『愛について語るときに我々の語ること』 レイモンド・カーヴァー(村上春樹翻訳ライブラリー) | ほんとなかよし

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アグレッシヴな小説作法とミステリアスなタイトリングで、作家カーヴァーの文学的アイデンティティを深く刻印する本書は、八〇年代アメリカ文学にカルト的ともいえる影響を及ぼした。転換期の生々しい息づかいを伝える、鮮やかにして大胆な短篇集。


内容 「BOOK」データベースより


「愛を語るのは、何も語らないのと同じ」と「1Q84」の中で書いた村上春樹氏が、表題通りの愛をテーマにした「愛について語るときに我々の語る事」を翻訳していると知れば読まない訳にはいかないでしょう・・・村上春樹氏の作品の最大の魅力は、彼が賞賛したり影響を受けたとされる作家や作品集を読めば読むほどに作品の意味が深まっていったり多義に渡っていくなど変化する事だと私は思っています。村上春樹氏の作品はメタフォリカル(注:意味を十分理解せず使用)な表現で溢れていますので他作品から補完して挙げると解釈の幅が広がり一段と楽しくなると思います、特に村上春樹翻訳ライブラリーは最適の参考書と言えるでしょう。さて、そう前置きをした上で本書の紹介に入りたいと思いますが、言ってる事と結果が伴わない事が多々あるのが世の中でございます、村上作品の愛のメタ部分を掘り下げる目的で読んだ本書ですが、よけいに泥沼にハマってしまった印象を受けます。といのも、氏が賞賛する他の作家(例えばスコット・フィッツジェラルドやトーマス・マン)と同じく、村上氏以上にメタフォリカルな表現が多い!のです。意味を調べる為に辞書を引くと意味の解らない単語が出てくる、今度その単語を辞書で引くと・・・繰り返し、そして最後には最初に調べた文字に行き着く。まさにそんな代物!これがメタ作品の最高に面白い所なのですが、この面白さが解るまでに私は何年かかりました。解らないって事が解る!この感覚がないと村上春樹氏の作品には手を出さないほうが良いかも・・・ただ先ほどの辞書の例では、ないですが調べ続けている内に全容に意味づけが出来るというのが人間の能力ですので、そうやって自分なりの意味づけをする醍醐味がメタ作品にはあるように思います。


「愛について語るときに我々の語る事」は、圧倒的な説明不足と描写カットにより出来上がっています。愛という壮大なテーマを基にした話であるにも関わらず局所的・短時間的に物語が構成されているのも興味深い点ではあります。それにより世代・人種・男女・個人で異なる愛の価値観が存在する事を表現しているかのようです。現代日本で大衆映画としてウける所謂「美しい愛」や「理想の愛」なんてものを期待して読めば残念と感じてしまう一冊かもしれません。終ってしまった愛や憎愛・偏愛などが盛りだくさんで、基本ダークな雰囲気に包まれています、これは作者レイモンド・カーヴァー自体が家族と不仲だった事が原因かもしれませんが・・・ただし、暗い物語なのですが、不思議と不快感が無いのが面白い点です。常識的な感覚からすると絶望的な終幕を迎える短編も多く存在しています、しかし終わり方が隠喩的だったりあっさりとし過ぎている為に、何かを考える間も無く幕が降ります。この後味の悪さが無い所はレイモンド・カーヴァーの魅力の一つ。

最後に気に入った短編は「私の父が死んだ三番目の理由」と「風呂」と「出かけるって女たちに言ってくるよ」。なんだか題名を聞いただけで興味が沸いてきませんか?そういったセンスも味わえる作品です。是非。



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