「なあお嬢ちゃん、ひとつ聞きたいんだが…」
 歩きながらキールが言う。
「なんですか?」
 リリィが先頭を歩きながら答える。洞窟の中は石造りの床や壁で舗装されている。いや、洞窟をくりぬいてこう作ったのだろうか。いずれにせよ高い技術力が伺えた。
「さっきの扉もそうだけどよ、アンタこの中のことには詳しいのか?」
「残念ながら、あの扉のことくらいです。恐らく司祭や王などが頻繁に出入りしていたためか、あの扉については言い伝えがありました。でもその先にはトラップが仕掛けられているとしか…」
「ふぅん。じゃあさ、悪いけど先頭歩くのやめてもらえない?」
「え?」
 意外な言葉に、リリィは立ち止まって振り返る。ヘルメットにつけたライトが、キールの顔を浮かび上がらせた。
「いやほら、アンタ一応救助対象者だし、そんな一寸先に何があるか分からん所で先頭歩かれても…」
「失礼ね。アタシも考古学者よ?古代人の作るトラップなんかにみすみす引っかかりはしないわ。ううん、むしろこういう場合こそこういうことに詳しいアタシが……」
 と、リリィが不自然に傾きだした。咄嗟にリリィの腕を掴むキールとソラ。リリィの左足の下の床が音も立てずに崩れ落ち、5メートルほどの落とし穴の底に仕掛けられた槍衾に、串刺しになって崩れた。
「おーおーおー、シンプルかつ効果的で確実なトラップだな」
 キールが飄々と感想を漏らし、次いでソラがリリィを諭す。
「トラップに過去も未来もない。獲物の虚を突くという設計理念は、誕生した頃から変わらない。そして仕掛けられてから作動するまで、半永久的に獲物を狙い続ける。考古学に関してはあなたのほうが詳しいが、命のやり取りに関しては私たちが上だ」
 リリィは穴の底を真っ青な顔で見つめていた。
「ま、そーゆーこった。リク、前頼む」
「えぇっ!?」
 リクが飛び上がるほど驚いた。
「いたずらは専門分野だろ?それにマトが小さいし体重軽いから、万一かかっても助かりやすい」
「ものっすごく気に障る選抜基準ですけどー!」
「リク、隊長命令」
 ソラに促され、リクは渋々先頭に立った。

 四人は順に梯子を降りた。灰色の岩肌が、空から垂れる天幕のようである。
 その岩肌に埋まるように、寺院は立っていた。そのものがまるで、岩肌に彫られた彫刻のようである。
「 すっ…げぇ」
 キールはため息混じりに言った。下から見ると格別の威圧感がある。
「これ、本当に古代の遺跡なの?映画のセットみたい…」
 リクがかわいらしい感想を漏らすと、リリィはくすっと笑って答えた。
「今の技術で全く同じものを作ろうとしたら、最先端の建築技術を寄せ集めても何年かかるか分からないわね。地質調査、設計、施工計画、すべてが推測すらできないほど緻密に組まれたものだわ」
「悪魔を祭るにゃ勿体ねえ代物だな」
「そうね。でも当時の人々は恐ろしいものに対して、退治したり神聖な力に頼ろうとするより、機嫌をとって暴れさせないようにすることを考えたらしいわ。だからこの国には、魔除けや祈祷の類の伝承が極めて少ないの」
 考古学のレクチャーを受けながら、キールたちはコンテナを降ろし、中の機材を広げていた。
「なに…それ?」
 得体の知れない機材に近づいて、リリィがたずねる。
「あぁ触るなよ?通信中継機だ。もうすぐクロムストークが離れちまうから、緊急時の連絡手段を確保しねぇと」
「そうですか…あ、皆さん薬や血清はお持ちですか?」
「血清?」
「ええ、このあたりには蛇や蜘蛛も多いんです。特にこういった石窟内は、そういう生き物にとって快適な環境ですから…」
「なるほど。おーい、二人とも持ってきたよな?」
「…あ、あぁもちろん」
 ソラの顔が、心なしかこわばっていた。
「どうしたソラ?」
「いや、なんでもない。早く調査隊を探そう」
 ソラは荷物を背負って、寺院に向かって歩き出した。その背にリクが声をかける。
「お姉ちゃん、刀忘れてる…」


 寺院に入ると、外とは違った粘っこい湿気に襲われた。
 中は高さ5メートルほどの、礼拝堂のような部屋になっていた。体育館ほどの広さの部屋を見下ろすように、巨大な像が祭られている。
「わ…なんか、シンプルだけど不気味な造形だね…」
 リクが率直な感想を漏らす。確かにその像は、よくある悪魔や魔物の像のように、牙や目つきで恐ろしさを表現しているものとは違っていた。
 容姿は限りなく人間に近く、違いといったら顎に三つ目の眼があることくらいだった。しかし全体が醸し出す雰囲気は、不安や危機感といった感情を抱かせるには十分だった。
「これがウェドリム?」
 ソラがリリィに聞く。
「ええ、そう伝えられています。伝承では、王となった少年の言葉を元に作られた、想像の姿らしいですが」
 キールは辺りを見回した。
「で、卵ってのはどこに?」
「ここではありません。この部屋に洞窟の入り口があって、その奥に封印されているんです」
「ほーぅ、どんどんそれらしくなってくねぇ。俺好きなんだよこーゆーの」
「不謹慎ですよ隊長」
「んだよリクぅ、お前ワクワクしないわけ?アドベンチャーだぜ?」
「気を失うような経験したんですから、もうアドベンチャーは十分でしょう?」
「こ・の・ガ・キゃ・い・わ・せ・て・お・け・ば!」
 キールがリクにコブラツイストをかけた。
「痛い痛い!お姉ちゃんたすけてー!」
「隊長、はしゃぎすぎだ。人命救助ミッションだぞ」
「ほーいよ。今日はソラちゃんノリ悪いな」
「いつもああですよ」
 二人がじゃれあってる間、リリィは祭壇の横で何かを探していた。
「何やってんだお嬢ちゃん?」
「ええと、確かこの辺に……あっこれだ」
 そう言ってリリィは、祭壇の脇の壁にあいた小さなくぼみに指を入れ、体重をかけて壁を押した。すると、ゴトリという重々しい音と共に、壁が正方形のドアのようにへこみ、そのまま床に引き込まれるように降りていった。
「わぁすごーい!」
 リクが目を輝かせた。
「もうみんな中に行ったのかしら…」
「お嬢ちゃん、匂いとかでわかんないの?」
「ううん、カビやほこりの匂いがきつすぎて…」
「あー、それなら僕もわかります」
 リクが鼻をつまむ。キールがやや考えた。
「ん、まぁこの部屋じゃ隠れる場所はないし、たぶん中に行ったんだろうな。追うぞ」
 三人が肩に取り付けたライトをつける、青白い光が暗い洞窟の中に、白い線を浮かび上がらせた。

