鎧…否、鎧を着たムカデたちはキールを取り囲み、じわりじわりと距離を詰めた。
「感謝しろよムカデども。このキール様が虫ごときにリミッタを外すなんてこたぁ、後にも先にもコレっきりだぜ?」
 歌舞伎の見得のような言い回しで周囲を見渡し、キールは首筋の後ろに手をやった。
 亜人種とは、人為的に神経や肉体を改造された人間を言う。だがそれは非常に繊細で難度の高い技術であり、作られた亜人種の「性能」には個体差があった。
 そんな中、センサーより精密な神経と戦車より強靭な肉体を持った亜人種が、ごくごく稀に生まれることがある。そういった亜人種は一般社会で日常生活を送ることが困難であるため、意図的に力を抑制する外科的手術を受ける場合が多い。
 キールは首の後ろに取り付けられた赤い菱形の突起を押し込み、その周りを囲むダイヤルのような部分を、時計回りにひねった。
 それはタイマーのような役割を果たしており、ひねった角度に応じた時間だけリミッタが解除される仕組みだった。リミッタが解除されている間は感情も抑制できなくなるため、自分で再度リミッタをかける事ができないためだ。
「すうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
 深く長く息を吸い込むキール。次第に脈拍があがり、視界が赤黒く染まっていく。周囲を取り囲む鎧たちが、何かの気配を察して一歩後ずさった。


 ピリッ!

 刺すような痛みと共にリミッタがかかり、キールは我に返った。
 辺りには塵芥と化したムカデと鎧が散乱し、広間の壁にまで刀傷が及んでいた。右目が開かない。どうやらまぶたの上を切って出血したらしい。ムカデにやられたのか、自分でやったのかもおぼえていなかった。
 キールがソラたちを遠ざけた理由はこのためだ。リミッタが外れている間は、敵味方の区別も難しくなるのだ。
 キールは昔、一度だけリミッタがかかっていないときの自分の姿を撮った映像を見せられたことがある。知ることが苦痛だと感じた。戦場にあるあらゆる人や物を破壊していく自分の姿というものは、見ていて気持ちのいいものではなかった。
「…ま、今回は相手の方が気色悪いか」
 そう言ってプラズマの刃をしまい、ポケットから応急処置セットを取り出し、手早く傷を洗うと、ややおぼつかない足取りでソラたちを追った。リミッタを外した直後は、ひどい疲労に襲われるのだった。


※作者都合により、更新が遅れましたことをお詫び申し上げます。

 道は再び真っ暗になり、高さは5mほどある細い石造りの廊下に変わった。
 だがそれも50mほどすすむと終わり、再び広間のような部屋に出た。
「隊長、広すぎて何も見えません」
 先頭を行くリクが言う。
「リクそこ、燭台がある」
 ソラがライトで指したところに、松明を灯す台があった。リクが小型のバーナーを取り出して火を灯すと、ぼぅっと音を立てて火がついた。
 すると、燭台から伸びていたレールのような樋に火が燃え移り、樋を伝ってみるみるうちに部屋全体の燭代に燃え移り、広間を照らし出した。
 幅は10mほど。奥行きがとても広い空間だ。壁面は表で見たような見事な彫刻で埋め尽くされ、部屋の中央に伸びる道を挟むように、数十対の形の違う鎧が並んでおり、その足元には夥しい数の骸骨が転がっていた。
「うっわ、こりゃまた…」
 キールが思わずつぶやく。空間の醸し出すオーラが尋常ではなかった。
「ここは…近いです。卵の部屋まで」
 リリィが確認するように言った。
「わかるのかお嬢ちゃん?」
「伝承には、ウェドリムは少年が攻め入った国の兵士の肺と心臓を欲したと言います。王となった少年は言われたとおり、敵兵の肺と心臓、それを納める鎧を持ち寄らせたそうです」
「こっ、この鎧が、まさかそのあの心臓や肺を…」
 リクが声を上ずらせて言う。
「多分そうです。そうさせた理由は分かりませんが、強い怨念を持って死んだ兵を、自分を守る番兵にしようと考えたとも言われています」
「おーおー見てみろ、そこらじゅう仏さんだらけだ。呪いの番兵は仕事してるようだな」
「へ、へんなころ言わないでくだしゃいよ隊長ぉ」
「なに噛んでんだリク。さっさと行くぞ。へんなものに触るなよ?ガストンで先を確認しながら進め」
 キールの呼びかけに、リクはこたえない。
「復唱しろリク」
「はひ!?あ、りょ、了解です…」
 リクはライフルの先端で床をなぞりながら、一歩一歩進んでいった。
 慎重に進んでいるせいか、なかなか広間の終わりが見えない気がした。両脇に佇む鎧たちが、彼らを睨んでいる気がした。
「っくしゅ!」
 リリィがかわいらしいくしゃみをした。
「どうした?」
 ソラがたずねる。
「ごめんなさい。なんかここ寒くて…」
「そういえば…」
 確かに吐く息が少し白むほど、その広間は寒かった。

