空と風と時と 小田和正の世界 追分日出子 | なほの読書記録

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1970年、オフコースとしてデビューし、音楽の道を究めて半世紀。76歳になった今もなお、透き通るようなソプラノボイスで聴衆を魅了し続けている、シンガーソングライターの小田和正さんの音楽人生を振り返る評伝。


生い立ちから高校時代、鈴木康博や地主道夫と組んだバンド、オフコースの結成、数々のヒット曲、鈴木康博さん(やっさん)との出会いと別れ。そして解散、それ以後のソロ活動。 


小田和正さんやオフコースについて多くの人(元オフコースのメンバーやスタッフ・イベンターの方々、兄の兵馬さん、吉田拓郎さんをはじめとした同じ時代を共にしたシンガー・アーティストの方々)にインタビューした626ページの読み応えのある力作でした。


中学生の時に小田さんを音楽の世界へと誘った原点、オードリー・ヘプバーンが歌う映画音楽「ムーン・リバー」に魅了され、音が醸し出す空気感、音が感情を揺さぶる不思議さ、音と思いが重なるような奇跡に心を摑まれ、音楽に惹かれていったこと、この体験が、後年の小田さんの音楽の特色を形づくっていったこと。


小田さんが好んで歌詞に使う言葉「風」「空」「雲」「想い出」は、幼い頃から聞いていた鐘の音や、空や雲や風に託された音がつくる世界に惹かれ、そして「ムーン・リバー」に出会った中学生の時から導かれてきたこと。

そのため、音楽的な嗜好(志向)は紆余曲折を経つつも、ずっと一貫していること。


知っていたことも、今まで知らなかったことも記されており、迷いつつも試行錯誤し、必死に足掻いた結果としてオフコースが解散となった真相も、何となく分かりました。


また、小田さんは、「どうしたらやりたい音楽を作れるのか、そのために、人と交わり、試行錯誤しながらやった、その試行錯誤がオフコースのカラーになったと思う」と語り、大きな代償と屈折と挫折を経験され、一人になって試行錯誤し、時に迷い、時に決断し、時に冒険し、時に落ち込み、そうやってあがいた末に、次のステージに辿り着かれたことなども分かりました。


私自身、70年代からずっと50年近く、今でもファンで、オフコースや小田和正さんの曲聴いています。


本書を読みながら、紹介されていた60曲の歌詞に合わせて、オフコースと小田和正さんの楽曲を聴いた時間は、まさに至福のひと時となりました。


周囲の人から見た小田さんは、生真面目でストイックで自分の理想とする音楽を追求していく努力家、人との関係において距離をおく、容易に胸の内を見せず気難しい、「水くさい」と言われるほどシャイだとイメージされています。


でも、実際は優柔不断で面倒くさがり屋。周りのことをあまり気にしない割に、さりげなく気遣いができる。そして自分を貫く(我を通す)。


彼のアキレス腱は、20代の頃に感じた「必要とされない」という意識だということ。


筆者曰く「小田さんはアクがあるようでなく、ないようであるのです。いや、アクは十分あるのですが、それは油絵のではなく、水彩画のアクなのです」


言い得て妙だと思いました。


80年代前半、4人になったオフコースの武道館コンサートを聴きに行った時には、大音響のロックバンドのようで、ちょっと引いてしまいましたが、その後の解散を経てひとり(ソロ)になり、改めて小田和正さんの作品(歌声・歌詞・曲)が心に響いてきました。


当時、小田さんと鈴木さんは、武道館では大きな音を出さないといけないので、演奏の仕方を大きな音に変えなくてはならず、武道館でやることに反対でしたが、他の3人のメンバーとスタッフが乗り気だったそうです。


オフコース時代の「秋の気配」や「眠れぬ夜」などの名曲からはじまり、

Yes-No」の前奏から出だしの言葉「今なんていったの」に入るところで、半音転調するところや、

I Love You」の間奏で、ビートルズメンバーだったジョン・レノンが、銃により殺害されたという訃報を伝える英語のラジオニュースが流れるところ、

サビの「 I Love You 」の歌詞を繰り返すバックコーラスでの転調、

YES–YES−YES」の間奏で、往来での車のクラクションの効果音が入るところなど、

オフコースと小田さんの数々の楽曲は、いくつになっても心の琴線に触れ、心地よいメロディや心に沁み入る歌詞、青く広い空の下で風のように流れていく歌声は気持ちを昂揚させてくれます。


印象に残ったフレーズ

【小田和正さんのことば】

「あの日、あの時、あの場所」に戻れるとしたら、それはどんなシーンですか?という質問に対して「いや、それはもう、戻らなくていい。もう戻りたいとは思えない。全部楽しかったけど、戻らないでいいんじゃない」


