リクの見立て通り、テントの中には、見張りが二人しかいなかった。うち一人は回収したコンテナをこじ開けようとしている。だが電子ロックが相手では無駄なことだった。

  パキッ ガササ…

 テントの裏で物音がした。見張りの一人が顎で「行け」と合図する。言われた男が銃を構えなおし、テントを出た。裏手に回ると、そこには誰もいない。次の瞬間、世界がひっくり返るような感覚と首に起きた激痛を最後に、男の視界は暗転した。
 もう一人の男も物音に気づき、テントを出て裏に回る。するとそこには仲間の男が、首をひねられて死んでいた。
 急いで仲間を呼びに行こうと振り返ると、いつの間にかそこには美しい少女が立っていた。思わず立ち止まる男に、少女は挑戦的な笑みを向けた。その顔に見とれた一瞬、背後から現れた手が男の顔を捕え、真後ろに捻った。

「ほんとに楽勝だったなぁ」
「練度が低い。恐らく民兵だ」
「ついた組織が悪かったな。成仏してくれよ」
 ソラとキールは戦果を確認し、テントの中へ入った。
「リク、キールだ。コンテナを回収した。これから先ほどの地点へ戻る」
『了解、僕も戻ります』
 ソラが先を行き、キールがコンテナを抱えて後に続く。ソラは周囲に目をやりながらルートを確保する。と、ソラの足が止まった。
「ど、どうしたソラ?」
 小声でキールが言う。
「隊長、あれ…!」
 ソラが指差した先をキールが目で追う。そこにはゲリラ兵が数名、小柄な女の子を連行していた。
「おいソラ、あの子…」
 よく見ると、髪の毛と思われた部位が大きな耳であることが分かる。犬族の亜人だった。
「あれってもしかして…」
「リリィとかいう、依頼人の娘か。こりゃマジで当たり引いたな。急いで戻るぞ」
「でも、救助は…」
「馬鹿、一回戻って装備を整えるんだ。このまま突っ込めるか」
「あ…す、すまない」
 ソラはまだ18歳。いざというときに視野が狭まったり、経験の浅さが露呈してしまう。それは彼女自身も認めるところだった。

 集合地点には、すでにリクが到着していた。キールがコンテナを開け、中の装備を確認し、各々身支度を整えた。
「ようっし、じゃ早速はじめるぞ」
 キールがサーベルを納めて言う。
「はりきってますね隊長」
「汚名返上せにゃならんからな。といってもリク、お前に一番働いてもらうぞ」
「ほぇ?」
「陽動作戦だ。こちら側で派手にドンパチ鳴らしてくれ。その間に俺とソラが背後から敵を叩く」
「えー危険な目にあうの僕ですかぁ?」
「馬鹿、リスクはみんな同じだ。敵の総数が分からないし、増援を呼ばれる前に叩かにゃならん。なぁに、相手は素人に産毛が生えた程度の民兵組織だ。それに…奥の手もある」
 キールはにやりと笑った。


  ドオォン!!
 地鳴りのような音が轟いた。キャンプのど真ん中で爆発が起きたのだ。寛いでいたゲリラ兵たちは飛び起き、叫びながら武器を取って飛び出した。
 アサルトライフルの音が散発する。射線はおよそ一方に固まっているが、数が多い。ゲリラ兵たちは必死に応戦するが、焦るばかりで効果が薄い。
 その時、彼らの背後で人影が動いた。次の瞬間、ゲリラ兵たちが一人、また一人と倒れていった。ゲリラの一人が異変に気づいたときは、すでにほとんどの兵が倒されていた。
 しかし彼が何より驚いたのは、そこに立っていたあまりにも美しい少女だった。血に染まった長刀を手に、瞬きもせず男を見据えていた。
 まさか、この女がやったのか!?男にはそのことがどうしても信じられなかった。だがその目はまさに、戦場を渡り歩いた獣の目だった。
「ひ、ひいいぃぃ!!」
 男はあまりの恐怖に武器を捨て、這うようにして逃げ出した。が、ジャングルに駆け込んだ瞬間、爆音とともに男の体は宙を舞った。彼ら自身が仕掛けたトラップを、リクが奪ったのだった。

