韓国の芸能界に生きる二人の男たちを軸にした、K-POPや韓国エンタメの華やかさの裏側にある搾取や孤独、転落と再起の物語。
【あらすじ】
主人公のパク・テミン(韓国人)は裕福な家庭で育ち、アメリカのハイスクールに留学していた。
17歳の時に、スーパーマーケット「TARGET」で、貧しい家庭で育った3歳年下のニック・ナダンと出会う。
ナダンは卓越した歌と踊りで、コンテストに出て優勝していた。
テミンとナダンは共にヴァージニア州・アナンデールで過ごすが、その後、2人は袂を分かち別々の道を歩んでいく。
ナダンは世界を股にかけるK-POPグループ「熱情隊」の一員となり、瞬く間に韓国のトップスター昇りつめ、人気を博するようになる。
テミンは自分が進むべき道を模索するが、なかなか見つけることができず、前へ進むことができなかった。
しかし、33歳となったテミンは俳優としての遅咲きデビューを果たし、40歳にして不動の地位を得るに至った。
そんなテミンが、性的暴行容疑、兵役中の不祥事、被害女性に敗訴、借金、大麻、そして嘘などが原因で、アイドルとして人気の絶頂から凋落していった「終わった男」ことナダンについて回想し、語っていく。
驚くべき速さで成功を収めたナダンが、なぜあっという間に挫折し転落してしまったのか......。
【感想】
桐野夏生さんは、元「東方神起」のユチョン推しを公言されているので、ナダンと重なる部分があるように思いました。
タイトルの『眠れぬおまえに遠くの夜を』というのは、14歳のナダンが作った曲のタイトルでした。
世界中のどこの国においても、芸能界における煌びやかなアイドルという存在はその名のとおり「偶像」を演じている人たちで、ありのままの自分や素の自分、飾らない自分といった「実像」とは違うということ、アイドルには「賞味期限」や「消費期限」があるということが伝わってきました。
実のところ、ナダンはどんな気持ちだったのか?
本書は終始テミンの視点から語られていくので、ナダンの視点から描かれた物語も読んでみたいと思いました。
【印象に残ったフレーズ】
ナダンはインタビューでこう答えていた。
「僕はもう、どこかの国に行って、平凡に暮らしたいと思うことがあります。奥さんがいて、子供がいて、子供たちを幼稚園に送ったり、奥さんとスーパーに買い物に行ったり、そんな平々凡々な生活をしてみたい気があるんです。でも、そんなところがあるのかな」
「でも、そんなところがあるのかな」というナダンの言葉に対して、僕はこう言うだろう。「そんな国はないよ、ナダン。こういう仕事をしている以上、そんな場所はどとにもない」と。
僕らはいったい何をしているのだろうか。
本当にこれでいいのだろうか。
しかし、僕はプライバシーをすべて棄てても、そう、魂を悪魔に売ってでも、役者として一流になりたいのだった。一流の役者になることは、誰よりも「人気」が欲しい、ということに他ならない。(P195)
俳優の僕だって、消費される側にいる。人気は単に僕に商品価値があると思って「買う」人間がいるからだし、人気が落ちれば、商品としての僕が興味を持たれなくなったということなのだ。
「僕らって、結局は商品に過ぎないんだなってことだよ」(P207〜208)
つまり、欲は無限で、どこまでいっても満足することがないのだった。ラブコメしか仕事がこないと嘆いていたチェ・ゴヌの悩みが、売れない僕には贅沢に思えたが、今になってみるとよくわかる。そして、「要らないものは『人気』」と答えたナダンの傲慢も少しは理解できる。過度な人気は鬱陶しいし、プライバシーが奪われ続けると、さすがに嫌気も差す。人気が、僕の俳優としての実力のバロメーターではないはずなのに、いつの間にかすり替わっているような気がしてしまう。
僕の望みはささやかだ。僕を好きになってくれた人には、いつまでもファンでいてほしいから、惜しみない努力をする。(P215)
《『眠れぬおまえに遠くの夜を』桐野夏生 著 文藝春秋 刊より一部抜粋》
