビギン・ザ・ビギン」、ウィリー・ネルソンとのデュエット曲「かつて愛した女性へ」などがある。しばしば「世界の恋人」と称される。
本国スペイン語の他に、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、英語の5か国語が堪能に話せる。
全世界のレコード・CD等の売り上げが3億枚を超え、世界のトップセラーのベスト10に入っており、最も成功したラテン・シンガーである。



父のフリオ・イグレシアス・ブガは高名な医師で、身代金目的でバスクのテロリスト集団ETAに誘拐される事件が起こり、2週間拘束された後、解放された。
元妻のイザベル・プレイスラーは、フィリピン航空最高経営責任者の父を持ち、チャールズ3世とも親しく、ジャーナリストでもあり、「スペインで最もエレガントな女性」に5回選ばれたセレブリティーである。



1979年にフリオ・イグレシアスと離婚した後、1980年にはスペインで最古の由緒ある貴族マルケス・デ・グリニョン家のカルロス・ファルコ公爵と結婚。ファルコと離婚したのちの1988年には経済学者で経済財務相を務めたミゲル・ボジェールと結婚した。
長男のフリオ・イグレシアス・ジュニア、次男のエンリケ・イグレシアスも成功を収めた歌手である。
ウィキペディアより