 カリッ

 小さな物音がした。皆が反射的に足を止め、止めそこなったリリィがソラの背中にぶつかった。
「わっ!ど、どうしたんです…」
「しっ!」
 言葉をさえぎるソラ。見るとキールもリクも周囲に意識を尖らせている。

 カリッ  ガサガサ…… カツン

 音は次第にはっきり聞こえてくる。ソラは刀を抜いた。
「何!?なんなんですかぁ!?」
「静かに。伏せてなお嬢ちゃん」

 ガシャン!!

 と、彼らの右にあった鎧が倒れた。ソラたちはとびあがるように身構える。そこにはうつぶせに倒れた鎧があるだけだった。
「んだよ、驚かせやがって…」
 キールがサーベルの柄をしまったその時、ガシャンという音と共に、鎧の脚が立った。
 脚で立ったのではない。両足が不自然な形に真上に上がったのだ。
「「ひぃ!」」
 リリィとリクが同時に声を上げた。
 鎧は両腕をつき上体を起こすと、脚を関節とは真逆の方へ曲げ、蜘蛛のような姿勢になった。
「なっ!?なんだこりゃ!?」

 ガシャン!!ガシャン!!ガガガガ…!

 道を挟んでいた鎧が次々に倒れ、皆あり得ない姿勢で起き上がり始めた。
「いいいいいいいいいいいいいいいいい!!!???」
 リクが嗚咽のような悲鳴を上げる。鎧たちは鉄のきしむ音をがなり立てながら、四人の周りを取り囲んだ。
 ソラとキールが向きを変え、リリィを囲むような体制を組む。鎧たちは不規則に、しかし確実に彼らとの距離を縮めていた。
「数が多いな、戦力が大したことなきゃいいんだが…。リク、お嬢ちゃんを頼むぞ?………おいリク、復唱しろ!」
 背後のリクに怒鳴るキール。返事をしたのはソラだった。
「あー…隊長。私がリリィを守る」
「馬鹿言え、お前が切り込んでこいつら片付けなきゃ…」
「言いそびれていたんだが…リクはその、この手のやつが駄目なんだ…」
「……あの、この手と言いますと?」
「だから…呪いだとかお化けだとか……」
「…………えぇっと、お嬢ちゃん。今そこのガキはどうしてる?」
「それが…さっきから石みたいに固まっちゃってて……」
 キールはでかいため息をついた。と、一体の鎧がソラに覆いかぶさるように襲い掛かった。
「くっ!!」
 刀で受け止め押し返すソラ。体勢を崩した鎧に切りかかるが、関節を無視した動きで避けきった。
 それを合図に鎧たちが次々に襲いかかってきた。
「ひゃあああああああ!!!」
 突然リクが金切り声を上げ、手にしたアサルトライフルの引き金を引いた。が、狙いも何もない出鱈目な掃射が当たるはずもなく、銃弾が不規則に広間を跳ね回った

