20年前、留学時代に経験した数々のカルチャーショック。

 

長い年月を経て、男性にドアを開けてもらうのも、頰と頰を合わせる挨拶を交わすのも、恥じらいはあるものの、笑顔で対応できるようになりました。

 

未だに、ドギマギしてしまうのが、clin d'œil(ウィンク)。これは、フランスに限った仕草ではありませんが、日本では滅多にお目にかかれない習慣でしょう。

 

仕事でフランス語を使うことに躍起になっていた20代。日本企業をフランスに誘致する政府機関で働いていたことがあります。

 

 

上司は、30歳のフランス人女性。26歳の私は、彼女の秘書でした。広いオフィスに2人っきり。
 
やり手の上司のもとで働くというのは、なかなか大変なもの。それがフランス人女性となると、なおさらです。
 

私の仕事の一つは、新聞から日本企業の動向に関する記事を探し、それをフランス語に要約すること。

 

例えば「〇〇会社が、ドイツに進出」という記事を見せると、上司が

 

Shizuko, tu prends un rendez-vous avec cette société !

Shizuko、その会社とアポ取って!

 

と来るわけです。

 

「ドイツに進出したばかりなのにフランスに誘致しようとするのか」と思いながら、受話器を握る日々。

 

下町の町工場から名だたる企業までコンタクトしたのは相当の数に上ります。アポ取りは、緊張の反面、楽しい仕事でした。

 

(出典 : https://ja.wikipedia.org/wiki/エッフェル塔

 

当時、不景気でしたが、もしくは、不景気だったからこそ、「フランス」と言うだけで耳を貸してくれたものです。

 

「フランスが御社に興味を持っている」となると、大概の企業は訪問のために時間を割いてくれました。恐るべき「おフランス」力。

 

企業訪問にも通訳として同行するのですが、1年間、留学した程度で務まるわけがありません。頭が真っ白になり、沈黙で何度、場を凍らせたことか。

 

フランス人上司の口癖は

 

私がオロオロしていると

 

Tu n'es pas une machine ! Prends des initiatives !

機械じゃないんだから、自発的に動いて!

 

私が意見しようものなら

 

C'est moi qui suis la chef de ce bureau !

このオフィスのボスは私よ !

 

機嫌が悪い朝は、挨拶すら返してくれず。小顔に不釣り合いなほどの大きな目でギロリと睨まれる。思い出すだけでも恐ろしい(笑)

 

そんな彼女が、外出する前によく投げ掛けたのが、ウィンク。

 

不思議なことに、笑顔でウィンクされると、どんなに腸が煮えくり返っていても許してしまうのでした。

 

マクロン大統領もよくウィンクしますね。フランス人にしては、決して大きな目ではありませんが。

 

その後、勤めた会社のフランス人社長、夫の叔父さん、友人たち。

 

ウィンクする人は、ギョロ目ぞろいです。自分の持ち味を知っているようですね。

 

でも、彼女のウィンクは格別でした。その目の大きさ、普段の態度とのギャップにおいて。

 

さて、フランス語での二次面接を突破して手に入れた、この仕事。バカンスから戻って来ると、いつになく深刻な面持ちのギョロ目が待っていました。

 

死刑宣告のような重い口調で、契約更新しないことを告げられ、あえなく1年あまりで終了することになったのでした。

 

長いバカンスは、要注意でもあるのです。その晩は放心状態。預けていたクリーニングを取りに行くため、残暑の中、無我夢中で自転車を漕いだのをよく覚えています。

 

苦い思い出ですが、若さの勢いで雇ってもらえたようなもの。毎晩、仕事を持ち帰ったり、土曜には通訳学校に通ったり、必死でした。

 

そのおかげで、大阪というフランスに縁遠い地で、その後もフランス語を使って働く機会に恵まれたと思っています。

 

ビジネスフランス語の本を片手に勉強。留学時代よりハードだったかも。

 

明日は、当時の同僚に会いに行きます。同じ職場で長年、働き続けるのは、私にとって神業です。仕事の能力はもちろんのこと、人間力も問われますからね。