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ほんとなかよし

本紹介ブログ(と格好つけてる読書感想ブログw)
ノンジャンル手当たり次第読んだ本を紹介♪

ネタバレ自重・的外れで独断偏見に満ちているけど
読んだ誰かが読書をちょっとだけ好きになるブログ

だったらいいな・・・

小雪舞う一月の夜更け、大坂・南部藩蔵屋敷に、満身創痍の侍がたどり着いた。貧しさから南部藩を脱藩し、壬生浪と呼ばれた新選組に入隊した吉村貫一郎であった。“人斬り貫一”と恐れられ、妻子への仕送りのため守銭奴と蔑まれても、飢えた者には握り飯を施す男。元新選組隊士や教え子が語る非業の隊士の生涯。浅田文学の金字塔。


五稜郭に霧がたちこめる晩、若侍は参陣した。あってはならない“まさか”が起こった―義士・吉村の一生と、命に替えても守りたかった子供たちの物語が、関係者の“語り”で紡ぎだされる。吉村の真摯な一生に関わった人々の人生が見事に結実する壮大なクライマックス。第13回柴田錬三郎賞受賞の傑作長篇小説。


内容「BOOK」データベースより


「壬生義士伝」「輪違屋糸里」「一刀斎夢録」は浅田次郎版新撰組3部作と呼ばれ、今までとは違った角度から新撰組をそして武士を描いた傑作と名高い。「壬生義士伝」はシリーズ初作品であるだけでなく、浅田次郎初の時代小説でもあり、あまりの完成度から時代小説専門作家であると認識する読者も多い。私的見解を述べると浅田文学は時代小説を扱っていることと作品名の硬さから敷居が高いと感じてしまい手を出し辛い印象があるように思う、しかし一度触れると物語の美しさと真心の深さに感銘を受け一目ぼれすること間違いなしで、食わず嫌い読まず嫌いは絶対に損をしていると断言できます。浅田作品は映画化に漫画化とメディアミックスをしている事もあり、「鉄道員」(ぽっぽや)などは多くの映画ファンを浅田ファンに取り込んだと言われており、親しみやすい一面も持ち合わせている。

「壬生義士伝」の凄さを挙げよと言われて万人が答えるであろう事は、吉村貫一郎という完全無名の新撰組隊士を主人公に設定しておきながら超一級の新撰組ひいては武士のなんたるかを描いた作品を生み出している所でしょう。物語は子母澤寛の「新撰組始末期」の創作をモチーフに浅田次郎が描いており、歴史的事実や吉村貫一郎の実態はあくまで創作のものである、が時代小説にそんな話題は野暮というものである、むしろ浅田次郎が3部作で生み出した数多くの無名新撰組隊士は実在を超えた存在として多くの読者の心に刻み込まれる事でしょう。

さて、もう少し本書の魅力を語ってみましょう・・・物語は、鳥羽伏見の戦の後に大阪・南部藩蔵屋敷にて脱藩藩士として腹切を命ぜられた吉村貫一郎が今わの際に故郷や家族に対する思いのたけを語りだすシーンと、明治維新の後に吉村貫一郎の足跡を辿るかの如く縁故知人を訪ね歩きその人となりや系譜を聞き出しているシーンの2つが交互に展開される構成されています。2つのシーンを読みすすめる事で、吉村貫一郎という、まさにラスト侍に相応しい人物の人となりが見えてくるのですが・・・浅田次郎の凄い所は、人間の誤解や想いの掛け違いを生々しく描いている所が凄い!様々な誤解や見解の相違が随所に見られるのですが、これが見事に計算されつくしているのか読者はその技術の高さに驚くばかり、その誤解等が何故発生するのかというと、現代とは違う如何ともしがたい身分の差や立場の違いを背景にして様々な登場人物が現れて語るといった難しい要素を盛り込んでいるからで、むしろそれを活用する事で武士の最後の姿を見事に描いています。武士道精神をはじめ侍は日本の心であるともてはやされる時代ですが、浅田次郎の描く作品から感じられる武士は時代に淘汰され消えゆく定めを背負った泥臭く愚かで醜い武士・・・けっして美しくも華やかでもない生々しい武士の姿。それなのに美しく素敵だと感じるのはやはり浅田文学の最大の魅力である真心や人情が描かれているから。久しぶりに涙が止まらない作品にめぐり合う事が出来ました。武士、武士と連呼しておりますが「壬生義士伝」は家族愛や郷土愛をとても大事にした物語となっており時代小説や侍ファンだけでなく万人が読める作品となっています、武士ひいては人間の本懐を遂げる吉村貫一郎の人生と紡がれる物語は是非とも日本人の心にとどめておきたい物語。是非ティッシュやハンカチを片手に読まれることをオススメ致します。

