あれからしばらく考えた。


、、、が、翔様になんと言われようと、やはり翔様の感情を取り戻したい、と。


人間だけが感じられる"感情"を感じられないのは、非常にもったいない。

感情が翔様に戻れば、もっと世界が広がると思う。


「…翔様、、、ご一緒にここで眠ってもよろしいでしょうか。」


寝室のベッドから窓の外をぼんやりと眺めている翔様のその後ろ姿に声をかける。


寝室は別々だった。


恐らく翔様の意向だろう。

僕と、、いや、人と関わりたくないのだ…、出来るだけ。


「………勝手にしろ。」


「…ありがとうございます。」


…天蓋付きのベッドは、僕と翔様2人を横たえてもきっと余るくらいに大きくて。

僕は一足先に仰向けに寝転がった。


昼間にどこか気まずいまま書庫で翔様と別れてからは、特に話をしていない。


「…翔様は、いつから失感情症を発症してしまったのですか…?」


同じように翔様もベッドに潜り込んだところで、天蓋を眺めながら呟いた。


「お前には関係ないだろう。」


「…。」


暗闇の中、翔様の低い声がやけに大きく聞こえた。


「感情というものが解るのは、人間だけなのです。人間だけが持つ、特別な才能。…取り戻しましょうよ。もったいないですよ。」


「……。」


「翔様は、、、感情が完全に解らない、という訳では無いですよね。私がこの話をし始めると、どうもイライラが声音に滲み出ています。
…今私に対して持っているその気持ちが、"苛立ち"という感情です。なんて言うんでしょう…、どこか心がぶつけようのないモヤモヤに支配される感じ、ですかね。」


感情を言葉でさらに表すのは難しい。


「人間は数え切れないほどの感情を持っているんですよ。喜び、悲しみ、怒り、悔しさ、楽しさ、、、これらがあるだけで、世界は華やぐ…美しく感じるのです。…まだ私がなんのことを言っているのかさっぱりだと思いますが、いずれ必ず、翔様も解ると思います。私が解るようにしてみせます!」


「…フッ、、、」


隣から小さく鼻で笑ったような声が聞こえた。


「あっ、、!それはえっと…なんでしょう……、楽しさ、かな?いや、面白さ?え、、、?翔様、今なぜ笑ったんですか?」


「…変な奴だと思っただけだ。早く寝ろ。うるさい。」


「変な奴って、、、」


ムスッと唇を尖らせた。


…でも、全面否定はされていない。

このまま感情をひとつひとつ丁寧に説明していけば、もしかしたら…。


ーーー


…朝に激弱な自分であるが、最近はなんとかギリギリ雅紀無しで起きられるようになっていた。


今日は翔様が隣でモゾモゾと動き出したのを感じて目が覚めた。

モゾモゾと隣が動いて、やがて温もりが消える。


「……お目覚め、ですか、しょおさま、、」


「…そんな顔をして、、、まだ眠いなら寝ていればいいだろう。」


翔様がそんな風に言うぐらいなのだから、"そんな顔"はよっぽど酷いのだろう。


まだ寝ていたいのは事実だが、雅紀にこの前、少なくとも翔様よりは早く起きろ、なんてことを言われた。

…翔様よりも早く目覚めるのはかなり高難易度だが、雅紀に引きずり出されていた頃と比べたら、かなり成長しただろう。


「…散歩に行くか…?」


「え、?」


翔様は初めて、僕にそんな誘いの言葉を向けた。


ーーー