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ほんとなかよし

本紹介ブログ(と格好つけてる読書感想ブログw)
ノンジャンル手当たり次第読んだ本を紹介♪

ネタバレ自重・的外れで独断偏見に満ちているけど
読んだ誰かが読書をちょっとだけ好きになるブログ

だったらいいな・・・

街道沿いのレストランで働き始めた俺は、ギリシャ人店主の美しい妻コーラにすっかり心を奪われてしまった。やがて、いい仲になった彼女と共謀して店主殺害を計画するが…。緻密な小説構成の中に、非情な運命に搦めとられる男女の心情を描きこんだ名作。


内容「BOOK」データベースより


流れ者の男が立ち寄ったレストランの店主の美しい妻に恋をする。それだけならば普通の物語なのに・・・夫を殺害して自分のモノにしようとしちゃうのだから凄い!夫と別れ新しい生活を望んでいた妻だったという事もあれど、人を殺し奪ってまでも手に入れたい愛なんだから恐ろしい。奪いたい男と逃れたい女が出会った事によりレストラン店主殺害計画が発動するのだが、完全犯罪を計画し殺人未遂の末とうとう殺害に成功する二人だが・・・


愛は、そこに恐怖が混じった瞬間、愛じゃなくなっちまう。憎しみに変わる。


人妻に一目ぼれをしてしまうなんて事はまぁありえるんだろう、不貞行為と言われるが世間一般で不倫なんて事はまぁありえる事だし、人間の欲求が高まる事でルールや秩序が乱れる事はありえるが・・・相手の男を殺害してまで人妻を奪おうなんてぶっとんだ考え方をする人間はそうそうはいないだろう。だが、この物語には登場するのである。最期の最期まで純愛だったと言い張る男なんだが、なんとも身勝手な話である。まぁ~その相手の女もおそらくは絶世の美女なんだろうとは思うのだけど思考回路がチープとしか言いようが無いほどのお粗末な人間である。なんだってまぁ~こんなくそったれとくそったれが掛け合わさったんだと感じるぐらいに胸糞が悪い展開なのに、なかなかどうしてか読者が毒気を感じないのは題名の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」という文字通りの展開のおかげだろうと思う。この題名は、「一度あった事は二度ある」と言い換える事もできるし、もっと警告めいた読み方をすると「一度起こした過ちは取り返しがつかなくなるぞ」とも言う事ができる。実際に物語がどう展開したかはネタバレの為に伏せておく事にするが・・・不貞を働いた二人に対して完全なる罰が下ったとしか言いようのない物語だったとだけは言っておきます。

さて私がイチオシしたい場面は、事件後の法廷闘争の場面です!殺人を確信し有罪にしたい検事、凄腕弁護士は秘策をもって無罪を狙う、その場には真実や真相、そして正義なんてものは存在していないかのような空気が流れ、目的の為ならばなんだってやる奴らが集う、自らの欲求の純粋でやりたい放題な奴らが跋扈する死の舞踏劇は面白さ抜群。激動の潮流の中で揺れ動く男女の愛にも注目の一冊。



郵便配達は二度ベルを鳴らす (光文社古典新訳文庫)
ジェイムズ・M. ケイン
光文社 (2014-07-10)
売り上げランキング: 32,349

船乗りマーロウはかつて、象牙交易で絶大な権力を握る人物クルツを救出するため、アフリカの奥地へ河を遡る旅に出た。募るクルツへの興味、森に潜む黒人たちとの遭遇、底知れぬ力を秘め沈黙する密林。ついに対面したクルツの最期の言葉と、そこでマーロウが発見した真実とは。


内容「BOOK」データベース


未開の地を開拓し象牙交易するフランス企業に勤めていた時代を語るマーロウ、アフリカの奥地で誰よりも象牙を集め会社の次期幹部と名高いクルツという男の噂を聞く、やがてクルツが病に倒れたとの報を受け救出の為にアフリカの奥地に踏み込むのだが、そこには果てしない闇が待っていた。

