M side


目が覚めたはずなのに、目の前は真っ暗だった。

いやでも、なにか色んな物がぼんやりと見える。


とにかくこうして横になっているということは、安心出来る室内にいるのだろう。


次に思い浮かぶのは捜していた行方不明の方たち。


…あれ、どうなったんだっけ。

とにかく、見つかった…かな?


というかここ、どこ?

暗闇で見えないので、突如として不安が襲ってきた。

急に怖くなってきたので、愛しい人の名前を呼んでみる。


でもそれはあまりにも弱々しいもので。

本当に自分から声が出ているのかどうなのかも不安になるほどだったが、何度もゆっくりと呼び続けた。


そしたら、隣でモゾモゾと物音がして、すぐに

「………潤、、、?」

と、自分を呼ぶ声がした。


…すぐに分かった。

この声は、名前を呼び続けた方の声だと。


まだ起きたばかりで、頭も気持ちもポヤポヤフワフワしている。

でも、翔様ときちんと受け答えが出来ていた。

理解能力は多少劣っている気がするけど。


…翔様の様子を見ると、相当心配を掛けてしまったんだなと思う。

国王としての荷もあるし、誰よりも忙しい方だってことは分かっているのに、余計な負担を増やしてしまった。


その時、、初めて翔様は僕に泣き面を見せて、初めて翔様自らキスをくれた。


「…!!」


それはあまりにも突然で、、、一瞬で。


…ま、、まず、翔様が泣いていた。

ずっと"悲しい'"という感情が分からないとおっしゃっていたのに。

ご病気を患ってから、恐らく初めて、、、


それから、キスも…。

翔様にとって愛のある行為というのは、結婚を完遂させるための過程のみだと、勝手に思っていた。


だって実際そういうことをされたのは、聘定式でのキス。

それから、その日の夜の性 交の時だけで、、、


気持ちのない政略結婚だから、仕方ないと思っていた。

だから、自ら求めるなんてこともしなかった。


「…。」


翔様の涙。

柔らかい唇の感触。


…翔様は一体…。


「失礼します。」


医務室に入って来たのは、和也さんとお医者様らしき方のみ。

呼びに行くと出ていった翔様の姿はなかった。


ーーー


1日も横になっていれば、体調はすぐによくなった。

恥ずかしいからなのか、僕が目覚めてから翔様が医務室へいらっしゃることはなかったけれど。


数日後に雅紀も行方不明となっていた方たちと共に帰って来た。

皆さん怪我もなく、無事に戻ってきてくれたことには感謝しかない。


ーーー


「失礼します。」


コンコンコン、とノックをして入ったのは、翔様の自室である。

翔様は窓の傍に立って、外を眺めていた。


「…もう体調はいいのか。」


視線を僕に移さないまま呟く。


「えぇ。
…ありがとうございます。」


「……俺は何もしていない。」


…翔様は嘘をついていらっしゃる。


あの後和也さんから聞いた。

僕が担架で王宮内に運ばれた時には、翔様は智さんの胸ぐらを掴み、声を荒らげて取り乱し。

その後僕が目覚めるまで、片時も僕の傍を離れなかったそうだ。


もっと素直になっても良いと思う。

少なくとも、僕には素直であって欲しい。


…窓の外で舞い散る雪を眺めている翔様。


「…翔様の……、、、いえ、なんでもありません。」


「なんだ。気になるから言え。」


「………翔様の笑ったお顔は、きっと素敵なものだと思うんです。」


「…。。。
フハッ…余計なお世話だな。。。」


「…!」


翔様が、今まで見た中で1番素敵な笑みを浮かべた。

眉尻を下げ、呆れたように笑うその姿…。


、、、これはもう、"治った"ということでいいのだろうか。


「翔様…ご病気は、、、」


驚いたように見つめる僕をチラリと一瞥して、またフッと鼻で笑う。


「翔さっ、、」


そしてスタスタとこちらに歩んできたと思ったら、ギュッと強く抱き締められた。


初めてだった。

こんな風に翔様から抱き締められるのは。


「しょう、さま…?」


「…ありがとう。」


肩に顎を乗せている翔様の表情は窺えない。


「ありがとう。」


「そんな、、私はなにも、、、、、
………いえ…良かったです。」


恐る恐るその背中に腕を回した。


あぁ、あったかい、、、

翔様の心も、このように温かくなって頂ければ。


そのためになら…あなたのためになら、私はこの身の全てを捧げられます。