「…自ら行きたいと言い出したのだ。なにを言っても聞かなさそうな、あんな意思の強い目は初めて見たよ。」


「無事に戻って来るといいですね。」


「大丈夫だ。生きて無事に戻れと命令したから。」


「…王妃と出会って、、もう何ヶ月経ちました…?」


「え?」


今まで心配そうに窓の外を眺めていたカズが、玉座の横にスタスタと歩いて来た。


「4ヶ月…くらいだろうか。」


「すごい、ですね。」


「なにがだ?」


「たった4ヶ月で、翔様は見違える程お変わりになられた。」


「…どういう意味だよ。」


「ご病気のことですよ。少しずつ、分かるようになってきたんじゃないですか?」


カズがにっこりと微笑んだのが何だか気持ち悪くて、思わず視線を逸らした。


…変わってきていることぐらい自分でも気づいている。


潤と居ると、何だか新しい感覚が自分の中を駆け巡っていくような…そんな感じがするのだ。

花が綺麗だと素直に思えたり、ブツブツと小言を言ってくるカズがうざったく感じたり、潤と口論したり。


…さっきだってそうだ。


あれが"怒り"というものなのだろう。

腹の底から湧いてくるムカムカ…。

勢いに任せて何でも吐き出してしまうような…。


もちろんまだ分からないものだってある。

1番は、"悲しみ"だ。

これだけがどうしてもよく分からなかった。


ほとんど毎日書庫に入り浸っている潤から勧められた、潤曰く、"泣けるお話"というのを読んでみたりもしたが、何も感じなかった。


なぜこの主人公は泣いているのだろうか。

読めば読むほど、頭の中が疑問でいっぱいになる。


「医者に治る可能性はあるがこの歳になると難しいと言われたものが、確実に治ってきている。
パイン連邦国の1人の重人の息子が、、、すごいよ、あいつは。」


「そう素直におっしゃればいいんですよ。王妃に。」


「そんなこと、」


言える訳ないだろう。

そう言おうとしたところで、思わず口が止まる。


…なぜ、言えないんだろうか。

なぜ、素直になれないんだろうか。


これは一体なんだ、、、?


「…潤に聞かないとダメだな。。。」


感情というものは難しい。

毎晩眠りにつく前に、呆れる程聞かされていたのに、まだ分からないものがあるのだ。


ーーー


…隣に潤という存在がなく、温もりを感じられないまま、どこか寝付けない夜を過ごした。


そして翌朝。

なんとなく朝食を食べ、いつも通り政務をこなす。


だが、各国から届いた書物に目を通しても、官僚たちの話を聞いても、ほとんど頭に入らなかった。


その代わり、時計にチラチラと視線を移すことが多くなった。

昨日出発したのは○時だから、普通に行けば○時には帰ってくるだろう、とか。


これが"期待"ということなんだろう。


それから正午を過ぎた頃。

1台の馬車が王宮に入ったとの知らせを受け、カズと一緒に走って外へ出たのだが。


ーーー