指輪を交換してからは1度司祭の方に向き直り、それからまた再び翔様と向かい合わせになる。


顎をやや引き、俯き加減で待つと、翔様が一歩だけこちらに近づき、ベールの裾を持ち上げた。

そして、弧を描くようにして頭上を通り、ベールが向こう側へと下ろされる。


伏せていた目をゆっくりと翔様に合わせると、相変わらずの表情をしている。


でも、、、


「…っ!」


翔様のその口が、

"綺麗だ"

と言うように、小さく動いた。


翔様の口の動きに気づいて、僕はハッと息を呑んだが、翔様は知らないフリをしている。

…まぁでも、直接言ってくださらないのが翔様だろうと開き直り、そのまま民衆の方へ顔を向けた。


ベールで隠されていた顔がよく見えるようになったから、民衆の歓声が先程よりもさらに大きくなる。

「お美しいです!」とか、「国王妃!国王妃!」とか、口々に僕を歓迎し、称える言葉で溢れかえり、思わず笑顔が溢れた。


異国から来た僕をこんなにも歓迎してくださっている。

僕たちは皆さんに嘘をついているのに。


…ゆっくりと民衆の一人一人に視線を巡らせる。


期待の眼差しをこちらに向ける者。

祈るようにこちらを見つめてくる者。

感極まって、涙を浮かべる者。


…それぞれ十人十色で、、、

なんて素敵な方たちなんだと、改めて思っ…、


「潤様、潤様。」


…大切な儀礼中にも関わらず、勝手に考えてしまっていたから、司祭の方に声を掛けられていることにも気づかなかった。


はい?と問いかけるように、小さく首を傾げると、司祭が翔様に視線を向けたので、自分も合わせて向けてみたら、正面を向く僕とは違い、翔様はこちらを向いていた。

…あぁ、向い合わせになるんだなと察して、体を反転させる。


次の瞬間、翔様が僕の頬に左手を寄せて、、、

それから、傾けられた翔様の顔がどんどん近づいてきて…。


突然のことで頭が全然回らなくて、誓いのキスをされるのだとようやく気づいた時には、既に翔様の柔らかい唇が重ねられていた。


3秒ほど経った後だろうか。

翔様の唇が離れていったのを感じて、自分もゆっくりと目を開けた。


すると、歓声が一気に湧き上がって、、、

ここに居る全ての方に「ありがとう。」と言いたかったけれど、司祭に連れられて、バルコニーを翔様と共に後にした。


ーーー


バタリと背後でドアが閉められる。

目の前には、拍手をしてくださっている大勢の使用人と、ボロボロに泣いている雅紀…。


「ま、まさき、、、、、?」


「じゅんさまぁ…おめでとお、、ございます〜。」


和也さんにハンカチを渡され、そのハンカチで遠慮なく涙を拭いた。


「なんでそんなに泣いてるの…!」


雅紀が自分が連れてきた、たった1人の側近であることは周知の事実。

泣いてるのが雅紀だけで、すっごい恥ずかしくなるのは僕の方。


「も、、、落ち着いてよ…。」


「だって…じゅん、さま……、、、大きくなられて、、、、、」


そう言うと、また「うわーん、」と泣き始めてしまった。


…物心ついた時には、既に雅紀の存在がいつも隣にあった。

遊び相手であるちょっとだけ歳上のお兄ちゃんが、自分のことを「じゅん様じゅん様」って呼んでくることが、自分が実はお偉いさんの息子だってことを知らなかった小さな僕にとっては、嫌なことだったけれど。


その時から既に僕の側近であった雅紀は、ちゃんと名前だけで呼んで欲しいという僕の願いを、困ったように流していた。


雅紀が実際どんな経緯で僕の側近となったかは分からないけど、今再び思い出せば、随分手を焼かせてしまったなぁと思う。


…雅紀も今、そんなことを思い出しているのだろうか。


涙でボロボロの顔の雅紀を、そっと抱きしめた。


ーーー