『月と六ペンス』 サマセット・モーム | ほんとなかよし

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だったらいいな・・・

新進作家の「私」は、知り合いのストリックランド夫人が催した晩餐会で株式仲買人をしている彼女の夫を紹介される。特別な印象のない人物だったが、ある日突然、女とパリへ出奔したという噂を聞く。夫人の依頼により、海を渡って彼を見つけ出しはしたのだが…。


内容 「BOOK」データベースより


月という手の届かない存在と、六ペンスという手に握る事の出来る存在は「理想と現実」と置き換える事が出来そうだ。物語は伝記形式になっており、新進作家である「私」(主人公)が第三者の視点で後世天才と称される画家(ゴーギャンがモチーフらしい)の半生を見聞し書き上げている。「月と六ペンス」の最大の魅力は、「美」を追求するが故に(あくまで都市型の)一般常識や倫理から逸脱した天衣無縫な言動や心理をもつ画家の半生は本来であれば忌み嫌われる人生でしか無いはずなのに、何故か憎めず何故か関心を持ってしまい都市に住む人間である読者に憧れや理想を植えつける点だろう。そして奇想天外な人物を魅力溢れる存在に見せる技術こそモームの凄い所なのだと思います。それを成すのが「私」の存在。皮肉屋で冷笑的だが常識に溢れ倫理観も持ち合わせている「私」だが、反面「モラリスト」の如く中庸とも公平とも取れる一貫した人間観察の視点で画家を見ている。読者と反社会的画家とを繋ぐ架け橋の役目を「私」が担っているように思える。そしてその観る者と観られる者を描く技術は当然読者(観る者)を常に惹きつけるだけの魅力を作品に生み出す、理解不能や意味不明な画家の言動を「私」なりの考察で補正する事で一般読者に理解をもたらす!モームの天才的な魅せ方と言えるのではないでしょうか。私は漫画も沢山読みます、文庫よりも大量に消費できる漫画は時間潰しにも最適です、しかし厳選しない分残念な作品に当たるケースが多い。僕は批評で飯を食う人間でもないので基本的に作品を批判しない事!を念頭に評価するのですが、漫画等の残念な作品の中には奇をてらう事ばかりに重点を置き常識的な事や読者の心情を置き去りにしている作品がある。もう少し、ついていける展開や補足があれば面白いのになぁ~等と偉そうに感想を言ってしまうんですよね。(これって失礼な事なのでしょうかども)それらの作品と対を成すのが「月と六ペンス」だと思います!そんな一冊(解りにくい例えだなぁ~)


作中で、作家が何日も掛けて書き上げた作品を他者が数時間ばかり費やし読み評価する・・・と最大の皮肉を放つ場面は面白い!これを言われると世の批評家気取りの人間は尻尾を巻くしかないですものwと同時にこの言葉は画家を最大賞賛している言葉でもある!本以上に短時間で評価が下される絵画は評価に対する危険を考えて生み出さねばならぬと言う事なのだろう・・・さて、本作の画家のモチーフであるゴーギャン!現在京都市美術館ワシントン・ナショナル・ギャラリー展で公開中ですので必見ですぞ!私はたまたま~先週に観にいったのでございます(ふふふ 京都一日観光の一環でフェルメール展に行こうと思ったのですが、明らかに混んでて隣の印象派・ポスト印象派コレクションを観たのですが・・・まさか「月と六ペンス」でゴーギャンがモチーフになっているとは。ゴーギャンっちゃ~ゴッホと一時生活しててゴッホ耳きり事件の当事者かもしれんっつ~おもしろい仮説がある人物!あぁ~もっとしっかりと目に焼き付けておけば良かった!横にあった日本初公開のゴッホ作ば~っかり観てましたよ!残念無念!買ってきた画集を眺めてゴーギャンに謝っておこう。。。