この夏の星を見る 辻村美月 | なほの読書記録

なほの読書記録

I'm really glad to have met you.



2020年、コロナ禍における中高生たちの青春小説。


修学旅行や学校行事、スポーツ大会などが中止になったり、これまでのような日常を送れなくなったり、思い描いていた学生生活も送れなくなったりした中高生たちが、「諦めること」や「我慢すること」などと折り合いをつけながら、自分たちのやれることを模索する。

お互い顔も知らなかった中高生たちが、迷いや葛藤を抱えながら「スターキャッチコンテスト」を通じてつながっていく、星をめぐるストーリー。

中学生、高校生に読んでもらいたいおすすめの本で、天体に興味のある方には、なおおすすめの一冊です。


茨城、東京・渋谷、長崎・五島列島の、環境も年齢も抱えている悩みや鬱屈も異なる3人の中高生は、やがて茨城県立砂浦第三高校天文部が毎年夏の合宿で行っている「スターキャッチコンテスト」を通して出会い、オンライン会議を駆使してつながり、思い出をつくっていく。

「スターキャッチコンテスト」とは、制限時間内に自作の天体望遠鏡で夜空から特定の星✨をどれだけ多く見つけられたか(キャッチできたか)、その速さと数を競うもので、三つのチームの中高生が挑んでいく。

①渋谷区立ひばり森中学校理科部 1年安藤真宙(渋谷チーム)
②茨城県立砂浦第三高校天文部 2年溪本亜紗(茨城チーム)
③長崎県立泉水高校吹奏楽部 3年佐々野円華、五島天文台(五島チーム)

見つけた天体は難易度によって点数が異なる。
難易度1:月 1点
難易度2:一等星、金星、火星、木星、土星 2点
難易度3:2〜4等星 3点
難易度4:ファインダーで見える星団・星雲 5点
難易度5:天王星、海王星、ファインダーで見づらい星団・星雲 10点


【余話】​
「スターキャッチコンテスト」は実在する大会で、茨城県立土浦第三高校の岡村典夫先生が茨城県内高校地学の教員仲間と共に立ち上げた茨城県高等学校文化連盟自然科学部の2015年の合同冬合宿で企画され、始まった競技会だそうです。


2010年に放映されたテレビ朝日の番組『ナニコレ珍百景』で、茨城県立水戸第二高等学校の地学部顧問の岡村典夫先生のもと、部員が自分たちで巨大な空気望遠鏡を組み立てて屋上で星を観測していることが紹介されました。


この空気望遠鏡とは、17世紀に作られた望遠鏡で、天文学者カッシーニは土星の輪の隙間をこの望遠鏡で発見したとされるそうです。


また、水戸二高地学部では空気望遠鏡以外にもニュートン式望遠鏡、ニュートン式反射望遠鏡など様々な望遠鏡を製作し、それらを使って校内で天体観測会を開き、一般の方々に十分に研究成果を還元していました。


2008年に県立水戸養護学校から水戸ニ高に進行性の脊髄性筋萎縮症の生徒が入学してきました。岡村先生はこの生徒に出会い、健常者しか考えていなかった自分が恥ずかしくなった。

生徒に「星を見てみたいか」と聞いたところ「是非見たい」と答えたので、地学部の部員と一緒に彼女の卒業までに天体観測ができるように校内にある工作器具で接眼部の高さが変わらないナスミス型望遠鏡を製作したそうです。


【余話:生徒の感想より】

車いすに座ったまま見ることの出来る望遠鏡を、皆さんが作ってくださり、とても驚き、嬉しくなりました。

初めて月のクレーターをはっきりと見ることが出来、そのきれいさに感動しました。 車いすの人は、私も含めて、夜に外に出るのも大変で、使える望遠鏡も無いため、星を見る機会はほと んどないと思います。みなさんが作ってくださったような望遠鏡があれば、さらに多くの人が星に興味をもてるのではないかと思います。私が見せていただいた、きれいな星をいろいろな人が見られるようになる と嬉しいです。

みなさん、ありがとうございました!

【「可搬式 40cm ナスミス式望遠鏡の製作」岡村 典夫(茨城県立土浦第三高等学校)、並木 伸爾(日本原子力研究開発機構)  より引用】
 


作中では亜紗たちは自作の望遠鏡作りに挑み、17世紀後半に発明された筒のない「空気望遠鏡」、高さを変えずに横から覗き込むことができる「ナスミス式望遠鏡」など様々な望遠鏡が登場していました。


終盤、亜紗が所属する天文部の顧問・綿引先生が口にする。「子どもだって大人だって、この一年は一度しかない。きちんと、そこに時間も経験もありました」という言葉が印象に残りました。
また、コロナに思いを馳せ「コロナの年じゃなかったら、私たちはこんなふうにきっと会えなかったから。どっちがいいとか悪いとか、わからないね。悪いことばかりじゃなかったと思う」「コロナがなければ」と「コロナがあったから」と、気持ちを吐露する場面がありました。

コロナ禍でなければ出会えなかった仲間がいて、切り開けなかった未来もある。
コロナ禍で失われた年月ではなく、確かな今を大切に、離れた場所でそれぞれが星を見上げて未来に向かって前進していく亜紗たちの
若さ溢れるバイタリティと仲間たちとのつながりが強い絆で結ばれていく展開に、作者の中高生へのエールを感じられました。

他者との違いを認め合い、互いに歩み寄ることの大切さを実感でき、自分の心の中に新星を発見できたような、様々な景色を見ることができる青春小説でした。