「闇の奥」の「闇」が何をさすのかを考えるだけでこの作品は十分楽しいものとなるでしょう。単純にアフリカ未開の地をさす立地的・光度的意味での「闇」と捉える事もできます、クルツを探しどんどんと河を遡っていくマーロウと共に未開の地(闇の奥)へと進んでいく物語は、より深い未知の世界へ読者を誘います。差別的な解釈ですが、アフリカ原住民の肌の色を「闇」に見立てることも出来ます、開拓とは名ばかりの搾取や略奪行為にさらされるアフリカの地で、時には奴隷として扱われ、時には教化(社会化)され登場する黒人は語り手や読者にとっては自分たちとは異なる人々として描かれている。読み取れない計り知れない闇の象徴としてアフリカ原住民が描かれていると解釈ができるかもしれない。また多くの読者が感じるのは「心の闇」だろう・・・現代でも猟奇的な事件が発生する度に人の心の闇といった言葉が飛び交っているが、本作から感じる闇の深さはとてつもなく深く恐ろしい。象牙交易といえばその行為の残虐性や土地に対する植民地化政策などの性質から人間の醜さの象徴として語られる事が多く、法整備が無い頃の象牙交易は人間の欲望の権化とまで言われている。ただこういった残虐的行為や植民地政策の実情を白日の下に晒した事が功績だけではない所がこの作品の最大のポイントであり「闇」の部分であろうと言える。クルツが象牙を誰よりも集める事に執着するあまり物質的なものを超えた精神的な欠落をもって蛮行を行っている場面に出くわした時にマーロウはこう語る、「純粋で単純な野蛮行為というものはむしろほっとさせる・・・日差しのもとで存在する権利をもっている」と・・・この日差しのもとで存在できないものこそが作品の「闇」であろうと思われる。クルツが原住民に神と同等の扱いを受けていた事や信者の青年を従えていた事、そしてクルツの声に導かれ奥地まで歩んだマーロウ自身の状態から推察するに、その闇は神秘やカリスマといった領域を挿すのではなかろうか?人間の奥底にある神秘の深い闇が作品の中に存在しているのではなかろうか、クルツ最期の言葉が強烈な印象を残す作品、是非体感していただきたい。 私のブログはクルツを敬愛し盲信している青年の言葉で締めくくりたいと思います。


「僕は少し進んで、また少し進んで・・・ついにはどうやって引き返したらいいのかわからない所まできてしまったんです。」


闇の奥 (光文社古典新訳文庫)
ジョゼフ コンラッド
光文社
売り上げランキング: 20,005

胸の肉一ポンドを担保に、高利貸しシャイロックから友人のための借金をしたアントニオ。美しい水の都にくりひろげられる名作喜劇。


内容「BOOK」データベースより


喜劇に悲劇あらゆる劇作を残したシェイクスピアの中でも傑作喜劇といわれる「ヴェニスの商人」。自らの運命の人を選ぶ為に絶世の才女が親から遺言された婚約者選びの方法は・・・くじ引きだった!金、銀、鉛の箱選び、運命の人は間違う事なく選んでくれるのだろうか?はたまた望まぬ男に選ばれてしまうのだろうか?一方友人の為に借金をした男アントーニオ、借金のかたに差し出したのは自身の肉一ポンドだった・・・前代未聞の人肉裁判にまで突入する借金裁判の顛末は圧倒的な面白さ!

西洋版「日本昔話」といった印象を強く受ける、物語を推し進める上で現実的な問題等は全て棚上げされている事で一層面白さのみが前面に押し出されている、例えば絶世の美女ポーシャが男装し人肉裁判で大立ち回りをするシーンがあるのだが、出席者の中には自身のフィアンセもいる、いくら出会って間もないとは言えど普通に考えれば解りそうなものだけども、出席者全員はおろかフィアンセまでもが目の前の人物を男性と思ってポーシャと会話してしまう、物語終盤で蓋をあけてびっくり仰天めでたしめでたし。となるのである。くだらないリアリストがチャチャを入れようと思えばキリがないのだけれど・・・それ以上に物語が面白いからグッと惹き込まれてしまうのがシェイクスピアの凄い所だろう。

昔話と言ったが・・・ハッピーエンドを向かえる人とバッドエンドを向かえる人の格差が明白だという点が大きく違うと思う。日本の昔話の場合は、コブとりじいさんで悪いじいさんはコブが2つに、良いじいさんはコブがなくなってめでたしめでたし。しかしまぁ命は残っているし、コブ程度ではまぁ醜い顔をさらす程度のものだろうけども、西洋は違う!敗者には徹底的な責め苦が待ち受けている、それまで悪人面で描かれていた事もあり信賞必罰な空気があるとは言えど、ここまで徹底的に打ちのめされるものなのかと思うぐらい哀れである。今回は金持ちユダヤ人シャイロックがその役なわけだけども、ほぼ無一文の名声転落の人生を確定させられる、舞台から罵られ退場する様は悲哀に満ちたものがあり、彼自身を擁護し分析する専門家もいる程に強烈な印象を残す人物でもある。そもそもがキリスト教徒とユダヤ教徒といった対立軸が存在しておりそれを明確に書いている辺りも実に西洋風である。日本の昔話系ではそれら対立原因などは曖昧にして語られぬもの、むしろタブーとされているかもしれない。当時だからという事もあるだろうが、こういった種族、思想、立場などを明確に書き記す事による物語の魅せ方が西洋は圧倒的に上手なんだと感じる(あくまで是非は除いて物語進行上との意味で)。理屈や理論ではなく、劇作の面白さ深みを味わって読むべし!「ヴェニスの商人」に限らず、人生を舞台と見立てていずれは墓の下という無常を嘆く場面なども登場するシェイクスピア、多くの文人を初め愛され続けてきた著者の喜劇を活目せよ!


