「…あ、」


21時の手前頃だろうか。そろそろ上がる時間だと、店内にある時計を何度も確認していた緑の彼が次に捉えたのは入店してくるあの男だった。
前回はあんな深夜だったけれど、今回はこの時間。残業は少しだけだった?

他の陳列棚を見ることもなく、入店してから一直線に向かってくる男。緑の彼はというと、ちょっと分けている前髪を整えたり、服にシワがついていたからピンと伸ばしたり。


「ホットコーヒー。Rで。」


「は、はい!」


「、、、?」


「ど、どうぞ、!」


「ありがとう、ございます。」


やけに張り切っている緑の彼に対して、男は内心首を傾げた。


「…。
いつもシフトこの時間帯なんですか?…えっと、、あいばさん、は。」


え!!!初めて名前呼ばれちゃったどうしようどうしよう!

なんて内心は大慌て。


「へ?あ、!そ、そうですね!夕方からこの時間までとか、この時間から深夜までとか。」


「…。
そうなんですね。」


「え、えっと、お客さんは、お仕事帰り、ですか?いつも、この時間ですし。。」


「いつも?」


ここでしまった、と思った。
いつもって、会ったのはこの前のが初めてじゃないか。

これじゃあ好きすぎて観察しすぎてるのがバレてしまう。


「あっ、いや、、えっと…。」


「…。
僕は、、、このお店に来るのは出勤前と退勤後ですね。僕が気づいていないだけで、あいばさんとは何度もお会いしていたということでしょうか。」


「えっと、、まぁ…。」


「…コーヒー売ってるコンビニってたくさんありますけど、ここが1番好きなんです。あいばさん飲んだことありますか?」


「え?いえ、、、」


「もしよければいつか飲んでみてください。働いている方はそのような機会少ないかもしれませんが。」


「は、はい。
…あ!もう、退勤時間なので、飲んでみます!!!」


「そうだったんですか?すみません、長話を。」


「いえ、そんな…。」


「今日もお仕事お疲れ様です。では僕は。」


またにっこりと微笑むと、コーヒーを入れて帰ってしまった。


緑の彼はその背中を見送ってから、自身で男と同じホットコーヒーのRサイズを購入した。


「…美味しい。」


コンビニのレベルも随分高いものなんだと思う。
挽きたてのような味わいで、じんわりと体に染みる。


「あら。なにしてるの?」


すると裏からオーナーが出てきた。もう退勤時間だから交代のために表に出てきたのだろう。


「お疲れ様です。
ちょっとコーヒーを。」


「今飲んで大丈夫なの?カフェイン入ってるから夜眠れなくなっちゃうわよ。」


「…。」


あの男は毎晩眠れているのだろうか、と思った緑の彼であった。










「っ、!いらっしゃいませー!」


夜更かししまったせいで眠気を堪えつつも、大きなあくびをした後の赤の彼が次に捉えたのは入店してくる男である。
普段の3分の2程度にしか開かれていなかった目は、今度は120%程に開かれた。


入店してから一直線上に向かってくる男。慌てて背筋を伸ばして、営業スマイル営業スマイル。


「ホットコーヒーひとつ。Rで。」


「かしこまりました!」


「…揚げ鶏はまだないんですか?」


「へっ?!あ、あ、揚げ鶏ですか?!あ、そう…ですね、、朝なので、今ちょうど揚げているところです、ね…。」


そう答えると「そうなのか、、」と明らかに残念そうな顔をする男。そんなシュンと肩を落とす姿を見て、なんで揚げ鶏ないんだよ!いつも出来たて用意しとけよ!シュンとする姿も可愛いけど!と、アルバイトの分際で内心悪態をついた。


「ごめんなさい、」


「いえ、えっと、、さくらいさんが謝ることではないでしょう。」


「へっ、?」


言われたことを頭の中で反芻される。さくらいさん、さくらいさん…今呼ばれたよね?

好きな人に名字呼ばれちゃった!!!


「………。あ!すみません!ホットコーヒーRでしたよね!」


次第に頬が赤くなるのが分かって、慌てて思い出したように話をすり替えた。
男にカップを渡して、何事もなかったかのような涼しい顔をする。


「…。
…あぁ、ありがとうございます。」


またにっこりと微笑まれてしまった。これ以上は心臓がもたないような気さえした。


コーヒーマシンでコーヒーを入れてから、男は赤の彼に向かって微笑んで店を去る。

男が出ていってから数秒後、止まっていた心臓が今更動き出したかのように、赤の彼はレジ台に手をついた。