社長ブログ

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社長 笹原のちょっとイイ話!

2026年10月6日

 

皆さん、おはようございます。

 

 

今日の北名古屋市は、雲ひとつない快晴です。

 

青空がとてもきれいで、これぞ秋といった感じです。

 

 

明日は、また山へ芝刈りに行ってきますので、

 

ブログはお休みします。

 

 

私のゴルフは気候のいい時期だけですので、

 

年に5~6回なので、下手くそがどんどん増して

 

いきます。

 

 

まあ、いいお天気でプレーができるだけで

 

幸せなんですけどね。

 

 

 

今日のお話は、致知9月号の特集から、

 

”めざすものを持つ”をお伝えします。

 

 

 

めざすものを持つ

 

 

人生において「めざすものを持つ」ことは

 

大事である。

 

 

めざすものを持たないと、人生の万変に

 

振る回され、自分を見失うからです。

 

 

歴史に名を残した人は皆、めざすものを

 

持って人生を歩んでいたことが、その

 

残した言葉からわかる。

 

 

 

幕末の大儒、佐藤一歳はこんな言葉を

 

残している。

 

 

「凡(およそ)事を作(な)すには、

 

須(すべか)らく天に事(つか)うるの

 

心あるを要す」

 

 

大事を作す時は天に仕えるような

 

気持ちでしなければならない、

 

ということである。

 

 

時代を問わず、めざしたい心意気である。

 

 

 

西郷隆盛もこんな言葉を残している。

 

 

「人を相手にせず、天を相手にせよ。

 

天を相手にして己を尽くし、人を咎めず、

 

我が誠の足らざるを尋ぬべし」

 

 

常に天を相手に仕事をし、物事がうまく

 

いかない時は自分の誠が足りなかった

 

 

からではなっかと自分に尋ねよ、

 

というんもである。

 

 

西郷はこれを実践することで、

 

己を磨いたにであろう。

 

 

めざすものが人格を創ることを、

 

この西郷の言葉は教えている。

 

 

 

古人だけではない。

 

 

現代でもひとつの道を開いた人は皆、

 

めざすものを持った人たちである。

 

 

その代表は経営の神様といわれたお二人、

 

松下幸之助、稲盛和夫の両氏である。

 

 

 

松下幸之助氏が生涯めざしたもの、

 

それは素直である。

 

 

「素直の一段になりましょう」は

 

氏の生涯のテーマであった。

 

 

 

松下政経塾の塾頭を務められた上甲晃氏

 

聞いた話がある。

 

 

松下氏が八十代の頃、上甲氏に

 

「僕もようやく素直の一段になった」

 

と言った。

 

 

「誰が決めるんですか」と聞くと、

 

「囲碁でも将棋でも一万回練習をすれば

 

一段になるらしい」

 

 

僕も”素直になろう”と三十年、毎朝、

 

言い続けたから一段になった」

 

と答えたという。

 

 

道心がある者は童心あり、という。

 

松下氏は生涯童心を持ち続けたのであろう。

 

 

 

稲盛和夫氏がめざしたものは、

 

「謙虚にして奢らず、さらに努力を」である。

 

 

零細企業から」身を起こし、京セラ、

 

KDDIを合わせて五兆円超の企業に育て上げ、

 

 

二兆三千億の負債で倒産したJALを

 

二年八カ月で再上場した後も、稲盛氏は

 

この言葉を銘として生涯を貫かれた。

 

 

 

私たちも二人の姿勢に学び、「素直」「謙虚」

 

を範に、めざすものを持ち、自己完成の

 

道を邁進したい。

 

 

 

私たちは今、人生を懸命に生きています。

 

 

それは簡単なようでとても大変なことですよね。

 

 

家族を幸せにするために働くこと

 

決して楽ではありませんよね。

 

 

「身を粉にして働く」という言葉通り、

 

心血を注いで働いています。

 

 

そんな中でも「夢」を持ち、その夢の

 

実現のために皆頑張っています。

 

 

 

「夢」とは、今日のお話のように

 

「めざすもの」ですよね。

 

 

それは些細なことでも壮大なことでも

 

かまわないと私は思います。

 

 

人は何かに夢中になっている時が

 

一番幸せなんですからね。

 

 

 

松下幸之助は晩年こう言われていました。

 

「自分は運が良かった!」と。

 

 

この「運が良かった!」は、世に名を残された

 

方々が皆言われます。

 

 

そりゃ、松下さんや稲盛さんは偉大な結果を

 

残したから、運がいいよなぁ、なんて思う

 

方もおられると思います。

 

 

でもね、彼らの「運」は、自分で引き

 

寄せたんです。

 

 

どうやって???

