『すべてが円くなるように』原田マハ | なほの読書記録

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ミキモトの公式サイトでの連載を書籍化した一冊で、モチーフとなる真珠がつなぐ連作ではない短篇集。


【目次】

フェルメールとの約束

庭の朝露

真夏の夜の夢 

ユーレイカ

いつか、相合傘で

あの日のエール

海からの贈りもの


【あらすじ】


表紙は、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』。


ミキモトの公式サイトでの連載をもとにした、真珠にまつわるショートストーリー。


舞台は、オランダ・アムステルダムから始まり、京都の町家、ロンドン・ケンブリッジ駅、下北沢・邪宗門、シカゴ、パリ、三重の鳥羽と、各編で移り変わっていく。


どの編も女性が活躍する話で、祖母と孫、母と娘、女友達など、何かをあきらめずにもう一度前に進もうとする様々な女性たちの人生とそれぞれの関係が交差し、時間の経過とともに真珠によって互いの関係が、円や輪のようにつながっていく。


感想】


2012年の夏に、東京都美術館で開催されていたフェルメール展に行き、『真珠の耳飾りの少女』の絵を何度も振り返って観たことを思い出しました。


フェルメールの代表作がこの夏、14年ぶりに日本(大阪中之島美術館)に来るので、また会いに行きたいと思いました。


文章が心地よく響きながら心に沁み入るので、穏やかな気持ちになりました。


原田マハさんの作品は長編の方が好みなので、短編集だとインパクトが弱く感じられました。


読み終えてから、毎日新聞の書評『話題の本』で、ヒコロヒーさんが本書及び真珠について次のように述べているのを読みました。

「今の自分ではどんな本を読んでも説教されている気分になる。自分を愛するとか知らねえよ、こんな劇的な出会いあるわけねえだろ、前向きに生きるとかやってねえんだよ、などといった調子で、何を読んでいても文字列と自分の心のかみ合わせが悪くていら立ってきては標準語で悪態をついてしまう。標準語のほうがどこか罪悪感が少ないからである」

そんなヒコロヒーさんが手に取ったのが本書だったそうです。また、

「真珠は貝の中に入り込んだ異物を排除するのではなく、自らを守るために真珠層で包み込み、それが何層にも重なってできるのだという。つまり異物を排除するのではなく、包み込むことで円くなっていく。七つの物語を振り返れば、登場人物たちにとって異物的な出来事や感情に出会いながらも、自己で包容していかんとする姿にも思える。

生きていれば自分にとって異物的なものに侵入されてしまうこともあるが、それにより傷ついたり面食らったりしても、それごと包み込む形で自己再生していくことで私たちは滑らかな円さを手にしていけるのかもしれない、ずっとその最中なのかもしれない、そうして本を閉じた時、すべてが円くなるように、と願い事みたいに思ってくれている文字が飛び込んでくる。自分にとって異物認定すれば標準語で悪態をついてしまう私にも、なんともやさしくしてくれる一冊であった」

と述べられており、本書の核心を突いている書評だと思いました。


ミキモトの公式サイトには、本書に掲載された7つの短編のほかに2つの短編『Vol.1  すべてが円くなるように』『Vol.2  円い三日月』も掲載されていました。9編全て写真付きなので、情景がよくわかりました。関心のある方はぜひ読まれてみてください。

(「すべてが円くなるように MIKIMOTO」で検索すれば出てきます。)


【印象に残ったフレーズ】


フェルメール展。広いひろい会場の壁に掛けられた、小さなちいさな絵。真珠に宿る微粒子の光。

そういえば、彼女の耳たぶにも小さな真珠のピアスが留まっていた。

白く円く平和な輝きが、時空を超えて、いま、ここに届けられている不思議を思った。何人たりとも侵すことのできない輝き。

約束通り、物語を書こう。そしていつか届けよう。アートを愛する彼女に。

フェルメール、あなたに。(P28〜29)

「貝は海からの贈りものだ」(P137)

「ボッティチェッリが描いた《美しきシモネッタ》の真珠と、フェルメールの《真珠の首飾りの女》の真珠が、明らかに違うことはわかっていたけど••••••生産国や時代の相違、画家の技量や描き癖、いろいろな要素があって違いが生まれると知ってもいたけど••••••それだけじゃない。真珠は、個性を持って生まれてきたのね。私たちと同じように」(P139)


《『すべてが円くなるように』原田マハ 著 幻冬舎 刊より一部抜粋》