本書は、今を時めく人気作家6人による、創業350年の老舗百貨店・三越にまつわる短編小説集。
【感想】
三越の包装紙「華ひらく」をモチーフにしたアンソロジーで、幼い頃に家族で三越へ買い物に行き、食堂でいつも「お子様ライス」を注文していたことや、レトロなエレベーターに乗ったことなどを思い出しました。
幼い頃、家族に連れて行ってもらったこと以外には現在に至るまで、三越に行った記憶がありません。
1970年代以降、デパート(百貨店)が急速に増えていき、自分にとっては敷居が高くて足が遠のいたのだと思います。
日本の百貨店の始まりとされる三越日本橋本店の本館は1935(昭和10)年に竣工し、国の重要文化財に指定されているそうです。
以来、街を行き交う人々を見つめ続け、日本橋の今昔を知り、昭和レトロ(歴史や文化)を懐かしく感じられる三越日本橋本店。
正面玄関の左右に鎮座する2頭のライオン像と金のマーキュリー像、中央ホールの天女(まごころ)像、屋上にある三囲(みめぐり)神社の狛狐、大理石の壁や床面に埋まっているアンモナイトの化石たちに、半世紀ぶりに会いに行ってみたくなりました。
【各話の紹介】
「思い出エレベーター」辻村深月
制服の採寸に訪れて感じたある予感。
階下を見下ろしている泣きそうな顔の子どもがもし、いたら。
「Have a nice day!」伊坂幸太郎
ライオンに跨る必勝祈願の言い伝えを試して見えたもの。
三越のライオン、知ってる? あれに跨ると夢が叶うんだって。
「雨あがりに」阿川佐和子
老いた継母の買い物に付き合ってはぐれてしまった娘。
三越でしか買い物をしないなんて、どこかのお嬢様のすることだ。
「アニバーサリー」恩田陸
命を宿した物たちが始めた会話。
ざわざわするというか、ウキウキするというか。
「七階から愛をこめて」柚木麻子
友達とプレゼントを買いに訪れて繋がった時間。
私の本当の願いはね。これから先の未来を見ることなの。
「重命(かさな)る」東野圭吾
亡くなった男が最後に買った土産。
草薙は思わず声をあげて笑った。「いいねえ、湯川教授の人生相談か」
《「時ひらく」文春文庫 刊 裏表紙及び帯より一部抜粋》
【余話】
三越のライオン像には、「誰にも見られずに背に跨ると念願がかなう」という言い伝えがある。
日本橋本店のライオン像が、関東大震災でも太平洋戦争でも無事に残ったことから縁起がいいとされ、「必勝祈願の像」「しあわせの象徴」として全国の三越で大切にされている。
日本の百貨店初となるオリジナル包装紙「華ひらく」が誕生したのは1950年。
元々はクリスマスプレゼント用としてデザインされたものが、翌年から三越全店で常時使用開始。
丸みを帯びた柔らかな抽象形が幾度にも集う斬新なデザインは画家の猪熊弦一郎氏の手によって描かれた。
「どのような大きさでも、どの角度から見ても、図案の美しさが変わらない」という画期的なデザインで、物を包んで立体になったときの表情の変化も魅力のひとつ。
「華ひらく」のモチーフが生まれたきっかけは、猪熊氏が千葉の犬吠埼を散策中、海岸で波に洗われるふたつの石を見て「波にも負けずに頑固で強く」「自然の作る造形の美しさ」をテーマにしようと考えたことが始まり。
当時、三越宣伝部の社員で後に漫画家となるやなせたかし氏により「mitsukoshi」の筆記体が書き入れられた。
「華ひらく」はその作品名にふさわしく、商品を包むと花がひらいたようにパッと雰囲気を華やかにさせ、多くの人へ笑顔を運んでいる。
やなせたかし さん
1919年、高知県に生を受ける。1947年三越に入社し、宣伝部でグラフィックデザイナーとして活動する中で、包装紙「華ひらく」が誕生しました。三越退社後は漫画家・絵本作家・詩人として活躍し、絵本「アンパンマン」シリーズの発表で幅広い世代から支持を集めました。
《三越伊勢丹HPより一部抜粋》