 

 

それは彼らは「徳積み」をしてきたからです。

 

 

「世の中の幸せのために何ができるか」

 

を常に考えて、人生を歩んだのです。

 

 

 

稲盛和夫の信条は「利他の心」でした。

 

 

自分以外の人の幸せのために何が

 

できるかを第一をされました。

 

 

でもね、私たち凡人には「徳積み」なんて

 

簡単にはできないと思いがちですよね。

 

 

 

いえいえ、それができるんですよ、

 

「些細な善行(徳積み)」がね。

 

 

簡単なことをご紹介しましょうね。

 

 

トイレの個室でトイレッとペーパーの

 

切れ端がよく落ちてますよね。

 

 

気が付いたら拾っいましょう。

 

 

また手洗いで洗面台が濡れていたら、

 

拭いて綺麗にしてきましょう。

 

 

朝、会社へ出勤したら、大きな声言葉で

 

「お早う!」を言いましょう。

 

 

ここで肝心なには、優しさを込めて

 

言うことです。できれば笑顔でね。

 

 

そして一日仕事が終わったらね、

 

「ああ、みんなのお陰で今日も一日

 

いい仕事ができた」と感謝しましょう。

 

 

些細な善行って、どんなことにも感謝する

 

ことでも十分積むことができるんですよ。

 

 

それはね、「素直」「謙虚」さえ持っていれば

 

簡単にできますからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年10月5日

 

皆さん、おはようございます。

 

 

先週の1・2・3日と久しぶりにツアーの旅行に

 

行ってきました。

 

 

写真は会津藩の鶴ヶ城です。

 

 

2泊3日で福島会津若松と日光への旅でしたが、

 

 

この時期は修学旅行の学生が多く、

 

とても混雑していました。

 

 

朝、7時初の信濃1号で塩尻まで行き、

 

その後はバスで新潟経由で福島まで、

 

約400キロのバスの旅でした。

 

 

一日400キロもバスに乗ったのは

 

初めてでしたが、バスも新車で快適でした。

 

 

今回は阪急交通社さんのツアーでしたが、

 

添乗員さんの神谷さんという方が素晴らしく、

 

細部気を使ってくれてとてもいい旅でした。

 

 

 

会これは津磐梯山で、ここはスキー場なんです。

 

 

初日の宿泊は会津磐梯山の麓の星野リゾート

 

ホテルで、スタッフも洗練されれいて、

 

素晴らしいホテルでした。

 

 

 

 

こちらは日光東照宮なんですが、もの凄い人でした。

 

 

これは五重塔なんですが、心柱が中央に一本あり、

 

途中で切れていて、上の柱は宙ぶらりんだそうです。

 

 

地震対策として考えられたそうですが、

 

土台が揺れても倒れない工法だそうで、

 

スカイツリーはこの工法をまねたそうです。

 

 

 

 

こちらは有名な3猿の彫り物(真ん中)ですが、

 

生まれてから死ぬまでの生涯を、いましめる彫り物

 

だそうです。

 

 

 

いたるところに竜が描かれていて、厄払いをしている

 

そうです。

 

 

 

そしてこれが徳川家康のお墓。

 

 

家康自体はこの日光東照宮へは一度も来て

 

いないとことです。

 

 

そうですよね。 亡くなってここを建立し、

 

祀られて大権現になったんですからね。

 

 

 

こちらは大内宿。日光への参勤でできた宿場だそうです。

 

 

 

 

そしてこれが大内宿の名物のネギそばです。

 

 

この大きなネギでお蕎麦を食べるそうですが、

 

店主に聞いたところ、諸説あるそうですが、

 

箸を忘れたからだそうです。

 

 

 

ツアーの最後は日光華厳の滝でした。

 

中禅寺湖から流れるこの滝は、このところの

 