ヴェニスの商人 (新潮文庫)
シェイクスピア
新潮社
売り上げランキング: 14,235

本1冊が1分で読める「スピード学習法」、60冊分を1分で復習「右脳学習法」。


内容「BOOK」データベースより


一分間で一冊の本が読めれば、今まで一時間かかった読書が60分の1で出来る効率の良さ、そして余った時間で有意義に過ごすことができる、最強の勉強メソッドがここに!時短の極意がここに!?

はい、私が大嫌いなテイストの一冊をチョイスしてみました。読書家たるもの読書に関する書物に関心を抱くのは当然の事でしょう、特に有名人や成功者の読書が気になるミーハーな気持ちも十二分に理解できます。ただ・・・私は他人に読書法を強要したり薦めたりする人物が大嫌いである。そもそも成功者はすべからく読書を推奨するって風潮自体が商業主義に染まった出版社の陰謀でしかないと思っている。ましてや読書の不毛さを唱えたショーペンアウアーの「読書について」を読んだ後で、新書系統の書物を文字通り効率良く読もうなんて紹介した本を手に取ったときの虚しさといぅたら言葉に尽くせない程である。それでも私は全ての書物には何かしら得るものがあると前向きに捉えたい人間なので、今結構売れている本書をあえて嫌々ながらも読んで感想を書こうと思った。そもそもが勉強法って事なので受験勉強や資格取得なんかを目指す人にとっては目からうろこの話なのかもしれないし、実践してみてよかったと感じる人が多いんだろうから是非とも試してみてはいかがでしょうか?しかして読書の効率良く読むって発想だけは僕はどうにも馴染めない・・・読書をスポーツ競技か何かに見立てて社会的地位を高めたいって人には本当にオススメできる一冊だと言えよう、反面読書ってものはそういった社会的に一般とされる通念から解脱する行為であると考える人にとってはこの上なく反吐が出る話題だろうと思う。ミヒャエル・エンデの「モモ」ではないが、時短そのものに無意味さを見出すのが読書であり。趣味娯楽として楽しむのが読書なのではないのか?読書で自分が高まる、読書こそ至高の行為などといい続ける事が出来るのは所詮成功者の理屈でしかなくそのレースから抜け出せないでいるに他ならないのではないだろうか?著者はサマセット・モーム「月と六ペンス」を読んでいるそうだが時短で読んで本当に面白かったのか?甚だ疑問に感じる。物語(これは新書も含む)は作者が命を削り世に生み出した作品である、読者の都合で淡々と読まれたひにゃうかばれない・・・読みにくい本、読みやすい本それぞれの時間を感じて読むのが読書でしょう・・・勉強を効率良くするのは解るが、それを読書全般に当てはめる事だけは絶対にしてはいけないと思う。それもまぁ人それぞれの選択の自由なんでしょうけどもね。まぁこんな卑屈で捻じ曲がった人は本当に本書のような作品は読むべきではないと思う。そう自覚しながらも度々このような自己啓発系の本を手にとってしまう辺りは人間としての向上心がまだ自分に残っているのだと確認したいがためかもしれない。私はこの手のハウツー本を否定するつもりも肯定するつもりも毛頭無い、毛嫌いしている自分を再確認するために読んでいるに過ぎないのだが・・・作者石井氏が一分間勉強法にこだわるには自身の実体験と実績があっての事なんだろうと思います、実際に有用で多くの人に指示されている事なんだって事も本書から十分伝わってきます・・・受験といった限られた時間の中で成果が求められる場合において本書のようなものは最大限の価値を生み出すでしょう。ただこの理論理屈は絶対に読書全般に当てはめてほしくはない。それだけは切に願います。本を読み一度でも感動した事のある人ならば・・・この時短に価値を見出す事なんて出来ないはずではないでしょうか?アマゾンで作者の著書を調べると様々な一分間書物が溢れていますよね?それだけ時間に追われている社会なんです、その社会から抜け出せとまではいいませんが、読書はあくまで趣味として社会の時間から少し外れた所で楽しんでいただきたいものです。時短をしても余った時間を使えば同じなんですよ、無駄に過ごした時間があるから愛おしくなる時間が生まれる。そういった過ごし方も良いのではないでしょうか?ストイックに生きる方にはオススメの一冊。何故私のような人間が本書を買ったのか不思議でなりませんが・・・それも読書の面白い所なんですよね。



