きっと俺にとってはカフェで書こうが家で書こうが同じなのであろう。

家に帰ってからも一応テーブルの上に原稿用紙を広げ、右手にはペンを持ってみるが、結局ほとんど進まない。


時間を持て余すかのようにペン回しをして、左手でスマホを弄ってしまって。

勉強をする、しなければならないはずなのにしないという、テスト前の学生のようだなと内心苦笑した。


「あ"ーーー。」


ソファーに勢いよく横になり、意味も無くただ天井をじっと見つめた。


…小説って、どうやって書くんだっけ。


壁際に並んでいる本棚に無意識に視線を移した。

そこには好きな小説がズラリ。

…特に好きなのが西野圭吾「流れ星の絆」「プラチナ厶デート」、西川篤哉「謎解きはランチのあとで」、陸本理生「ナラタージュン」…etc...


なにが好きかなんて語り始めてしまったら最低でも3日はかかると思うので、今回は省略させてもらうが…。


どうやったらあんな小説家になれるんだろうな。

一体あの人達はなにをしてここまで素晴らしいものを書き上げることが出来たのだろう。


脳の中を覗いてみたい。

何度そう思ったことか。


…まぁ、そんな不可能のことを考えても時間の無駄でしかなくて。

俺はそんなことを考えるよりも小説を、文字を書かなくてはいけなくて。


けれども今度は先程挙げた好きな小説の好きなシーンとかが不意に思い浮かんで、うんうん、あのシーンやっぱ最高だよな、なんて1人で頭の中で会話を始めてしまう。


これもダメだとブンブンと首を横に振って振り払ったが、今度出てきた邪念はカフェの店員さん。


名前は知らないし、

「お待たせいたしました。こちらブラックコーヒーです。」

「ありがとうございます。」

「ごゆっくりどうぞ。」


「すみません。ホットのブラックコーヒーもう1杯いただけませんか。」

「かしこまりました。少々お待ち下さい。」

なんて典型的な店員と客の会話しかしたことがないのに。


あの…、、、言葉に言い表し難い立ち振るまいに、花が咲いたように微笑む顔。

こんなに綺麗な人がこの世に居て良いのか、なんて大げさな言葉まですんなりと口から出てきてしまいそうになるくらいで。


典型的な会話以外の、、、俺と彼にしか出来ない会話をしてみたい。

ふんわりとしたあの髪に触れてみたい。

あの瞳に俺だけを映して欲しい。

少し鼻にかかった甘い声で名前を呼んで欲しい。

視線と視線が絡まって、気まずくなって目を逸らすのではなく、ニッコリと微笑みかけて欲しい。


ダメだ。。。こんなにも彼に対して欲が生まれてしまうなんて。

小説はあんなに書けないのに、なんで彼に関してはこんなに達者になるんだろう。


「あ…。」


ふと思いついた。

彼で小説を書けばいいんだと。


カフェの店員に一目惚れした小説家。

まるまるこの設定を使うことはなくとも、今の俺みたいな状況のキャラクターは作ることが出来るはず。

例えば、アイドルに恋した大学生とか、そんなんでもいい。


ただ、インスピレーションを受けるのが彼と俺ってだけで。


「…きたこれ…。」


漠然としているものの、初めて未来が明るく見えた。

勢いよく上半身を起こして起き上がり、クソも面白くない展開になるであろう113文字書いた小説の原稿は、ビリビリに破いて捨て去った。


ーーー


翌日。

オープンと同時に、またあのカフェを訪れた。


「いらっしゃいませ。」

と、密かに想いを寄せる彼に声を掛けられて、少し気分が高揚する。


これならいいお話が書けそう、と、根拠の無いことを思った。