雨で水かさが多くて、もの凄い勢いの滝でした。

 

 

 

 

ただ帰宅したのが名古屋駅に10時46分着き、

 

自宅に到着したのは12時近くでやや疲れましたが、

 

 

多くの方々と出会うことができて、最高の旅でした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年9月30日

 

皆さん、おはようございます。

 

 

今日は久しぶりにいいお天気になりました。

 

 

朝の気温は19度と、やや肌寒さを感じましたが、

 

30分のウォーキングでは、ほどよい汗を

 

かきました。

 

 

明日から二泊三日で会津・日光へ旅行に

 

行ってきます。

 

 

心配していた台風も影響なさそうで、

 

お天気もいいようです。

 

 

日光東照宮へ行くのが夢だった愛妻の京子さん。

 

長年の夢がやっと叶います。

 

 

ですので、ブログは月曜からになりますので、

 

宜しくお願いします。

 

 

 

今日のお話は、

 

「人の心を動かす武器としての名言」(上之郷利昭著)

 

 

から、”「出る杭になれ」”(サントリー元社長佐治敬三)

 

をお伝えします。

 

 

 

「出る杭になれ」

 

 

”自らの個性を磨き、それにふさわしい面魂で、

 

会社の中で大いなる「出る杭」になってほしい」

 

 

サントリーの前身、寿屋の創業者である

 

鳥井信治郎が、赤玉ポートワインで

 

 

事業を安定させ、その後ウイスキー事業で

 

成功をおさめて、現在のサントリーの

 

基礎を築いた。

 

 

その鳥井のあとを受けた次男の佐治敬三は、

 

二代目としての座に甘んじることなく、

 

 

ビール事業への進出をはかったことで、

 

その経営者としての存在を世に知らしめた。

 

 

 

ビール業界の大御所といわれるキリン、

 

それに続くサッポロ、アサヒビールに

 

 

対して十数年の悪戦苦闘を続け、

 

麦芽100%の生ビールの先駆けとなった

 

 

「モルツ」を筆頭に、デザイン・中身を

 

工夫を凝らし、若者の感覚に訴えて

 

徐々に業績を伸ばした。

 

 

 

その奮闘ぶりを支えたのは、いうまでもなく

 

サントリーに古くから受け継がれれいる、

 

 

鳥井信治郎の言葉で紹介した

 

「やってみなはれ」の精神である。

 

 

その精神を受け継いだ佐治は、

 

若い社員たちの意見にどんどん耳を

 

かたむける。

 

 

冒頭の言葉は佐治が社員に向かって

 

挨拶した時の言葉であるが、

 

 

「出る杭」について別のところで、

 

こうも語っている。

 

 

 

「個性を育てることも大切。

 

出る杭を伸ばすことです。

 

 

出る杭を打っていたら、人間くささ、

 

本来のその人の心の『心棒』が

 

なくなってしまいます。

 

 

むしろ、育ててあげなくては」

 

 

 

”やってみなはれ”の精神に「出る杭になれ」

 

の精神が加わって、サントリーで働く社員は

 

みなやる気に満ちて生き生きと働いている。

 

 

どこの企業でも、言葉に出さなくても

 

なからずや出る杭の存在を待っている

 

 

はずであるから、今からでも「出る杭」

 

をめざしてほしいと思う。

 

 

 

 

人を育てることはとても難しいですよね。

 

今の企業は「優秀な人材」を求めています。

 

 

ですが、何の経験もない新卒採用で

 

その企業にあった「優秀な人」って

 

いるのでしょうか?

 

 

仕事の内容はそれぞれの企業で

 

千差万別です。

 

 

やはり自社で育てることが大切です。

 

誰でも最初からできるはずがないですからね。

 

 

根気よく、丁寧に教えこむことが大切です。

 

 

そこで必要なのが、その仕事の意義を

 

きちんと教え、会社の理念を理解させる

 

ことが重要です。

 

 

 

そういう意味で「やってみなはれ」という

 

信条は素晴らしいですね。

 

 

人は失敗から学ぶのが一番早いのです。

 

 

失敗してもいいから、どんどんチェレンジ

 

させることが、成長のカギとなります。

 

 

そうなるとどんどん出る杭(やる気)が

 

出ててきて、社員も会社も素晴らしい

 

