2024年10月7日
皆さん、お早う御座います。
今日も雨降りですね。
気温は24度前後なので過ごしやすいんですが、
やや湿度が高くて動くとムシムシします。
一昨日の土曜日は3人の孫の運動会でした。
今年はご覧の通り、北名古屋市の体育館で
行われました。
午前と午後の2部制で、午前中が年少さんと年中さん
それとひよこ組(3歳児)で、孫たちは3人とも
この午前中でした。
それにしても凄い人数ですね。
この園児に両親やジジババがも来るので、
こういう風系になります。
私のふるさとの南知多では、過疎が進んで
小学校と中学校が廃校になりました。
北名古屋市には、この幼稚園のような規模の
園が幾つもあり、どんどん人口が増えています。
これはひよこ組の孫のエマちゃんなんですが、
7月で3歳になったので、9月に入園しました。
徒競走なんですが、残念ながら顔が撮れませんでした。
でもカッコイイポーズでしょう。
一生懸命に走っている姿に感動している
ジジの私でした。
今日のお話は、「渋沢栄一現代ビジネスに活かす言葉」から、
”本心を隠して付き合うのは卑怯である”を
お伝えします。
本心を隠して付き合うのは卑怯である
世間には、腹の中では「あの馬鹿野郎・・・」
と思っているのにもかかわらず、
その人の前に出ると尊敬しているような
素振を見せて、背後に回った途端に
ペロリと舌を出す者がいる。
さすがの私も、そんな事は恥ずかしくてできない。
だから、私はどんな人に対しても
「できないことはできない」と言うようにしている。
しかし、自分の考えとまったく違った
考えの人の意見に同意していると、
いつの間にか従わざるを得なくなって
しまうことがある。
そこで、私は「嫌だな」「好きになれない」
と思った人は、無理につき合い必要はない
と思っている。
たとえば自分の味方だと思っていた人が、
最後の最後で敵に回ったら、
すべての計画に狂いが出て、
とんでもないことになる。
つまり本心を隠して付き合うというのは
単に卑怯だというだけでなく、
相手に損害を与えることにもなるから、
深く慎まなければならない。
しかし、自分と考え方が違うからといって、
「お前は大馬鹿者だ」と頭ごなしに
罵るべきではない。
本心を隠して付き合うのが卑怯だといっても、
それでは礼儀を失している。
礼は流儀に違った人を集め、
世の中を進歩させて行くために必要な
接着剤のようなものである。
人と付き合うことは、生きていれば必ず
しなければならないことです。
この渋沢栄一さんのような偉大な方なら
本心だけで人と付き合うことができるでしょうが、
私のような凡人ではなかなかそうもいきません。
仕事や友人関係でも本音だけで付き合うのは
難しいですね。
そこには忖度したり、へりくだったりなど、
相手に合わせてお付き合いしている場合が
ほとんどです。
しかし、私、この12月で69歳になるんですが、
今日の渋沢栄一のお話がちょっとだけ分かる
ようになりました。
後何年生きられるかわからないのに、
おべんちゃらを言ったり、自分の本心を隠して
までお付き合いする必要がなくなってきます。
若い頃は人生の楽しみは「人との出会い」だと
豪語していましたが、今は出会は成り行き次第
だと思えるようになりました。
本心だけでお付き合いできるように
なりたいものですね!