※こちらのお話は潤翔です※





翌日。

会社からの帰り道。


スーツをひとつダメにしてしまったので、新しいのを買わないとな、なんて悩んでいた。


…隠せるところを噛んでくれたのがまだマシだったが、ワイシャツで擦れてヒリヒリと痛むので、大きめの絆創膏を貼っておいた。


で、もうあんなことは二度とないだろうと、昨夜と同じ道を歩いていたのだが。


…今夜は雨。

月は分厚い雲に隠され、コンクリートには雨粒が打ち付けている。


「あ、あのっ!」


雨音の隙間から誰かが呼ぶような声がしたので隣を見たら、全身びしょ濡れの人が立っていた。


ん…?

いや、、、


「…っ、!!」


"人"じゃない。


見覚えがある。

人形のような美しい造形の顔に、そのタキシード。


大丈夫ですか?傘も差さずに…。

なんて、相手が人であるならそう聞いてあげるのが一般的だが、あいにく相手は人じゃない。

それに昨夜満月の下で、俺を噛んだというオマケ付き。


頭には逃げるという選択肢しかなかった。


また噛まれる。

即座にそう思って、傘なんか投げ出し、降り続ける雨の中走り出した。


「…あ、待って、、、!」


雨音の音と共に、後ろから追いかけて来る足音がする。

ここで捕まったら終わりだ。


そう思って無我夢中で走っていたんだけど。。。


「いった!!!」


雨の中革靴で走るというのはどうも厳しい。

既にお分かりの通り、そのまま後ろ向きに倒れ、昨夜同様、盛大に尻もちをついてしまった。


…大事なところで決まらない俺、すっごい可哀想。


もう逃げられる訳もなく、そのまま大の字に寝転がって空を眺める。

すると、男がひょこっと視界に入ってきた。


「だ、だいじょぶ、ですか?」


「…なんだよ。噛みたいなら噛めばいいだろ。だからまたここに来たんだろ?」


「そ、それは、、、」


高そうなタキシードも、真っ黒で艶やかだった髪もすっかり濡れてしまっている。

こいつ、一体いつから俺のこと待ち伏せしてたんだ。


「お願いを、、しに来たんです。」


「…は?」


見上げている男の目が、申し訳なさそうに揺れ動いた。


…とても人の血を吸う吸血鬼のような目には見えない。

弱々しくて、今なら殴ればすぐにどっか吹っ飛びそう、って感じ。


全然、昨夜の印象とは違う。


「こ、これから先の、俺の、、俺の、、、食糧になってください!」


ギュッと目を瞑り、意を決して叫ぶように言った男はその場で腰を折った。

こいつ、何言ってんだ。


「……なに、、俺に喰われろってお願いしに来たってこと?」


雨が降りしきる中、大の字に寝転がったまま、変なことを言う美男子吸血鬼を眺める。


「"喰う"じゃなくて、そんな、、、!…"吸う"ですよ!」


怒ったように唇を尖らせたが、全然怖くなかった。

なんか…人変わった?