神の羊アグネスのブログ

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P114

AV.DEL PARALLEL


タクシーに乗って通りかかる時、偶然遠くにグラフィティでいっぱいの壁を見た。

MACBAの前はヨーロッパ全域から集まってくるボーダーたちの聖地として有名だということは聞いて知っていたが、

ここにも結構多くの人がスケボーや自転車に乗っていた。

たまにはお互いに動画を撮ってあげたりもしていて、

結構、まじめな表情で同じ動きをしている人も見える。

MACBAの前が多様な雰囲気の人々が作り出す活気溢れて、浮いてる感じなら、

ここはなにか、時々、若干の静的まで感じれるまじめな雰囲気が出ていた。

本当の実力派が人が多くなりすぎたMACBAの前を避けて

ここに来たのではないかな?

この街を「パラルレル」と言う。


P119

まだ子供だからなのかな。僕の心臓をわくわくさせるのは

ピカソの絵よりはジャン=ミシェル・バスキアのグラフィティだ。

ピカソが高くて遠いところの芸術家なら、

バスキアはまさに僕の中に存在する見慣れたカオだから。

何年か前、バスキアの作品を見た時、

まるでその作品たちが自分に話をかけるようだった。

爆発しそうに重苦しかった胸がバスキアの前で崩れる感じ?

彼も僕と似ていたようだ。彼も僕みたいに自分の中に火を抱いていたようだ。。。

たまには彼らのように自分も絵を描く。

まだ誰かに見せるくらいではないんだけど

自分の心を表現したゆえ恥ずかしくない絵。

ロンドンでもニニューヨークでもそしてここ、バルセロナでも、

僕の心を引く一番強烈な芸術はこういう、

壁いっぱい声をかけるようなグラフィティだった。

バルセロナのゴシック地区を歩きながら偶然発見したこの一面の壁。

誰かはこの壁に絵を描いて、

僕はこの絵を読んで、感じていた。





誤訳又は意訳があります。

文法や表現がおかしいところがあると思います。

そんなところがあれば教えてください。

勉強になります^^


もう一回書くとキボムの1ユニットが終わります。

頑張ります!

P110~112

FREEDOM グラフィティ、これは落書きではない。


ここでは道に迷い、漂ってる時間が凄く好きだった。

目的地を決めておいたときは見られなくて

届かなかったところに着いた時、

あそこの壁の隅には興味を持ってこそ見つけられる誰かの跡があり、

誰もが楽に発見できない特別なテーマを持った角の店がいた。

おまけに僕が好きなアイテムでいっぱいの店が。

ヨーロッパの都市は長い歴史ほど

傲慢に原型を維持しているところが多いため

思ったより都市の規模は小さいほうだ。

本気で歩けば都心の端から端までそれほど長く掛からない。

それで三日くらい旅行すれば特別に見るべきところは全部見れる。

バルセロナもやはりそうだった。

ヨーロッパのいくつかの都市を旅行しながら僕なりに体得したノーハウ一つ!

旅行期間中一日くらいは地図を広げて真ん中あたり、

違ったら心が引かれる場所を選んで無鉄砲にそっちに行く。

一応選んだスポットに到着したら地図はバックに入れて

それから見えるなり、引かれるなり歩いてみる。

あることはその時、はじめて見えた。

自分なりの方法だが、結構いい旅行方だと思うようになったのも

こういう結果のおかげだ。

ランブラス街でMACBAに行く時にはあることさえ知らずに

通り過ぎた小さい店が、

ピカソ美術館からカテドラルに歩く時は

全部同じのように見えた建物の間から不思議な空間が見えた。

そしてそれらは時々、皆が指を折る歴史的な遺跡や

最新トレンドのショップよりもっと輝いていた。

僕はこんな理由でこういうのに興味を止めない。

全てのものが自分の色を表すのはホントに魅力的なことだから。

これで僕は一瞬も休まずに自分を表現し、

少しでも誰と似ているとか、誰かのようなことではなく本当にキらしいこと、キならではのこと、

完全な自分、キを作りたい。

バルセロナは自分の中の自分に会えたようで気持ちよかった町!




誤訳又は意訳があります。

文法や表現がおかしいところがあると思います。

そんなところがあれば教えてください。

勉強になります^^

長くそして早くアップできなくてすみませんTT

P108~109


GRAFFITI 街の全体が僕のための遊び場


なぜか新しい物がいやだ。

工場で今出たようなホカホカできちんとしている新品より僕は少し古めかしい物が好きだ。

古めかしい物には他のとは違うそれだけの特別さがあり、過ごしてきた時間を抱いたストーリがある。

特別さとストーリがある物に僕は引かれる。

生命力がない物は何か寂しい。

だから人という存在はとても魅力的だ。

それぞれ自分を表現する方法が違うだけで、誰もが自分だけの固有の色を持っているから。

ところがその中でも僕は取り分け視覚的な物に魅惑される。

これはいつも‘自分’らしいこと、‘キ’らしいことを作っていく僕が、

自分を表現する方法とも連関しているはずだ。

幼いごろ、なりたかった物の一つが画家だった。

歌を歌うのが人生の中で必ず成し遂げたい一つの夢だとすると、

僕の内面、僕の考えと心をその瞬間に視覚的に表現するのは

まるで息をすることのように当然な日常の一つだと考えた。

いや、実は考える必要もなかったようだ、それはもう日常の一部だったから。

今も合間さえあれば紙に何かをかいている。

それで初めて外国に出てグラフィティを見た時はその前でしばらくの間ぼっと眺めてた。

枠にとられてなくて多様な表情で自分を表現する人たち、

その人たちに妙な同質感を感じたからだ。

あの人たちも私も一緒の人たちだろうな?内面で絶え間なくなにかが沸騰して、

それを表現したい欲望を視覚的に噴出する。


どうにもそのバックには都市ところどころに染みている

自由があるようだ。

バルセロナの人たちは自分を見せて、表現することにけちじゃなかった。

美術館の前でボードに乗っていた人たち、

海辺でもそれぞれの姿で日光浴を楽しむ人たち、

音楽が出たらリズムに合わせて踊る人まで

町の全体が彼らには遊び場のように見えた。

その中で僕の視線を取り分け引いたのはどこにでも見られなかった

独特なデザインのアイテムを売る小さい店。

そこには最近道に溢れるありふれているチェーン店の製品ではなく

扉を開くたびに予測できなかった、

そこだけの色が強い個性ある物が自分だけの世界を見せていた。

そしてそういう店は主人とも妙に似ている。

店主もあそこ、扉の裏の世界の主人公みたいに

特色あるあそこと凄くよく似合う人たちだった。

彼らは直接作ったり、どこかで手配したりした

あそこだけで見られるコレクションで

自分だけの色を思い切り見せていた。

1ユーロのアクセサリーからめがね、仮面、

コーヒー豆の袋で作ったかばんまで。。。

少し歩いたらすぐ僕を止まらせる、視線を引く物がすごく多いです!





あまりにも面倒がりやで申し訳ないですTT

翻訳は本人がしました。ところどころ誤訳があるかも。。。

おかしい部分があったら教えてください。