冬の曇り空を見ると、「フランスみたいね。」と言うのが私たちの合言葉になっている。夫の出身地は、とりわけ冬には、どんよりした雲に覆われるのだ。

 

夫を見ていると、気候が人間を作るんだなと思う。厭世的で悲観的。同じようで微妙に違う。どちらにしろ陰陽の「陰」だ。そんな夫といつも通り日曜日の買い出しに行った。

 

スーパーのカートを押している表情がいつになく明るいことに気付いた。理由を聞くと、「今日の午後、二人で映画に行くからに決まってるやん。」と抑揚のある仏語で言われた。

 

そんなことで気分が上がるのかと不思議そうに相手の顔を眺めていると、「出会って25年にもなるのに、そんなことも知らんかったん?」と、今度はツッコミ調の仏語で言われた。

 

少し言葉を探してから「単細胞だから」と日本語で得意げに言った夫はどう考えても ≪ compliqué ≫(ややこしい)。単純なことさえ複雑にするのがフランス人では?

そんな会話をしながら買い物を終え、それぞれの自転車のかごに買い物袋を入れて、帰宅。トイレの中で思い出した。そういえば、私たちが出会ったのは映画館だったのだ。

 

いつも通りに私が地下鉄の時刻を調べ、家を出る時間を決め、下車してから目的地までの行き方は夫に任せる。着いてみると、別館だったからか、こじんまりした映画館だった。

 

私が予め取っておいた端っこの指定席に腰を下ろす。昔の映画館は自由席だったのを思い出した。夫の地元にあった映画館、Apollo。1本、10フラン(約200円)が売りだった。

 

前週、先生とクラスメイトと映画を鑑賞。その時と同じ場所に座ろうとすると、小さい男の子がいた。静かに鑑賞できそうな席に移動し、腰を下ろした隣の席にいたのが夫だった。

 

外国の映画館で、ふいに「ニホンノ カタ デスカ?」と片言の日本語が聞こえてきた時の驚きと嬉しさと言ったら。1998年の懐かしい話。

 

2024年に戻り、124分の上映時間中、夫は珍しくはしゃいだ。監督のWim Wendersが客として映っていたと、周りに聞こえるように日本語で。ごめん、全く気付かなかった。

 

かと思えば、2回すすり泣き。後で聞いたら3回だった。それを私がしらっと眺めるのもいつも通りだ。そして、最後の曲は口ずさんでいた。どこからどう見ても厄介だ。

 

それにしても、外国人監督が描く日本や日本人は興味深い。特に私は仕事で外国人と接することが多いから。在日23年の夫は、来日したばかりの頃の観察眼を取り戻したらしい。


と、まあ、夫を観察した1日であった。PERFECT DAYSならぬPERFECT DAYだったようだ。完璧な一日は何でもない日常の中にあると思う。そんなことを思った一日だった。

 

去年から考え始め、ブログに少しずつ記している ≪ sobriété ≫(簡素、節度、節制、地味、簡潔)に通じる映画でもあると思う。明日からも小さなことに喜びを見つけよう。

 

ところで、この映画は先週か先々週かラジオ番組で紹介されていて知った。4年前、同じ流れで見た映画でも夫は泣いていた。そう、私は夫泣かせの妻。

 

↓明日は我が身と思わせる映画、Sorry We Missed You

 

「1年の終わりに」ではなく「1日の終わりに」、Lou ReedのCDを選択。映画のタイトル、PERFECT DAYS は彼の曲、Perfect Dayから付けられたようだ。

リビングで、くつろいでいるところ。フランス人なのに服にはなぜかドイツ国旗が付いている。理由は、監督のWim Wendersがドイツ人だから。やっぱり単純ということか。