「あぶねぇっ!おいリクやめろ!撃つな!」
「わーっわーっわーーーー!!!」
 リクの耳に届かない。
「この馬鹿……おいソラなんとかしてくれ!」
「了解」
 と、ソラはリクの頭をこちらに向けて抱き、その豊満な胸の谷間に押し付けた。
「ふきゅ」
 リクは幸せそうなうめき声を上げ、糸が切れたようにだらんとだらしなく座り込んだ。
「これでいいか?」
「な、なんか腹立つ上余計使い物にならなくなったな。しゃーねぇ、作戦変更。ソラ、二人を抱えて伏せてろ」
「まさか隊長…!」
「あぁ、久々に本気出す。巻き添え食うなよ?」
「…合図をくれ」
「おう」
 そう言って、キールはサーベルを抜いた。だがそれはサーベルと呼ぶにはあまりに小さくか細かった。まるで布団叩きだ。
「ちょっ…そんなんで戦う気!?そんな棒っ切れ、素手のほうがましじゃないの!?」
 リリィが抗議する。が、キールは視線を外さない。先刻までのお調子者のような物腰からの変貌振りに、リリィはおもわず閉口した。
「3」
 キールがつぶやくように言う。
「2」
 鎧たちが一歩詰め寄る。
「いちっ!!」
 ソラがリリィとリクを突き飛ばすように倒した。次の瞬間、ジュウッという甲高い音が響き、リリィの鼻をあの焦げた匂いがくすぐった。
 恐る恐るリリィが頭を上げると、鎧たちのほとんどは胴の辺りから真っ二つに切り裂かれ、その切り口が青白い炎を上げて燃えていた。
 キールはまるで空振りしたバッターのような格好をしていた。そしてその手にはあの布団叩き…とはまるで別物の、巨大な光る剣が握られていた。長さは3mを優に越えている。
 鎧たちはガラガラと耳障りな音と、青白い炎を立てて地に伏した。
「くそ。何匹か斬り損ねた。調整間違ったな」
 歯痒そうに柄の根元をいじるキール。白く光る刃はその都度大きさを変えた。
「なに…それ??」
 リリィが目を丸くする。
「あぁこれ?プラズマサーベル」
「うそ!?そんな大きさのプラズマなんて……発電所みたいな設備がなきゃ出せないわ!?」
「詳しいじゃねーかお嬢ちゃん。だけど言ったろ?うちには一流がそろってんだ」
 得意げに語るキール。剣はキールの背丈ほどになっていた。
「さて、残りを片付け…なんだありゃ?」
 見ると、燃え盛る鎧の中で何かがうごめいていた。それは炎に焼かれて苦しんでいるようだった。
「隊長、あれグンタイムカデじゃあ…」
 ソラに言われ、キールがぽんと手を叩く。
「あーなるほど。よくできてるなぁ」
「え?ど、どういうこと…」
 ソラは切っ先でその虫を刺し、リリィの前に突き出した。
「ひっ!」
「グンタイムカデ。地方によってはイワシムカデとも呼ばれている。数百匹の群れを作って自分を大きく見せることで、外敵から身を守っている。上に向かって立ち上がるように広がることも出来るから、幽霊と見間違えられたり、悪霊の変化といわれることもある」
「低温になると動きが鈍り冬眠状態に入るからな。この部屋が寒いのを利用して鎧に詰め込んで突っ立たせて、盗掘者が燭台に火をつけて暖めちゃうと動き出すようにしたってわけだ。いやぁ、古代の知恵だね。さて、残りを片付けて先へ進むか」
「え?で、でもムカデなら無視して進んじゃっても…」
 リリィが言う。キールは顔を向けずに答える。
「補足。こいつらは肉食で、群れ一つで中型犬くらいなら捕って喰っちまう。こんだけいれば俺たちくらい十分で完食だな。というわけなんだがリク、そろそろ目ェ覚めたか?」
 答えたのはリリィだった。
「さっきからゼリーみたいに溶けちゃってます」
「だめかー。仕方ない。ソラ、二人抱えて先行け。こいつらは俺が片付ける」
「無茶だ!数が多くてとても一人では…」
 キールは淡々と返す。
「復唱しろ」
「……了解」
 ソラは踵を返し、リクを肩に担いでリリィの手を引き、広間の奥へ走り出した。
「ちょっ!ソラさん!本当にあの人置いて行っていいんですか!?」
「隊長命令だ」
「でもっ、まだ鎧はたくさん…」
「いいんだ。多分隊長は、リミッタを外す気だ」

