NO 2574 人生を「わかった気」になっていないか? | 社長ブログ

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社長 笹原のちょっとイイ話!

2024年7月31日

 

皆さん、お早う御座います。

 

 

今朝も5時に起きてオリンピック男子サッカーの

 

日本対イスラエル戦を見ました。

 

 

結果は1対0で日本が勝利し、3戦全勝でした。

 

失点0が素晴らしいですね。

 

 

これはキーパーの小久保選手がPKも含めて

 

すべての危機を止めたからだと思います。

 

 

彼の力がとても大きな予選リーグでした。

 

 

 

そして、柔道81キロ級で長瀬貴規選手が金メダルで

 

前回の東京でも金メダルで連覇しました。

 

 

この階級は過去の日本はなかなか勝てない階級でした。

 

 

いつもそうなんですが、表彰式の後の日の丸掲揚は、

 

何度見ても涙腺が緩みます。

 

 

 

これで柔道は金が3個、銅が3個と素晴らしい活躍です。

 

今夜もまた寝不足になりそうです。

 

 

 

今日のお話は、「老子の言葉」(田口佳史著)から、

 

”人生を「わかった気」になっていないか?”を

 

お伝えします。

 

 

 

人生を「わかった気」になっていないか?

 

 

知りて知らずは上。

 

知らずして知れりとするは病(へい)。

 

 

超訳)たくさんの知識や情報を頭に詰め込んで、

 

何でもわかった気になっていないかい?

 

 

思い違いもはなはだしいよ。

 

 

ましてや、ろくすっぽ知りもしなのに、

 

知ったかぶりをするなど、重病としか

 

言いようがない。

 

 

本当に知っていると言えるのは、

 

「道」がものも言わずに実践している

 

 

「無為自然」という真理を体得する

 

ことなのだ。

 

 

 

 

もう長らく、知識偏重の時代が続いています。

 

 

その傾向と相まって、インターネット社会の

 

進展を背景に情報がありふれ返り、

 

 

人間がどんどん頭でっかちになっているようです。

 

 

そんな風潮に一石を投じるかのように、

 

老子は言うのです。

 

 

「知識があるとかないとか、ものを知っている

 

とか知っていないとか、そんなことは

 

問題にするに値しない。

 

 

知識の豊富な者が偉いなんて妙な価値感

 

まであるから、知ったかぶりをする人間

 

も出てくる。 みんな、病気だね」と。

 

 

 

「病気」とはかなる辛辣(しんらつ)な言い方ですね。

 

これを儒教の考えと比べてみると、またおもしろい。

 

 

『論語』には、「之を知るを之を知ると為し、

 

知らざるを知らずと為す。是知るなり」

 

という有名な言葉があります。

 

 

つまり、「知っていることと知らないことを

 

はっきりさせなさい」と言っているわけです。

 

 

 

でも、老子は孔子が「知っている」と言って

 

いることに対しても、

 

 

「わかった気になっているだけで、

 

何も分っていない」と言っているのです。

 

 

おそらく大半の人が、「孔子の言葉はわかりやすい。

 

でも、老子はちょっと・・・・。

 

 

そのそも、知識をたくさん持っていることの

 

何が悪いんだ?」

 

と疑問に思うのではないでしょうか。

 

 

もっとも、老子に言わせれば、

 

「わかりやすいと言うこと自体が、見当違いだ」

 

ということなのです。

 

 

老子はそこを問題にしているというより、

 

 

「人生を生きるうえで一番大事な真理も

 

知ろうとしないで、知識も何もない」

 

としているのです。

 

 

老子思想的には、知識なんて、自分を賢く

 

見せるためのお飾りでしかない。

 

 

それを「耳の痛いアドバイス」と捉え、

 

生きていくうえでの真理を見つめ直して

 

いただきたいところです。

 

 

 

世の中には知識豊富な人がいます。

 

私なんか覚えてもすぐ忘れてしまうタイプです。

 

 

ただ豊富な知識をこれみよがしに

 

自慢めいて話すのはどうかと思います。

 

 

以前、私は兄からこんなことを言われました。

 

 

お盆に会った時、明治時代の有名な人の

 

歴史本を見せられて、

 

 

「おまえこの人知っているか?」と。

 

 

私は知らなかったので、

 

「勉強不足で知らない」と答えましたが、

 

なんとなく見下げられた感じでした。

 

 

兄は決して私を見下げるつもりでは

 

なかったんと思うんですが、こういう本で勉強しろと

 

言いたかったようでした。

 

 

知識はたしかにたくさんあったほうが

 

いいですが、大切なのはそれの使い方ですね。

 

 

 

時には知っていても知らないふりをして、

 

相手を傷ずつけない配慮も必要です。

 

 

「知識が豊富=頭のいい人」というのは

 

ちょっと違うように思います。

 

 

その知識をいかに世の為人の為に使うかで、

 

賢人かどうかが決まるように思います。

 

 

道具も使いよう、知識も使い方次第で、

 

良くも悪くもなりますから、気をつけたいですね!