※こちらのお話は潤翔です※





「でもさぁ…家に帰らないってことは、彼女くらいしか考えられないんだよねぇ。名探偵マサキの勘がそうだと言ってるよ。」


うーん、と1人で考え込む雅紀。


あいにく彼女とか、そんなんじゃない。

食物連鎖における、圧倒的強者だ。


けどやっぱり、あんなに綺麗で"美人"っていう言葉がぴったりなのに、人間じゃないってのはもったいないよなぁ。

こんなこと思うのは余計なお世話かもしれないけど。


あの甘えるような仕草、表情をされたら、どんな女や男でもイチコロだっただろう。

可愛くて綺麗でかっこよくて、三大巨頭を全て持ち合わせているようなあいつがもし人間だったら、ノンケの俺でも確実に堕ちていただろうに。


ーーー


雅紀の家に逃げ込んでから3日経ったある日。

先に仕事を終えて帰ってしまった雅紀の後を追うようにして帰っていたところ、トントンと肩を叩かれた。


「みーつけた。」


聞き馴染みのある声がして振り返った俺の顔は、酷く引きつっていただろう。


恐ろしく冷たい声と、潤の無表情の顔に、全身鳥肌がたった。


「どこ行ってたの?俺、お腹ペコペコなんだけど。」


「っ、離せ…!」


俺の腕を掴んだ手を引き剥がそうとするも、ビクともしない。

そうだ、こいつ馬鹿力なんだっけ。


もがく俺とは違い、潤は表情ひとつ変えないまま続けた。


「いくら連絡してもなんの返信もないし…。これ、逃げてたってことでいいよね。」


…最後に、潤がにっこりと笑う。


「ほら、おうちに帰ろう?」


ってね。


ーーー


「言ったよね。逃げたら殺す、って。」


久しぶりに帰ってきたここの部屋は、酷く荒れていた。

服は床に散乱し、キッチンの方では食器が何枚も割れていて、破片が散らばっている。

置かれていた観葉植物や、棚とかもほとんどひっくり返されているし。


「………毎日のように噛んでいると、次第に相手の匂いを記憶し始めるんだよ。
言ったでしょ。すぐ分かるから無駄なの。」


「あっそ。いいよ、さっさと殺せよ。」


許しを乞うこともせず、さっさと命を投げ出した俺を見て、潤は分かりやすく目を大きくさせた。


「またこんな生活に戻るなら、死んだ方がマシ。
…ほら早く。」


誘うようにして両腕を大きく広げると、潤は歯を食いしばって勢いよく俺を押し倒した。

鋭い爪が食い込むほど強く肩を掴まれ、首の…頸動脈に向けて口を寄せられる。


頸動脈…、それなりに太い血管。

ここを噛まれたら…ここから出血したら、恐らく死ぬ。


雅紀に遺言でも遺せば良かったかな、なんてことを考えながら目を閉じた。


………数秒経ったが、一向に死にそうな程の痛みに襲われることはない。

するとふと、首元に冷たい感触がした。


恐る恐る目を開けてみると、目の前の綺麗な吸血鬼は、静かに涙を流していた。


黒では無い、紫檀色のその目から大粒の涙が溢れ、頬を伝って俺の首に落ちる。


「…は、、」


           っ、殺せる訳ないじゃん…!!!こんなに…好きなのに………。」


絞り出すようにそう言うと、ギュッと抱きしめ、胸に顔を埋めた。


「…。」


とうとう本音を漏らしたか、と思う。

ここまできて、好きな男を殺せないってよ。


「…なんで逃げたの…?殺すって言ったから、絶対大丈夫だと思ってたのに、、、」


「いい加減限界なんだよ。」


その言葉に、ハッと息をを呑んだ。