 やがて一行の先に、幅10m近い亀裂があらわれた。
「あれまー、凝ったトラップだなヲイ」
「というより、ここができた後に亀裂が入ったみたいですね」
 リリィの推察は正しいようだ。道は不自然に途切れ、裂け目は天井を突き破り、空から光が差し込んでいた。
「連中もここを渡ったのか?どうやって」
 キールはあたりを見渡すが、先行する調査隊たちが使ったような橋も何もない。
「渡れないなら、渡れるようにするしかない」
 ソラがあたりを見渡しながら言う。
「そりゃ異論ないぜ?」
「私が向こうへ渡る。柱にロープをくくりつけて渡ろう」
「おいおい、この亀裂をジャンプで飛び越える気か?」
「いや、上はそんなに開いていない。壁を登って狭い部分をわたって降りる」
 確かに、壁面には足場になりそうな装飾が多く、上の方に行くほど亀裂は狭くなっていた。
「あぶないよお姉ちゃん!」
「そうするしかない。大丈夫、フリークライミングは得意だ」
 そう言いながら、ソラは装備を外し、靴紐を結びなおした。そして壁に向かって軽く駆け出すと、勢いそのままに二歩ほど壁を駆け上って突起を掴み、まるで蜘蛛のようにすいすいと壁を登っていった。
「すごい…」
 リリィが素直な感想を漏らす。リクははらはらしながらそれを見守り、キールはただ感心するほかなかった。
 やがて10メートルほど登ったところで、亀裂が狭まった部分に来た。とはいえ幅は2メートル強。助走なしで飛び越えるにはやや広い。
 下の三人はもはや声も上げずに見守っている。ソラは足場を入念に確認し、掴むべき向こう側の突起を注視する。彼女の真下は底も見えない亀裂。失敗すれば…。
 大きく息を吐き出し、膝をかがめ、一息に体を向こう側へ跳躍させようとした。その時

 ガコッ!

 弱い石であったのか経年劣化か、ソラが足をかけていた石が根元から折れた。
 ソラの体がほぼ真下に落下する。
「ぁあっ…!」
 悲鳴のような声を上げるリク。しかし次の瞬間、ソラは亀裂の縁を蹴って飛び、向こう側の壁のくぼみに右手をかけ、見事持ち直した。
 足場にしていた石が亀裂の奥深くで、申し訳程度に音を立てた。
「はええぇぇぇぇ……」
 気の抜けた声で腰を抜かす三人。ソラは振り返って、申し訳なさそうに苦笑した。

 ソラが向こう側へ渡り、キールがロープの端を投げてよこす。ソラは広間の丈夫そうな柱にくくりつけた。冗談交じりにキールが聞く。
「その柱は折れないよな?」
「さぁ」
 ソラの返答に苦笑し、ロープのもう一方の端を柱にしっかりとくくりつけた。
「どうやって渡るんですか?」
 リリィがキールに尋ねる。
「なんだお嬢ちゃん、ロープ渡過も知らねぇのか?」
「隊長、一応一般人なんですから…」
「にしたって探検隊に志願したんだから、そのくらい知っておいて欲しいがなぁ」
 味噌汁の作り方くらい心得ておけ、と言わんばかりの口ぶりでキールが言う。リクがソラと自分の装備を背負い、ため息をついていった。
「お手本見せてあげますから。僕の後に渡ってきてください」
 得意気である。リクはロープをまたいで体を倒し、足をロープにかけるや、腕の力だけでロープを手繰り、早歩きほどの速さで亀裂の上を進んでいった。
「わ、わ、わ、わ」
 リリィは驚きの声を上げた。自分より小さな男の子が、まるで熟練のレスキュー隊のように一本のロープを渡っているのだ。キールが言う。
「ホレああやるんだよ。やってみ」
「ええっ!?無理ですよぉ!」
「なぁに、落ちても死にゃあしないって」
「絶対うそです!無理です駄目ですぅぅ」
 リリィは腰を抜かしたまま立てない。あんなことをさせられるのを想像しただけで戦慄を覚えた。
 キールはため息をついて装備を下ろし、腰をかがめた。
「ほれ」
「??」
「おぶってってやるよ。早くしろ、連中に追いつかにゃ」
 リリィは一瞬迷った。ただでさえ難しいロープ渡過とやらを、人を背負って出来るのだろうか?しかしさっきの少年は多めの荷物を背負って渡っていた。この男ならできるのでは?
 いずれにしろ迷っている暇はなかった。リリィは恐る恐る立ち上がり、キールの背にしがみついた。
「いいか、絶対下を見るな。目を閉じて石のようにじっとしてろ」
「は、はいっ」
 リリィは言われるまま目をきゅっと閉じた。キールの背中は硝煙の匂いがかすかにした。それと…かいだ事のない焦げたような匂いもした。
「ほい、もう降りていいぞ」
「え?」
 驚いて目を開けると、すでに向こう側に渡っていた。目を閉じて10秒と経過していない上、全く揺れた覚えがない。
「は、早いですね…」
 キールの背から離れ、リリィは言う。
「重量制限ぎりぎりだったがな。さてお荷物取ってこなきゃ」
 そう言ってキールは再びロープを掴み、亀裂の上を戻っていった。あの少年より遥かに速く、安定していた。