発展を遂げるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

2026年9月29日

 

皆さん、おはようございます。

 

 

現在の気温は20度で、ちょっと寒いくらいです。

 

 

今朝は半袖では寒いと天気予報で

 

言ってましたので、長袖の上着を

 

用意したのですが・・・・。

 

 

私、現在癌の治療中で、ホルモン療法を

 

行っています。

 

 

この治療は副作用として、ホット・フラッシュ

 

というものがあるんです。

 

 

女性の更年期に起こる突然体が熱くなり、

 

汗が出てきます。

 

 

何の前触れもなく、一瞬にそうなるんです。

 

しかも、1時間に1回程度起こるんです。

 

 

これ、寝ていても起こるから始末が悪いんです。

 

 

先日から羽毛ふとんに変えたんですが、

 

突然、汗が出て暑くて寝られないんです。

 

 

夜中に脱いだり着たりで、かなり厄介です。

 

 

しかも、病院の先生いわく、「この治療は一生続けます」

 

と言われました。

 

 

まあ、命と引き換えですから、

 

ありがたいことなんですけどね。

 

 

というわけで、半袖の上着で出社しました。(笑)

 

 

 

 

今日のお話は、「心配事の9割は起こらない」

 

(枡野俊明著)から、”「死」について”を

 

お伝えします。

 

 

 

「死」について

 

 

人生の晩年にさしかかると、「死」ということが

 

いやでも現実実を帯びてきます。

 

 

死を身近に感じるのは親が旅立った

 

年齢を迎えたときでしょう。

 

 

それまで会社の関係者や友人、

 

知人らの親世代の葬儀に参列することは

 

 

あるはずですし、心からその死を悼む

 

言葉をかけるのだと思いますが、

 

 

死というものの実感が迫ってくるという

 

感覚にはなれないのではないでしょうか。

 

 

 

「いままで何度も葬儀に出て、お悔やみの

 

言葉をかけてきましたが、遺族の気持ちを

 

ほんとうにわかってはいなかった。

 

 

親を送って初めて大切な人を失うって

 

こういうことなんだ、というのがわかりました」

 

 

多くの人がそんな話をされます。

 

 

親を送って死を実感し、その年齢が自分の

 

人生にとってのひとつの指標になる。

 

 

そんなふうに思います。

 

 

私の祖父が亡くなった年齢になったとき、

 

父がこういったのを覚えています。

 

 

 

「ああ、これからはおつりの人生だ」

 

 

父にとってもやはり、親が逝った年齢が

 

ひとつの指標になっていたのでしょう。

 

 

その年齢までは一生懸命、がんばって

 

生きよう、それを超えたら、残りは

 

 

ありがたい「おつり」をいただいた

 

ようなものだ、という感じ持って

 

いたのだと思います。

 

 

自分が親の死の年齢に達したとき、

 

「ああ、そろそろ人生の大晦日だな」

 

 

という思いを誰もが持つのかもしれません。

 

 

 

私も同じように親の死の年齢が

 

一つの指標になっていました。

 

 

親の死の年齢までは、何がなんでも生き抜く、

 

という思いが強かったですね。

 

 

ただ、母は肺がんで58歳で亡くなったので、

 

一般的な親の死の年齢よりはかなり

 

早かったですがね。

 

 

でも、58歳を迎えた時、やはり今日の

 

お話のように、達成感と満足感はありました。

 

 

父は母の死から2年後に亡くなりました。

 

胃癌でした。

 

 

今、両親よりも一回りも長く生きています。

 

 

たくさんの「おまけ」を頂きました。

 

ですから、癌なんてぜんぜん怖くありません。

 

 

 

親を失って初めて、他者の葬儀で心を込めて、

 

手を合わせることができました。

 

 

癌になった初めて、癌の方に心から

 

励ましの言葉がかけられるようになりました。

 

 

「老い」から学べることは、きつと山ほど

 

あるのでしょうね。

 

 

まだまだ楽しみがたくさん待っている、

 

私の人生です!