本当に頭がよくなる 1分間勉強法 (中経の文庫)
石井 貴士
KADOKAWA/中経出版
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「許せないなら別れる」―恋人の隆大が求職中の元彼女・アキヨを居候させると言い出した。百貨店勤めの樹理恵は、勤務中も隆大とアキヨとの関係に思いを巡らせ落ち着かない。週刊誌連載時から話題を呼んだ表題作と、女子同士の複雑な友情を描く「亜美ちゃんは美人」の二篇を収録。第6回大江健三郎賞受賞作


内容「BOOK」データベースより


表題作「かわいそうだね?」:恋人隆大から元彼女アキヨが生活に困っているとの理由から居候させると聞かされる樹理恵・・・海外で育った隆太とアキヨの境遇を鑑みて納得しようとするのだが・・・奇妙な三角関係のドロドロ感と最後に訪れる破天荒で痛快な展開に一喜一憂する物語

「亜美ちゃんは美人」:美人と引き立て役の定番コンビの亜美ちゃんとさかえちゃん、女性同士の決して美しいとは言えない複雑できな臭い友情関係、周囲が見抜けなかった二人の歪な友情関係にさかえちゃんは気付いてしまう、ここまで深く掘り下げる友情はとても美しく感じる。

読書をしていて途中で投げ出すタイプの人がいる(そもそも途中で投げ出すような読書では読書を楽しめていないと思うのだが人それぞれって事で敢えて名指し注意すれば)・・・綿矢りささんの作品を読む上でそういったタイプの人は損をすると思うし作品の一番の楽しみを味わえないでしょう、なぜならば綿矢作品は最期の最期が面白い!今回の「かわいそうだね」と「亜美ちゃんは美人」どちらも、なんとなく現実に普通にありえる話で、前者は優柔不断な男と今カノ元カノの三角関係がもつれる話だし、後者は美人と引き立て役の女友達の話。それぞれの人物の心情であったり場面で魅せる展開などは女性作家ならではの感性で男性読者としては新鮮味を感じるものはあるものの結構ありきたり感が否めない印象を受ける、だけど読後に面白かった!良かったと感じるのはやはり最期の描き方が上手だからと言わざるを得ない。モヤモヤした胸のつっかえがスカっと消え去るぐらいに爽快な終わり方を迎える「かわいそうだね」、奇妙で歪なんだけど二人だからこその友情の形が発見されて終わる「亜美ちゃんは美人」どちらの終わり方も読者を妙に納得させてくれる終わり方がグッド!ドロドロとしたものが徐々に溜まっていきどす黒い気分になって読んでいたはずなのに、何故か心の中には一切の悪いものが無くなってむしろ清清しく読了する事が出来る。読者の心情を揺さぶる意味で流石の作家さんです。

さて感想とは違う偏見でもってブログを締めくくります。男の風上にも置けない隆大!羨まし・・・否、ふしだらな事に二人の女性と浮世を流すのですが、まぁ~逆ギレしてんじゃねぇよと一喝したくなるような情け無い男ですな、二股なんて状況は男にとってどっちに転んでもおいしいかなって思考が働いているんですよ綺麗事並べてもね、まぁ~口ではなんとでも言えますわな、自身は否定してますが完全に「やっとりますわ」間違いないね!外国人も言うてんのに、この部分の英語を聞き取れなかった樹理恵ちゃんがかわいそうだね・・・作中に登場する“かわいそうだね”の概念はもっと深い意味で登場しますので是非とも想い馳せてみてはいかがでしょうか?はてさて、本作品は東日本大震災以前に書かれた作品との事ですが作品冒頭部分がまるで事後に書かれているのではないかと感じてしまいます、京都出身の綿谷さんにとっては阪神大震災はおそらく小学4年生ぐらいだったのでしょうか、それがモチーフになっていると思いますが、この冒頭記述だけでもゾクっとさせる何かがあるように思えてなりません。



かわいそうだね? (文春文庫)
綿矢 りさ
文藝春秋 (2013-12-04)
売り上げランキング: 31,251