少々ネタバレになる話題を最後に、明治維新後に吉村貫一郎の足跡を辿るかの如く縁故知人を訪ね歩き昔語りを聞くシーンと書きましたが、最後の最後までこの聞き役が誰なのかは不明なのです!皆から愛され日本の最後の侍だと誇らしげに語られる吉村貫一郎、多くの読者は自分がまるで聞き手のようだったと感じていますが・・・明らかに何かしらの意図や質問でもって話しを聞き出しているようにみえる聞き手、だけどもその姿勢は一切作中で描かれておらず謎とされています。この聞き役が誰かをあれやこれや考えてみるのも作品の楽しみ方の一つなのかもしれませんねぇ^^

壬生義士伝 上 (文春文庫 あ 39-2)
浅田 次郎
文藝春秋
売り上げランキング: 3,569
壬生義士伝 下 (文春文庫 あ 39-3)
浅田 次郎
文藝春秋
売り上げランキング: 7,162

ケイスは、コンピュータ・カウボーイ能力を奪われた飢えた狼。だが、その能力を再生させる代償に、ヤバイ仕事をやらないかという話が舞いこんできた。きな臭さをかぎとりながらも、仕事を引き受けたケイスは、テクノロジーとバイオレンスの支配する世界へと否応なく引きずりこまれてゆく。話題のサイバーパンクSF登場!


内容「BOOK」データベースより


サイエンス・フィクションの1980年代作品は「サイバーパンク」という新しい概念を生み出した。虚構空間やネット空間に人間の意識を潜入(ダイブ)したり身体機能を機械で補ったり補完する事が可能な高度サイバーテクノロジー社会を舞台とし、社会やシステムに対する反発(パンク)を描いた作風をさす「サイバーパンク」はサイエンス・フィクション界のサブカルチャー的存在で、SF創世記から流れる未来社会を通して現実世界の問題や人間性の深淵を探求する傾向を、よりファンタジー性を強める事で奇抜でスタイリッシュな未来を描く事に価値観を見出している。ウィリアム・ギブスンの同名処女長編小説「サイバーパンク」から名付けられた思想である事からギブスンは先駆け的存在といえる。著者の作品は、漫画「甲殻機動隊」や映画「マトリックス」に影響を与えたと言われており、その他にも多くのSF作品に影響を与えた人物・作品である。独特の世界観に熱中するファンが多い。

率直な感想を申し上げると、SF専門ファンでなければついていけない内容です。ネットや電脳とよばれる空間に人間の意識を潜入(ダイブ)させるといった概念は映画や漫画などでも多く取り入れられ一般化したものとなっています。が、それを生み出したウィリアム・ギブスンの創り上げた世界観は次元が違います。まさに新しい世界、現実とは異なった世界が作品の中に広がっており圧倒的なまでに読者を置き去りにして物語が展開してゆきます。まず、一つの文章や会話に登場する単語の意味が全く持って理解不能です・・・これは私のSFに対する予備知識が不足している事が最大の原因かと思われますが・・・おそらくSFに馴染みの無い方が本書を読むと、“強烈な個性を持った作家の詩集を読まされている気分”になるでしょう。注釈や解説なしでこの物語が展開されるのには驚きました。この物語をスラスラ理解しながら読める人はもうSFファンだと名乗っても問題ないのではないでしょうか?

物語自体は至ってシンプルなもので、普通の世界観や一般的な言葉で綴られるとむしろ中身が薄いと感じていまうような程度です、それを補って余りあるのが新語や造語による形容・修飾でしょうか?本書はこれに尽きると思います。著者がSF界に産み落とした世界観や概念についていけるかいけないかが本書を楽しむ境目といえるのではないでしょうか?万人に受けるって事はけっしてないかもしれませんが「サイバーパンク」といったテイストの作品を味わってみて損は無し!?