 

 

 

 

 

 

2026年9月28日

 

皆さん、おはようございます。

 

 

さすがに今朝はウォーキングはできませんでした。

 

かなり強い雨が降りましたからね。

 

 

まあ、たまにはのんびりとした朝もいいでですね。

 

 

いつも決まった時間に何かをするというのは、

 

とてもいいことんですが、時間には追われます。

 

 

やることがあるだけで幸せなんですけどね。

 

 

 

今日のお話は、「光にむかって100の花束」(高森顕徹著)

 

から、”大の親不孝者にほうびを与えた水戸黄門”

 

をお伝えします。

 

 

 

大の親不孝者にほうびを与えた水戸黄門(善悪への心得)

 

 

旅をしていた謹厳な武士。

 

 

遅れた連れの家来を待っていると、

 

息せききってやってきた。

 

 

「なにをしていたのか」

 

「草鞋の緒が切れたので、すげていました」

 

 

「藁はだれにもらったのか」

 

「道ばたの稲架(はさ)から、抜きとりました」

 

 

「持ち主に、断ってのことか」

 

 

「いいえ、ワラの一本や二本とっても、

 

文句を言うものはいません。

 

だれでもやっていることですから」

 

 

 

「ばか者、そんな根性は許されん。

 

だれが許してもおれが許さぬ。

 

すぐに持ち主に許しを求めてこい」

 

 

厳しくいいつけ、あいさつにいかせたという。

 

 

”だれでもすること” ”小さいことだから”

 

が、悪魔の常のいいぐさであることを、

 

武士はよく心得ていたのだろう。

 

 

 

 

有名な水戸黄門光圀が、

 

領内を巡視中のことである。

 

 

かねて、親孝行にばくだいなごほうびを

 

くださるという、老公のうわさをきいて

 

大の親不孝者。

 

 

ほうびをせしめるチャンスとばかり、

 

平素、虐待し続けていた母親を背負って、

 

 

さも親孝行らしく、老公の行列を拝してした。

 

 

ふと光圀公がそれをご覧になって、

 

側近に命じた。

 

 

「あの者に、ほうびをとらせよ」

 

 

「なんと仰せられます。

 

彼奴は人も知る、大の親不孝者でございます。

 

 

今日、あのように母親を背負って行列を

 

拝しているのは、殿のお目をあざむき、

 

ほうびほしさのためでございます」

 

 

 

世間周知の事実を申し上げても、

 

ウンウンとうなずきながら老公は、

 

こう諭したという。

 

 

「ウソでも、偽りでもよいではないか。

 

形だけでもよい。

 

 

そして今日一日だけでもよろしい。

 

 

一度でもああして、親を背負ってやる

 

ことが大切なのだ。

 

うんとほうびをとらせよ」

 

 

朱に交われば、赤くなる。

 

 

善人とつきあえば、おのずと善心が

 

よみがえってくるものだ。

 

 

善いことは、まねでもせよ。

 

 

さすが、黄門様ですよね。

 

 

私たちは善いことも悪いことも

 

まねて覚えます。

 

 

よく「親の背中を見て育った」といいますが、

 

語らずとも子は親がやることを見て育ちます。

 

 

ですから怖いですよね。

 

 

なんとなくおうちゃくして何かすると、

 

子どもはすぐに真似ますからね。

 

 

そういっても私なんか、若い頃は

 

不徳のかたまりでしたね。

 

 

 

ゴミはポイポイ捨ててましたし、

 

犬の散歩でも糞はそのままにしてきました。

 

 

道も譲らないし、席も譲りませんでした。

 

 

 

今日のお話で、初めの武士のお話、

 

とても身につまされました。

 

 

人間、人が見ていないとついつい

 

悪さをしてしまいます。

 

 

「たった一度だから、いいや誰も見てないし」

 

というのが悪事の始まりなんですよね。

 

 

空き巣や泥棒は人がいないところでの

 

犯罪です。

 

 

 

善行は些細なほど良いと言われます。

 

些細な善行は見返りを求めません。

 

 

また、そういう方は、誰も見ていない

 

ところでも善行を行えます。

 

 

今日のお話の最後の言葉、

 

心に刺さりました。

 

 

「善いことは、まねでもせよ」

 

素晴らしい言葉ですね。

 

 

誰でも最初は真似ごとから始まります。

 

真似でも続けていくと、本物になります。

 

 

善行ができる人は善人となり、

 

いろんないい人々が集まり、

 

いい人生となるように思います!