『フラニーとズーイ』 J.D.サリンジャー著 村上春樹訳 | ほんとなかよし

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名門の大学に通うグラス家の美しい末娘フラニーと俳優で五歳年上の兄ズーイ。物語は登場人物たちの都会的な会話に溢れ、深い隠喩に満ちている。エゴだらけの世界に欺瞞を覚え、小さな宗教書に魂の救済を求めるフラニー。ズーイは才気とユーモアに富む渾身の言葉で自分の殻に閉じこもる妹を救い出す。ナイーヴで優しい魂を持ったサリンジャー文学の傑作。―村上春樹による新訳!


内容 「BOOK」データベースより


サリンジャー、2010年の訃報は世界を駆け巡り驚きを与えた、私は村上春樹が好きな作家の一人である事とアニメ攻殻機動隊で代表作「ライ麦畑でつかまえて」が引用されていた事などからサリンジャー作品に興味を持ち読んでいた読者だったのだけれど、既に古典といったジャンルに分類される作品を残した作家が21世紀まで生きていた事に衝撃を受けた事は今でも記憶に残っている。「ライ麦畑でつかまえて」「ナイン・ストーリーズ」「フラニーとズーイ(ゾーイ)」といった不朽の名作を残しつつも俗世間から姿を消し隠遁生活に入った作家として有名であったが、よもや生存しているとは思っていなかったからである。

さて、私は野崎孝訳の「フラニーとゾーイ」を過去に読んだ事があるのだけれど、その時の印象としてはなんて不可解で神秘的、それでいて難解な作品なんだと思ったものである、それに加えて作品全体からかもしだされる深刻なまでの悲壮感が重苦しい作品であるとの印象を深めたものだった・・・此度翻訳家としての一面をもつ村上春樹が翻訳を務めるとあって本書の購入、作品の再読を試みたわけだけども・・・驚いた事に作品から感じた印象は以前とは全く間逆のものだったから不思議である、なんて面白くてコミカルなお話なんだろう!登場人物同士の会話がなんて軽快でウィットに飛んだ応酬なんだろうと、以前ならば嫌味に聞こえていた場面も、皮肉程度の印象で読む事ができた、これは単に僕自身の読書暦が深まりそう感じるようになったのか、翻訳家が異なる事で作品に新たな息吹が宿ったのかは定かではないが、私の能力なぞ高が知れているのでおそらく後者ではないだろうか?本作に興味をもたれた方は是非とも異なった翻訳バージョンをお楽しみする事をオススメしたい(おこがましくて甲乙は付けがたい)

“フラニー”と“ズーイ”という題名のついた2部構成の物語で、前半“フラニー”は深刻な神経症に陥ったフラニーが彼氏であるレーンと会食をする場面が描かれ、世界全てがインチキに見え自分自身が精神崩壊の道を辿っている事に自覚的になっているフラニーの物語、後半“ズーイ”はフラニーと似た境遇で育ち感性も似たズーイが、己の内面に囚われている妹フラニーの魂に救いの手を差し伸べる物語である・・・全編にわたって神秘的な物語となっており、西洋思想よりも東洋思想寄りである。幼い頃から神秘的な教育を受けそだったフラニーとゾーイであるが、フラニーは深刻なまで現実社会と理想世界とのギャップに精神を蝕まれていく事になる、この姿は「ライ麦畑でつかまえて」の主人公ホールデン・コールフィールドと重ねてみる読者も多いのではないだろうか?またホールデンが兄弟姉妹の死の影響を受けている事や救済を得る事などからフラニーがズーイによって救われるなど作風としての共通点を見出す人も多いと思われる。社会との折り合いをつけることが出来なかったのか定かではないが結局俗世間から去ることを選んだ作者サリンジャー自身に重ね合わせて読む事も可能である。この作品はより深く読もうとすればするほど深みに嵌っていく作品ではないかと思われる。作中で引用されるチェーホフの“桜の園”や様々な著名人の名言等といった作品を味わえば味わうほどより深みが生じるのではないだろうか?また村上春樹氏のオリジナル作品に登場する“リトルピープル”なる表現も作中で登場するので必見である。奥深く果てしない深みをもった作品であるが・・・村上春樹訳「フラニーとゾーイ」に関しては純粋に会話のテンポを楽しんで愉快に読めば良い作品ではないかとも私は思います。サリンジャーは繊細で傷つきやすい思春期の頃の精神を優しく包んでくれる作家です。魂の救済が描かれた作品、絶品です。


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