最後に、基本的にノンジャンルで手当たり次第の読書スタイルって事を自負していたのですが、初めて少し苦手だなと感じるジャンルに出会った印象でした、用語や世界観についていけない事から物語や状況把握が精一杯で作者が込めたかったであろう想いや考えを全くといってよいぐらい理解できませんでした・・・自身の能力の無さを痛感させられた一冊

でも、なんだか解らないけども新しい気持ちがするのがサブカルチャーの良い所、名作として名高いだけにけっして底が浅いはずはない!レベルアップしてから再チャレンジしてみたい作品。


ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

早川書房
売り上げランキング: 1,303

長く続いた戦争のため、放射能灰に汚染され廃墟と化した地球。生き残ったものの中には異星に安住の地を求めるものも多い。そのため異星での植民計画が重要視されるが、過酷で危険を伴う労働は、もっぱらアンドロイドを用いて行われている。また、多くの生物が絶滅し稀少なため、生物を所有することが一種のステータスとなっている。そんななか、火星で植民奴隷として使われていた8人のアンドロイドが逃亡し、地球に逃げ込むという事件が発生。人工の電気羊しか飼えず、本物の動物を手に入れたいと願っているリックは、多額の懸賞金のため「アンドロイド狩り」の仕事を引き受けるのだが…。


商品説明より


最終戦争の後に放射能灰に汚染された地球、人類は火星への移住を余儀なくされる。それでも地球に住む事をやめない少数の人類もいるのだが・・・その中には放射能灰に汚染され特殊者(スペシャル)として認定された人々たちがいる、彼らはピンボケと呼ばれ火星移住を制限され迫害に近い扱いを受ける人間。また火星移住者は熾烈を極める環境に住むことからアンドロイドを政府から提供され労働力として使役している、年々高性能化するアンドロイドの中には自らの自由を求めるかのように火星から逃避行するモノがいる。彼らの逃亡には雇い主殺害という事件性もあることから逃亡アンドロイドには賞金がかけられ警察組織のバウンティハンターが彼らを狩る・・・人間に近づいてくるアンドロイド、そして人間から遠ざかっているとされる特殊者(スペシャル)、両者が交わるときに人間とならざるものの境界が曖昧になりはじめる。逃亡アンドロイドとバウンティハンターのダーティーな展開に“人間とは”のテーマが隠れた名作。

荒廃した世界に、アンドロイドと人類の攻防という王道SFの設定なんだけどもこの物語が一味違うなと感じる所は、我々が大切だと思っているモノの価値なんてものはその場その場の状況や背景の産物でしかないという圧倒的主観を感じる所ですね。希少種のペットが高値で取引されたり絶滅危惧種の生物がまるで神の恩寵でも賜ったかのような手厚い加護を受けるなんてことは今の世の中でも普通にありえる事ですよね?それは当たり前なんだけど、その判断基準って結局なんなのさってモヤモヤした不快感のようなものが絶対に存在すると思います、その不快感をあからさまに表現したのが本作品ではないかと感じました。人間に害をなす、人間に近づいているアンドロイドを情け容赦なく狩るバウンティハンター、目的は賞金を稼ぎ生物を飼うという自らの欲求を満たすため、だが一度アンドロイドに心を許した事でその意思がぐらつく・・・物語はそこで終わらない、その心がアンドロイド側が創り出した幻想だったと気付いた時、燃え盛るほどの怨念がアンドロイドを焼き尽くす!!アンドロイドは人なのかモノなのか!?揺れ動く境界線をいったりきたり人間の心の機微が読み取れる面白い作品。

「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?」の題名もとても興味深いものがある・・・作中では人間の信仰対象ともいえる“神”に近い存在が登場する。特殊な装置を用い偶像的な扱いで登場する“神”なのだが・・・アンドロイドがその存在を消し去ろうと画策しているのも面白い所である。まるで科学技術の進歩が神秘や神聖なものを脇へ追いやっているかのような筋書きである。主人公は最後のシーンで白昼夢に近い形で“神”の領域に足を踏み込むのだけども、この場面の解釈だけでも無限の空想が広がるのではないだろうか?人間とは何か?その領域が侵犯されつつある世界でこそ見える人間性を見せ付けられる一冊。最後に私が密かに注目していただきたいと思う存在は、主人公の妻!物語の核心や本質にさほど影響を与えるような何かをしている人物ではないのですが・・・なぜだか要所要所で一言考えさせられる言葉を投げかける人物なのである。ちょっとした演出や台詞を楽しめるのも本作品の良い所。



アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
フィリップ・K・ディック
早川書房
売り上げランキング: 476

「飲むほどに酔うほどに、かつて奪った命の記憶が甦る」―最強と謳われ怖れられた、新選組三番隊長斎藤一。明治を隔て大正の世まで生き延びた“一刀斎”が近衛師団の若き中尉に夜ごと語る、過ぎにし幕末の動乱、新選組の辿った運命、そして剣の奥義。慟哭の結末に向け香りたつ生死の哲学が深い感動を呼ぶ、新選組三部作完結篇。


沖田、土方、近藤ら仲間たちとの永訣。土方の遺影を託された少年・市村鉄之助はどこに消えたのか―維新後、警視庁に奉職した斎藤一は抜刀隊として西南戦争に赴く。運命の地・竹田で彼を待っていた驚愕の光景とは。百の命を奪った男の迫真の語りで紡ぐ鮮烈な人間ドラマ・浅田版新選組三部作、ここに完結。


内容「BOOK」データベースより


白のダンダラ入り浅葱色の羽織に誠の一文字、動乱の幕末京都の治安を守った新撰組。近藤勇局長を初め隊長格の人物は知名度・人気度共に抜群の存在といえる。本書は浅田次郎版新撰組三部作の最期を飾る作品、幕末を生き抜き明治の世を渡り歩いた新撰組三番隊隊長・斎藤一の物語。

明治の世が終わりを告げ大正の世が訪れた、剣術日本一を決める大会で準優勝を果たした近衛兵梶原は、今大会限りで引退を仄めかす大会優勝者榊が唯一心の師と崇める人物の存在を知る・・・休暇を活用しその人物を尋ねると・・・明治の世を警官藤田五郎とし生きた男の素性は新撰組三番隊隊長・斎藤一であった!一刀斎は斎藤一の名を逆さ読みにした隠語、幕末京都から西南戦争まで文字通り百の命を奪いながら生きてきた鬼の剣豪が人生を通して得た剣の奥義を語る。聞き手梶原と共に読者も一刀斎の物語に魅了される恐るべき一冊。

「月のしずく」を図書館で借りた後に、思わず蔵書用に購入してしまった経験があるほど魅力溢れる作品を生み出す浅田次郎氏、書店の列挙を見て多作な作家だと一目で解るのだけれど、その全ての作品がこれ以上ないレベルで完成されているんだろうなと、たった2作品しか読んでいない私が感じるのだから、なんとも恐ろしい作家である。新撰組三番隊隊長斎藤一といえば、私の世代では「るろうに剣心」の登場人物として知ったと言う人も多いのではないだろうか?現代でこそヒーロー的な存在として見られる新撰組も維新~明治の頃では賊軍扱いのヒール的な存在であったそうな、そして幕末の乱世にて数多くの隊士が討ち死にしてゆく中で後世まで永く生き、しかも警官として西南戦争では官軍側として戦った経歴を持つ特異な人物とし認知されているのが斎藤一といえる。新撰組隊長格といえばすべからく剣の達人というイメージがつき物だけれど、やはり長寿を全うした斎藤一を最強と謳う声もしばしばである。

本書は、主人公梶原が一刀斎(斎藤一)の昔語りを連日連夜通い聴く形式となっている。新撰組発足~西南戦争に至るまでの一刀斎が歩んだ系譜を直接本人から口伝されるのだが、実に面白い内容の物語に梶原と読者は魅了される事になるだろう・・・百の命を奪い生きた鬼の剣豪の剣術活劇や剣術思想はなんとも得がたい恍惚感を読者に与えてくれるだけでなく、その時代その場面を生きた一刀斎や新撰組の面々の姿形が目の前に現れるかの如く紡がれる物語は続きが知りたくて辛抱ならなくなる。梶原と一刀斎は常に銘酒を手酌に徹夜語りをするのだが、是非とも臓腑の強いお方は物語進行と平行して酒をあおって楽しまれては如何だろうか?鬼の剣豪の物語だけならば、只の天才剣士の伝説的な物語を聴くに終わるだろうが、浅田次郎版新撰組の醍醐味はなんといっても史実上無名隊士をものの見事に主役級の描き方で物語に絡ませてくる所であろう・・・一刀斎の物語でも様々な史実上無名隊士が登場する事になる。コアな新撰組ファンならばピンとくるのかもしれないが、一般的な人には無名としか思えない人物がなぜこうも愛おしく感じるのだろうか?一刀斎が修羅の道の果てにたどり着いた剣の極意、人としての極意を知った時きっとこの物語は最高潮を迎える。宮本武蔵を天下人として世に知らしめた功績は作家吉川栄治にありと言われるぐらい作家の描く人物像は強烈なインパクトを与えると思う。浅田次郎の描く一刀斎はもはやその域に達しているのではないだろうか?本書を読んだ多くの人が一刀斎を好きになる。


