いまの社会現状に恐れを抱いている人がとても多いと感じます。

 

ミナミさんのブログでは、今の社会現状をしっかりと見て

 

いままでの社会に共振するのか?

自分自身のたのしい渦を創っていくのか?

どちらに共振したいのかはっきり決めて

決めたら、楽しい渦を創る方へ全エネルギーをかける!!!

 

〇重いエネルギーは引っ張る力が強いので、軽い方に共振すると

しっかりと意図して、常に意識すること←これわかる~^^;

 

〇小さくてもいいので自分自身の楽しい渦を作る。

 

その個個の楽しいエネルギーが共振し合って大きな渦となっていく。

同じテラの上に居ても、波動領域が違うのでお互い干渉し合うことなく

見えない世界で生きていく、、、と。

 

楽しい世界に共振したいと思うならば、楽しいところにフォーカスする!

 

自分がたのしいエネルギーの渦の目になってください!!!

 

とアシュタールは言っています。

 

ほんとうに人びとは今までの社会しかないと思っているので

 

「自分自身で楽しい世界を創っていく」

 

という発想がないのです。

 

じぶんで選べるのですよ。

 

ただしここまで来てしまうと、ほんとうにもう

 

楽しい方に全力でエネルギーを注いでいく感じ、

 

ですね。

 

でもじぶんが

 

"楽しいエネルギーの渦の目"になるなんて、

 

考えたら嬉しくなってきました~(^o^)♪

 

どうぞお読みくださ~い♪♪♪

 

 

アシュタール曰く

 

「人の意見を尊敬し、尊重するというのは

自分の意見を曲げることでも、

その人に合わせる事でもありません。」

 

 

でもわたしたちは、人の意見を尊敬し、尊重するということは

 

その人の意見に合わせることだと思ってしまっている人が多いと思います。

 

合わせることと尊重することが一緒だと思ってしまっている。

 

尊重するということはその人の意見に合わせると思ってしまっている。

 

「尊重・尊敬」の捉え方がアシュタールの言っている意味と違っているのだ。

 

これも学校教育のなせる業!

私たちは知らないうちに、

 

尊敬・尊重を崇拝もしくは従うことと、しっかり学校で教えられているのです。

 

なので、アシュタールの言う"尊敬・尊重"と

 

ちょっとズレた認識になってしまっている、

 

ということが解れば、なんだかすっきりしてきますよ~(^o^)/
 

お読みくださ~い↓↓↓

 

いま、自分の素直な気持ちを言えない人がとても多いと思う。

 

なんでだろうと、ずっと長いこと考えていた。

 

それが昨日ふっと思いついたのだ。

 

自分の本当の気持ちに気がつかないほど

 

「自分の事を先にする人は自分勝手」

 

「他人の事を優先する人がいい人」

 

と教育されているから、無意識のうちに良い人になりたくて

誰かを優先しているかのように理由付けをしてしまう。

 

そんな人が増えていて、夫婦でも、家族同士でも、自分の本当の気持ちを

奥深く押し込んでいるから、これがいろいろな問題を起こす原因になっていると思う。

 

多くの人が、教育によって教えられた"いい人"を無意識に演じてしまっている。

 

無意識に"自分の為→誰かのため"に変換してしまっていたりする。

というのは、たとえば、

ほんとうは自分が周りから良く見られたいから年寄りに席を譲ったのが本音とする。

しかし、その事に自分ではっきりと気がつかないで、

この人が年を取っていて可哀想だから、という理由を持ってきて

席を譲って、自分ってなんて優しい人間だろうと自己満足するということ。

それは、一つも悪い事ではないのだけれど

問題は、自分のためにやっていることを、可哀想な老人のためにと無意識にすり替えてしまっているところなのだ。

 

なぜそんなめんどくさい思考になってしまっているかというと

 

学校教育でさんざん

 

他の人の事を考えなさい、

誰かのためにすることは良い事だ、

自分の事を優先するべきでない、

 

などなど、教育されているからなのだ。

 

だから、何かをする時に自分のためにすることを

無意識のうちに誰かのために、と変換をするようになってしまっているのだ。

 

これはもう戦後教育のなせる業で、そのころ小さかった子どもたちは既に

その考え方に染まってしまっている。

 

その考え方に染まってしまっている、おじいちゃんおばあちゃんに

育てられた子どもも、そのまた子どもも染まっていってしまう。

 

この悪循環から離れて、なるべく自分に素直に生きて行こうとわたしは思った。