「ぼくが外来でフォローしている、中小企業の社長さんだ。何か怒られるのかと緊張していると、「先生、この病院はいい病院だなあ」と切り出した。「今までほかの病院で大腸ファイバーの検査をしたけど、パンツをはかせてくれたのは初めてだ。パンツはいいなあ、すごい発想だ」

 ぼくは突然ほめられて面食らった。
「それに大腸検査の途中で、おなかに空気を入れられて痛がっていると、看護婦さんが背中をさすってくれた。あまりの痛さに怒鳴って止めようかと思っていたところに、僕の大好きなな北島三郎の曲が流れてきたんだ。なーんでこの看護婦さんは僕の好きな曲を知っているのかと思いながら、曲を聞いているうちに痛みを忘れ、無事に検査が終わった。すごい病院だ」
 さっそく内視鏡の看護婦さんを呼び、「彼がほめてくれたよ。患者さんの好きな曲をどうして知っていたの」と聞いた。
 看護婦は口をぽかんと開けて、不思議そうな顔をした。「大腸ファイバーがS字結腸のところでなかなか越えられないので、ドクターをリラックスさせようと思ってやったんです。音楽が好きなので、音楽を流せば気持ちが落ち着かれるかと思って、ラジオをひねったんです。だけど北島三郎の曲が流れてきたのでしまったと思って、ドクターはクラッシックが好きで、演歌が嫌いなのを知ってましたから。でも患者さんがあまりにもうれしそうな顔をなさったので、消さなかったんです。」
 その頃、内視鏡の看護婦さんたちは紙パンツを買ってきて、後ろをハサミで穴を開け、その紙パンツを患者さんたちにはいてもらっていた。ドクターたちはガンを見落とさないように、ファイバーの先端に神経を集中させ、がんを見つけるためには、患者さんの下半身が丸出しになっていても当たり前と思い込んでいた。お尻からファイバーが入る穴が開いていればパンツをはいていてもいいというのは、医師には思いつかない看護の視点だと思った。前が隠れているだけで、男性も女性も大変安心をしてくれた。




高齢者介護や病院では、わたしたちの日常の当たり前が守られていないことが多々ありますよね。僕が高齢者介護の世界に入り、入浴介助に携わっていると、女性のご入居者様が
「あなたなに覗いているのよ」
というすごい剣幕で怒って言ってきました。そのご入居者様とは後々には親しくなるのですが、異性と同じお風呂に入るなんて普段の生活ではあり得ないですよね。
 この文章のように下着をつける、好きな音楽を流してリラックスしていただく。「下着をつける」なんていうのは「人として当たり前」のことを患者さん、ご入居者様、ということで忘れがちになりがちなこともあると思います。僕が高齢者介護の仕事をして意識しているのは
「もし自分の両親が同じことをされたらどう感じるか」
ということです。「一人の人として」として、「人生の大先輩として」気持ちよく生活をしていただくために、どうしたら喜んでいただけるかを考えて仕事をしたいと思います