先程のスタッフルームのような部屋に戻り、俺には到底似つかないギラギラと輝く衣装を脱いで元着ていた服に着替える。
無断で帰ろうとも思ったが、「待っていて。」と言われていたので、ソファーに下ろしていた腰は中々持ち上がらなかった。
情事が終わるのを待っているのもいい気分ではないが。
まぁ、それが彼の仕事なんだから仕方ない。
ーーー
それから大体1時間ちょっと経った頃だろうか。
おつかれー、と言いながらニノが部屋に戻ってきた。
「…長い。」
ソファーで座って待つこと小1時間。
ちょっと店の中を歩いてみるにも、なにかに巻き込まれそうだったので気が引けて、ずっとソファーの上で過ごしていた。
「長いって失礼な。1時間コースだから、いつもの潤くんにしては短い方だよ。」
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、隣に腰掛けて蓋を開けた。
…ニノの衣服はなにひとつ乱れていないし、額には汗も浮かんでいない。
けれど潤は、この前見かけた時みたいに色気ダダ漏れの顔をして帰っていったのだろう。
なんなんだろう、その差は。
「あのさ、」
「ん?」
「仕事って、なに?」
「…どういうこと?
説明したはずだけど。SMサービスを提供するって。」
「それはそうだけど…。ほら、汗ひとつかいてない。とても今さっきまで行為に及んでいた人とは…。」
「…セ ックスなんてしてないよ。」
せっかくオブラートに包んだのに、とも思ったが、驚くところはそこじゃない。
「え、どういうこと?」
「あー…まぁなんて言ったらいいのかな。
翔ちゃんは誰彼構わずヤるのが仕事だと思ってた?」
「…端的に言えば。」
「"SMサービス"、だからね。そりゃサービスの一環でヤるスタッフもいる。でも俺は違う。」
「それって…。」
「気になる?」
冷えたペットボトルを持っているせいで少し冷たくなった指先を俺の首筋に滑らせながら、艶を含んだ笑みを向けた。
反射でその手を払うと、ムスッと不機嫌な顔になる。
「…つまんないのー。ゲイなのに。」
「構わず全員に尻尾振って興奮すると思ってたら大間違いだよ。そもそもタチだし。」
「ふふ、ごめんって。
…スタッフによってサービスを提供する方法はそれぞれなんだけど…俺はまぁ…、いわゆる言葉責めってやつ。俺の商売道具は口から発せられる言葉だよ。
言葉で全部俺のペースに持っていく。お客様のマインドコントロールをして、言葉で性 的興 奮を味わえるように。まぁ、キスをしたり触ったりはするけど、挿 れはしない。…え、挿 れなかったらセッ クスにはならないよね?」
ふと、さっきの短いキスが脳裏をよぎった。
「、、、どおりで。」
ほとんど口を動かしているだけなら、事後みたいな雰囲気が漏れる訳ないか。
「じゃ、俺帰るよ。もうここには関わらないようにする。巡回ルート、新しいの考えておくから。」
うん。
いい経験をした、って纏めてしまえばいいんだ。
警察官として真面目に勤務していれば、こんなところと関わるこは二度と無かっただろう。
たまたまニノと目が合って、名刺を渡されて、半ば強引に連れて来られて…と口だけの抵抗で結局は黙認していたら起こったこと。
それにさっきので充分分かってくれただろう。
俺にこういう世界は不向きだってことを。
元々人一倍正義感が強くて根っからの真面目くんだから、こんなのは似つかないんだ。
「こら、なに1人で終わらせようとしてんの?」
立ち上がって部屋から出ようとしたところを、ニノに止められてしまった。