翌朝、社内の小さなミーティングルームに、ソラとリクとキールが呼び出された。呼び出したのはソラとリクの父で、AEGISの傭兵部門を預かる男、カイであった。
「朝っぱらから招集かけちまって悪いな。早速だが緊急の仕事が入った。少数精鋭で迅速に作戦を遂行するという観点から、今回はお前たち三名のみが実働部隊として動いてもらう」
 三人は寝不足の気色も見せず、カイの話に耳を傾けた。
「クライアントは投資家のロジャー・チャン。シャイーハ王国ケマット山にて消息を絶った、彼の娘と遺跡調査団を救出してもらう。四日前に何者かに襲撃されたとの通信を最後に消息を絶っている。その後クライアントの関係者がヘリで捜索に当たったが、これも行方がわかっていない。この時点で情報分析室と俺のカンは一致している。目標は武装組織に誘拐された。ってね」
「傭兵長」
 手を上げたのはキールだった。
「なんだキール?」
「実働は三名のみとおっしゃいましたが、敵戦力が不明なのにこんな少数で突っ込むんですか?」
「怖気づいたか坊主?今すぐ隊長職をソラに譲って引退すっか?」
 軽い言葉とは裏腹に、カイの目は冷たく光った。
「いえ、そういうわけじゃ…」
「まぁ部下の命預かるお前の不安もわかる。だが言った様に、実働が三名だが支援は用意しておく。シャイーハの軍部に飲み仲間がいてな、昔話を披露したら青い顔をして支援を約束してくれた」
 ソラとリクが困った顔をして苦笑した。
「作戦の内容はこうだ。目的地のケマット山は、標高3200mというドでかいテーブルマウンテンだ。加えて敵は携行の地対空砲を装備している恐れがある」
「山登りするの!?」
 リクが声を上げた。
「いや、そんな時間は無い。もっと手早く行く。夜間のHALO降下だ」
「げええぇ!?」
 その言葉を聞いて、キールは珍妙な悲鳴を上げた。
「どうしたんです隊長?」
「ああ、隊長はこういうの苦手だったっけ」
 ソラの突っ込みに、キールは顔を青くして答えた。
「た、ただの降下じゃねーぞヲイ!?HALOだぞHALO!?」
 益々青くなるキールの恐怖心を煽るように、カイはホワイトボードに図を書いて説明した。
「高高度降下低高度開傘(HALO)。肉眼の可視範囲や地対空火器の射程外から降下して、可能な限り低高度でパラシュートを開く降下方式だ。高度が高いから一般的な降下より危険と思われがちだが、自由落下は一定速度以上にスピードが上がらねぇから、危険度は大差ない。通常は高度10000m前後から降下するが、今回はテーブルマウンテンの上が目標だから、さらにその上を飛ばないとな」
 キールはもはや言葉も発しなかった。カイは続ける。
「リクはまだ降下訓練を受けてねぇから、ソラとダンデム(二人一緒に降下する方法)で降りてもらう」
「ずりぃなリク!オレと代われ!」
「ぼっぼくだって初めてのスカイダイビングなんですから!」
「よしな二人とも。父さん続けて」
「あーそうする。まずお前たちはこの後空港へ向かい、うちの特別便でシャイーハ国際空港へ向かってもらう。現地に着いたらシャイーハ軍の輸送機、クロムストークに乗り換えて現地へ飛んでもらう。なお現地到着後の指揮はキール、お前がやれ」
「ええっ!?だ、だってベースに誰か…」
「軍の支援は輸送機だけだ。そこから先は自力で進め。そして目標を救出後、速やかに脱出するように。報告や支援要請は俺が通信で受け付けるが、支援の準備はしない。単独任務と考えろ」
「…了解」
 キールは力なく答えた。

 一週間前のことである。彼らの所属するPMC「AEGIS」に、奇妙な依頼人が現れた。
 何が奇妙かといえば、依頼人が直接本社を訪れることが奇妙だった。通常PMCの依頼は、電話やメールでコンタクトを取りたいという旨の連絡を入れるのが普通だった。しかし今回は何の前触れも無く、依頼人自らが本社へやってきたのだ。
 他にもある。その依頼人がやたら仰々しい高級車で乗りつけてきたり、それほどのお大尽が、運転手以外誰も伴わずやってきたことも、かなり奇妙だった。
 受付や渉外の人間もかなり面を喰らったが、結局社長自ら応対に出ることになった。