人を殺すは易いが、人を生かすはなんと難いことか。 胸を貫く言葉である。

一刀斎夢録 上 (文春文庫)
浅田 次郎
文藝春秋 (2013-09-03)
売り上げランキング: 3,747
一刀斎夢録 下 (文春文庫)
浅田 次郎
文藝春秋 (2013-09-03)
売り上げランキング: 3,348

インド洋に浮かぶ絶海の孤島で、美しい自然と慈母たちに囲まれ心優しく育った幼なじみのポールとヴィルジニー。思春期を迎え、互いに愛の感情が芽生えた矢先、二人は無情にも引き離され…。19世紀フランスで一世を風靡し、かのナポレオンも愛読した、幼なじみの悲恋の物語。


内容「BOOK」データベースより


「人間の幸福は自然と美徳に従って生きることにあるという真理」を明らかにする事だ、そう語った作者が創り出した絶海の孤島で紡ぎだされる一つの家族の、そして幼馴染男女ポールとヴィルジニーの美しくも悲しい物語。家庭の事情などから本国フランスから遠く離れたアフリカの孤島であるフランス島に移住した2つの母子、それぞれの子であるポールとヴィルジニーは自然に囲まれ心優しく穏やかに成長してゆく、生活は貧しくも不平はなく争いもない、他人を幸せにする事を糧に理想郷で生きる彼らに試練が訪れる。都市国家で人間が築き上げた社会で生きる事とは?神の寵愛に感謝し生きる事とは?反旧体制時代に描かれた生きるということの困難さを描いた作品。ポールとヴィルジニーの純愛小説としても泣ける一冊となっており多くのフランス文学作品に影響を与え引用されるオススメの一冊。

ドストエフスキーやトルストイ世代の1800年代の作家たちによる明らかな“神殺し”の雰囲気はないものの神秘的なものや宗教的なものの権威が弱まりつつある時代1700年代に書かれた作品らしいと感じる物語だった。実在するフランス島(現モーリシャス島)は、当時フランスの植民地でありヨーロッパとインドの貿易の要所をして開発された島だったそうで、実際は多くの黒人奴隷が非人道的な扱いを受けていたそうである・・・作者は現地を踏みしめた上で、本作を書き上げるのだが、皮肉にもそこに描かれているのは理想郷ともよべる家族と2人の若い男女の恋愛物語なのである。自然の中から神の寵愛を感じ日ごろから感謝をし自らは欲せず貧しいながらも他人に施しをあたえる、悪感情もなく全てを善に捉え自然児として育つポールとヴィルジニーの姿は作中の表現がなくても楽園のアダムとイヴを想起させるものがある、美しく語られる前半だけをみればこれは神秘的賞賛の作品と感じるのだが後半の悲劇はあまりに辛い物語といえる。神の与えた試練と全ての事に耐えてきた登場人物達だけども、若者の成長と社会の渦に巻き込まれ最終的に絶望が訪れる、語り手である島の老人が最期の最期に語った神の言葉も耳に入らずポールが絶叫する場面は、神秘的なものの人への作用の限界点が描かれているように思える。人間の良心とは何か?自然や神の恩寵を捨て都市で生きていく人間はどうあるべきか?時代変遷期だからこそ生まれた作品といえる。心がすさんだ社会だからこそ現代人が読み胸を痛めるべき物語だろう。

深読みになるのだが・・・ポールとヴィルジニーの物語に父親が登場しない、神殺しならぬ父殺し的な要素が最初から含まれた物語なのだろうか・・・



ポールとヴィルジニー (光文社古典新訳文庫)
ジャック=アンリ・ベルナルダン・ド サン=ピエール
光文社 (2014-07-10)
売り上げランキング: 122,290