 ソラのPDAは、まっすぐ南南西を指していた。道は比較的平坦であったが、三人は慎重に移動した。夜は深く、装備は何もないまったくの丸腰なのだ。万一肉食獣にでも出会ったら大事だ。
 と、先頭を歩いていたソラが歩みを止めた。
「…!」
「ど、どうしたソラ」
 無線でキールが小声で聞く。
「発信源が移動した」
「え?」
「おそらく誰かに回収されたんだ。少し急ぐ」
 ソラはペースを上げて歩き出した。足場の悪いジャングルを滑らかに掻き分けていく。
 1kmほどすすんだところで、ソラは歩を止めた。姿勢を低くして目を凝らすと、その先に明かりが見えた。
「お姉ちゃん、あれ…車?」
「いや、数が多い。キャンプだろう。おそらくは武装組織の」
「発信機は?」
「…あの中だ」
 バキッ!!
 唐突に背後で鋭い音がした。ソラとリクが振り返ると、キールが傍らの木を殴りつけていた。
「隊長…?」
「…すまん。俺の失態だ」
 絞り出すような言葉だった。ソラは答える。
「仕方ない。事故だ」
「いいや、不得手を克服できなかった俺の甘さだ」
「悔やむのは後でいい。今は解決が先だ。リク、斥候を頼む」
「了解」
 リクは一際姿勢を低くして、キャンプの方へ向かって進んでいった。数メートル離れると、もうソラやキールにも分からないほど周囲に溶け込んでいた。
「…隊長」
「なんだ、ソラ」
「いつまで指揮権を私に預けるつもりだ?」
 キールは目が覚めた。あまりの出来事にそんなことにすら気づかなかった。恐らくソラはキールが立ち直るのに時間がかかると踏んで、自ら隊長役を買って出ていたのだろう。
「すまん。以後俺が指揮を執る」
「ああ」
 ソラが微笑んだ。
『隊長、こちらリク』
「俺だ」
『やっぱりゲリラのキャンプです。みんなチェリブルグ(自動小銃)をぶら下げてます。数は屋外に2。テント内は分かりません』
「コンテナは?」
『隊長から見て10時の方向にある、おっきいテントに運び込まれたのを確認しました。多分テントの中には3名ないしそれ以上います』
「了解、そこで見張っててくれ。さてソラ、どう動く?」
 間をおかずソラが返す。
「同じ考えだ。コンテナの回収を優先する。二人なら気づかれずに回収できる」
「見張りは3人、こっちは丸腰だぞ?」
「大丈夫、屋外の見張りが少ない。恐らく中の人間はすぐ外に出る」
 リクからの無線が入る。
『テントから二人出てきた。一瞬しか見えなかったけど、多分中にいるのは一人か二人です』
「了解。さすがだソラ。武器はどうする」
「素手でいける。バックアップを頼む」
「了解」
 二人は草むらに潜るようにして進み、テントを目指した。

