みなさんこんばんは!しゃけです![]()
4月に入ってからいろいろなことを思い出したので、
私の経験したことをお話していこうと思います!
そんな今日は、
年子育児で一番疲弊したお話をしていこうと思います!
なぜ疲弊したかって?
それはもう、大変でしたよ・・・![]()
あの時はもうやかんのお湯が溢れんばかりに沸騰するくらいイライラしてましたね![]()
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お恥ずかしい限りで…
吐物の処理に、着替えに、部屋の掃除に
何から何までやってました。
思い出すだけで笑えてきます。
そんな話です
←っえ
何があったのかというと・・・
長男君が11か月のとき。
この時期から完了食に向けて離乳食の形態を変えていたのですが
毎食後に食べたものを吐き出すようになりました![]()
食欲旺盛で食事中に介助の手が止まると
「早く食べさせろー!」と怒って机を叩いてアピール![]()
するくらい
食事への意欲半端なかったんです![]()
かかりつけの小児科医には常に相談をしていましたが様子を見ましょうと言われ続けて
1歳2か月の時。
あまりの体重の増えなさ加減に大学病院を紹介されました。
そして保育園の入園通知がきた1月。次男が生まれた月。
紹介された病院に行けたのは3月でした。
この時1歳7か月で、長男君7㎏しかありませんでした![]()
身長があるわりには、あばらが見えるほどのがりがり君。
もちろん、毎食+補食バクバク食べていました。
しかし、すべて吐き戻ししてました![]()
おかげで家の中吐物で汚染された絨毯やクッションまみれ![]()
大学病院の先生に、
「なんでこんなになるまでほっといた?」と言われて、母は泣きましたよ。はい![]()
おそらく「胃食道性逆流症」だろうと。
検査をしてみないと断定できないとのことで
保育園の慣らし期間中に1泊2日の検査入院することになりました![]()
付き添いNGの病院だったので、
面会時間ギリギリまで病院にいて、そのあとは看護師さんに託しました。
そんなことがあったんです![]()
初めての検査ということと、初めての病院で一人で寝るという
初めて尽くしのことを1歳で経験するという酷なことをさせてしまったこと。
これもしんどかったですね![]()
入院したその日に、検査だったんですけど、
内視鏡室で看護師さん3人がかりで抑えて胃にチューブを入れるんですよ。
母は外で待機なんで、ま、泣きますよね。廊下まで聞こえる声でギャン泣きで
「ママー
‼」って聞こえるんです。
当時旦那氏は休めず、次男君は義母にお願いして。
母は一人で椅子に座って泣いてました![]()
検査終わった瞬間ぎゅーってしてあげられたんですが、
手首が曲がらないように抑制帯をまかれているので、手は伸ばしたまま。
笑いながら抱き着いてきたのを今でも覚えています![]()
結果は軽度の逆流症で、手術は必要なく、投薬治療で感知するといわれ
安堵でした。
この時が一番精神的にも、身体的にも疲弊を感じたときでした。
でも、唯一の救いで、胃の中にチューブが入っていようとなかろうと、
食事が視界に入るや否や、速攻で食べさせてアピールでした![]()
そこは食べるのね。みたいな…![]()
長男君はもう母乳卒業しているのに、長男君の横で
授乳中のカーテンを閉め切って
次男の分の搾乳をするという場違いな搾乳のタイミング![]()
そんなこともしてました。
今では
そんな長男君、1か月かけて慣らし保育を完成させました![]()
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最初はやっぱり食事が待てない子だったので、先生の監視付きでしたが![]()
1か月で監視役の先生がいなくてもゆっくり食べれるようになり、
朝夕の投薬治療と1か月のフォローから
徐々に伸び、2歳半で通院終了。
今ではもう体重17㎏。
身長は110㎝と年少クラスでは後ろの背の順にまで成長しました![]()
成長は早い![]()
あの頃は吐き出だされてノイローゼチックになって、
一時期離乳食を作らず、出来合いの物にしたり。
それでも、食べることが好きな長男君だったから完治するのも早かったのかなと思います。
あの頃の自分に伝えたい。「大丈夫だよ。」って![]()
そんな疲弊した話でした。
まぁ、まだまだありますが、こんなところでおしまいにします![]()
最後まで読んでいただきありがとうございました!
次回は、旦那氏がハイスペックイクメンにたどり着くまでの道のりで
年子ワーママが取り組んできたことなどを記載していこうと思います![]()
よろしくお願いします!