リリィが話し終えると、皆一様に沈黙した。ややあってキールが切り出す。
「で…その昔話と今回の一件の関係は?」
「昔話じゃありません、れっきとした伝承です!シャイーハが三つに分かれていたことも、ある時突然一国に統一されたことも史実なんです!」
 小馬鹿にされたのが気に障ったのか、リリィはキールに猛抗議した。
「わ、悪かった悪かった。じゃあもしかして、あんた方はその卵とやらを探しにきたのか?」
「ええ。最近行われたケマット山の衛星調査で、ここから北に20キロほどいった場所に人工的に並べられたと思われる巨石が見つかったんです。そこは窪地になっていて、外からの進入が難しい要塞のようになっていたんです」
 ソラも話しに加わる。
「そこが寺院だと?」
「まだ仮説ですが、恐らく間違いないと思われます。私はその…調査隊に入れてもらって、この目でそれを確かめたいと…」
「元気なお嬢様だこと。んで?今からそこに行かなきゃならん理由は?」
 キールが僻みっぽく言うと、リリィはむっとして答える。
「アタシたちのキャンプが襲われたとき、何人かの隊員が…殺されてしまいました。生き残ったのはアタシと教授と二人の助手だけ。奴らはアタシたちがウェドリムの卵を狙っていると知ると、アタシを人質にとって脅迫してきたの。卵のありかまで案内しろって。教授たちは仕方なく、やつらと一緒に出発したわ」
 ソラが割ってはいる。
「ゲリラがウェドリムの卵を狙ってる?」
「ええ。今の話は、シャイーハでは子供の頃から聞かされる有名な話です。ウェドリムもたくさんの民間伝承に登場しますし、ウェドリムの卵は邪心と恐怖の象徴として扱われています。たとえ伝承に描かれたほどの力が無かったとしても、それを手にしたというだけで、シャイーハに与える衝撃は計り知れません。ましてや、伝承にあった通りの兵器だったとしたら…」
 沈黙が訪れた。おとぎ話の類だと笑い飛ばすには、あまりに重い話題だった。
「隊長、指揮権は隊長にある。決めてくれ」
 ソラが促す。
「わかってる。俺たちの任務は、お嬢様をはじめ調査隊の救助だ。みすみすアンタを敵の懐に引っ張っていくことはできない」
「でも、あなた達だけでは絶対無理よ!それに…ダメなの、アタシも行かなきゃならないの…!」
 リリィが立ち上がって必死の形相で抗議するのを、キールは制止する。
「まあ待ってくれ。クロムストーク、聞こえるか」
 間をおいて無線が帰ってくる。
『こちらクロムストーク。隊長さんか?元気そうで何よりだ』
「ありがとよ。今俺たちの位置が分かるな?そこから北に20キロほど行ったところに窪地がある。そこに熱線スキャンをかけてみてくれ」
『了解、5分待ってくれ』
「お嬢ちゃん、敵は何人で向かった?」
「え?えぇっと…確か…6人。もっといたかも…ごめんなさい、よく見ていなかったわ」
「まあいい。リク、武器庫の武器をつぶしとけ。ソラも手伝ってやれ」
「はぁい。もったいないなあ、いい銃もあったのに…」
 リクは残念そうにテントを出て、ソラもそれに続いた。残されたリリィはキールの顔をしげしげと見つめた。
「なんだお嬢ちゃん?」
「その呼び方、やめてもらえません?」
「じゃお嬢様か?」
「んもう…いいです。あなた隊長さんなの?」
「まあ一応ね」
「ほかの隊員は?」
「あれで全部」
「うそ!?三人であいつらをやっつけたの!?」
「ま、うちは一流が揃ってるから」
 リリィはぽかんと口を開けて固まった。目の前の優男をはじめ、彼ら一同がどうしてもそんなつわものには見えなかった。
『こちらクロムストーク。隊長さん聞こえるか?』
「良好だクロムストーク」
『言われた地点にスキャンをかけた。窪地には何も無かったが、そこから南に2キロほどの地点に、窪地に向かって移動する団体さんを発見した。人数は不明。あんたのお客さんか?』
「恐らくな。協力に感謝する」
『なんのなんの。あーそれから、燃料が寂しくなってきた。あと三時間ほどで基地に戻るが、本部に伝えることはあるか?』
 と、キールがリリィの方を見た。ここでリリィを発見したことを伝えれば、当然回収班がやって来て彼女を後方へ送るだろう。彼らの任務は調査隊の救助で、彼女は依頼人の娘なのだ。しかし……。
「…いいや、特に無いよ。これからその一団を追う。随意帰還してくれ」
『了解、交信終わる』
 それは重大な背任行為だった。少し苦笑いを浮かべるキール。
「…どうか、したの?」
「いや、何でも」
 思いもよらぬ気配を察したリリィに、キールは軽く返した。そこにリクとソラが戻ってくる。
「装備の無力化終わりましたー」
「何ふて腐れてんだリク?」
「気に入った武器があったらしいんだ」
 ソラが答えると、リクは一層ぶーたれた顔をした。
「だぁって、ガストンのδ-22無反動砲まであったんだよ?一回撃ってみたかったよぉ」
 まるでおもちゃを買ってもらえなかった子供のようだ。だがキールは真顔で諭す。
「整備不良品だったらどうする?今からいちいちばらす暇も無い。増援や伏兵に奪われるより、潰した方がましだろう。緊急時以外は…」
