来た部屋はソファーとテーブルが並んでいる普通の一室で。

正面によっこらしょと腰掛けたニノは、なにやら書類を目の前に広げた。


「勉強の前にこれ。履歴書含めその他諸々の書類の記入、よろしくね。」


「…。」


ペンを渡され、それを受け取るも中々書く気にならない。

これを書いてしまえば、俺は本当にここでスタッフとして働くことが決まってしまう。


…いやでも俺が否定したって全部無駄。

結局なんと言おうが働くのは既に決められていることで、"店長"とやらには逆らえない。


………


「え、K大出身なの?超エリートじゃん。」


「いや…まぁ、、、」


「へー。それで警察官。
…うわー凄いねあんた。ここまでとは思ってなかったよ。」


書き終えた履歴書を見て、ニノが感嘆の声をあげた。


…そう褒められるのは得意じゃない。

だってそれらが全部完璧でも、俺は…、、、


だから皆、離れていくし。


「よーし。じゃ、今度こそ授業を始めようか。
…翔ちゃん?」


「あ…、いや、なんでもない。」


「そ?
あ、メモとるならとってね。いや、頭いいから全部聞いたら頭に入っちゃう?」


「な訳。」


そんな冗談をさらりと受け流しながら、ニノの話に耳を傾け始めた。


「前言ってたスタッフの基本その1だとかは、勝手に俺が考えたやつなんだけど、、、まぁ、やっぱり敬語は基本NG。で、プレイの一環ならOK。あとー、名前はもうお互い呼び方決めたからいいよね。
それから始める時にはタイマーセットしてね。ベッドのとこのサイドテーブルにタイマー置いてあるから。1時間なら1時間。2時間なら2時間って。最大6時間まで客から指定可能。
あ、1時間で5万円だから。そこ覚えておいて。」


「ご、5万、、、」


「専属はただ色んな客と相手するよりも値が張るんだよね。だから専属の方がいい立場で居られるんだよ。翔ちゃんなんて1日目で専属決定だから、超エリート。他から嫉妬されないように気をつけてね。」


「えぇ、、、」


嫉妬、か…。

やだな、余計なことには巻き込まれたくねーよ。


「あとはまぁ…VIPなお客さんだから扱いは丁重に。言っても潤くんしか相手しないから、プレイ以外ではちゃんと優しくしてよ。ほら、毎回外まで送ってあげるとか。特に潤くんは芸能人だから、身バレしたら大変なんだよ。出来るだけ隠してあげてね。」


「はあい。」


「あと…。客…潤くんに対して気持ちを持ったら終わりだよ。」


「…え?
それってどういう、」


すると、丁度コンコンコンとドアがノックされた。

ニノが立ち上がり、ドアを開けると立っていたのはフロントのボーイである。

ヒソヒソと耳打ちをすると、また戻っていった。


「…どした?」


「潤くんが来たって。今日は来ないかと思ってたけど。
あ…丁度いいじゃん。今基本は全部教えたし!」


まさに名案!と言わんばかりに、嬉しそうに笑った。


「え…?は?いや、待て待て。流石に今日は…。」


「ん?なんで?今じゃないならいつやるのさ。そうやってずーっとずーっと先延ばしにするの?」


「…だって、、、
あ、潤はどっちを指名するんだよ!だって専属は俺とニノだろ?潤が選ばないと。」


「いいよ、、じゃあ俺が聞いてきてあげるよ。どっちを指名するか。」


そうニヤリと笑った出ていったニノ。

この時俺は気づいていなかった。


ニノは言葉のプロだ。

言葉が商売道具だ。


マインドコントロールなんて朝飯前。

手馴れた相手ならなおさらで。


潤と話しながら俺を指名させるようにするのは簡単なんだって。