「娘を…リリィを助けてほしい」
 応接室で社長と向かい合った男は、開口一番そう言った。
「まぁ、どうか落ち着いてください。まずはあなたのことをお聞かせいただきます?」
 AEGIS社長、アテナ・モスコ・ミュールはゆったりとした口調で答える。相手は相当切羽詰っているらしい。
 男は60歳前後。恰幅がよく人相もいい。いわゆる商才ある顔だった。
「あぁ、これは失礼。私はロジャー・チャンと申します。投資で幾許かの資産を得て暮らしております」
「まぁ、これは存じませんで。大変失礼をいたしました。それで、ご依頼と申しますのは?」
「実は、リリィが行方不明なのです。どうか貴女方の御力添えを…」
「失礼ですが、順を追ってご説明願えますか?大切なことですの」
「あぁ…いやはや、こういう仕事を依頼するのは初めてなもので…」
 ロジャーは差し出されたアイスコーヒーを一口飲んだ。ようやく少し落ち着いたらしい。
「娘のリリィは、今年で二十歳になります。少し遅く授かった子でして、親の私が言うのもなんですが、それはそれはかわいらしい娘でして…」
 娘を語る父親は、皆同じような顔をする。この男も例外ではないようだ。
「ですがリリィは、快活で好奇心が強く、大人も手を焼くほどのお転婆でして、私も幾度か軽傷を…ああいえ、絆創膏で済む程度だったのですが、いや御恥ずかしい」
「それで、その娘さんは?」
 自慢話が長くなりそうなので、アテナはにこやかに話を誘導した。
「半年ほど前のことです。シャイーハ王国領内にある秘境、ケマット山にあると言われる遺跡の調査に資金協力してほしいと、ある大学の研究チームから頼まれました。私はそういう話に目が無く、喜んで引き受けました。するとリリィが、私もその調査団についていくと言い出したのです」
「まぁ大変」
「えぇもう驚きました。私はもちろん猛反対したのですが…いやはや、男親というのは弱いものですな」
「許可してしまったのですね?」
「絶対調査団に迷惑はかけないという約束をさせました。そして先月出発したのですが…つい三日前、キャンプが何者かに襲撃されたという一報を最後に、調査団との連絡が途絶えてしまいました」
「でしたら、私たちではなく現地警察に要請すれば…」
 ロジャーは悲しそうな顔で答える。
「シャイーハの情勢はご存知でしょう?度重なる王位交代と市民デモで、国力は疲弊の一途を辿るばかり。軍も警察も、ジャングルの奥地まで人を裂く余裕も気力もありません。袖の下を渡したところで、見つかるかどうかも怪しいと…」
「それで私たちに?」
「そうです。国家を超えて活動でき、高度に訓練されたPMCなら、きっと見つけられると。それに…」
 一気に顔色が曇った。
「…どう、なさいまして?」
「連絡が途絶えてすぐ、子会社のヘリに捜索させましたが、すぐに通信が途絶えました。恐らく…」
「撃墜…」
「はい、相手が何者かはわかりませんが、恐らく素人やチンピラの所業ではありません。それ故プロの傭兵にお願いしようと決めたのです。金はいくらでも払います!どうか調査隊を…リリィを助けてください!」
 ロジャーはテーブルに額がつくほど頭を下げた。アテナはやや間を置いて答える。
「頭をお上げくださいMr.ロジャー。明日の夕方にでも、またお越しいただけますか?」
「それは…」
「あなた様のお話しを疑うわけではありませんが、私共も命をお貸し致しますゆえ、事前調査が必要ですの。すぐに取り掛からせますので、今日のところは…」

 窓の外は、見渡す限りの闇夜だった。
 彼らを乗せた輸送機は、目的地上空へ向けて順調なフライトをしていた。が、約2名が座席に縮こまって真っ青な顔をしていた。
「リク、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ、じゃない、かも」
 ソラの言葉に必死に答えるリク。その隣でキールも同様に青い顔をしている。
「お、お前はまだましだリク。ソラと二人じゃねえか。俺なんか一人でやらなきゃならねえんだぞ?」
 気のせいだろうか、隊長たるキールがべそをかいているように見えた。
「二人とも緊張しすぎだ」
「「だってぇぇぇぇ」」
 リクとキールが声をそろえた。ソラはため息をついた。
 スピーカーががなり立てる。
『こちら操縦席。ぼちぼち到着だ。準備しろ』
「了解。さ、行くぞ」
 ソラに促され、二人は渋々立ちあがった。三人はハーネスと小型の酸素ボンベを装着し、リクはソラに背中から抱きかかえられるような姿で固定された。
「リクちゃんよ。ボーナス半分あげるからそこかわってくんない?」
「や」
「一文字かよ。はああぁぁぁ」
「隊長、腹を決めて」
「わーったよソラ。死んだら墓に花手向けてくれよ?」
「誰も死なない」
 そう言ってソラはゴーグルをかけた。
『ハッチ開けるぞ!』
 言うが早いが、機内の照明が真っ赤に変わり、三人の目の前で輸送機のハッチが唸りをあげて開いた。暴れるような風が吹き込み、眼下には目隠しをしたような闇が広がっている。
 キールは傍らにあるスーツケースのようなバッグを投げ下ろした。
「隊長、先に行く。行くぞリク」
「ぅぅううう」
 ソラとリクはハッチから飛び出し、黒い海へダイブした。
「あーもうしゃーねぇなぁ畜生!飛べばいいんだろ飛べばよぉ!」
 キールは目を閉じ、手を広げて体を前に倒した。
「おっかああああさあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 キールは瞬く間に、豆粒のようになって落ちていった。