『暗夜行路』 志賀 直哉 | ほんとなかよし

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だったらいいな・・・

祖父と母との不義の子として生まれた宿命に苦悩する人主公時任謙作は、単身、尾道に向い、千光寺の中腹の家を借り、一人住いを始める。しかし、瀬戸内海の穏やかな風光も、彼の心に平安をもたらさない。長年月を費してなった志賀直哉唯一の長篇。


京都での結婚、妻の過失、子どもの死などを経て、舞台は日本海を見おろす大山に―作者が人生と仕事の上で求めてきたものすべてが投入され、描き尽くされた、近代日本文学に圧倒的な影響を及ぼした代表作。


内容「BOOK」データベースより


「暗夜行路」は志賀直哉唯一の長編小説、主人公である時任(ときとう)謙作という題名で新聞連載される予定だったが挫折、17年の歳月を経て生み出された難産作品。志賀直哉は「私小説」「心境小説」という日本独特の文学スタイルの最高峰作家、「暗夜行路」は「心境小説」の金字塔と言われるまでの名作である。放蕩に更ける小説家・時任謙作、見に覚えの無い拒絶により終わった過去の恋愛、それは自身が祖父と母の不義の子である事実が原因であった事を知る、やがて直子と結婚し平穏な日々を過ごしていたが、長男の生後間も無い病死・・・そして妻の不貞・・・自らの力の及ばぬ何かに抗うかの如く霊山大山に身を寄せる謙作はやがて、全てを赦す境地に達する。心境小説ならではの、主人公の心の機微が読者に突き刺さるだけではなく、主人公が感じる芸術や風景を同化して楽しむことができる名作、終盤の舞台である霊山大山を描いた風景描写は日本文学史上白眉と賞賛される名場面である。


「君には、出来るだけ今までの関係をそのまま残しておきたい気があるが、何も知らない間はいいが、これからも続けようというのは少し無理だ。破(こわ)れる部分は破してしまい、破しても破れない部分だけ残して、其処に不安のない関係を作れたら作るより仕方ない。もし根こそぎ、打破(ぶちこ)わしてしまうようなら、それも止むを得ない」


己の存在意義が揺らぐほどの真実を知って尚、このような台詞を主人公は言うのだが・・・全てを知った上で全てを赦すという時任謙作の心は、まるで鉄ででも出来ているのだろうかと感じたものである、ありとあらゆる事に達観し冷静な判断を怠らない彼の姿勢は日本男児として理想形の一つである。だが反面凄く危うい印象も受けた、喜怒哀楽の全ての感情が計算の基で成り立っているようにすら感じたからである、だからこそ後篇に登場した妻・直子の存在が際立つ、子の死や不貞といった話題こそあれど夫婦の愛がなんとも美しく、そこには計算なんてものは一切なく無償の愛が夫婦の間に存在している。この美しい姿が暗夜行路の題名に相応しい数々の苦難の中で輝いて見える所はただただ素晴らしいと感じる。作者あとがきにて書評家に“恋愛小説であると評価を受けて驚いたとの記述があるが、深い悲しみを乗り越えてもなお沸き立つ自然な感情は愛と呼ぶに相応しいのではないか?これは現代的な考えなのでしょうか?読者の心境の数だけ読解が生まれる、これが心境小説なんだと思わせてくれる一冊。

作者が中心となって心境が語られているのですが、案外他者が何を思っているかについてはさほど書かれていないように思います、例えば良き理解者である謙作の兄・信行なのですが・・・ある日会社をたたんで出家します・・・そこに何か大きな事件が隠れていたり何か心境の変化のようなものが絶対にあるはずなのに書かれていない、というよりもそこは解らないと一言で片付けている。この圧倒的な謙作の主観のみで構成されているのも非常に面白い点だといえます。世間や常識がどうであろうと私はこう思う!といった頑固一徹な印象でしょうか?それでいて非常に共感できる価値観の持ち主なだけに絶妙と言わざるをえませんでした。

最後に、我が子を失う物語というのは現代ではめっきり減りましたかねぇ~出生率そのものは下がっているのですが出産時や産後に子どもさんが亡くなる事が作中当時に比べると少ないように思います、志賀直哉は次男六女と昔ながらの子宝に恵まれていたものの長男と長女が生後まもなく病死するという経験をしているそうです・・・そのあたりの慟哭にもにた悲しみの感情が作中にもにじみ出ており。やはり印象に残る場面ではないかと思います。医療の進歩はこういった悲しい出来事も消化していっているのだなとしみじみと感じました。今の我々が悩んでいたり葛藤している事が未来が変わっていく第一歩なのかもしれないなぁなんて心境小説を読んでいて思ったものです。名作中の名作「暗夜行路」は、様々な事を思い感じながら読んで欲しい素敵な一冊。 作中に登場する場所に赴いたりしたときはパラパラと再読してみたくなる風流をそなえた作品でした。


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