 高度350m付近で、ソラはパラシュートを開いた。長方形の黒いパラシュートが急速にブレーキをかけ、ゆっくりとジャングルへ向けて降下する。
「リク、大丈夫か?」
「ら、らいじょぅふ、かな…」
 はじめての経験に目を回しているようだが、一応意識はある。ソラはあたりを見回して、キールと先に投下した装備の行方を追った。
「……ぁぁぁぁあああああああんぐぇっ!!」
 やや上のほうで奇妙なうめき声がした。見ると、キールがパラシュートを開いたところらしい。
 装備を入れたトランクは、はるか眼下にすでに落下していた。ソラは無線でキールに話しかける。
「隊長、着地したら発信機でトランクを追って。そこで合流しよう」
 キールは答えない。
「隊長?応答しろ、隊長!?」
 無線は何もいわない。キールのほうを見ると、両腕が垂れ下がって見えた。開傘時の衝撃で気を失ったのだろうか。月明かりにぼんやり浮かぶジャングルの天辺に届きそうな高度になっている。少しでも開けた場所を探してフレアー(着地ブレーキ)をかけないと危険だった。
「お姉ちゃん、隊長が…」
「わかってる、でも今はどうしようもない」
 降下中は完全に孤立する。誰も頼ることはできず、またソラ自身も着地姿勢をとらなければならなかった。
 かろうじてテニスコートほどの広さの空き地を見つけ、ソラは軽やかに着地した。すぐにリクと繋がれたハーネスをはずし、マスクを取ってパラシュートをまとめて回収する。
「リク、私はこれを隠す。隊長を呼び出して、返事するまで続けて」
「うん…。隊長!キール隊長!こちらリク、応答してください!隊長!?」
 ソラが手ごろな草むらにパラシュートを隠す間、リクは無線に叫び続けた。だが応答はなかった。
「だめだよお姉ちゃん。スイッチノイズすらしない…」
 泣きそうな顔でリクが言う。ソラは冷静に状況を鑑みた。やがてPDAを取り出し、トランクの着地地点を確認した。
「クロムストーク、こちらソラ。聞こえますか?」
『こちらクロムストーク。感度良好だ。AEGISはいい無線使ってるな。貧乏軍とは大違いだ』
 エンジン音も聞こえぬほど上空から、先ほど飛び出した輸送機のパイロットが応答した。
「隊長との交信が途絶えました。そちらの対地装備で探せますか?」
『今赤外線カメラで見ているが…君らから見て北北東から鳥が大勢逃げたな。多分隊長さんが派手に落ちたんだろう。枝にでも引っかかったんじゃないか?』
「了解。ありがとう」
『安い御用だ。俺たちはこれからここで旋回して、通信の中継と哨戒に当たる。だがご存知のとおり、装備は先進国のお古だ。燃料もいつまでも持たん。あまりあてにはしないでくれよ?』
「了解、交信終わり。リク、トランクは南南西400mの地点に落ちた。隊長は正反対の北北東だ。手間だが一度隊長を探して、それからトランクを回収しよう」
「そうだね…」
 二人は北北東へ向けて歩き出した。闇に埋もれたジャングルは、それだけで危険を感じさせるには十分だった。

 やや歩いたところで、キールは発見できた。パイロットの予想通り、パラシュートが枝に引っかかり、5mほどの高さでぶら下がっていた。
「わぁ、気持ちよさそうに寝てるなぁ」
「隊長!大丈夫か?」
 返事はなかった。
「仕方ない、時間もないから…リク、石を当てて」
「へ?ぼくが?」
「得意だろ?こういうの」
「なんか悪がき扱いされてるみたいでやだなぁ」
 文句を言いながら、リクは手ごろな石を見つけてキールめがけて投げた。
「ぃよっ!」
 ゴッ!
「いってぇ!あーっ!頭がーっ!おっ!おっ…ぉお!?」
 目を覚ますや、キールは自身が置かれた状況に驚いた。
「隊長、起きましたぁ?」
「リク、ソラも…あそうか、俺パラシュートで落ちて気を失って…」
「目が覚めたら降りてくれ。コンテナを回収しなくちゃ」
「お、おぅ悪ぃ。よっと…わああ!!」
 ハーネスをはずした弾みで、キールはまっすぐ落っこちて尻餅をついた。
「いーーーっあーーーーっ!」
「隊長叫んでばっかり…」
 リクが呆れたように言う。いや、実際呆れていた。
「隊長、怪我は?」
「尻が割れた!」
「時間がないんだ、真面目に」
「あーもぅ葉っぱや枯れ枝のおかげで大したことないですよ畜生!」
「すぐに出発しよう」
「ソラちゃん冷たいっ!」
 さっさと踵を返すソラ。リクはキールに一瞥をくれ、キールは渋々ついていった。これでは誰が隊長だか分からない。