「さぁ、歌詞を書こうと思うと、必ず、とりあえず、空と風が浮かんでくるんだよね」


「空を見て、何を感じているんだろうねぇ。今見ている空が美しいっていうのもあるんだけれど、前にもこういう空を見たんだろうなって思うんだろうね。あの日と同じようだけれど、あの日といまとは違うんだって、そういうことを考えるタイプなんだよ」


「ちょっとした刹那的な、言葉と音が相まって、ふっと垣間見られるものがあるんだな、それを表現したいというのがあったんじゃないかな。風がふわっと吹いて、木の葉がカサカサと揺れた、ああ、揺れた、というような気持ちをどうやったら伝えられるのかという気持ちだったね。そういうのは、とっても伝えたかったよね」


コロナ感染症が明けたと考える時、小田が思い浮かべたのは、やはり「風」だった。

小田にとって、「風」とは何なのだろうか。

「グラウンドで野球をやっていると、風が吹いているんだな、あぁ、また風が吹いているなと。特に外野を守っていると、一人ぽつんとそこにいる感覚になった。そういう時、草の匂いがして、風のゴーッという音が聞こえてくる。そう考えると、ずっと風がついてまわっていたよね。風が動かしているわけではないけど、俺にとって、風が流れているということは、時が流れているということと同義なんだ」


「風を待ってというのは、時の経過を待ってということなんだろうな。やっぱり、風は、時の流れなんだ。時が経つと、去ってしまって戻ってこないものもいっぱいある。やって来たものも以前のものとは違う。風は何かを運んできてくれるけど、移り変わるものでもある。その両面があるから、手放しでは喜べない。このニつは常に同居しているんだ」


風は、時に幸福を運んでくる。しかし時に、幸福な時間を置き去りにして先へ先へと進んでいってしまう。その逆もある。風は、どんな辛いことも哀しいことも、どこかへ運び去っていってくれる。

時は、人生は、常にならず。風のように、やってきて、去っていく。

結局、「風」とは、子供の頃から、ずっと強く抱いてきた「無常感」を体現するものなのかもしれない。刻々と変わっていく、その一瞬一瞬を、風は象徴しているのかもしれない。そして「空」とは、そんな自分をずっと見守り続けてきたものなのだろう。


「『雨上がりの空を見ていた』って歌詞に共感できない人は、たぶん、俺の歌は好きではないと思う」



2017年、70歳になった時、ただひと言、「60歳とは全く違う、一番の変化は、もうあとはないなということだな」


【立花隆「二十歳の君へ」より】

60代と70代は全然違うものだということが、自分が実際に70歳になってみてはじめて分かりました。何がそんなに違うのかというと、肉体的には大した変化はありません。変わったのは心理です。自分の死が見えてきたなという思いが急に出てきたのです。70歳の誕生日、60代に別れを告げて70代に入ったまさにその日、とうとう最後の一山を越えたんだなという思いがしました。そして今、目の前には70代という地平が広がっていますが、その向こう側に、自分の80代、90代という未来平面が広がっているかといったら、いません。70代の向こう側は、いつ来るか分からない不定形の死が広がっているだけという感じなのです」


【人生で出会った大きな出来事】

「母親と出会ったこと」

「あ、でも母親から生まれたんだから、それはアプリオリなことだから変だよな」

 母は、大きな存在だった。子供の頃から一貫して「自分の好きなことをやりなさい」と言い続け、暮らしのなかから得た知識や倫理を子供に聞かせるような母親だった。


【小田さんの座右の銘】

「徒然草」第百五十段「能をつかんとする人」の一節

「天性その骨なけれども、道になづまず、濫りにせずして年を送れば、堪能の嗜まざるよりは、終に上手の位にいたり、徳たけ、人に許されて、双びなき名を得ることなり」

生まれつきの才能はなくとも、その道に滞らず努力すれば、天性のものをもっていても努力しない人を抜き去ることができる。品格も備わり、人からも認められ、並ぶ者のない名声を得ることができる。


100年後へのメッセージ】

「こんにちは。ぼくは、100年ほど前に、曲を書いて、歌を歌っていた、小田和正という者です。まず、そんなことはないと思いますが、ぼくの曲を聞いたことがあるという人がいたら、それはとても嬉しいことです。もちろん、いろいろな問題はありましたけれども、ぼくは、この時代を生きて、とても楽しく、幸せでした。さて、ここから100年、時代は大きく変わっていったんだと思います。でも、たとえ、どんなに変わったとしても、きっと空は、ただ青く、こんなふうに、やさしい風が吹いているんだと思います。その風を感じながら、同じ時代を生きる、かけがえのない仲間たちと力を合わせて、この国を、君たちの誇れる国にしていってください。心からそれを願っています」


《「空と風と時と 小田和正の世界」追分日出子 著 文藝春秋刊 より一部引用》