 東の空が微かに白んできた。キールたちは寺院に向けて、夜通しジャングルを進んでいた。
 ソラがGPSで現在地を確認しながら先頭を行き、後の三名が一列に続く。
「ソラちゃーん、そろそろじゃなーい?」
 キールが疲れた声で言う。
「そうだな、GPSだとこの辺りなんだが…」
 辺りを見渡すソラ。
「お姉ちゃん、水の音がしない?」
 リクに言われ、皆が耳を澄ます。確かに微かな水音がする。
「沢が近いんだわ。このあたりに…」
 リリィが水のにおいを探る。と、風上を指差した。
「あそこ!森が開けてます!」
 確かにジャングルの木が、視線の先で一瞬なくなっているように見えた。一行は向きを変え、その方を目指した。

 突如景色が開け、巨大な穴のような沢が姿を現した。
 大きさは野球場ほど。深さは20mくらいだろうか。筒状の穴の底に一本川が流れ、彼らから見て右手の壁面に、確かに寺院があった。その岩盤をそのまま掘って建設された、荘厳な石窟寺院であった。
 柱や壁に施された半獣人の彫像は、長い年月を経て苔やひび割れに覆われているものの、その迫力は翳ってはいない。
「伏せて!」
 突然ソラが小声で叫ぶ。皆一斉に姿勢を落とし、キールはリリィの頭を押しつぶしながら伏せた。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「あそこ、寺院の入り口」
 見ると、そこには人影らしきものが動いている。キールは双眼鏡を取り出して覗いた。
「いるいる、多分ゲリラの仲間だな。人数は二人、武器はチェリブルグ。見張りに置いていかれたか?他の連中は中かもな」
 リリィはいよいよ顔を青くした。
「どうしよう、もうウェドリムの卵を手に入れたかも…」
 ソラが尋ねる。
「入ってすぐ見つかる場所においてあるのか?」
「いいえ、言い伝えでは卵を盗掘者から守るため、寺院の奥深くに封印されているといいます。途中には罠も仕掛けてあると…」
「いいいいい」
 リクも青ざめた。トラップの恐ろしさは彼もよく知っていた。キールも聞く。
「トラップの詳細は?」
「ごめんなさい…そこまではわかりません。でも名のある盗掘者が何人も帰ってきていないという言い伝えは…」
 キールはそれだけ聞き、思案をめぐらせた。
「朝になったばかりだ。暗くなるまで待っていられねぇ。卵を手に入れて出てくるところを押さえるわけにもいかん。お宝が手に入った時点で調査団は用済みだ。何をされるか分からん。仕方ない、突っ込むか」
「どうやって?」
 リクが聞く。確かに周囲には、この渓谷に下りられるような道は無い。
「奴らが使った梯子か何かがあるはずだ」
 キールは再度双眼鏡を覗く。確かに縄橋子が壁面に下がっていた。だが
「あったあった。やつらから丸見えの位置だな。あれじゃあ降りてる間にズドンだ。リク。今の得物(装備)は?」
「マークトウェイン33と、ガストンα-556です」
「ハンドガンとアサルトライフルか。あの二人を狙撃できると思うか?」
「もうちょっと近くにいければ」
「よし、射程範囲に移動しろ。ソラ、縄梯子の上に移動して、連中の気をそらしてやれ」
「了解」
 リクとソラが姿勢を低くしたまま移動する。
「あの子に狙撃させるの?無茶よ!?」
「声がでけぇよお嬢ちゃん。言ったろ?うちは一流が揃ってんだ」
 こともなげに答えるキール。リリィはそれでも信じられなかった。自分より小さな、幼さすら残る男の子に、この状況の打破を任せたというのか。
 やがて無線が入る。
『こちらリク。位置につきました』
『こちらソラ、準備よし』
「はじめろ」
 キールが答えると、縄梯子の上から石が音を立てて落下した。ソラが落としたものらしい。入り口前の見張りがそちらに目をやり、ゆっくりとその場を離れる。

 パンッ!  パンッ!

 軽い破裂音が二回轟き、見張りが糸の切れた操り人形のように倒れた。
『クリア』
「上出来。あとで飴買ってやるぞリク」
『子ども扱いしないでくださいっ』
「ソラ、先に下りて周辺を確保しろ。リクはその場でバックアップ。俺たちは今から下へ向かう」
 無線でてきぱきと指示を出し、キールは立ち上がった。だがリリィはその場に座り込んでいた。
「どうしたお嬢ちゃん。置いていくぞ?」
「…えぇ」
 始めて人が死ぬところを目の当たりにし、ショックを受けていた。しかも引き金を引いたのは…。