「自分が手入れした武器以外信用するな、でしょ?父さんに散々言われました。わかってますけど……あぁぁもったいない」
 リクはがっくりと項垂れた。よほどいい武器だったらしい。
「うじうじすんなリク。装備を確認しろ、すぐ移動する」
「どこへですか?」
「北だ」
「寺院ですかぁ?」
 リクが素っ頓狂な声を上げた。
「何を驚く。俺たちの任務は調査隊の救出だ。後を追うのは当然だ」
「でも、リリィさんは…」
 ソラがキールに言う。
「彼女は俺たちより、この先の道に詳しいようだ。助けになるだろう」
「隊長さん…」
 リリィは救われたような顔でキールを見る。しかしソラが食い下がった。
「同意できない。彼女の救助は最優先任務だ。危険な場所に連れて行くなんて…」
「言ったろ?俺たちの任務は調査隊の救助だ。彼女も他の隊員たちも一様に最優先する。そのためにも彼女の助力が必要だ。なんならここにもう一度彼女を縛っておくか?」
 ソラは黙ってキールの目を見た。
「隊長が指揮官だ」
「ああそうだ。だから泥をかぶるのも俺だ。ほら支度しろ!」
 キールとソラがコンテナから装備をまとめるためテントを出る。リリィは隣にいるちっこい男の子に目をやった。こんな子が戦えるのだろうかと、いまだに信じられない。と、リクが一言。
「足手まといにはならないで下さいねっ」
 と言って外に出た。リリィは豆鉄砲を食らったような顔をするしかなかった。
  シャイーハはその頃、北と東と西の三つの国に分かれていた。
 穏やかな海に面した東の国と、肥沃でなだらかな平地に恵まれた西の国はよく栄えた。しかし、鬱蒼としたジャングルと、国土の七割を占めるテーブルマウンテン「ケマット山」を擁する北の国は、なかなか発展できなかった。
 強欲な北の王はそのことを非常に嘆いた。隣国に攻め入って領地を奪おうにも、戦争をする国力も無いのだ。
 ある時、北の国のある少年が、ジャングルの奥深くでウェドリム(古代シャイーハ語で死を統べる者の意)と名乗る魔王と出会った。ウェドリムは少年に、敵に触れずして死をもたらす魔王の卵を与えた。
 少年はそれを持って、なんと西の国に単身攻め入った。するとどうだろう。西の国の軍は少年に触れることもできずに、次々と死んでいくではないか。少年は二晩とかからぬうちに西の国を占領した。
 その勢いのまま、少年は東の国に攻め入った。するとやはり、東の国の軍は少年に触れることも無いまま死んでいき、二晩かからず東の国を手に入れた。
 喜んだ北の王は、少年に有り余る褒美をやるといった。しかしどうしたことか、少年は今度は北の国に攻め入った。結果は同じであった。こうして少年は半月とかからずに、シャイーハを統一して見せたのだ。
 シャイーハの王となった少年は、それまで重い税で苦しんでいた人々のため、税の納付を強制しないなどの改革を行った。結果シャイーハは各地とも一層栄えるようになった。
 そして卵の力を悪用されぬよう、王は卵をケマット山の奥地へと封じたのである。

「おーおー、派手にやったなあ」
 一頻り騒ぎが収まると、キールがサーベルの柄を片手に辺りを見回した。
「隊長、またサボった?」
「ややややややや!ちゃんとやったって3、4人」
「少ない」
「俺の武器は小回り利かないから、こういうシチュエーションは苦手なんだよ。あ、それより人質は?」
「まだ、行こう」
 ソラは先刻、人質の少女が連れ込まれたテントに入った。椅子に縛り付けられ猿轡を噛まされた少女がそこにいた。少女は二人を見るなり怯えた目をした。
「大丈夫、助けにきた」
 ソラはそう言って歩み寄り、猿轡を外した。
「あ、あなたたち誰!?」
 質問に答えたのはキールだった。
「PMC、AEGISから派遣されました。あなた方の救助を依頼されてね。失礼だけど、名前は?」
「リリィよ」
 ソラが手足の拘束を解くと、少女は手首をさすりながら、どこか思いつめたような顔をした。
「他の調査隊の人は?」
「えっと……連れて、行かれたわ」
「どこに?」
「恐らく、寺院です」
「寺院?あんたたちが調査してた遺跡ってやつか?」
「調査といえば…そうかもね」
「ん、まぁいい。とりあえずアンタだけでも保護しよう」
 そこにリクがやってきた。
「隊長、トラップの回収とキャンプの捜索終わりました」
「地対空砲は見つかったか?」
「ありました。他にも武器がいっぱい。いいスポンサーがいたみたいです」
「ん、ヘリを要請して、お嬢ちゃんを引き上げてもらおう」
「だめ!」
 突然リリィがキールに食って掛かった。
「な、何がだめなんだ?他の隊員なら俺たちがちゃんと…」
「駄目なの、アタシがいないと…お願い、アタシを連れて寺院へ行って!でないと…大変なことになるわ!」
 思いもよらない言葉に、キールもソラも困惑した。だがこの少女が、与太や冗談を言ってるようにも見えなかった。
「わ、わかったお嬢ちゃん。とりあえず話を聞かせてくれ」
「信じて、もらえるかしら…」
 リリィは傍らに放置されていたバッグから、古いノートを取り出した。どうやら長い話になりそうだった。
「まずは聞いてほしいの。とても古い話、今から六千年前の話といわれているわ…」